グリーンズ新刊「ほしい未来をつくりたい人のためのブックガイド」

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人口400人の町に日本の未来をみた。「群言堂」で知られる「石見銀山生活文化研究所」との新連載がキックオフ!

突然ですが、何かグリーンズのグッズがあったらいいな…。なんて思われたことはありませんか? 実は、このたび、グリーンズのTシャツができることになりました! そのパートナーが、島根県大田市にある「石見銀山生活文化研究所」です。

石見銀山生活文化研究所という社名を聞いたことがある人は、多くないかもしれません。世界遺産登録された石見銀山遺跡のお膝元、人口わずか400人の島根県大田市大森町に根を張りながら、アパレルの企画・製造・販売、飲食店経営、古民家再生などを手掛け、年商20億円を売り上げている会社です。「群言堂」という名前で全国に30店舗を展開しているので、実はどこかで店舗を目にしているかもしれませんね。

Tシャツをつくる過程で大森町を訪ね、石見銀山生活文化研究所を深く知っていくにつれて、そこにはサステナブルな企業のあり方、みんなが参加する共同体的まちづくりなどがあることが見えてきました。この会社のこと、そしてこのまちのことをぜひ紹介したい。できれば単発の記事ではなく、連載という形で多角的に。

そんな想いから、この企画は生まれました。

石見銀山生活文化研究所とはいったいどんな会社で、大森町はどんなまちなのでしょうか。初回となるこの記事では、石見銀山生活文化研究所の広報担当・三浦類さんと、グリーンズの植原正太郎の対談で、その魅力を紹介します。

三浦類(みうら・るい)
愛知県名古屋市で生まれ育つ。幼少期をアメリカや南アフリカで過ごし、名古屋の中学・高校を卒業後、東京外国語大学で上京。同学在学中に行われた講演会で(株)石見銀山生活文化研究所のことを知り、夏休みにインターンに行ったことをきっかけに入社を決め島根県大田市大森町に移住。大森での暮らしを楽しみながら、広報誌「三浦編集長」の発行など広報業務を担当する。趣味はフラメンコギター。

メッセージを、物を通して伝えていくのが商い

植原 連載を始めるにあたって、石見銀山生活文化研究所と大森町の面白さを伝えたいし、自分も学びたいと思うのですが、まず、石見銀山生活文化研究所とはどんな会社なのでしょうか。

三浦さん 広報としても数え切れないほど説明していますが、難しいんですよね(笑)
社名に込められた想いがわかりやすいかもしれません。

「石見銀山」はこの地で生きていく、“根っこを張る場所”という意味です。「生活文化」というのは、“暮らし”のこと。創業家である松場家の家訓「つぶしがきく」を踏まえ、暮らしにかかわらないことはないからどんな事業でもできる、業態に縛れないようにしようという意味を込めています。「研究」というのは“価値を掘り出していく”ということです。

植原 なるほど。石見銀山に根ざして、暮らしにかかわることの価値を掘り出していく、ということですね。

三浦さん はい。暮らしにかかわること、つまり衣食住だと思ってもらったら良いのですが、その衣食住のなかで、メインが“衣”です。

洋服は生地の段階から企画し、どの機屋さんとどの糸でどういう織り方をするのかというところから考えて、縫製まで国内で完結しています。たとえば絶滅危惧種のような織機で、時間はかかるがいい風合いがあるというようなものづくりしているところと組んで、自分たちが発注していくことで、後継者が生まれて継承されていくことを目指しています。

三浦さん いい仕事、技、人を残していきたい。メッセージを、物を通して伝えていくのが商いだと考えています。2017年の時点で、ショップ「群言堂」は国内31店舗にあります。

茅葺きの「社食」。利益を生み出さなくても楽しんで使う

植原 衣食住のうち、残りの食と住についてはどうですか。

三浦さん 住は古民家の再生です。景観を守りながら建物を再生してきました。たとえば、宿として使っている「他郷阿部家」や社員寮など、町内で10軒手掛けています。

三浦さん 東京でも昭和初期の文化住宅を、こちらから職人を連れて行って蘇らせました。古民家再生を通して職人の技が継承され、若い人も学ぶことができます。

三浦さん また、10年前にスタッフが梅の花から酵母菌を見つけ、「梅花酵母」と名付けて島根県と共同で特許をとりました。これから島根の共有財産としていろんな形で使える道を模索していきたいですね。自社では、この酵母菌を使ったオリジナルスキンケア商品のブランドを立ち上げたほか、これまで味噌、酒、パンなどをつくってきました。

植原 そうそう、茅葺きの建物が社食(社員食堂)なんですよね。最初に見たときにはびっくりしました。

三浦さん 現在の本社の社屋を建てる際に、会長の松場大吉が未来へと引き継いでいける美しい里山の風景をつくりたいと、田んぼやあぜ道、小川、橋、そして茅葺きの家をつくりました。茅葺きは社員食堂として使っていて、ときどきイベントや合宿など、人の集まる場所として活用しています。利益は生みませんが、会社のシンボルとして地域の人にも楽しんでもらえるような場所になっています。

植原 アパレル、古民家再生、そしてスキンケア。最初に聞いたときには、その組み合わせを意外に感じたのですが、「暮らし」というキーワードでつながっているわけですね。話を聞いて納得しました。

ところで、国内に31店舗ある群言堂の本店は、大森町にありますよね。人口400人の小さな町に、あえて出店しているのはなぜでしょうか。

三浦さん 創業者で会長の松場大吉が大森町で生まれ育ったからです。大吉は、大学から名古屋に出て、登美と学生結婚をして就職した後、28歳のときに2人で大森町に帰ってきました。もともと家業が呉服屋というか、服だけでなくたばことか塩とかを扱うよろず屋的商店で、長男で継ぐ気でいましたので、大森に帰ってきてから、名古屋時代からつくっていた布小物を事業化しました。

近くの縫製工場から布端切れをもらって、たとえばポシェットやティッシュケースなどつくってはワゴンを引いて、駅や百貨店で行商していました。当時は、BURAHOUSEというブランドで、近隣の方に内職をお願いしながらのものづくりだったんですね。

植原 なるほど、大吉さんのルーツが大森にあったからなんですね。いま社員はどれくらいなんですか? 大吉さんと登美さん、2人はそれぞれどういう役割なんでしょうか。

三浦さん 本社はオフィスに45人、本店に10人ほどなので、大森町で約55人。そのうち20人くらいが町内に住んでいます。加えて、全国の店舗や営業事務所のスタッフが約100人です。大吉と登美は2人とも代表取締役で経営をしていますが、登美が会社の哲学的な側面と、ものづくり全般をみています。特にアパレルは登美の目の中でつくっています。

植原 400人のまちで20人の社員が住んでいるなんてすごい割合ですね。

観光客数は最盛期の半分…でもそれがいい

植原 範囲を広げて、大森町と石見銀山の紹介をお願いします。

三浦さん 大森町は江戸時代以前から銀鉱山として栄え、江戸時代が最盛期で、明治時代に閉山しました。その後は過疎になり、人が出て行くばかりの地域でした。30年前に大森町が重要伝統的建造物群保存地区に選定され、町並み保存が本格的に始まりました。

そして、10年前に世界遺産登録。島根県内では一つの観光地として認識されています。お伝えしたように人口400人ですが、うちやもう一つの地元企業・中村ブレイス株式会社の2社に若いスタッフがいることも幸いし、人口が下げ止まり、子どもも生まれるようになりました。子どもは2年連続で7人生まれ、存続の危機だった保育園も2人だったのが2桁になり、待機児童も出そうな勢いです。

町内の運動会は保育園と合同で行われている。子どもたちの成長を町全体で見守っている

植原 石見銀山というキーワードは、歴史の教科書以来、世界遺産登録されたときに久しぶりに聞きました。観光地化されている場所なのかなと思ったら、そんなことはなくて、平日は観光客がまばらで、まちのひとが暮らしている。道沿いに普通に家があり、暮らしていて、行き交う人が挨拶をしていて。一観光客としては面食らいました。

三浦さん ピークのときは、年間80万人以上が訪れたんです。何十台も観光バスが来て。世界遺産登録直後、自治会協議会が中心になって住民憲章をつくりました。その一文には「私たちはこのまちでおだやかさと賑わいを両立していきます」とありますが、世界遺産になったからといってこれまでの暮らしを変えるのではなく、おだやかな暮らしがあるということこそをこの町の魅力としてお客様に発信していこうと宣言しています。

三浦さん いま観光客数は半分以下になって40万人を切っていますが、暮らしている身としては落ち着いていて、休みの日も適度な賑わいで暮らしやすい、いいまちです。

極端に観光地化されなかったのは、このまちにとってよかったと思っています。派手派手しい看板や土産物屋さんもつくらず有料駐車場もない。田畑や古民家をつぶして駐車場にするのは簡単ですが、誰もそうはしないというモラルが共有されています。景観を守り、暮らしが息づいているまち、観光地としては珍しい形で存続していると思います。

植原 最盛期にはずいぶんにぎわっていたのですよね。

三浦さん 江戸時代の銀山最盛期には石見地域に公称20万人がいたといわれていますが、銀を積み出した港も含めて幕府直轄の天領として代官所や裁判所も置かれ、一時期は世界の銀の3分の1を産出したと言われるほど突出した町でした。

世界遺産の選定理由は、銀山の歴史的価値と町並みなどの文化的景観が守られている点、そして山を荒れさせずに自然と共生しながら操業していた点がが評価されたと言われています。

取り残されてしまったからこそ、いま最先端に

植原 何万人も住んでいたまちが、ビジネス的に事業破たんして衰退した。そこから200年経ち、一周回ってそのまちに暮らしがあり、持続的なまちづくりとしてうまく回っている。大森町は、この点がとても面白いと思うんです! 世界の中でもまれなエリアではないでしょうか。

三浦さん そうですね。“取り残されてしまった”ことが良かったのかもしれません。銀鉱山の遺跡が残ったのも近代的開発がされなかったからですし、経済発展に取り残されたからこそ町並みも残りました。

その結果、暮らしの息づく「生きた遺産」として再評価されることになったのです。経済発展だけが幸せではないということが、このまちから読み取れると思います。

植原 大森町を訪れる人が増えて、新しい暮らしの探究や、行き過ぎた経済やお金の使い方に疑問を感じ、それを探して一周回って大森や群言堂から学びたい、惹かれているという人が多い。そういう文脈があるんだろうなと感じます。

植原 これまでいい部分を聞きましたが、大森町、まちとしての課題、取り組んでいくべき問題は何ですか。

三浦さん この先、若い家族と子どもがどのように心地よく暮らしていけるかが、一つのキーポイントではないでしょうか。

待機児童が出たときにどうするか、そして、いまのところ学童保育がありませんので、子どもが小学校にあがったときどうするか。

若い家族、世代が心地よく暮らしていくための施策がないと未来はないのかなと思います。教育もこれからに必要な要素であると感じます。このまちで子育てしたいと思えるような魅力ある教育を町全体でつくっていけるといいですね。

また、空き家が80軒以上あり、朽ち果てて崩れてしまう古民家もある、まだ間に合う建物をいかに再生して守っていけるか、今後、より空き家が増える可能性もあるので、考えていかないといけないと思います。

植原 人口27万人の東京都目黒区に暮らしている自分には想像できないのですが、400人というまちのサイズはどうですか。

三浦さん 人の顔が覚えられる、お互いの顔が見える安心感がありますね。意識の共有や合意形成がしやすいとも言えます。この規模だからこそ、このようなまちづくりができたのではないでしょうか。家同士が比較的ぎゅっと密集していることも安心感につながっています。ご近所さんや子どもたちを見合える小さなコミュニティの単位がおよそ500人くらいなのではないでしょうか。

植原 確かに、確かに。今年の春と夏に1泊2泊させてもらって、大森町の輪郭がわかってきたように思います。世界遺産登録されたタイミングのときに、もし人口が1000人なら合意形成できずに観光地化してしまう可能性はあったのかもしれませんね。

自分で染料を拾い、自分で染めてつくるオリジナルTシャツ

植原 夏に大森町に行ったときは、greenz peopleのみんなと一緒でした。

Tシャツをつくるにあたって、コケ、キノコ、シダ、水引など8種類の染料をとったんです。普通だったら雑草で、全部捨てちゃうそうなのですが、石見銀山生活文化研究所の社員の鈴木さんに指導してもらって色を出したら数種類が出てきて、個人的に感動しました。あのコケからこの色が、とか、こんな色になるなんて、とか。ものづくりが学べるのがうれしいです。

三浦さん 「Gungendo Laboratory」というブランドで展開している「里山パレット」ですね。

植原 はい。連載と一緒に、このTシャツづくりでもグリーンズとコラボレーションしていただくわけですが、三浦さんはグリーンズをどうみていますか。

三浦さん ソーシャル界隈のメディアで真っ先にあがってくる名前で、Webでも記事を見ていました。ただ、不思議な団体で、あらためて見直してみても全体像を把握しきれないなとも感じます。一つだけちゃんと分かったのは、「ほしい未来は、つくろう。」というメッセージをあらゆる活動を通して一貫して発信しているんだなということです。

植原 そう言っていただけるとうれしいです。グリーンズでは人と人がお互いに支え合って、ほしい未来をつくっていくコミュニティのことを表す時に「生態系」という言葉を使うんです。まちづくりの文脈でも、そういう生態系が生まれ、育てていくのは面白い。ソーシャルデザインの生態系が大森町にある! と、グリーンズ的にもはっとしました。

というわけで、連載の初回ということで、まずは大森町と石見銀山生活文化研究所の魅力を話してもらいましたが、最後にgreenz.jpの読者に向けて、一言お願いします。

三浦さん 百聞は一見にしかず。もちろん、これから記事を通して石見銀山のことを伝えていただけると思いますが、もし少しでもアンテナにひっかかるものがあればぜひ実際に遊びにきてほしいと思います。心からお待ちしています!

(対談ここまで)

石見銀山生活文化研究所の三浦さんとグリーンズの植原正太郎の対談、いかがでしたか? 私も二人のやりとりを聞きながら、ワクワクしました。これからグリーンズでは、石見銀山生活文化研究所、そして大森町のプレーヤーを紹介していきます。どうぞお楽しみに!

– INFORMATION –

今回の対談でも紹介させていただいた「群言堂×グリーンズ Tシャツ」は2018年春に販売開始予定です!2017年夏に寄付読者「greenz people」のみんなで、大森町の里山で様々な植物を採集してきました。今回はなんと「コケ(苔)」から染料を抽出いたします。この連載でじわじわとお披露目していこうと思いますので、初回はチラ見せ!

里山の茂みをかき分けながら採集した後の集合写真。たくさん虫に刺されたけど、ミッション達成!

コケを染料にして出来上がってきものがこちら!デザインはメンズ・レディースの2種類でご用意します◎全貌は乞うご期待。

購入希望の方は、こちらのフォームよりご予約をお願いいたします!3月頃の販売開始とともにお知らせいたします。

【先行予約】群言堂×グリーンズ Tシャツ
https://goo.gl/forms/PKBrDQ02lBcQyeN73