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「許す、認める、受け入れる。誰とも比べなくていい」。NPO法人D.Live田中洋輔さんに聞く子育てに必要なふたつのこと。

「子どもを有名大学に入れる方法」、「叱らない子育て」など、書店にはさまざまな子育て本が並びます。専門的な知見や先輩ママの子育て経験談が紹介される本は、とても有益。しかし一方で、本に書かれた「○○しなければならない」「○○であるべき」に捉われ、子どもを優先するあまり自分をないがしろにしてしまう人もいます。

「子どもがなりたい自分に向かって思いきり取り組める社会をつくる」をミッションに、滋賀県草津市でNPO法人「D.Live」を運営する代表理事の田中洋輔さんは、保護者に2つのことを大切にしてほしいと伝えています。

子育ては大変だと理解すること。
そして、子どもよりも”私”を大切にすること。

子どもがなりたい自分に向かって取り組める社会をつくるには、まず、子どもに関わる保護者や教師が変わる必要がある。そんな思いで活動する田中さんに、「D.Live」のほしい未来についてうかがいました。

田中洋輔(たなか・ようすけ)
1984年大阪生まれ。立命館大学文学部卒。高校・大学と不登校を経験するも、周りの人たちに支えられ、少しずつ外に出るように。「自分が経験した、しんどい思いを子どもたちには味わってほしくない」と2009年より任意団体「D.Live」として活動を開始。2012年NPO法人化、代表理事に就任。しんどい思いをしている子どもの背景には自尊感情が関わっていることを知り、講演活動や勉強会を通じて、子どもと関わるすべての人たちと共に子どもの未来を変えていこうと活動する。

子どもの自信を育む居場所

D.Liveの取り組みは過去にも一度greenz.jpでご紹介しました。最初の取材から約2年を経て、その活動の輪はどんどん広がっていました。
まずは、D.Liveの事業を改めてご紹介しましょう。

D.Liveが取り組む事業は、大きくわけて子ども向けと保護者向けの2種類。
子ども向けに展開するのは、子どもたちの自信を育むための教室「TRY部」と子どもの居場所づくり事業「TudoToko(つどとこ)」です。

「TRY部」は2014年からスタートした、子どもの自信を育む教室。中学生と高校生を対象に、平日の夕方、週1回のペースで開講しています。「TRY部」には、学習塾のような科目学習はありません。子どもたちのやる気に火を付け、勉強の意欲が高まるような計画や習慣づくりに重きを置いた授業を行なっています。

もともと夜のみだった「TRY部」ですが、保護者からの声を受けて、2017年4月から昼の部も開講。「昼TRY部」として、不登校の子どもを対象にしたフリースクールの運営もはじめました。

教室を開けているのは、平日の10時から13時まで。カリキュラムは決めずに、ランチを食べたりゲームをしたり、スタッフとおしゃべりをしたりと自由に過ごします。

「昼TRY部」ではさまざまな年齢の人と関わるため、「コミュニケーション能力や人間関係構築力が身に付きやすい環境にある」と田中さん。対人関係に自信を持った不登校の子どもが、主体的に学校へ行く選択をすることもあるそう。そのため、「昼TRY部に行けば、子どもが元気になる!」と保護者の間で話題にのぼることも増えているようです。

昼TRY部を開いているのは、大津市でD.Liveが運営する「マグハウス」。今回お話を聞いた場所でもあります。

2017年7月からは、草津市の子ども家庭課から委託を受け、子どもの居場所づくり事業「TudoToko(つどとこ)」にも取り組み始めました。対象は、ひとり親家庭の中学生です。

「TudoToko」の軸は、“食べる”“学ぶ”“遊ぶ”“話す”の4つ。勉強をしたり夕食をつくって食べたり、ワークショップをしたり。週1回・2時間を一緒に過ごす中で、子どもたちは、大人とそして子ども同士で信頼関係を築いています。

夕食づくりの様子。70代のおばあちゃんをはじめ、大学生や民生委員などたくさんの方々がボランティアに来ています。

「TudoToko」は登録制で、食事の提供と学習支援などを組み合わせたオリジナルプログラム。誰でも予約なしで利用できる「子ども食堂」とは違うアプローチから、ひとり親家庭の支援を行っています。

「子ども、大人、みんながつどうところ」という願いを込めて名付けられた「TudoToko」。オープンから約1年半が経過し、「子ども食堂」でも学習支援でもない「TudoToko」は、自宅のリビングでくつろぐように自然体で過ごせる、みんなの居場所に育っています。

D.Liveだから伝えられる子どもとの関わり方

大人向けに取り組むのが、「個別相談」と「講座・研修」です。

「昼TRY部」を開講してから、D.Liveには不登校の子どもを持つ保護者からの相談が増えはじめました。そこで保護者が子どもとの関わり方に悩んだ時、気軽に相談できる「個別相談」も実施しています。

悩みを聞くだけではなく、子どもが変化するお手伝いをするところがD.Liveならでは。「こんな関わり方はどうでしょうか?」、「この本が参考になるかもしれません」と具体的なアドバイスをすることで、保護者も子どもも変わっていくサポートをしています。

不登校に関する動画配信にも取り組んでいて、全国各地から受講があるそうです。

また保護者や教員向けの「講座・研修」にも力を入れています。教室運営をする中で培った子どもとの関わり方や子どもの自信の育み方などを、わかりやすく、すぐ実践できる方法で伝える講座が好評です。

副代表の得津秀頼さんの講演の様子。代表の田中さんは、不登校・引きこもりの経験者で当事者。得津さんは、元小学校教員。当事者だったからこそ、現場で働いていたからこそ伝えられる内容です。

保護者に伝えたい2つのメッセージ

このようにさまざまな事業を展開するD.Liveですが、「保護者に届けたいメッセージは2つ」と田中さんは言います。それが冒頭にも書いたこちら。

子育ては大変だと理解すること。
そして、子どもよりも”私”を大切にすること。

2つのメッセージには、田中さんのどのような思いが込められているのでしょうか。

保護者と話す中で、僕らが当たり前だと思っているこれらのメッセージは当たり前じゃない、と気づいたんです。少しアドバイスをするだけで、保護者の子どもへの関わり方が変わる瞬間を何度も見てきたんですね。

「TRY部」と「TudoToko」を運営していますが、僕らが子どもたちに接する時間はとても短い。僕らが関わることで子どもたちが変わることよりも、長時間子どもと関わる保護者や学校の先生の関わり方が大事だと思っています。だから大人向けの講座や研修をして、D.Liveの考えを広めています。

保護者向けの講座の様子。

講座や研修で、田中さんは決して保護者に向かって「がんばれ」とは言いません。

子育ては感情労働。感情を使って子どもに接するので、めっちゃしんどい。子育ては難しいし、失敗して当たり前なんです。

しかしメディアでは、仕事も育児も完璧にこなすスーパーウーマンが取り上げられて、賞賛されていますよね。それを見た保護者は「私には真似できへん」って凹んでしまって。社会的圧力を感じたり、子育て本を読んで余計に心をすり減らしたりしています。

「親が変われば子どもが変わる」という言葉を鵜呑みにし、自分を犠牲にして子育てする人もたくさんいます。でも、それでは親も子どももしんどくなってしまうから。僕は「お母さん、がんばらなくていいですよ」といつも伝えているんです。

「親だから○○しなければならない」と思い込んでいる保護者の考えを、田中さんは講座を通してときほぐしていく。

保護者はまず“私”のための時間をとって、“私”を大事にしてほしい。“私”が満足している状態、楽しい状態じゃないと子育てはできません。自分を削って子どもに接していると、「なんでこんなにがんばっているのに、わかってくれへんの」となってしまいますから。

僕の自信はどこにある?

子どもよりもまず、“私”を大事にすること。この考えに至った背景には、田中さん自身の不登校経験が関係しています。
かつて「自分はプロになれる」と疑わず、メジャーリーガーを目指していた田中さん。高校は強豪校へ進み、練習に明け暮れる毎日を送っていました。しかしコーチの心ない一言で、子どもの頃から持ち続けていた自信は、ポキっと折れてしまいます。

ある日コーチは僕に、「がんばってスコアラーでベンチに入れよ」って言ったんです。選手として期待されていないことがショックで、部活を辞めました。そして僕はダメなやつ、逃げた自分というレッテルを自分自身に貼るようになりました。

大学に進学しても、自分にまったく自信を持てませんでした。自信に関する本をいつも読んで、ずっと追い求めていたからすごくしんどかった。
よく芸能人と比べていたんですよ。小栗旬がドラマの主演に決まれば落ち込むし、同い年のSuperflyの紅白出場が決まれば「僕なんか…」と。

田中さんの講義を聞いて、「子どもとの関わり方が楽になった」、「子育てがしんどくなくなった」という人も多いそうです。

自分に自信がなく、他人と比較ばかりしていたかつての田中さん。だからこそ、子育てに悩む保護者の気持ちが手に取るようにわかるのかもしれません。

大学生の時の僕と保護者がやっていることは同じ。「ある子どもが海外のショップで一人で買い物ができた」という記事を読むと、「うちの子どもにも英語を習わせないとあかん」と思ってしまうんですよね。

自信を探し続けていた田中さんが、真っ暗闇の中で見つけたもの。それが、自尊感情でした。

野球を諦めたことで、無意識に他の分野で圧倒的な成果を出さないといけないと自分に課していたんです。過去の自分への贖罪のように。そんな時に、自尊感情を知りました。“私”が一番大切。自分を許す、認める、受け入れる。誰かと比べて素晴らしいとか、結果が出ているから素晴らしいとかではないんです。今の自分がgood enoughなんだと。

D.Liveは、2015年に「子どもの自信白書」を製作しました。上図はP4に掲載されている「自尊感情4つの構成要素」。自尊感情とは、良いところも悪いところもかけがえのない自分として受け容れる気持ちのこと。

誰でも気軽に来れる居場所をつくりたい

「過去の自分を許したことで、とても生きやすくなった」と振り返る田中さん。心の重荷を下ろしたことと呼応するように、D.Liveの事業も大きく飛躍し始めています。

2016年に取材した時、TRY部に通う子どもは4名でした。あれから3年、現在は約40名の子どもたちが、D.Liveのさまざまな教室に通っています。

2009年に任意団体としてD.Liveを立ち上げてから10年。次の10年を見据え、D.Liveはどのような方向に進んでいくのでしょうか。

草津に誰でも来れる居場所をつくりたいです。子どもの頃、「学校へ行きたくない」と言うと、おかんが喫茶店へ連れていってくれた原体験があります。僕はそこで人との関わり方を身につけていきました。だから学校でも家でもない、不登校の子だけが通う場所でもなく、誰でも来れる開かれた場所がほしいなと。

昼間は地域のおじいちゃんがコーヒーを飲んでいて、子連れのママさん達がいて、夕方になると子どもが宿題をしていて、その側でサラリーマンが打ち合わせをしている。みんなのコワーキングのような場所をつくりたいですね。

そしてもう一つやりたいことがある、と田中さんは続けます。

不登校支援者の学びの場が少ないので、講座の動画配信に力を入れていきたいです。全国に「昼TRY部」をつくるのは難しいですが、動画で保護者の方々に伝えられることはたくさんあります。現場で得た知見を発信しながら、全国ネットワークをつくっていきたいですね。

さまざまな子育て情報を耳にする中で、時に誰の言葉を信じたらいいのか、何が正しいのかわからなくなってしまうこともあるかもしれません。そんな時はまず、自分の心に手を当ててみませんか。

「よくがんばっているね」と自分を褒めてあげたり、「今、楽しい?」、「“私”はどうしたい?」と問いかけてみたり。自分に矢印を向けることで、子どもとの生活はもっと楽しくなりそうです。

(写真提供:NPO法人D.Live)