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”生きる”と”表現する”は切り離せない。坂本龍一が、社会や自然と同期しながら創作表現する様を描く映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』

私たちは、表現しながら生きている。

そう今、僕が言ったら、あなたはどう思うだろう?

表現だなんて、もう久しくしていないよ。
そんなの、芸術家がすることでしょう?
そう思うかもしれない。

でも、果たしてそうだろうか? 表現とは、決して何かを創作することのみではないはず。なぜなら僕ら人間は、嬉しいとき、悲しいとき、気持ちいいとき、痛いとき、その感覚を表情や言葉で表わすじゃないか。

生きることは表現することと、切り離せない関係にある。そのどちらかが停止した瞬間は、生命の終焉のようにさえ思える。

だからこそ、僕は常に表現を自分ごとにしていたい。
常に表現力を磨いていたい。
表現力を磨き続けることが人間の成長であり、ほしい未来をつくることであると信じていたい。

今回紹介する映画の主人公、音楽家・坂本龍一の仕事は、まさに、表現すること。そしてそのアウトプットで、人びとの時間を美しくすること。

では、坂本はどのように音楽を創作表現しているのだろう? 
表現力を磨いているのだろう? 

そんな僕とあなたの疑問に答えてくれる映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』を紹介しよう。

©2017 SKMTDOC, LLC

坂本龍一(さかもと・りゅういち)
1978年、『千のナイフ』でソロデビュー。同年、細野晴臣、高橋幸宏の3人でイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を結成し、そのポップ・ロックとシンセサイザー音楽を融合させた革新的なサウンドで、世界的人気になる。80年代には『戦場のメリークリスマス』、『ラストエンペラー』に出演し、その音楽も手がけ、多くの賞を受賞。映画音楽家としての地位も確立。以後、作曲家、演奏家、音楽プロデューサーとして幅広いジャンルで活動。90年代後半になると、社会問題・環境問題に意識を向けるようになり、その変化は音楽表現にも表れていった。2014年、中咽頭がんと診断され、1年近くに及ぶ闘病を経て復帰。2017年、8年ぶりのオリジナルアルバム『async』をリリース。

終わりではなく始まりを捉えた映画

『Ryuichi Sakamoto: CODA』は、2012年、東日本大震災の被災地を訪れ、津波をかぶったピアノに向き合うシーンから始まる。

調律が狂い、塵が隙間にはさまった鍵盤は弾きづらく、まるで死体と化したピアノを弾く坂本龍一。同時期には「見てみぬフリはできない」と、チャリティコンサートで被災者の心を癒やし、首相官邸前に集まる人びとの前で「原発反対」と声を上げる。それは、人として現代と未来を生きることを肯定している姿であり、とても力強さを感じさせるシーンだ。

首相官邸前の脱原発デモに参加する坂本龍一 ©2017 SKMTDOC, LLC

しかし、そんな坂本を襲った大きな病。音楽活動を停止し、遠い先のことだと思っていた死が日々近づいていることを悟る。やがて、残された人生で「後世に恥じない作品を遺したい」と新たなオリジナルアルバムの制作を始めていく。

その新作の着想元に決めたのが、アンドレイ・タルコフスキーの遺した映画作品たち。特に『惑星ソラリス』で、ヨハン・ゼバスティアン・バッハのコラール(*)と映像中に起こる動作の音が生み出す、計算しつくされた”映画の音響”。それに感銘を受けた坂本は、自身のコラールを模索し始め、世界各地へ美しい音の断片を探す旅に繰り出す。

(*)コラール: ドイツ・プロテスタント教会,特にルター派教会の賛美歌。宗教改革の主張に基づき,教会に集る信者みずからが歌えることを目的として,ルターやその協力者たちによってつくられたドイツ語の歌詞と単純な旋律の宗教歌。(出典元: ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

森を歩く音。
街で見つけた喧騒の音。
かつて音楽を担当した映画『シェルタリング・スカイ』の、ポール・ボウルズの声。

それら音の断片を集め編集したものに対し、シンセサイザーやピアノで音楽家として反応していくことで、少しずつ新曲が形になっていく。しかしまだ、バッハのものではない、自身のコラールが浮かんでこない。ピアノと五線譜に向き合いながら試行錯誤する坂本の姿が映る。

その合間に時折挟まれるのが、坂本龍一の過去の旅路。イエロー・マジック・オーケストラのメンバーとして活躍した頃や、『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』といった不朽の名作をつくりあげた当時の様子が、本人提供による秘蔵映像も交え、振り返られる。

そして1992年ごろから現在にかけて、社会情勢や環境問題に関心を寄せ、その意識と自身の表現をどのようにつないできたか語る。あなたが、社会的課題の解決を目指してアイデアを探っているならば、特に見逃せないパートかもしれない。

被災地を訪れた坂本。多くの瓦礫、時が止まった町役場を視察する ©2017 SKMTDOC, LLC

映画が進むに連れ、最新作の全貌が明らかになっていく。そしてついに試行錯誤の末、敬愛するバッハのものではない、坂本自身のコラールが生まれる。それは2017年現在の坂本龍一だからつくれた、現代社会に対する祈りの音楽であり、新たなキャリアが始まる瞬間だった。


11/4(土)公開『Ryuichi Sakamoto CODA』予告編 ©2017 SKMTDOC, LLC

坂本龍一を象徴するもの

『Ryuichi Sakamoto: CODA』で、”坂本龍一を象徴するもの”として映し出されるのがピアノだ。

新たな作品をつくるのに必要な楽器として、坂本自身の心と身体を調律する道具として登場するのはもちろんだが、闘病で音楽活動を停止した際の主がいないグランドピアノが映るシーンでは彼の不在を感じさせる。そして病から復帰し、新作を完成させた後の坂本が、今後もキャリアを続けていこうと意気込むシーンも、ピアノとともにある。

その一方、当の本人は次第にピアノという楽器の”不自然さ”に違和感を覚え始めていく。

坂本の言葉を借りるならば、「ピアノは工業製品」。職人たちが何層もの木を機械で折り曲げ、金属線の弦を張り巡らし生まれる楽器は、時間の経過とともに調律が狂い始める。しかし、それは人間の決めたルールに対して狂い始めているのであって、実は自然な状態に還っていくことではないかと気づき、その音を新作に取り入れていく。

津波をかぶったピアノを弾く坂本 ©2017 SKMTDOC, LLC

美しく儚い音たちが、生を感じさせる

そうして完成した最新作が、2017年3月発表の『async』。コンセプトは、「同期しない音楽」。異なるリズムや響きを持った音を、拍やキーなど、人間のルールに揃えずに共存させるというダイナミックな意欲作だ。

しかし、そういった人間の決めたルールとの同期を放棄することによって、音楽家・坂本龍一自身に由来するものと深く同期した音楽が僕らのもとに届けられた。


『async』全曲のハイライトが楽しめるビデオ作品。映像のトーンは、『Ryuichi Sakamoto: CODA』にも通じる

坂本に由来するもの。それは地球の美しい自然であり、社会情勢であり、自分自身の情動。

自ら世界各地を訪ね歩いて見つけてくる”美しい音の現象”は、その瞬間、その場所で、坂本がいないと響かない、いわば再現できないものばかり。そんな”必然性のある偶然”で発生した音の結晶が『async』だ。

美しい音と出会うには、僕ら人間が感覚を研ぎ澄ませ、表現力を磨く必要がある。
しかし、やっと出会った美しい音も、自然の環境変化で消えゆく。

僕は、そんな美しい音たちに儚さを感じた。同時に、坂本の”生”も感じた。そしてこういった美しい音を後世の人びとも楽しめるよう、地球の環境を大切にしていかなければいけないと認識を改めた。

坂本龍一が、どんな音を発見し『async』に取り込んだのか、映画で紹介されているものを少し紹介しよう。

たとえば、ニューヨークの自宅で、バケツをかぶって雨音に耳を澄ませる坂本。

©2017 SKMTDOC, LLC

またあるときは、バイオリンの弓で大きなシンバルを”弾く”。実に複雑なテクスチャーの音が部屋中に響き渡り、その美しさに坂本自身が惚れ惚れしている様子は、好奇心にあふれ、実に愛らしい。

©2017 SKMTDOC, LLC

こういった美しく儚い音が堪能できる新作『async』と同期するかのように、映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』は無駄な背景音楽が一切省かれ、本人以外による証言も皆無。坂本龍一の耳に飛び込んできた音だけが聴こえてくるような映画だ。

ぜひ、あなたがこの映画を観るときは、映像だけでなく、ほんの小さな音さえも聴き逃さずに味わってほしい。

好奇心を胸に、外へ繰り出そう

冒頭で、僕はあなたに「私たちは、表現しながら生きている」と言った。とはいえ、この映画から伺える坂本の創作表現の様子を観ると、「これは”世界のサカモト”だからこそできることじゃないか」「僕らには真似できることではない」と感じてしまうかもしれない。

でも、そんなに難しいことじゃないはずだ、と僕は思う。

大事なのは、好奇心。それを胸に外へ繰り出せば、きっと出会えるものがある。本映画が出品された「第74回ヴェネツィア国際映画祭」でのインタビューで、坂本龍一はこう答えている。

僕は、まだ聴いたことの無い音、会ったことの無い人、食べたことのない味にとても興味があるんだ。僕は好奇心の塊だからね。常に新しい何かに驚かされていたい。世界各地を旅してきたけれど、また行ったことがない場所がたくさんある。まだ聴いたことの無い音を求めて、僕は訪れたいと思うよ。

まだ聴いたことの無い音は、旅をしなくても出会うことができる。たとえば、あなたの住む街でも、耳を澄ませていればね。きっと偶然、飛び込んでくる。だから常に聴覚を開放していることが大事。24時間。たとえ寝ているときでもね。

森に足を踏み入れ、自身の歩く音や打ち捨てられたゴミの音を採集する ©2017 SKMTDOC, LLC

『Ryuichi Sakamoto: CODA』。
このタイトルを目にすると、そもそも坂本龍一に興味がない読者には、自分ごとに感じづらいかもしれない。

しかしこの映画は、僕同様に坂本を追いかけて来たあなただけでなく、彼についてほとんど知らないあなたにも、さまざまな問いをなげかけてくれる。特に、人の暮らしと表現が切り離せない関係にあると気づいているならば、大きな価値がある一作。ぜひ多くのあなたに観てもらいたい。

Ryuichi Sakamoto: CODA
11月4日(土)角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

出演: 坂本龍一
監督: スティーブン・ノムラ・シブル
プロデューサー: スティーブン・ノムラ・シブル エリック・ニアリ
エグゼクティブプロデューサー: 角川歴彦 若泉久央 町田修一 空里香
プロデューサー: 橋本佳子 
共同制作: 依田一 小寺剛雄
撮影: 空音央 トム・リッチモンド, ASC
編集: 櫛田尚代 大重裕二
音響効果: トム・ポール
製作/プロダクション: CINERIC BORDERLAND MEDIA
製作: KADOKAWA エイベックス・デジタル 電通ミュージック・アンド・エンタテインメント 
制作協力: NHK   
共同プロダクション: ドキュメンタリージャパン
配給: KADOKAWA  
2017年/アメリカ・日本/カラー/DCP/American Vista/5.1ch/102分
公式サイト http://ryuichisakamoto-coda.com/
公式Facebook https://www.facebook.com/ryuichisakamoto.coda/
公式Twitter @skmt_coda

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