縄文を感じれば、生活は豊かにできる。縄文探求ユニット「縄と矢じり」が旅で見つけた回り道する暮らし。

「縄文」が今ひそかなブームです。ブームの要因には様々なものがあるわけですが、その1つは、現代社会に息苦しさを感じている人たちが縄文に「ロマン」を感じていることではないでしょうか。私たちの先祖である人たちが同じ日本列島で今とは全く違う暮らし方をしていた時代、そこから未来へのヒントを得ようとしているのではないかと思うのです。

今回は、そんな縄文のスピリットを「旅」を通して感じ、それを今の生活に活かしていこうと活動している、縄文探求ユニット「縄と矢じり」に話を聞きました。

今回のインタビューは、ユニットを組むgreenz peopleでフォトグラファーの廣川慶明さんとパートナーで縄文ライターの草刈朋子さんが暮らす小金井市の「はけの森カフェ」にて、公開で行いました。当日は、新潟県津南町から借りてきたという火焔型土器も持参していただき、インタビュー後には参加者のみなさんとともに近所を散策して、実際に縄文を肌で感じる時間となりました。

縄と矢じり
フォトグラファーの廣川慶明と縄文ライター草刈朋子からなる縄文探求ユニット。ともにNPO法人jomonismにて縄文イベントの企画と運営に関わるほか、全国の縄文遺跡や博物館を旅しながら各地の縄文のカタチ、環境をフィールドワークしている。縄文好きが高じて、この夏より、縄文遺跡を多数内包する武蔵野台地上に引っ越し、都会暮らしと縄文のハイブリット化を目指している。
https://www.facebook.com/nawatoyajiri/

縄文のスピリットを感じる旅

今は縄文にどっぷりな2人ですが、最初にはまったのは草刈さんで、2人がまだ出会う前のことだったそう。そこからどうやってユニットを結成するまでになったのでしょうか。

草刈さん 私はもともと出版社にいて、ネイティブアメリカンの翻訳本を担当したんですが、その世界観、大地を母と見、太陽を父とするようなネイティブのものの見方が素敵だと思ったんです。

でも、少し距離も感じていた時に、翻訳者の北山耕平さんがブログに「日本列島の先住民文化としての縄文」について書かれていて、縄文を日本のネイティブ、つまりルーツとして捉えることで新しい視点が得られるのではないかと思ったのが興味を持ったきっかけです。

草刈さん その後フリーランスとなり、2009年頃ですが、友人が「Jomonism(ジョウモニズム)」という縄文のNPOを立ち上げたので、参加しました。

そのNPOは、北海道と北東北の縄文遺跡群を世界遺産にしようというキャンペーンを盛り上げることを主目的にしたもので、三内丸山遺跡(青森市)で「フィール・ザ・ルーツ」という音楽フェスを企画したり、国内外で縄文に触発されたアートの展覧会をやったり、いろいろな人に縄文Tシャツをデザインしてもらい展示するという活動をしていました。

2011年の3.11のあとに、DJやパーティオーガナイザーら音楽好きの人たちが未来のことを考えるにあたって、ルーツとしての縄文について考えようという動きがあり、彼らとJomonismが長野で「ワンネスミーティング〜縄文と再生」という野外音楽フェスをやることになったんです。私はそこで縄文エリアを担当しました。

ここで廣川さんが登場します。

廣川さん 僕はそのフェスに参加するアーティストに写真を撮ってもらえないかと声をかけられて行ったんです。その時、僕は縄文なんて全然興味なくて「フェスでなんで縄文なんだろう?」って思っていたんですが、後日、本物の縄文土器を見るとすごくて、「どうしてこんな形してるの?」って。写真を撮る目線で見ると本当に魅力的で、土器の写真を撮りたいと思うようになりました。

その時は、そのアーティストの写真集をつくろうという話もあって、それで草刈さんと出会って、縄文の話を聞いたりして、Jomonismの仲間にもなって、どんどん縄文にハマっていったんです。

縄文を探求しているうちに、いつしか2人は一緒に遺跡を巡るようになります。

廣川さん 最初は土器の写真を撮りに2人で博物館や考古資料館に行って、収蔵庫で写真を撮らせてもらったりしていたんですが、遺跡にも行きたいと思うようになって。

でも遺跡って行ってみるとほとんどが埋め戻されていたり、すでに別の建造物が建っていたりするんです。逆にだからこそ、そこに感じられる名残を探したくなって、現代に埋もれた縄文みたいなものを探す旅を2人でするようになったんです。

ディープに縄文を探求する旅を始めた2人ですが、縄文旅といっても一体何をするのでしょうか。

廣川さん 車にテントやキャンプ道具を積んで、1つのエリアを回るというのが基本です。たとえば九州一周とか。資料館や博物館にも行くんですが、実際の遺跡に足を運んでその場所を感じることが大事。あまりきっちり計画は立てずに、なにか見つけたら遠回りしてみて、そこでの発見を楽しむようにしています。

たとえば、鹿児島では、九州本土最南端の貝塚が佐多岬にあると聞いて行ったんですが、探しても全然見つからなくて。地元の人に聞いたら郵便局長だったという方が来てくれて、地域のお墓の下が貝塚になってることやそれにまつわる話を聞くことができた。

それと、遺跡の近くでキャンプをすることにしています。そうすると、その場所の風土を感じられるので。

森のなかでキャンプ(撮影:廣川慶明)

草刈さん いくつもの遺跡に行っていると、この地形だからここに人が住んでいたのかとか、土地と人のつながりが見えてくるんです。

たとえば、この火焔型土器が出た津南町は信濃川の河岸段丘(河川の侵食によって作られた階段状の地形)が発達している場所で崖下のあちこちから水が湧いています。

学芸員の方にお話を聞くと、縄文時代からこの辺りは豪雪地帯で、豊富な水量を背景に木の実のなる豊かな森が育まれていたそうです。つまり水脈が豊かだからこそ人々はここで暮らしていたんだと感じられるんです。津南町があるのは信濃川の中流域ですが、遠く離れていてもタイプが似たような土器が出てくる場合もあり、川を通じた人と人の交流があったことがわかる。

一方で、上流の千曲川流域に行くと焼町式土器があり、その南側には勝坂式や曽利式というまた違うタイプの土器文様の世界があります。その有様は何か部族社会を想像させますし、文様は地域のシンボルとしても機能していたのかなとか、あれこれ想像するのが楽しいですね。

そんな縄文旅は、2人の感じ方や暮らしにも影響を与えます。旅を続けることで2人は何を得たのでしょうか。

廣川さん 縄文旅でキャンプをしている時に、テントがなかったらとか水道がなかったらとか想像してみると、それは不便だろうなと思います。

実際、竪穴式住居をつくるには長期的に計画を立てて縄をない続けないといけなかったという話もあるんです。でも、全部自分たちの身の回りにあるものだけで生きていることも確かで、それは僕らの生活にはないものですよね。

僕たちの生活は原料がどこから来たかもわからないもので溢れていて、それらがなくなったらコップ1つだって自分の手でつくることはできない。でも、考えてみると少し前、40〜50年前までは意外と身の回りの材料を利用して暮らしていたと思うんです。それがいつの間にかモノが何から出来ていて、誰がつくったかも分からなくなってしまって、場所とのつながりも途切れてしまった。

身の回りのもので手づくりしたり、遠隔地との交易でモノを入手していた縄文時代と、すべてのものをお金を介して手に入れる現代、縄文旅をするようになってからこの2つ間のちょうどいいバランスのところを探すようになったんです。

それで、友人の陶芸家がつくった食器を使ってみると、すごく幸せを感じて、誰かが大事につくってくれたものを使うだけで生活の精神的な豊かさが変わってくることを実感しました。それが縄文的かどうかはわかりませんが、モノと自分の距離感やそれがどこから来たかというのは結構重要なことだと思うようになりました。

でも、一番の変化はやっぱり引っ越しかな。最近、縄文をテーマに引っ越しをしたんです。

草刈さん 津南で河岸段丘を知って、関東で身近な河岸段丘といえば武蔵野台地の国分寺崖線なのでその周辺で引越し先を探し、この小金井に決めました。

水が出ているというのが大事な要素で、水が出ると森が育まれて、虫がいて鳥がいて、声が聞こえて、生き物のことを身近に感じられ、土地の持っている生命力もわかるので、そんな環境に住めたというのは良かったです。

小金井周辺は河岸段丘地形で湧水や小川が数多くある。「はけ」は崖のこと。

縄文から得た暮らしのヒント

縄文にハマり、旅を続け、ついには引っ越しまでしてしまった2人ですが、そもそもどうしてそこまで縄文にハマってしまったのでしょうか。縄文を感じることでわれわれ現代人が得られるものとは一体何なのでしょうか。

草刈さん 縄文の世界を見ていると、現代人とは全く違う感覚があるように思えて、でもそれが何なのか、本を読んでも専門家に聞いてもわからないんです。そもそも専門家も土器や土偶の意味するところはわかっていない。だから自分なりに解釈していくしかないんですが、なるべく近づきたいので、実際に遺跡に行くことで感じようとしているのだと思います。

たとえば、北海道の苫小牧近くの原生林の中の遺跡に行った時に、周囲何十キロ人がいないような森にぽつんと開けた台地があって、そこに動物の足跡が無数にあるんですよ。鹿や狐や、おそらく熊だろうという足跡もあって、その時「あ、これ、森から絶対見られてるな」と思ってすごく怖くなったんです。

でも、縄文時代の人たちは常にこういう環境でこういう感覚で暮らしていて、現代人の私は怖いと感じてしまうけれど、彼らは獲物だと思って追いかけるんだろうなとも考えて、その瞬間にこれが現代と縄文の感覚の違いかと実感したんです。

北海道苫小牧市の静川遺跡、無数に空いている穴が動物の足跡。(撮影:廣川慶明)

草刈さん 以前、北海道の二風谷でアイヌの女性シャーマンのアシリ・レラさんがお盆にアイヌの人たちの霊を鎮めるために毎年やっている「アイヌモシリ一万年祭」に行き、レラさんにインタビューをしたことがあったんです。

その時レラさんは「カムイ(神)は、山や森を守るために人間に言葉を与え、死者と動植物を恐れないように火を与えた」とおっしゃっていて、縄文のスピリットに近づいたような気がしました。動植物の代弁者である人間という意識に立つと、人間だけで成り立っている現代社会がバランスが悪いようにも思えてきて、これでいいのだろうかと思ったり。

廣川さん 僕は縄文時代の人たちがどういう暮らしをしていたのか、どういう価値観、感覚で暮らしていたのかを考えることから現代の僕たちでも取り入れられるヒントはないかと探っています。縄文は大昔ですが、感覚的にはつながっている部分があると信じています。だから今の僕たちの行動を縄文目線で考えることで再発見があるんです。

縄文時代、自然は畏怖の対象である一方、その恩恵を受けなければ生きていけないものでもあり、いろいろな生き物も居て、様々な現象と向き合わないとならなかった。でも、今の僕たちはそれを排除して全部アスファルトで覆って、雨風から守るために頑丈な家を建てて、エアコンをつけて、全部自分がコントロールした気になってますよね。

でも最近の災害などを見ると、全然コントロールなんかできていなくて、それはわからなきゃいけない。僕たちはあまりにも外的要因を遮断することを考えすぎてしまっていて、それによって本来の豊かさや野生感覚を失ってしまっているように見えるんです。

縄文時代にも災害はあって、悲しい思いもしたと思うんですが、その中でみんなで力を合わせて思いを込めた様々なモノをつくり暮らしていた。そこには今の僕らとは違う豊かさがあったと思うんです。縄文旅をしながら現地で感じる風に思いを馳せたり、つくり手の顔が浮かぶモノを普段から使ったりしていると、効率優先の価値観から離れた、本当に豊かな時間を過ごせる気がする。

”縄文スピリット”を感じて、現代の自分の暮らしをちょっと見つめ直してみることが、心の豊かさを保つためには重要だと思うんです。

草刈さん ビジネスや仕事は合理的にしなければいけない世界であることは間違いないんですが、すべてが合理的であれという風潮が強すぎる気がしていて、それが息苦しさのもとになっているんだと思うんです。だから暮らしの部分では対極にある縄文を取り入れることで、その息苦しさから少し解放されているんだと思います。

縄文を感じて「いかしあうつながり」を考える

温故知新ではないですが、縄文を感じ、そこから今の私たちの生活を顧みることで、暮らし方を変えるヒントを得ようとしているのだということはよくわかりました。そんな2人がユニットを組んだのは、多くの人にその縄文スピリットを伝えるため。縄文を伝えようという活動を始めた2人が上げる”狼煙”とは一体何なのでしょうか。

廣川さん 狼煙と言えるかわからないですが、多くの人に、今では感じられない感覚を縄文から感じて、自分とのつながりを感じてほしいです。

多くの人は縄文時代と現代は違うものだと考えていると思いますが、もしかしたら遠く血がつながってるかもしれないし、同じ土地で暮らしているんだからそこにスピリットはあるはず。縄文時代からのメッセージを受け取ろう! と言いたいです。

そもそも僕はグリーンズにカメラマンの仕事で関わるようになって、前から縄文との親和性を感じていました。さらにグリーンズがテーマとして掲げている「いかしあうつながり」は縄文そのものという気がしてます。

というのも、縄文時代も協力しないと生きていけなかった時代だし、人骨を見てみると骨折が治癒してから長生きした人がいたり、周りのサポートがなければ生きていけないような障害を持った人が成人くらいまで生きていたりして。

草刈さん 装身具の研究をしている研究者の友人が教えてくれたことですが、男性のお墓から女性がつけるような装身具が出ているケースが稀にあり、第三のジェンダーやシャーマンの可能性もあるとのことでした。そう考えると、今ではマイノリティとされがちな人に役割があった社会なんじゃないかとは思います。

廣川さん 神話的な考え方もあったんだと思いますが、人と人とがいかしあうことが彼らには必要で、さらに言えば、自然と人間が地球の循環の中でいかしあうことも必要だった。その人と自然との連続性の中でそれぞれに役割があったんじゃないかと思うんです。

草刈さん 子どもが死ぬ確率も高かったし、生き延びることも難しい時代だったからこそ、土器や土偶の文様に凝ったのかなとも思います。

八ヶ岳周辺の土器の文様にはヘビやカエルのような脱皮や変態をする動物がデザインされているものがあり、再生のシンボルだとされています。自然界のいろんな現象に意味を見出し、死を乗り越えるときの力にしていたのかもしれない。

廣川さん 縄文に触れれば、そういった人や自然とのいかしあうつながりが存在していたことを感じることができると思うんです。だから、実際に旅をすることで縄文を感じて欲しいです。

草刈さん 縄文時代の人々は土器でも石器でも骨角器でも木製品でもとにかく時間をかけてコツコツつくっていた。弥生時代になって大陸の文化が伝わってきましたが、その前に1万年以上コツコツ積み重ねてきた文化はそう簡単になくならなくて、だからこそ縄文時代の手仕事に日本列島のものづくり文化の深みを見る思いがします。

縄文時代から続いていることって今もあると思うんです。たとえば、山が好きとか、祭りが好きとか、鍋が好きとか、いかにも縄文時代から続いてそうだなと思うと、古い信仰や民俗にも興味を持つようになりました。コンビニも何もないようなところにも意外と見るべきものがあって飽きないですよ。そんな旅の仕方も提案していきたいと思います。

ユニットとして2人は、廣川さんが撮影した写真をスライドで見せながら2人で縄文について語るというイベントを行っています。今回のインタビューでも時折、廣川さんの写真も披露してもらい、参加したgreenz peopleの2人には縄文スピリットを感じる貴重な機会になったようでした。

参加者の1人で獣医さんだという渡辺さんには火焔型土器に直接触れられたことに感動してもらえましたし、グリーンズでインターンもしていた森野さんは「合理的ではないものを日常に取り入れることはやってみたい」などインタビューから得たことを話してくれました。

私も縄文にハマっている1人として、縄文に触れることは生活を豊かにすることだと強く感じました。ぜひみなさんも縄文に触れて感じてみてください!

【連絡先】
縄と矢じりFacebookページ
https://www.facebook.com/nawatoyajiri/

– INFORMATION –

green drinks 神宮前「縄文でこんばんは」

2018年11月19日(月)
時間:19:30~21:30
場所:グリーンズオフィス

縄と矢じりのお二人と縄文についての写真を見ながら飲む会を開催します!
興味を持った方はお気軽にご参加ください。
詳しくはこちら https://www.facebook.com/events/324505464768451/

「縄と矢じり」イベント情報

陶芸家・大藪龍二郎と「縄と矢じり」のトーク&黒曜石でつくるアクセサリーワークショップ in 遺跡フェスタ2018
2018年11月17日(土)
場所:大塚・歳勝土遺跡公園/都築民家園
https://www.facebook.com/events/311524289403520/

縄文パースペクティブslide & TALK
Talker ケロッピー前田(身体改造ジャーナリスト)
日付 2018年12月7日(金) 
場所 リトルトーキョー 3F

– あなたもgreenz people コミュニティに参加しませんか? –

そんな「縄と矢じり」も参加している、ほしい未来をつくる仲間が集まるグリーンズのコミュニティ「greenz people」。月々1,000円のご寄付で参加でき、あなたの活動をグリーンズがサポートします。ご参加お待ちしています!

詳細はこちら > https://people.greenz.jp/