10月31日(木)開講!プロジェクトを前に進め、場の力を促進する「ファシリテーション講座(初級編)」

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自分がいちばん楽しい場をつくったら秋田に仲間ができた。「グッドモーニングラン」木村志帆さんに聞く、動きはじめたことで見える価値

昨年、秋田の地域づくりリーダーを育成するために秋田県とグリーンズとハバタク株式会社がタッグを組んで開校した「秋田・ソーシャルデザインの学校」。一期生の成果発表会の模様などについてはこちらでもお伝えしましたが、いよいよ二期生の募集が始まっています。

今年度も昨年同様、秋田で地域の課題を解決したい!という方たち約10名を募集して開講しますが、同時に昨年度からの参加者には自らの企画を実践に移してもらい、二期生もその活動に関われるような取り組みも行う予定です。

今回は、一期生の木村志帆さんと、成果発表会の会場にもなった亀の町ストアを運営する秋田市のまちづくりのキーマン、東海林諭宣さんに話を聞きました。

木村さんは秋田・ソーシャルデザインの学校に参加する以前からランニングコミュニティ「Good Morning RUN in AKITA」(以下、グッドモーニングラン)を運営、いわば新しいことにチャレンジする先輩です。東海林さんは今年6月、亀の町ストアの隣に店舗とシェアオフィスが入る複合施設「ヤマキウ南倉庫」をオープンし、木村さんもそこに拠点を構えました。

そこで木村さんに、秋田で新しいことにチャレンジするとはどういうことなのか、それを取り巻く秋田の状況はどのようなものなのかを聞きつつ、東海林さんには、個人のチャレンジが秋田にどのような変化をもたらすのか、それをどう支えていくのかについて聞いてみました。

ランニングとの出会いで人生が変わった

木村さんが走ることを始めたのは約5年前。「今がどん底だと感じているときに、42キロ走りきったら人生変わるんじゃないかと思ったのがきっかけ」だといいます。そしてしっかりと準備をして42.195キロを走りきりました。

木村さん 走り終えて、自分でも不思議なんですが、ランニングに関わるとテンションが上がることに気づいたんです。走ることを純粋に「いい」と思ったし、ニキビもなくなったし、それは本当に人生が変わったといえるくらいの経験でした。

グッドモーニングランを主宰する木村志帆さん。

秋田県比内町(現在の大館市)で生まれ育ち、東京で大学生活を過ごした後、秋田市で社会人生活をおくるようになった木村さん。故郷でありながらも秋田市に戻った後もどこかで違和感を感じていたといいます。

木村さん 私が育った環境は、自然いっぱいで平和で楽しかったんですが、「がんばりきれない」という思い、がんばることがあまり良しとされない環境の中で相応の力を発揮したいというフラストレーションを抱えていました。

かといってバリバリキャリアを積みたいわけではなく、理想としては自分で稼げる力のある専業主婦になりたいと思っていました。秋田で、仕方なくパートをやるのでもフルタイムで働くのでもなくて、子どもを育てながら自分しかできないことで稼げるっていうことをやりたかったんです。

でも、秋田に帰ってきたときは、どういう職業につけばそれをやれるのかがわからず、最初についた仕事も半年でやめてしまい、まわりに知り合いもあまりいない状況でした。

ランニングに出会ったのはそんな“どん底”のとき。木村さんはどん底から救ってくれたランニングの楽しさを誰かと共有できたら楽しいんじゃないか、と思うようになります。

木村さん 馬鹿にされるかもしれないけど、妄想計画書みたいなものつくりました。ランニングと、もう一つ秋田がいいと思い直せるきっかけになったのが亀の町ストアだったので、ここでみんなで集まって走ってご飯を食べれたらいいな、と思ってそういう企画書をつくって。企画したのが2016年の3月で、その後5月にはもう第1回目を開催していました。

初めて開催したグッドモーニングランの参加者は13名、2回目は約30名が参加。このグループランの開催で木村さんの秋田を見る目はガラッと変わったといいます。

木村さん 特に走るのが速いわけでもない若い女性がすることを、どれほどの人が受け入れてくれるかわからないという不安が強かったんですが、やってみたら様々な人が参加してくれて、一番の壁は自分自身だって気がつきました。

「志帆ちゃんがいてくれたおかげでラン友ができた」って言ってもらえたことも、すごく嬉しかったです。

秋田は、 子育てがしやすいなど、女性として過ごしやすい環境はあるけれど、女性が自己肯定感を持とうとすると難しいこともあると感じていたのが、ランニングで出会った人たちを通して見方が変わったんです。

いかに自分がひとりだったか。ひとりだったから自分の観点でしか物事を見れてなかったし、生きにくいと思っていたんですが、ランニングを通して出会った人たちは、いいと思うことが同じだったり一緒にいて快適な人ばかりでした。だから、ここにいても楽しいと思えるようになって、自分の居場所ができたと感じたんです。

グッドモーニングランは、2016年5月の初回から(冬を除いて)ほぼ毎月開催し、五城目、北秋田、湯沢など秋田市以外でもランニングイベントを行ってきました。この月日の中で、仲間ができ、コミュニティができ、そこに居場所を見つけることができた木村さんは、自分の暮らしと未来にリアリティを感じることができるようになりました。

木村さん 今は、色んな人がいる中でだったら子育てもいいなと思えるようになりました。私の描く女性像に少しずつリアリティが出てきた。多分、私自身がこのコミュニティに関わって一番変わったと思います。

世の中を変えたいなんて思わない

グッドモーニングランの活動はランニングという共通の趣味を通じて、地域にコミュニティをつくるソーシャルデザインのように見えます。しかし意外にも、木村さんは全くそのようなことは目指していないといいます。

木村さん グッドモーニングランをやることで、すごいとか、輝いてるとか、活躍してるとか言われて、世の中を変えたいはずだとか思われることがあるんですが、私は全然すごくないし、世の中を変えたいなんて微塵も思ってません。私はあくまで自分発信で、自分が住みやすくて自分に必要なものをたぐり寄せたい、自分に必要なコミュニティや楽しい場所を自分でつくろうとしてるだけなんです。

しかし、結果的にそれがソーシャルデザインにつながっていって、ゆくゆくは世の中を変えることになるかもしれないのではないでしょうか。

木村さん 結果的に変わるならそれはそれでいいんですが、まわりをこうしたいとかいう思いがないんです。ただ、私みたいになにか違和感を持ちながら秋田に居続けている人が、ちょっとアンテナを立てたら私とつながって、それで少し視点が変わって楽になってもらえたら、それは嬉しいです。そういう違和感を持ってる人ってわりとたくさんいると思うから。

自分発信で自分の居場所をつくることから始まり、他の人も同じように居場所を見つけられればいいと望む木村さん。そのためにコミュニティを維持していくには苦労があったといいます。

木村さん グッドモーニングランを続けていくなかで、大変だと思うようになったのは「調整」です。無料で且つ事前申込み不要なので、当日になってみないとどんな人が来るのかわからない。だから、その調整にすごく労力が必要でした。費用もなんとかしなければいけないし、続けることが一番大変だと感じました。

でも、応援してくれる方々の協力もあったし、自分でもできることはやってみようって思ったんです。それから協力してくれる企業を探したり、いろんな方のおかげで運営を続けてきました。

自分一人だけではできないことが、仲間や応援してくれる人と出会うことでできるようになって、それがコミュニティをつくることにつながる。あくまで自分のためといいながらも、木村さんがやっていることはまさにソーシャルデザインだと私は感じました。

そして木村さんはまた、「人」のおかげでさらにソーシャルな活動の幅を広げていきます。

木村さん 今は仲間と会社を立ち上げて、ランニングで出会った人たちの力を組み合わせて困ってる人の手伝いをし、そこから利益も出して、その利益をグッドモーニングランのために使っていく仕組みをつくっています。ランニングで出会った様々な業種の人たちをつなげれば仕事が生まれる。私は人と人をつなぐ役目です。ここ(ヤマキウ南倉庫)がオープンするときに東海林さんを紹介してもらえて、こうして拠点をつくることもできた。巡り巡って、やっぱり人のおかげでたどり着いてるなと思いますね。

実は木村さんは、妄想企画書をつくる段階で、その時はまだ空き倉庫だった今のヤマキウ南倉庫が、きっと3〜4年後にはリノベーションされて、そこにランニングの拠点をつくるという予言めいたことを書いていたそう。そんな妄想はそのまま現実となり、ランニングに限らないコミュニティの拠点になろうとしています。

では、東海林さんはどのような思いでヤマキウ南倉庫をオープンさせたのでしょうか。

秋田でシナジーを起こすために

東海林さんが、ヤマキウ南倉庫のある南通亀の町(みなみどおりかめのちょう)にたずさわるようになったのは2013年のこと。デザイン会社を経営していた東海林さんは、新たに亀の町に「カメバル」というお店をオープン、さらに2年後には向かいにもう一軒オープンし、寂れつつあったこのエリアににぎわいを取り戻したのです。

そして、その次に手がけたのが現在の亀の町ストア。今のヤマキウ南倉庫も含め約600坪の敷地がまるまる使われていない状態だったそう。東海林さんは、ビルのオーナーであるヤマキウの社長さんに最初は相手にしてもらえなかったものの、粘り強く交渉。自らも投資をして2015年に亀の町ストアをオープンさせました。

秋田市の南通亀の町にある亀の町ストア。1階にカフェとクラフトビール専門店が入り、2階3階はオフィスになっている。

東海林さん 2回くらい門前払いされて、それでも一生懸命事業計画を持っていって、自分たちも投資をするからという話をしてようやく貸してもらえました。そんな社長が、ビルができたらまちづくりに参加してると感じてもらえたみたいで、亀の市というイベントに来てくれたりして、「倉庫もやれよ」とも言ってくれていました。

倉庫だけで400坪あるので一筋縄ではいかず、4年かかってしまいましたけど、社長もお金の工面を一所懸命やってくれて実現することができました。唯一その社長がこの3月に亡くなってしまい、オープンを見せられなかったのが残念です。

亀の町ストアを運営する東海林諭宣さん。

ヤマキウ南倉庫は下の階に小さな店舗が入り、上の階はシェアオフィスとコワーキングスペースになっています。これにはいったいどのような狙いがあったのでしょうか。

東海林さん 秋田は小規模事業者の方がすごく多くて、その方たちが集まることによって大きな仕事をしたり地域の課題を解決したりできるような場所があったらいいなと思ったんです。それで、シェアオフィスとコワーキングがあるスペースをつくり、そこを「シナジー」と名付けました。

木村さんのような存在もいるし、建築事務所も4つあるし、保険屋さんもある。これからコワーキングもオープンすれば、フリーランスの人や主婦など個人の方にも来てもらって、もっとシナジーが起きると思っています。

秋田市は”眠ってる人”が多いんです。この場所ができて、今まで光が当たりづらかった方々がつながることによって何かできるようになれば面白いな、と。主婦の方の中にも、やりたいことはあるけどどうしたらいいかわからない方もいるでしょうし、その中には、企画や資金のことを担当してくれる人に出会えたりするだけで新たに生まれるものもあるはずです。

木村さん 眠りすぎてますよ、特に女性は。たとえば、うちのおばあちゃんは手鞠をつくるのが得意で、でもそれを当たり前だと思ってやっている。それは実はすごいことで私はもっと褒めたいし自慢したい。ただ、それが職業になってルーティンになるのも違うと思うので、褒められて少しお金ももらえるようなちょうどいい仕掛けを考えられる人がいたらいいなと思っています。

東海林さん そうやって少しでもお金を稼げたら楽しい人生になるし、仕掛ける人やお金のことを考える人とのシナジーが生まれる。この場所でそういうことが起きれば嬉しいですね。僕がやりたいのは起業促進とかではなく、自分が一緒に仕事をしたいと思える人に集まってもらって、自分が楽しい環境をつくりたいというのが基本。それが広がって周辺にお店ができたりしたら最高に楽しいと思って始めたんです。

秋田市にはまだコワーキングスペースはほとんどなく、小規模事業者やフリーランスが協業する体制は整っているとは言い難いんだとか。だからこそ今回の試みが意味を持つわけですが、ではこの場所の運営に際して心がけていることはどのようなことなのでしょうか。

東海林さん 外見はテナント運営事業に見えるんですが、そうではなくて、ここは「自治組織」です。テナントの人たちに自治会をつくってもらって、掃除やゴミをどうするかなども考えてもらい、それに伴って必要な費用は運営方と相談するということもやってもらっています。

木村さん そうすることで、みんながここを自分ごととして考えられているのがいいなと私は思っています。受け身でいるのではなく、自分はこう思うからこうしたらいいんじゃない?って一緒に考えられる仲間がいる。その関係が前提にあることが大事なんです。

東海林さん 長くみんなで協業してシナジーをつくるためには、そういう関係性をつくることと、もう一つは家賃が安いことも大事だと思うので、そのためのコワーキングという意味合いもあります。

上階のコワーキングスペース「シナジー」

木村さん 私にとっては本当にありがたいです。シェアキッチンもあるのでお昼ご飯をつくって食べることもできるので、自分の暮らしの動線の中に無理なく仕事を組み込めます。自分らしくまちを活かす人が増えたら、秋田のまちが違って見えると思っていて、それがこの場所ならできるんじゃないかって。

東海林さんも、「この場所からの展開が秋田をもっと面白くするのでは」と期待しています。

東海林さん 今、地方で衰退している所ってまさにこういう、繁華街と駅の間なんです。でも衰退しているということは、若い人たちが挑戦できるということでもあるので注目されてもいます。

このまわりで他に面白いことをやる人が出てくれば、横のつながりからもっと大きなことができるようになるでしょうし、それこそが「まちづくり」になるはずです。そのために必要なのは、ここのように投資によって面白くできる空き物件を見つけて、オーナーさんを説得して、若者たちが責任持ってやります!って入っていくこと。

だから、ここでやってることをみんなに見てもらいたい。資金の工面や、オーナーさんにお金が入る仕組みをどうつくるかとか全部あきらかにして、他の街でも面白いことが起きることを期待しています。

ヤマキウ南倉庫

ハードを手がけている東海林さんも、「重要なのはやはり“人”。一緒にやる仲間がいることが大事だ」といいます。

東海林さん ヤマキウ南倉庫を手がけるにあたって協力してくれた社長の存在ももちろん大きかったですけど、アート関連の書籍や雑貨を扱う「まど枠」の伊藤幹子さんの存在も大きかった。彼女は僕の同級生で、ここを始めるときは絶対に彼女と協働しようと決めていました。彼女の人柄や魅力をわかってる方々が遊びに来てくれたら、きっとうまくいくと思ったんです。

実は木村さんと東海林さんの出会いも、「まど枠」の常連だった木村さんに、伊藤さんが東海林さんを紹介してくれたこときっかけだったそうで、やはり木村さんにとっても伊藤さんの存在は大きいんだとか。

木村さん 秋田市に来てから随所随所でオアシスのような存在と出会っていますが、その一人が伊藤さんです。彼女に出会えたことが、いまの私の活動につながったのは間違いありません。

木村さんがいうように、何をするにも結局すべては「人」なのかもしれません。木村さんは、秋田・ソーシャルデザインの学校についても「人との出会いが一番良かったこと」といいます。

木村さん 秋田・ソーシャルデザインの学校でも一番良かったのは、同じようにチャレンジして悩んでいる秋田の仲間に出会えたこと。「わかる、わかる」とか「なんでこんなことやってるんだろうね、ははは」なんて共感し合える人たちが増えたのがすごく嬉しかったです。

そういう仲間こそ財産で、悩みを共有できると同時に、私が知らなかった広い世界を見せてくれます。孤独はときにまだ感じますが、何があっても信頼できる仲間を持てたことはすごく大きい変化です。帰る場所があるとか、私がやりたいからこの人達もやりたいだろうと思えるとか、揺るぎなく信頼できる人がいるからいろいろなことができる。やっぱり仲間の存在は重要です。

秋田・ソーシャルデザインの学校は、もちろんソーシャルデザインを学ぶ場でもありますが、秋田で何か新しいことをしようとしている仲間を見つける場でもあります。というよりむしろ、ソーシャルデザインをキーに置いて、新しいつながりをつくることがメインかもしれません。

同じような思いを持っている人たちとつながることでシナジーが起こり、さらに新しいことが生まれていく。そんなワクワクが秋田でたくさん始まるために、前提にあるのはそれぞれの人が自分のまわりに課題を見つけ、自分とまわりが楽しく快適になるためにその課題を解決しようと努力すること。

木村さんの話を聞いて思ったのは、自分自身を省みることからソーシャルデザインは始まるのだということでした。みなさんも、自分が楽しくなるために、ソーシャルデザインを始めてみませんか?

– INFORMATION –

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