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この社会に芸術家が歓迎される居場所はあるのか? まるで”自分自身をつくりあげるように”して生まれたアトリエ「宝田スタジオ」

「どうして、生きるだけでお金がかかるのだろう……」
筆者の友人は、先日そんなことをぼやいていました。

確かにひも解いてみれば「生き続けるためのコスト」とは、非常に大きなもの。例えば家賃、食費、税金。人としての尊厳のためには「生活の質」も重要。すると、書籍や余暇に投じるお金もそれなりにかかるでしょう。交際費なども欠かせません。大学進学などにあたって、奨学金を借りた人であれば、それらの返済も発生します。

つまり、いまの日本では「生き続けること」は存外に大変なことです。

さらに「表現しながら、生き続けること」はもっと簡単ではありません。読者の皆様の周りにも一人か二人は芸術家や小説家を夢見ながら、その夢を諦めて、会社員として働く道を選んだ人がいるのではないでしょうか。

どうして、いまの日本では表現しながら、生き続けることがこんなにも難しいのか。理由を一言で表すなら「芸術家の居場所が、社会に用意されていないから」と言えるのではないでしょうか。

居場所がないなら、作ればいい。

そのような発想のもと、東京都品川区の荒れ果てた建物をシェアアトリエにリノベーション。東京都の一角を、若手の表現者らが集い、発信を行う全く新たな空間へと変貌させたアーティストがいます。

リノベーションで生まれた新しいアトリエの名前は「宝田スタジオ」。改装を行ったのは、ロックバンド・ハグレヤギ(2017年解散)の元メンバーのVo.山脇紘資、Dr.小杉侑以ら。Vo.山脇は、画家としての顔も持ち、香取慎吾(新しい地図)主宰の展示「NAKAMA de ART」に参加。プロジェクト「ookk」を主宰する新進気鋭のアーティスト。

今回は山脇紘資小杉侑以の2名にインタビューを実施。その模様をお届けします。

山脇紘資
ookkをバンドの冠として使用し、そこでヴォーカルを務める。絵を描く傍ら、企業のアートディレクションも手がける。
香取慎吾主催のグループ展“NAKAMA de ART”に参加アーティストとして招致され、本年6月に公開された犬童一心監督作品『猫は抱くもの』で美術の監修や指導を手がけており、同時に企業のアートディレクションも手がけるなど多方面で勢力的に活動中。
小杉侑以
武蔵野美術大学工業工芸デザイン学科金工卒
ookkにてドラムを叩く。ドラムを選んだ理由は叩くと音がなるから。
わにをモチーフにした「わにたろう」の4コマを書いたりLINEスタンプの制作をする。彫金でジュエリーを制作し宝田スタジオにて販売したり、新宿マルイ等のデパートで彫金のワークショップなども行っている。

ミュージシャン、画家、陶芸家、家具職人が集うシェアアトリエ「宝田スタジオ」とは?

ーー多くの若手アーティストや現代美術家は、自宅と制作空間が一体化していることが多いですよね。自分たちで独立したアトリエを構えるのは、比較的珍しいと思います。
アトリエを持ちたいと考えたきっかけはなんでしたか?

小杉 仲間と共有できる密な時間が欲しいと思ったのがきっかけでした。その時間を作るにはそのための環境が必要だと思い、ハグレヤギ(*)のバンドメンバー4人でシェアハウスをして一緒に住もうかと考え、物件を見に行った事もありました。

でも、なかなかいい物件が見つからず苦戦していた時、同時にアトリエスペースを探している同じ大学出身の友人が4人がいて(画家が2人・陶芸家1人・家具職人1人です)。
その内の1人からこの物件(※現:宝田スタジオ)の話をもらいました。

最初は様々なジャンルの作家が集まって大丈夫かと心配もありましたが、一緒の時間を過ごすことで生まれる「興味」の方が大きかったと思います。

(*)2009年結成、2017年に解散したロックバンド。親しみやすいメロディーとポスト・パンクの要素を取り入れた音像が特徴。代表曲は「海がくる」。メンバーの山脇紘資、小杉侑以は2018年に「ookk」を始動し、活動中

山脇 自分たちで空間をもつということは一見素晴らしいことのように思えますが実際に稼働してみると、良くも悪くも驚く事ばかりでした。

破格の値段で東京、それも品川区に自分たちのアトリエが持てるということに最初は皆テンションが上がりましたが、実際は想像を遥かに上回る労力と時間とお金がかかりました。

ですが、その分自由な空間と、スキルを身につけることができたと思います。ちなみにスキルとは電鋸で木をまっすぐ切る技術・大量のビスを誰よりも早く打ち付けて行くというスキルでしたけど。そうして仲間と共に、品川区の物件をリノベーションして出来上がったのがシェアアトリエ「宝田スタジオ」です。

ーーアトリエを持つ以前、ハグレヤギの楽曲制作や山脇さん、小杉さんの個人としての美術活動などはどこを拠点に、どのように行っていましたか?

山脇 絵画制作はもっぱら大学で行っていました。ちなみに宝田スタジオは大学院在学中に物件の契約をして、リノベーションを始めたんです。一年間くらいは、大学院と宝田スタジオを行き来するような生活でしたね。

バンドのリハーサルは時間貸しのスタジオで行っていましたよ。機材は僕の在学していた大学院の軽音部が名ばかりの軽音部だったので、そこに常に広げて好き放題使っていましたけれども。

ーー山脇さんはハグレヤギのメンバーのことを「個人事業主的」と、過去のあるバンドインタビューで語っています。個人事業主であれば、皆がバラバラに作業。必要のあるときにだけ集まるほうが自然です。ハグレヤギで活動していた山脇さんが感じる、個人事業主的な活動の課題。アトリエの重要性とは何でしょうか?

山脇 まず「個人事業主的」というのは個々がそれぞれ違う能力とアウトプットを持っているということだと思います。

美味しいおにぎりを食べたい時に、素晴らしい米を提供できる農家は3つも4つもいらないわけです。美味しい海苔、美味しい具材、そしてもちろん美味しいお米。それで初めて一つのおにぎりが完成するわけですから。ですが、このアトリエの場合は「みんなで一つのおにぎりを作ろう」という意志で集まったわけではありません。それそれがそれぞれの美味しいおにぎりを勝手に作って勝手に食べたいと思っていたはずです。

ですから個人の利益と個人の利益が相対的に合致しないと皆で同じ空間で制作するメリットはないと考えています。

しかし、そのくらい割り切った関係性の中、メンバー同士が他者に関わり合うと、皆が好き勝手に行っている活動が突然想像を超えた形で絡み合って最高の結果が生まれたりするんですよね。

時に不思議と自分でも思いがけないようなおにぎりが出来上がり、それをメンバーで分け合って食するなんてことも起こるわけなんです。今の話は結果論ですが、現在宝田スタジオではそんな形を皆が望んで、意識的に動いているのではないかと思います。

廃屋を見て感じた絶望「僕らは世の中にとって全く歓迎されていない、いわば無視をされて居るような存在」

ーー一緒にアトリエをリノベーションし、使っているメンバーは何名ですか?

小杉 全員武蔵野美術大学時代の友人で、学年もほぼ同級生で集まっています。はじめは、一緒に音楽活動をするメンバーが3人(山脇は画家でもあります)、その他に画家が2人、陶芸作家が1人、家具職人が1人と7人でシェアしていました。その後、デザイン事務所や、薬膳を勉強するアーティストが入り、今は6人でシェアしています。

ーーリノベーション前の物件はどのように見つけましたか?また実際に、当時足を運んでみて、物件にどのような印象を受けましたか?

山脇 リノベーションを指揮したメンバーが見つけてきました。

「すげえところが見つかったんだよ」と彼は息を荒げて、一緒に物件を観に行こうと僕を誘いました。いざ足を運んでみるとそこは夢も希望もないただの掘っ立て小屋でした。

天井と床は抜け落ち、日の光がサンサンと差し込んでいます。シロアリは縦横無尽に建物の木材を頬張り、ネズミとゴキブリは仲よさそうに追いかけっこをし、人間を怖がるそぶりすら見せません。それを見た時、大学院修了というのも控えていましたが「僕らは世の中にとって全く歓迎されていない、いわば無視をされて居るような存在なんだなあ」とふと思いました。

語弊がある言い方ではありますが、美大の教授がアーティストは被差別民のようなものだと言っていたことも頭をよぎりました。それがこの物件との初めての出会いの思い出です。

小杉 お化け屋敷かと思いました(笑)。床は穴が空いていて、柱は腐っていて、天井はカビだらけだったので。

ーー宝田スタジオのリノベーションにかかった費用はどれくらいでしたか?

小杉 本当にざっくりですが、300万ほどはかかっています。見積もりをとって計画的に始めるというよりは「まずはボロボロでもいいから、とりあえず作品が制作出来るレベルまで環境を整えよう」という気持ちでスタートしました。

私は改装費というのは、床を立てるための資材や、それをつくるドリルなどの機材を買うために使うものだとばかり思っていましたが、一番費用としてかかったのは、壊した壁や柱のゴミを捨てる「産廃処理代」でした。それだけで40万近くがかかりました。

山脇 そもそもDIYの経験もなく全てを甘く考えている学生だった僕は、見積もりのみの字も考えたこともなくて、とりあえずは木の板とノコギリがあればなんとかなるんだろうと他人ごとのように考えていました。

現にうちの親父が「アトリエを作るのだったらこれを持って行け」とくれた20センチほどのノコギリは全く役にも立たず木を2〜3枚切ったところですぐ折れました。よくよく聞いてみると親父も全くDIYの経験などなかったそうです。

つまり自分は日常的にアトリエを使用しながらも、その空間に対して全く何の意識もしていなかった訳です。制作をする箱を製作するということはそんな僕にとってとても大きな冒険であり、賭けだった訳です。

東京で芸術活動をするなら、自作アトリエは「最適解」なのか?

ーーいま東京でハグレヤギのようなバンド活動や、山脇さんのような画家活動をしようと思ったら、都度都度音楽スタジオや展示空間をレンタルするのと、宝田スタジオのようなアトリエを作ってそこをスタジオにする。どちらが良い選択だと思いますか?

小杉 その人その人のアーティストとしてのスタイルがあるので、どれが正しいとは言えませんが、音楽、作家として活動していくときに、常に近くに時間と空間を共有できる仲間がいるのはいい刺激になると思います。

宝田スタジオには様々なジャンルのアーティストが共存しているので、面白い効果が生まれます。

例えば6月にリリースした楽曲のミュージックビデオと同月にオープンしたサイトはアトリエの映像作家とWEBデザイナーに作ってもらいました。それも毎日同じ空間にいるので常にミーティングや制作を自然と共にする形で仕上がりました。なので、バンドメンバーでルームシェアするよりも、画家同士でシェアアトリエをするよりも、多方向から自分でも想像出来ないような刺激をもらえるのではないかと思います。

コストに関しては、先ほど述べたようにアトリエの改装費はかなりかかりましたが、その分メンバー同士で共有できる情報や空間はお金に変えられないものなので、結果良かったと思っています。

山脇 「アーティストとしてのセルフブランディング」としてアトリエを持つかどうか、を考えるのであれば宝田スタジオのケースは参考にならないと思います。なぜなら、あくまでここまで居るアーティストのみんなは、別にブランディングのことは考えていません。ここで自活をして、メンバーによってはここで寝泊まりをし、人生の8割の時間をここで過ごしてる者もいます。

例えばここに在籍している渡辺という3Dジェネラリストは朝5時にアトリエで目覚め、朝7時までアトリエの周りで散歩をし、8時には制作をはじめ、次の日の朝5時まで制作をし、また朝6時に目覚めるという生活を365日行っています。

シェアアトリエを持つなら、活動するジャンルも大事です。音楽家と画家であれば、確実に画家のほうがアトリエを持つのに向いてます。

音楽をやるにはある程度の防音環境、それに伴う個室作り、機材が大事です。しかもそれらをDIYということなら、自分たちで作りあげるスキルとコスト、全てが絵画を製作するスペースと比較できないほど大変ですから。幸いなことに僕たちの場合は、防音環境を廃棄する畳で作りあげることができましたが。畳はグラスウールと比にならないほどの防音効果があると言われているんですよ。

最後にコスト面ですが、それはその人その人によって変わってくると思います。例えば週1でスタジオに入ってリハをする。絵を描くなど、働きながら空いた時間に制作するという人たちにとって、この宝田スタジオのようなケースは大きな時間的負担と金銭的負担が課せられます。

アトリエを作ることは「自分自身を作り上げること」だった

ーーハグレヤギの解散は、山脇さんと小杉さんにとって大きな人生の転機だったと思います。「ハグレヤギ以後」の山脇さん・小杉さんにとって、宝田スタジオのリノベーションはどのような意味合いをもつ行為でしたか?

山脇 宝田スタジオを作るという事は、自分自身を作りあげるという事だったと思います。昔、あるインタビューで「環境を得るということは、絵を描くということ以上に難しい」と教授が言っていたと話したことがありますが、宝田スタジオではそれを骨身にしみるほど実感しました。

複数のアーティストが思い思いに自分の好きな制作をするという環境を実現するには「空間」と「人」を同時に作りあげなければなりません。建物を立派にするだけでもだめですし、個々の気合いだけでもだめな訳です。その2つが一つに昇華して初めてシェアアトリエという空間ができる訳です。

小杉 自分と他人とが向き合うきっかけになったと思います。今まで私は良くも悪くも昔の自分が積み上げてきた行為やバンドに固執していましたし、こうありたい、こうしなくてはいけない、という思いが強くありました。しかし普通生きてきて目の当たりにするはずがないボロボロのアトリエを見て、しかもそれを改装するという状況になり、私の中の「普通」がひん曲げられた気がします。

ーー山脇さんと小杉さんがいま行っている「ookk」とはどういう活動ですか?

山脇 ookk(オウケイ)とは、先ほど申し上げたおにぎりの例えを具現化したものに近いです。チームとしてみんなで一致団結する訳でもなく、誰かが主体となって存在するプロジェクトでもありません。個々のコンテンツにフォーカスしそれをookkという一つの総称でパッケージして見せる。人によったら幕の内弁当のようなものに映るのではないでしょうか。ちなみにそのookkを収める箱も用意されていて、それは「puzz-le」(パズル)と言います。

puzz-leは宝田スタジオのメンバーでもある鈴木秀尚が制作しました。ookkの詳しい事は全てpuzz-leに乗っていますので、ご覧いただけたら嬉しいです。

ーーookkの活動に、宝田スタジオはどのように活用されていますか?

小杉 常に誰かがいるので、刺激と情報を共有できる場所として活用しています。そこから作品が生まれたり、仕事をもらうことが多いです。

わざわざ何時に何処に集まってMTG日を設定するよりも、ずっと自然な形で作品が生まれます。機材や資料も共有して保管しているので、そこもいい点だと思います。デメリットがあるとしたら、それも常に誰かがいることでしょうか。ひとりの世界に入りたいときもありますので。ないものねだりかもしれませんが。

山脇 宝田スタジオはookkの活動を、ゆくゆくは現実で体験できる場所になって欲しいと思っています。puzz-leはWEBサイトなので。ある種エンターテイメント的に、puzz-leと宝田スタジオが相互作用するような見え方を提示できたら本望です。

ーー宝田スタジオを外部の人が使いたい場合、規定の料金や問合せ先などはありますか?

山脇 こちらまでご一報ください。info@takarada-studio.com
このインタビューをみた、または感動したなどの旨を添えてこちらまでご連絡いただければ勉強させていただきます。

小杉 今までも何度かファッション誌やMVなどの撮影場所や、一部スペースを作家の作業場としてレンタルなどをしたことがあるので、詳細を頂ければ都度検討することは勿論可能です。そういうきっかけで人との繋がりが出来ていくと思っているので、少しでも気になる方がいたらお気軽にご連絡頂きたいです。

(インタビューここまで)

東京都、それも品川区に破格の値段でアトリエを構えた二人。

人生の8割の時間を過ごすシェアアトリエのメンバーも居り、彼らにとってアトリエ「宝田スタジオ」は単なる活動拠点ではなく「救い」「希望」のような存在ではないでしょうか。
スタジオがなければ少なくとも東京で、これほどまでにクリエイティブに没頭できる環境を手に入れることは簡単ではなかったはずです。

人口減少に向かう日本。2030年には3軒に1軒が空き家になるとも言われています。

次々に生まれる空き家をどのようにして有効活用すべきか。その問いへのアンサーとして、もっとも魅力的な事例の1つがこの宝田スタジオとも言えるでしょう。

空き家を単に解体するのではなく、アトリエとしてリノベーション。クリエイターはアトリエで作品制作に打ち込めて、そのファンやリスナーは作品を継続的に楽しむことができます。またアトリエを撮影場所などとして、外部の人が利用することもできます。

1つのアトリエが生まれるだけでは、決して世の中は「大きく」は変わりません。しかし小さなレベルでは、変化を起こすことができるでしょう。
空き家を有効活用して生まれた宝田スタジオは、ほんの少し、でも確実に世の中をちょっと楽しい空間に変えてくれる空間です。

(Text: 九十現音)

この記事はグリーンズで発信したい思いがある方々からのご寄稿を、そのままの内容で掲載しています。