事実、過半数の人はスローフードに無関心。では、どう断絶を超えて活かし合う未来をつくればいい? 食の革命家、アリス・ウォータースが開墾した道。

速ければ速いほどいい。
特大が”お得”。
そうもてはやされ、「忙しくて料理をする時間がない」「今さえよければいい」と、安くていつでも手に入る食品で食事を済ませてしまう。

先日公開した基調講演のレポート記事では、食の活動家、Alice Waters(アリス・ウォータースさん)がこのようなファストフード文化こそが私たちのつながりを失わせ、自分やその先の未来の世代に苦しみを与えてしまう不健康な社会をつくると警鐘を鳴らしました。

健全な解決方法として「スローフード文化を学校教育から」とエディブル・スクールヤード(食べられる校庭)を中心としたエディブル教育(作物を育て、食べることを通じて命のつながりや持続可能な社会づくりを学ぶ学校教育)を世界中に広める活動を精力的に行っています。

とはいえ日本に住む私たちのスローフード意識といえば、「無農薬や有機栽培のものを食べるようにしている」人は、そうではない人より少ないというのが現実。(NRC「日本人の食」調査(Part3:食の健康と安全性)2015年4月/5月調査結果より。

エディブル教育を推進するにも「なぜわざわざ高いオーガニック食品を買わないといけないのか」「我が子に試験の点数や入試と関係がない、農業体験学習を受けさせる必要があるのか」との疑問の声や摩擦も起こるでしょう。

一人ひとりの意識の変化から変革は始まるけれど、同時に他者との助け合いなしには世界を効果的に大きく変容させることもできません。

いろんな意見の人がいる社会の中で「あなたは間違っている」と頭ごなしに価値観を押し付けては必ず衝突が生まれます。つながりを取り戻すための試みだったのに、かえって分断を生むことにもなりかねません。

幸せで健康的な「地域社会」「食事」「環境」づくりには、短期的な問題に対応することと長期的な展望の両方が不可欠です。そして、それを持続可能な形で行うためには覚悟はもちろん、ワクワクするような楽しさや喜びも大事です。

でもどうしたら?

後編の今回は、来日記念イベント「アリス・ウォータースさんに学ぶ食・農・暮らしの持続可能な未来」のパネルディスカッションでアリスさんが語った、ファストからスローフードな価値観に転換するためのヒントをご紹介します。


畑のなかで目を輝かせながら学ぶ子どもたち。


アリスさんのInstagramより

今回の来日に際し、農業体験学習を行う滋賀県にある2つの小学校(上田上小学校、島小学校)と、エディブル教育を取り入れた東京都の愛和小学校を訪問したというアリスさん。その印象は…。

非常に感動しました。子どもたちが目を輝かせていましたね。彼らは本当に農業体験学習を集中して楽しんでいました。

スローフードというのは、世界的な活動であるべきだと思います。そして変革を起こすための方法だと。その取り組みは義務感からではなく、人々が楽しむことで前進していくことが可能になります。

好奇心や心からそうしたいという気持ちを原動力にして、スローフードの価値観を教育の現場で、教育の構造のなかで浸透させていきたいのです。

私はアメリカで育ち、アメリカで教育を受けたわけですが、ただ椅子に座ってなんの応用もなしに頭の中だけで学科を学ぶということがとても難しかった。そこで(レストランを営む前にイギリスで)モンテッソリー教育を学びました。

イタリア人の医師であったモンテッソリーは子どもたちの発達、成長の仕方を見てひらめいたのです、学年ごとにそれぞれの発達段階にあう活動を与えていくという学習方法を。ただ知性を増やしていくだけではなく、たとえば上級学年では下の学年の子に教えることで学んでいくのです。つながりを取り戻すという意味でも非常に希望のある教育です。

学びには生活の中での体験が大切です。(嗅覚、視覚、聴覚、味覚、触覚という五感を開いて自分自身を発見するという感覚教育と同時に子どもの自発性を重んじるというモンテッソリー教育の)原理は、今とても大切だと感じます。100年ほど前に、飢えや貧困、社会不平等という課題を解決しようと始まったものですが、私は子どもたちが失ってしまった感覚を、食を通じて取り戻そうと考えたのです。

貧しい子どもたちも他の人たちに食べ物を与えるという機会をつくる、そしてテーブルをきれいに整えて食べる。このようなことで得られる喜びや豊かさを体感し、学んでほしいのです。それが私のエディブル教育。

給食の時間も見学させていただきましたが、生徒たちが家からお箸を持ってきてそれを机の上にきちんと並べ、給食をみんなについで回ってあげる。そして食べ終わったあとには、みんなで協力をして片付ける。大変素晴らしい光景でした。

今回の来日で日本には美しく豊かな食文化が根付いているのだと実感いたしました。そこで私たちに必要なのは、その価値を未来へと引き継いでいくこと。


アリスさんの娘、fannysingerさんのInstagramより。ご飯の炊ける香り、丁寧に揃えられた箸、選び抜かれた食材とそれを活かした調理法…。来日で訪ねた料亭で、日本食文化の美の世界に感動したそう。

小学校の視察訪問で希望を感じたと話すアリスさん。このシンポジウムが行われた滋賀県は農業体験学習「たんぼのこ」、びわ湖フローティング学習船「うみのこ」、森林環境学習「やまのこ」などの体験型の食育や環境教育に力を入れています。また、昨年から化学肥料と農薬を使わない有機のオーガニック農業による近江米とお茶づくりの本格的な取組をスタート。びわ湖を中心とした自然の保全、生態系の回復に取り組みながら、日本を代表する環境に配慮した県政を行っています。

世界の動きとしても2015年9月に193か国すべての国連加盟国が全会一致。国連サミットで採択された持続可能な開発目標であるSDGs(エス・ディー・ジーズ)では、社会のあり方を変えることがこれからの未来づくりのテーマに。

その17の目標のなかには、

目標2:飢えをなくし、誰もが栄養のある食料を十分に手に入られるよう、地球の環境を守り続けながら農業を進めよう。

目標12:生産者も消費者も、地球の環境と人々の健康を守れるよう、責任ある行動をとろう。

などがあります。

とはいえ、環境に配慮すればするほど、おいしい食べ物は生産できても値段が上がってしまいます。すると、「食はもっと安く・効率的に提供するべき」という声が上がることは自然な成り行き。そういった意見や反発に対して、アリスさんはどう向き合い、エディブル教育を浸透させていったのでしょう?

確かにたくさんの反対意見がありましたが、私が信じてきたのは、味で心は勝ち取れるということ。

たとえばエディブル教育を実現するにあたって、その第一校となった公立マーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校の校長先生にも、私が運営するスローフードレストラン「シェ・パニーズ」で地元の生産者が栽培した新鮮な食材を丁寧に調理した夕食を召し上がってもらいました。料理したシェフも参加しましたが、一緒にテーブルを囲んで語らいながらおいしい食事をすることは互いの理解を深めるうえでとても大切です。

また、子どもたちやそのご両親とも一緒に農家を訪ね、実際に農作業を見学しました。どんな作業が田畑で行われているのか、それがどれほど大変なものなのかを目の当たりにしてもらったのです。このようにして「食とは貴重なものを頂いていることなのだ」と体感してもらうことで、私たちが広範囲に及ぶ多くの労働に対して正当な対価を支払う必要があると理解してもらったのです。

スローフード文化が常に私に教えてくれるのは,食物は貴重で大切だということ。それは高価でかけがえのない、無駄にしてはいけないものなのです。

私はそれを対話を深めながら、相手に五感を使って体感してもらい、心からそうしたいと感じて理解してもらうことを大切にしてきました。

深い理解において、生き生きとした体験から学ぶことは不可欠となります。そして「食べる」を心から味わい、喜び、堪能することで土地、環境、生き物などすべてに対するいたわりや思いやりの心、そして敬意が芽生えていく。その結果として良い食材は安いものではないと認識することが「安さ」の誘惑に勝つための突破口になります。

Edible Schoolyardの本拠地、Martin Luther King Jr Middle Schoolにて。アリスさんについて書かれた新聞記事を読んだ地元の公立中学の当時の校長、ニール・スミスさんがアリスさんに手紙を書いてシェ・パニーズまで届けに行ったことから全てが始まった。

求める人に新鮮で安全な野菜を届ける仕組みづくり。

意識の変化とともに、スローフードに向かうためのもうひとつの課題は生産者(農家)とレストラン、消費者をつなぐ仕組みづくり、フード・アクセスの方法です。たとえばその取り組みのひとつして1990年代に生まれた道の駅は、滋賀県大津市を始め現在では、全国1100か所以上にまで広がっています。道の駅で産直野菜を買うことを旅行の楽しみにされる方も多いのではないでしょうか。

そして私が暮らす米カリフォルニア州では、Community Supported Agriculture(CSA:地域支援型農業)というフード・アクセス方法も根づいています。それは地域の住民が農地の株を買って、その見返りに農作物を手にするという農業生産・流通モデル。農家が有機農法でつくられた新鮮な野菜や果物を地域社会に提供したり、地元の人でもそれができるように手助けをする。一緒に土地と水と環境を管理し、住民がそれに対して出資をするという仕組みです。

地元の安全で新鮮な野菜を直接買いたいというニーズに向けて、アリスさんが行ってきた農家と消費者を結ぶ協力体制づくりにもヒントがありそうです。

私の営むレストラン「シェ・パニーズ」の前で「Tasting Summer Produce(夏にできた作物のテイスティング)」という非常に重要なイベントが起きたんです。20ぐらいの農家と同じぐらいの数のレストランのオーナーたちが集まって、作物を調理して一緒にテーブルを囲んで食べながら、翌年はどういうものを食材として使いたいかをシェフが農家にコメントするという集いです。

翌年はサンフランシスコの大きなファーマーズ・マーケットになって、300以上もの農家が参加する大イベントになりました。そこで大きな変化が起き、農家と消費者とのつながり、友情や親交が生まれました。協働作業を生む関係づくりはこのようなボトムアップからも始められます。

サンフランシスコの市庁舎の前で行われるファーマーズマーケット。2016年の様子。Tobias Kleinlercher / Wikipedia Commons

そのうえで市長や知事が主張したりと地方自治体の皆さんが理解し、公共のスペースでイベントを推進していくことはスローフード文化が広く浸透していくうえでとても大切になります。活動の裏では魅力あるスペースをデザインするアーティストの皆さんや、活動をチラシやインターネットで呼びかけるためのメディアのプロの方々の協力も必要でしょう。

私が暮らす米カリフォルニア州の地方自治体はこういったスローフードムーブメントの力で景気づけられていると感じます。州全体でエディブル教育や無料で持続可能な給食の提供をしたいという考えも生まれているそうです。私は現実になると信じていますが、そのためにもこういった多様な力を合わせ、活かし合う協働作業は常々起きていくべきだと思います。

たしかに消費者の価値観や意識のシフト、アーティストやメディアの力、知恵ある行政の代表者の協働作業はプロジェクトを進めるために欠かせません。とはいえ依然として、行政や教育システムは恐ろしく保守的なのでは? 大きな同調圧力のなかでは現実問題としてファストフードからスローフードという社会改革は困難だ、という声も会場で上がります。

やはり保守的な体制には企業の力が大きく深く関わっていますね。実際に作物をつくっている人の規模や力は小さく、大企業というのは株主のために利益をあげることをただただ追求していますから。

そこで私たちの未来とは、目の前の子どもたちのことだとを改めて認識する必要があります。今の自分たちさえよければいい、ではないのです。

そして「食」とはただ食べるということを超えて、健康であり幸せであり、地球の健全でもある。それは子どもたちをどう教育して社会をデザインしていくのかにも関わるのだと認識することが私たちを次世代に向ける社会の在り方、なぜスローフードなのかと推し進めてくれるものだと考えます。

教育の現場を振り返れば、すくなくともアメリカでは教師たちの給料が低く、多くのタスクに圧迫されているのに、それに見合う敬意を表されていません。そこでエディブル教育を推進するうえでは、先生方をリスペクトしながら、それが彼らのためにもなるということをまず伝えていかねばなりません。

教師の残業も問題になっていますので、先生の仕事を増やすのではなく必修科目の教え方を変え、より効果的な学習法とする。例えば、畑の動物や昆虫を観察することで生物学も楽しくできます。作物の原産地から地理や歴史も学べるでしょう。

先生も楽しめ、子どもたちの理解力も深まるというようにカリキュラムを増やすのではなく、中身を変えていくのだと対話を深め、理解してもらうことが重要です。そして教師たちに敬意を払い、活動に興味を示してもらうように配慮する。これはサスティナブルな運営の土台を作っていくためにも、絶対に欠かせません。

エディブル教育やスローフード文化が環境や持続可能な取り組みだ、というと「こっちは正しくてあなたは間違っている」という判断が芽生え、ぶつかり合いが生じてしまう恐れも。そうではなく、まずは違いありきで対話をする。そして「こっちのほうがおいしいよ」「面白いよ」と人々の好奇心を刺激するような、押し付けや義務感からではなくスローフード文化を自主的に選択してもらうための呼び水やデザインが必要になります。

そのためには食育のアイデアを一般の人向けにわかりやすく魅力的に、よりクリエイティブな形で広めていくことも力になるでしょう。

それからやはり問題だと思うものには、ひとりひとりが声を上げることが大切。エイズもそうでしたが、医療関係者や研究者だけではなく、映画俳優などみんなが公の場所で話してきたんです。誰もが無関係ではなく、みんなが関わっているのだと認識して声を出して疑問や意見を投じ合ったのです。その結果としてワシントンD.C.での大きな抗議活動にもつながりました。

食のあり方に関しても同じ。社会を変えていくには、ひとりひとりがどういった貢献ができるのか。人任せにせず、そこに意識を向けて行動していくことが必要です。

スローフードの文化に生きる人はその世界で、関心のない人たちは仲間と集って暮らす。同じ価値観を持つ者同士で意見を飛び交わしている限り、大きな変革は叶いません。

とはいえ、いろんな意見を持つ人がいるなかで「あなたは間違っている」と頭ごなしに自分の価値観を押し付けてはそこに必ず衝突が生まれます。つながりを取り戻すはずが、かえって分断を生むことにもなりかねません。

そこで困難を乗り越えるための手がかりとなるのが、味のおいしさだったり、思わず笑顔を引き出すような美しさだったりと、体験に基づく五感の喜びを刺激することだとアリス・ウォータースさんは言います。干渉する形ではなく興味を持ってもらうことで、心からそうしたいと持続可能で健康的な世界へと向かってもらうのです。

また農業体験教育で「自分でつくった食事は、残さない」。「子どもたちの野菜嫌いがなくなった」という話題もディスカッション中に語られていました。スローフードは、世界が抱える問題 フードロスを減らす希望にもなるのではないでしょうか。

外から良いものを学びながらも、視線を常に内側に向ける。正否をジャッジすることに夢中になるのではなく、「楽しい」「おいしい」「ありがたい」から最善の食べ物を選ぶという大切さ。同調圧力に屈せず、心の底からの欲求に目を向けることが、社会と自分の栄養につながるのでしょう。

(撮影: 中村寛史、鈴木菜央)
(取材協力: 滋賀県)
(編集協力: 盛岡絢子、内田範子)
(Top Photo: Wikipedia Commons

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