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都会暮らしから手を伸ばせばすぐだった。必要なのは“自分の手で”という小さな覚悟。「軍兵六農園」小橋夫妻の“当たり前”を問う生き方とは?

「20年ほど前から、若者が地方へ向かうことや、農業をやることは当たり前になるんじゃないか。そう確信していました」とあるエッセイで書いているのは、人類学者の中沢新一さん。その言葉どおり、いま土に触れることや、農業を選ぶ人が少しずつですが増えています。

新規就農者数はここ10年ほど年5〜6万人と横ばいですが、新規参入者は、数字はまだ小さいものの、10年前に比べると1.8倍に。(*)49歳以下の全新規就農者は4年連続で2万人超え。助成金などの制度が後押ししていることもありますが、新たに農業を志す人の多くが有機栽培などオーガニックな農業を目指していて、生業としてだけでなく、自然回帰の手段としての農業であることもうかがえます。

そうしたブームに先んじて小橋寛生(ひろお)さん英里(えり)さん夫妻が、茨城県大子町で自給自足的な農業を始めたのは2006年のこと。連載「あきない夫婦のローカルライフ with茨城県北・大子町」は、地方暮らしを始めたい方々に、先人が今ある暮らしをどうつくってきたのか、そのヒントや思いを紹介する連載企画。第3回となる今回は、小橋夫妻の暮らしと仕事、今に至るまでの道のりを伺います。

(*)新規参入者とは、もとは農家でなく新たに始めた人。平成20年1960人が平成29年に1.8倍の3640人に。平成29年の全新規就農者数は55,670人。「平成29年新規就農者調査」より(農林水産省)

自給自足の延長にある農業を、実現しやすい土地へ

小橋夫婦は、大子町の中でも標高の高い、山あいの集落に2人のお子さんと暮らしています。約50種の野菜を無肥料無農薬で育てる、少量他品目型の農業。もともと札幌の町なかに暮らしていた2人ですが、就農したいと先に茨城へやって来たのはご主人の寛生さんでした。

寛生さん 札幌では自動車部品メーカーに勤務していましたが、ずっと田舎暮らしがしたいと思っていたんです。自給自足の延長にあるような農業がしたくて。北海道でという選択肢もありましたが、向こうの農業は規模が大きすぎて、機械などの先行投資がバカにならなかった。それより、自分は小さな畑で多くの種類を栽培したかったんです。茨城県より北では冬の寒さが厳しくて、栽培作物が限られるので、関東がいいなと。

32歳で茨城の農業学校に通い、その縁で大子町の家と畑にめぐりあいます。2006年に英里さんも加わり「軍兵六農園」をスタート。現在、都心や地元の個人のお客さん向けに野菜セットを直販。ほか飲食店や地元ホテルなどにも卸しています。

2010年には有機栽培から炭素循環と呼ばれる農法に切り替え、さらに味の評判もよくなりました。炭素循環とはキノコの菌を使った農法で、肥料を入れずとも、菌が土中の養分を作物の根に運んでくれる働きを生かした農法のこと。

寛生さん もともと自然農に興味がありましたが、理屈を考えるとなかなか納得できなくて、手を出せずにいたんです。でも、炭素循環の講義ではすぐに合点がいって、知った翌日には菌床を探しました。

キノコの廃菌床を畑に入れる。

畑へ案内いただくと、日当たりのよい気持のいい場所で、菌の働きによって土が団粒化し、ふかふかしていました。一面に広がる大豆畑には立派な房がぎっしり。収穫終盤を迎えたローザビアンカや白ナスなど珍しい品種の夏野菜も色鮮やかに実っていました。始めた当初は5反(1反は1キロ平方メートル)ほどだった畑も、今ではハウスも含めて3倍の1町5反の広さになっています。

流れに身を任せて出会った、仕事のよろこび

自分でこの道を選んだ寛生さんに比べて、英里さんは、彼との縁を頼りに大子町へやってきました。しかも訪れた時はまだ結婚する予定はなかったのだそう。農業を始めたばかりで、寛生さんも結婚を考えられるような状況ではなかったのです。

英里さん 札幌に居た頃から交際していましたが、しばらく会っていなかったんです。本格的に農業を始めたと連絡があった時、私も前の仕事から離れたばかりで。どれくらい滞在するかも決めないままにやって来て。彼は野菜をつくってはいるけど、売る目処がまったくついていなかった。じゃあ私しばらく手伝うよ、って感じでこちらでの生活が始まりました。

札幌ではアート系のギャラリーで働いていて、接客には慣れていた英里さん。まずは野菜の定期購入をしてくれる人を募ろうと、友人のツテをたどって、東京都内のマンモス団地前で野菜のゲリラ販売を試みました。そこで、生まれて初めての体験をします。

英里さん  団地から出てくる人たちに野菜を勧めると、みんなぱっと笑顔になるんですよ。茨城県北から来たと知ると、私、会津出身なんだよぉって懐かしそうに話してくれるご老人もいたり、一切嫌な顔はされなかった。

そのとき、野菜って人とコミュニケーションを取る上ですごく素敵なアイテムだなって思えたんです。食べ物だからか、人の気持の奥の方にすっと入れる。仕事として農業を考えると、今は営業しかできないけど、すごく魅力のある仕事だなと当初思いました。

もともと自然への興味はあったものの移住することまでは考えていなかった英里さんでしたが、「近所の新規就農農家仲間と話していると、みんなほんとに楽しそうだった」と当時を振り返ります。

英里さん 売上の見通しもまだついていないし、みんな大変な状況のはずなんだけど。うちの主人も含めてどうしてこの人たちこんな気持ちよく笑ってるんだろうって(笑)

でも気付けば私も一緒に笑ってるんです。不便だったり大変なことも多いけど、自然にもまれて、ああ採れたね美味しいねって一緒に食べる。それはきっと人間のもっている根源的な喜びみたいなものなんじゃないかな。年末はどんなに忙しくてもみんなで餅つきで集まったり。その喜びが年々深まっています。

自給自足的な農業で生計を立てるために。
夫婦の役割分担が大事

2008年に、2人は正式に結婚。農園を始めて以来ずっと、寛生さんが生産を担当、英里さんが畑仕事のほか、営業と情報発信などを引き受け、2人3脚でやってきました。夫婦で同じ仕事をしているがゆえの楽しさと、難しさがあります。

いい時も悪い時もお互いが状況をわかるため、同じ気持ちで協力し合えるのがよいところ。草刈りや種まきなど農作業は単調な仕事が多いのですが、一緒にやることで会話もでき、楽しい時間になります。一方、立場の違いから意見が対立することも。

英里さん 主人が新しい作物、例えばメロンをつくることにしたからと言っても、そのあとの売り先は考えていなくて後は任せたって(笑) 彼は栽培に興味があるんですね。野菜のでき具合に関して、得意先からのクレームや問い合わせは私に来ることが多く、ずるいと感じる時もあるけど、畑の作物や子どもを相手にすると輝くのが夫の長所でもあり、それを引き出すのが私の役目かなと思っています。

ナスだけでもさまざまな種類が。写真はローザビアンカ。

農協を通さずお客さんに直に販売するスタイルでは、営業面を担当できる人がいるのは貴重です。英里さんが消費者の立場に立つことで、バランスが保たれているよう。出荷時には、寛生さんが収穫してきた野菜を、英里さんが洗って梱包、選別します。無農薬栽培なので虫にやられることも多いけれど、オーガニックな栽培をしていることを言い訳に、お客さんに甘えたくないと話します。

英里さん 中にはこれくらい大丈夫と言ってくださる優しいお客様もいますが、(虫食いでも)大丈夫かなと思って入れた野菜が仇になり、それ以後注文が途絶えることもあります。そうなると、もうよほどのことではその方は戻ってこない。自給的な農業の延長上でやっていると意識がゆるくなってしまうので、2人の間でも敢えてお互い口にして少しでも質のいいものをお届けできるよう気をつけています。

「軍兵六農園」の野菜セットに入れるお野菜。

心の底から共感し合える価値観

一方で、「作物は商品であって、商品じゃない」とも思っているという2人。

英里さん もちろんお金が介在しているから野菜は商品なのですが、それ以前に、やはり“命”なんですね。それぞれの作物が時間をかけて生長する姿はとてもけなげ。それは自分の命と対等で、その命と自分の命が一つになって、生きるエネルギーになっている。そうして身体が充実すると、不思議と心も満たされるんです。作物は命の糧であって、単なる商品とは少し違う。その理解を深めていくのに私はとても時間がかかりました。

人間の手助けも必要だけれど、基本的に、作物は自然の力でできるもの。寛生さんの営む農業の本質を英里さんは今しっかりと理解していて、だから心を合わせて進むことができるのかもしれません。

年に一度はお客さんを招いてのサマーイベントも行っています。畑で寛生さんのレクチャーをもとにみんなで収穫をして翌朝は野菜を調理。その後は近くの清流で川遊びも。東京から訪れた20〜30人の親子連れが、自然の多い大子町の環境を大喜びで楽しみます。

英里さん 数年続けてきた中で、大子町をふるさとのように感じて下さるお客様が多くなりました。就農当初、二人で決めた指針に「食べてくれる方のふるさとのような農園でありたい」という想いがあったので、毎夏こうして集うのが、何よりの励みになっています。

田舎暮らしを始めて受けた洗礼

小橋さん夫婦が暮らす集落は、美しい田園に農家造りの家が点在するのどかな地域。農業をやるなら理想的なロケーションでありながら、町まで車でわずか15分と買い物など生活にも困りません。それが大子町のいいところ。

ただし2人とも田舎暮らしに慣れていたわけでなく、家の管理は今も大変なのだとか。暮らすのは、築105年の大正時代の古い民家で、大きな土間があり、薪ストーブに薪風呂。町育ちの英里さんにとってはカルチャーショックだらけでした。

英里さん 家が古いので雨漏りなどもありますし、公道から家まで数百メートル続く道の草刈りも、薪の準備もひと仕事。それにここ、イノシシ銀座なんです。帰ってきたらまず車のライトに照らされたイノシシのおしりが見えるんですよ(笑)

家族で過ごす居間は、新しい木材できれいに直しましたが、「ほかにも直したいところはたくさんあるけど、まだまだ道半ば」と笑う英里さん。

家の前は入居したばかりの頃は草で覆われ道なき道だった。鉄骨ハウス(鉄骨できた頑丈なビニールハウス)は、寛生さんが解体から設営まで3年がかりで一人で手がけた。

これは男の人の仕事だからと寛生さんに家の修繕を頼んでも、野菜づくりで忙しい彼から返ってくる言葉は「自分でやってみたら」。「厳しいようだけれど、ことあるごとに主人から自分でやれ、それが当たり前だと言われ続けました」。自分にまだ甘えがあったのかもしれないと気付かされたのは、初めて鶏を絞めた時のこと。

英里さん ご近所からうちで捌いてくれないかって鶏をもらったんです。ここで暮らしていくなら、自分で絞められるようにならないとダメだって主人に言われて。

鶏を苦しませないためにぎゅっと首を引っ張って、一息に包丁をいれなきゃいけないんですが、これがうまくいかなくて。こっちは必死なんだけど、主人にもっと力入れろ! ちゃんとやれ! って怒られながら。楽に死なせてあげられなくてこの子に悪いなって。結局途中で主人に交代したんです。その時ほど、自分の至らなさを痛感したことはなかった。非力さというか、覚悟の足りなさを感じたというか。それから少し変わったかな。自分にとって禊になったような出来事でした。

「普通の生き方」って何だ?

ここで生まれ育った双子の子どもたちは、今やもう小学校4年生。最寄りの小学校は、2キロ歩いてバスに乗りさらに1キロという遠さ。それでも2人とも伸び伸びと育っていて、教育環境に大きな不安は感じていません。どんなに多忙でも、子どもたちに合わせて月に1〜2回は休みを取り、近くの海へ釣りに行ったり思い切り遊びます。地域の清掃活動やお祭りにも積極的に参加しています。

家族4人で。

家族で行う、みそづくりの様子。

移住者であることは、何かすると目立ちやすいというデメリットもあるけれど、周りに気にかけてもらうことが多く、有難いと感じることも多いそう。農家に限らず、町の商店街の人たちとも交流があり、小さな町ゆえにコミュニティに属している実感を得やすいのも田舎暮らしの醍醐味だといいます。

毎日、夕方の17時になると、小橋家の周りにはカーンカーンという薪を割る音が響き渡ります。
お風呂を沸かすために、木材を細かく断裁する音。

英里さん この音を聞くと、なんかいいなぁって思うんです。確かに今の暮らしは不便なことも多いけれど、こういう生活をしていなかったら、知らないことだらけだった。人生が今ほど深まらなかったと思うんです。

お風呂の準備は寛生さんと英里さんが交代で行う。後ろは敷居をくぐるとまず土間がある、農家造りの家。

寛生さんのことを「札幌で会ってた頃の主人とは全然違って、たくましくなった」と話す英里さん。

英里さん 私ができないことがあったり主人に頼ろうとすると、自分でやるのが普通、普通道だって言うんですよ。普通道とは主人の造語で、要は、生きていくための当たり前ということ。それをやらなかったら、食べるものがない。そしたら誰がやるの、あなたやるでしょう? それは普通なんだって。そんな風に主人に鍛えられたところがあります。

寛生さんのいう“普通道”は、現代の当たり前に「人間本来の生き方ってどうなんだっけ?」という問いを投げかけているようにも思えます。

寛生さん どうしても人の目を気にしながら生きる世の中じゃないですか。だけど、自分が本当にやりたいこと、自分が普通だと思うことを、ただやっていけばいいのかなって。それで周りから変人と思われるかもしれないけれど、そんなこと気にせずに生きていきましょうよということなんですけどね。

今の都会は自然から離れ、社会には情報ばかりあふれて、人の活動も脳内活動に偏っています。自然の中で自らの手足を動かして生きる小橋夫妻の生活は、本当の豊かさを身をもって理解するための田舎暮らしであり、農業なのかもしれません。2人の言葉に少しでも心を動かされる人がいるとしたら、その生き方に学ぶことは多いのではないでしょうか。

<小橋夫妻の暮らしの時間割>

寛生さんの暮らしの時間割。農業は夏と冬で大きくスケジュールが違う。夏は真昼の時間帯を避けて朝夕を中心に仕事。冬もハウスのメンテナンスなどやることは多いのだそう。

英里さんの暮らしの時間割。営業と家事の合間に、畑も手伝う。月1〜2回の休みの日は子供たちと思いきり遊ぶなど。

– INFORMATION –

小橋さん夫妻もゲスト出演! 11/17(土)開催!green drinks tokyo 「地域で暮らす・夫婦で仕事をつくる」with 茨城県北大子町 

 11月17日、パートナーシップと仕事・暮らしについてを話す
green drinks tokyo が清澄白河のリトルトーキョーで開催されます!
詳しくはこちら→ https://greenz.jp/event/gddaigo1117/