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“行ける”ところではなく、“行きたい”ところへ。佐賀県の嬉野温泉が「シニアに人気の温泉ランキング」全国1位に3年連続で選ばれたワケ

奈良時代に編まれた『肥前風土記』にも記され、その泉質から日本三大美肌の湯として古くから親しまれてきた嬉野温泉が、2016年より3年連続で楽天トラベルの「シニアに人気の温泉地ランキング」全国1位に選ばれたことをご存知でしょうか。

今回の取材で、国内でも有数のバリアフリー先進地区である嬉野市のすぐれた取り組みの一端を初めて知り、まっさきに浮かんだのは、10年ほど前に亡くなった祖母のことでした。

“入浴介助が必要な祖母と一緒に温泉に行く”

当時はまったく思いもよらなかったことが、嬉野温泉で実現していることに驚きと感動を覚えました。

佐賀県内の約700件(2019年1月時点)のバリアフリー情報を紹介・発信するWebサイト「さがすたいる」とgreenz.jpの共同連載。今回は、「さがすたいる」にも多くのお宿やお店が掲載され、「ひとにやさしいまちづくり」を進める嬉野温泉の取り組みを、「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」事務局長の吉川博光さんと、「割烹旅館 鯉登苑」の若女将・山口絵美菜さん、「デイサービス宅老所 芽吹き」代表の中林正太さんにうかがいました。

「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」事務局長の吉川さん、「割烹旅館 鯉登苑」の若女将・山口さん、「デイサービス宅老所 芽吹き」代表の中林さん

契機となったユニバーサルデザイン全国大会

嬉野温泉でのバリアフリーの取り組みは、谷口太一郎前嬉野市長の「ひとにやさしいまちづくり」から始まります。「住んでいるひとにも、観光で来られるひとにも、やさしいまちであるように」という“理念”をお持ちだった前市長のリーダーシップのもと、15年ほど前からさまざまな施策がスタートしました。

同じく福祉政策に力を入れていた佐賀県の協力もあり、平成22(2010)年にはユニバーサルデザイン全国大会が嬉野市で開催されます。
そちらに先立って市内の旅館にユニバーサルデザイン対応の協力を募ったところ、いちはやく手を挙げたのが、現在のバリアフリーツアーセンターのパンフレットにも「やさしい旅館」として記載されている、12の旅館だったのです。

12の旅館は、補助金だけではなく、自らの資金を使ってバリアフリー化に取り組み始めました。そして同じ頃、「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」が開設されます。
バリアフリーツアーセンター……あまり耳慣れない言葉です。

吉川さん 「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」は、平成19(2007)年に「和多屋別荘」の小原健史社長(当時)の呼びかけで、民間の任意団体として開設されました。全国的にもバリアフリーツアーセンターは少なかったのですが、嬉野では三重県の伊勢志摩を参考にしたそうです。

当センターでは、希望される旅行の日程やご予算などについて、まずお電話などでご相談を受け、ご宿泊先などをご提案します。車椅子の無料貸し出しや有料の入浴介助サービスの手配など、すべての方に安心して温泉旅行を楽しんでいただけるようサポートする役割を担っていまして、毎年、年間あたり300件から400件ほどご相談をいただいています。

「割烹旅館 鯉登苑」のバリアフリールーム「かすみ」。玄関からもっとも近い1階のお部屋

「かすみ」のトイレと内風呂のための脱衣所。広々した空間で介助がしやすいよう配慮されている

「かすみ」の客室部分。ベッドとベッドの間が広くとられており、車椅子も入れやすい

吉川さん 嬉野のいいところは、「選択肢がある」こと。そこにまずお客様はびっくりされます。他の温泉地では、行けるところはあっても限られているんです。ご希望を聞き、「では、どこにしましょうか」と言うことができるのが、嬉野の最大の強みです。

もちろんお客様の体の具合が一番考慮されますけれど、それだけではなく、そのお客様のお好きな雰囲気、ご予算、ご家族のご意向等を含めて相談しつつ、旅の計画を一緒に立てていくんです。出かける前からワクワクできるのって、旅の楽しみですよね。パンフレットにも書いていますが、嬉野では、 “行ける”ところではなく、“行きたい”ところへ、行くことができるんです。

関東からのUターン後、嬉野市の観光協会から「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」に転職したという吉川さん

おもてなしDNAが刻まれたまち・嬉野

「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」という名の通り、こちらでは佐賀県全域のバリアフリーツアーの相談が可能とのことですが、嬉野温泉に比べれば、バリアフリーはまだまだ各市などの地域的な取り組みとはなっていないのが現状です。

なぜ嬉野温泉は、現状では“特別”なのでしょうか。

吉川さん この20年ほどで、嬉野のまちの様相はずいぶん変わりました。ですが、住んでいる人の心や考え方などは変わっていません。

嬉野の人の一番の特徴は、「“外から来た人をしっかりおもてなしする”ことが、特別なことではない」、ということ。おもてなしのDNAが刻まれており、バリアフリーもおもてなしの延長でしかないんです。健常の方をおもてなしするのと同じように、障がいをお持ちの方や高齢の方をおもてなしする、そのための手法がバリアフリーだととらえています。

ほかの土地よりもバリアフリーの考え方がスムーズに受け入れられたのも、そういった土壌があるのではないでしょうか。

山口さん 私は熊本の出身で、社会人になってからこの嬉野に来たのですが、家族のように迎えてくれるアットホームな居酒屋さんとかばっかりで。観光客に慣れているからか、どこのお店の方もやさしくて、とても居心地が良かったので、いつのまにか永住することになってしまいました(笑)

お客様を迎える側になって、わたしたちにとっては、足が不自由だったり、目が見えなかったり、耳が聞こえづらかったりといったお客様も、アレルギーがあるとか、潔癖症だとかの、他のお客様と同じなんですよね。「今日はこんなお客様がお越しだなぁ」というなかに、障害のある方がおられるといった感じですね。

特段意識することはなく、どのお客様に対しても、「来ていただいたからには満足してお帰りいただきたい」という想いで心を込めておもてなししています。

以前は医療施設で検査技師をしていた「割烹旅館 鯉登苑」の若女将。近年は旅館のSNS発信などに力を入れており、その明るい人柄にファン多数

プロの入浴介助を温泉施設で

嬉野温泉の取り組みのなかで、特に驚かされたのが「旅館の温泉で、入浴介助サービスが受けられる」ことでした。しかも、2人の介助ヘルパーさんがついて、入浴1回につき5,000円。とても良心的な金額ですよね。ですが、これを高いと感じたのは、他ならぬ介助ヘルパーさん自身だったと言います。

吉川さん 初めて嬉野温泉で入浴介助を行ったヘルパーさんは、いつも大変驚き、そして感動して帰られます。入浴介助という、ふだんとやっていることは同じでも、こんなに感謝されるのか、と。入浴介助サービスを始めた頃のヘルパーさんは、「5,000円も取れないよ、高いよ」と及び腰でした。

ですが、実際に利用されたお客様からは、「本当に5,000円でいいの?」といった声をいただくことも多く、これまで諦めていた温泉に入ることができるということに、他では味わえない“バリュー(価値)”をお客様は見出してくださっているんですね。

中林さん 僕たちは、事前にお客様が泊まられる旅館さんの部屋を確認し、また、バリアフリーツアーセンターの方から伝えていただいた情報をもとに、実際の入浴の介助を行っています。

その際、「最後の親孝行ができた」とか「まさかまた嬉野の温泉に入れると思わなかった」といった感謝の言葉をいただくことがあるのですが、鯉登苑さんをはじめとする温泉旅館での入浴介助では、お世話をするというより、もらうもののほうが多いんです。「してやっている」といったことを感じたことはないですね。

 中林さんは、20代で立ち上げた「デイサービス宅老所 芽吹き」のほか、「分校café haruhi」なども運営

取材当日、実際に鯉登苑さんのバリアフリールームの内風呂で入浴介助の様子を見せていただいたのですが、温泉につかりながらニコニコ笑うおばあちゃんの幸せそうな顔に、知らずにこちらも笑みがこぼれます。「感謝と幸福の循環」がそこにはありました。
(*)女性の入浴介助の場合、できる限り女性スタッフで対応。今回はご家族と「割烹旅館 鯉登苑」の許可を得て、タオル着用のうえ撮影させていただきました。

働き手にも優しいユニバーサルデザイン

順風満帆のような嬉野温泉の取り組みですが、やはり地方都市として高齢化の波も押し寄せています。「割烹旅館 鯉登苑」でも70代の従業員さんも多く、「どっちが助けてもらう側がわからん」といった冗談が飛び交います。

「おねえさん方の高齢化が進んでいますから、少しでもサポートできたら」と話す若女将の山口さんに、「バリアフリーは、お客様だけのものではないんですよ」と語る吉川さんと、高齢者の就労支援も行っている中林さんのお話は、新たなバリアフリー、ユニバーサルデザインの可能性を広げてくれました。

吉川さん 旅館さんの中でのバリアフリーというのは、お客様へのおもてなしであるとともに、従業員にとっての業務の改善にも非常に役立っていると言われます。

館内の段差を少なくすることで、お料理を持ち運ぶときに足元を気にしなくてよくなったり、ダイニングテーブルでのお食事に変えることで、腰をまげずにお料理を並べることができたりと、仲居さんの配膳が非常に楽になるんです。嬉野ではないのですが、バックヤード側をすべてバリアフリー化した旅館さんもあるくらい。バリアフリーにはいろいろな側面があるんですよ。

中林さん 僕の夢というか目標として、高齢者の活躍の場をつくるというものがあります。「働く」って一番の生きがいなんですよね。仕事がなくなった瞬間、人って何もやる気が起こらなかったりするでしょう。高齢の方の知恵と経験を活かせる場をつくっていきたいですね。

吉川さん そうやって高齢の方が働いて得たお金を使って温泉に行こうとしても、バリアフリー化された温泉がなければ温泉にも行けません。だから、僕らがやっている高齢者や障がい者の受け入れと、高齢者、障がい者の居場所、働き場所をつくるということは実はリンクしているんですよ。

山口さん 「どんなお客様にも喜んでいただきたい」という想いと「働く側も楽しくおもてなしをしたい」という想いがあります。今後は、高齢なおねえさんたちでもスムーズに働けるよう、業務の効率化を図りながら、新しい風も入れつつ、「泊まって楽しい、働いて楽しい旅館」にしていきたいです。

「割烹旅館 鯉登苑」では、露天風呂にも手すりを設置

民間救急車との提携で「来られない人」をなくす

嬉野温泉では、段階的にバリアフリー化を進めています。吉川さんによると、現状は第4段階。間もなく第5段階へと進む準備中なのだそうです。

*嬉野温泉のバリアフリー化の変遷*
第1段階 「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」の開設により、お客様からの旅行の相談ができるようになった
第2段階 「佐賀嬉野バリアフリーツアーセンター」から車椅子などの器具の貸し出しが可能になった
第3段階 旅館側のバリアフリーへの意識が高まった
第4段階 プロの手による入浴介助が可能となり、どんな方でも温泉に入ることができるようになった

そして第5段階。全国初の取り組みが、嬉野で始まろうとしています。

吉川さん 公的な救急出動ではまかえないような、けが人や病気などの方の移動を代行する民間の救急業者という存在をご存知ですか? 病院の転院や入院患者さんの一時帰宅など、救急車は使えないけれど、救急車に準じた設備のある車両で患者さんの搬送を手伝う業者さんです。

福岡県の糸島市にもあるのですが、その業者の方が患者さんと接していて一番言われることが、「このままどこかに旅行に行きたい」ということだそうです。そこでそちらの業者の方から相談を受けまして、入浴介助のことなど、こちらでできることをお伝えしたところ、「一緒に組んでやりましょうよ!」ということになりまして。

モニターツアーも終わり、現在は具体的なプランを詰めている段階です。お医者さんが同行することによって、重篤な病気や重度の障がいをお持ちで、これまでは旅行を諦めるしかなかった方々が訪れられる温泉地に、嬉野は来年度からなります。これは、全国でも嬉野だけだと思いますよ。

全国初の取り組みをやりとげようという並々ならない強い意志と自信が、吉川さんの体全体から伝わってきました。

事務局長の最終目標は“失業”!?

バリアフリーには言語や文化の壁のある外国人なども含まれますが、今後は「すべての人」へ向けた嬉野モデルの深化と県内全域、そして全国への嬉野モデルの拡散が目標と話す吉川さん。そして、その最終到達地点は「バリアフリーツアーセンターがなくなること」だそうです。

吉川さん バリアフリーツアーセンターというものがあるうちは、まだユニバーサルな世の中ではないんですよ。われわれが持っている情報を、ふつうに観光案内をしているおばちゃんが、「あそこ車椅子いけますよ」となって、うちの存在が必要なくなるということが最終的な到達点でしょうね。言うなれば、失業に向けて頑張っています。はやく失業して自分の仕事をなくしたいですよ(笑)

中林さん いままで介護のかの字も知らなかった人が、当たり前に「自分もヘルパーできますけど」、というように変わっていくことができるのではと思います。「福祉と観光のハイブリッド」が可能な嬉野では、すでにその土壌ができているので、仲居さんなどが「わたしもヘルパーできますけど」となっていってほしいです。

もっともっと広がってほしい「さがすたいる」

最後に、皆さんが「さがすたいる」に求めることをうかがいました。

中林さん 見ず知らずの外国の方と接するときに感じることと通じるところがあると思うのですが、なぜ皆さんが障がいのある方との接し方に戸惑われるのかというと、ただ“知らない”だけだと思うんです。ですから「さがすたいる」などをきっかけにそういった人がどんどんまちに出ることによって、まちの人たちが当たり前にそういった人たちの対応ができるようになり、そこから意識が変わっていってほしいですね。

山口さん 「食べログ」や「ぐるなび」などと同じように「さがすたいる」でお店を探してみよう! 旅館やホテルを選ぶときに「じゃらん」や「楽天トラベル」を見る前に「さがすたいる」をチェックしよう! というふうになればいいですよね。宿としては「さがすたいる」に、つねに最新の情報をご提供できるようにしてまいります。

吉川さん ユニバーサルデザインやバリアフリーを、いろいろなアプローチで県民に広く伝えることによって、実は“自分にも関係が深いことなんだ”と気づかせてくれるメディアであってほしいですね。

皆さんの明るい笑顔が印象に残る。それぞれ異なる立場にありながらも、この“仲の良さ”が嬉野温泉を支えている

「ちょっと聞いて聞いて。嬉野すごかった!」

すぐれた取り組みには、思わず人に話したくなる魅力と感動があります。10年ぶりに訪れた嬉野のまちは、今回の取材でその印象を大きく変えました。“日本のどこかにはある古い温泉地”から、“日本一やさしい温泉地”へと。

思い込みは、人の目を曇らせることが多くあります。「できない」と思っていたことも、実は簡単に乗り越える方法があるかもしれない。そんなことを嬉野温泉の取り組みは教えてくれます。

知ることで、できること、やってあげられることは、確実に増えていきます。それは、佐賀嬉野バリアフリーツアーセンターの存在だったり、「さがすたいる」を知ることかもしれません。「10年ぶりに温泉に入れた」。今回入浴介助の取材にご協力いただいた車椅子のおばあちゃんの笑顔は、キラキラと輝いていました。

新しい世界の扉は、あなたが少し意識しさえすれば、すぐ目の前に開いています。

(photo: Koichiro Fujimoto)

– INFORMATION –

さがすたいる ~さがらしいやさしさのカタチ~

【地域に居場所つくりを!】レッツさがすたいるトークで見つけた支えあいのカタチ
https://editors-saga.jp/editors/editorssaga/20190321_594.html

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