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熱意と冷静さを携えて、世界の諸問題の最前線へ。フォトジャーナリストの林典子さん、グリーンピース・ジャパン事務局長・米田祐子さんに聞く、社会課題との向き合い方

世界中で、人権侵害や環境破壊などさまざまな問題が起きています。報道でそういった問題に触れるものの何もすることができない私たちにとって、現場に立つジャーナリストやNGO・NPOの活動は頼もしい限りです。

今日は、フォトジャーナリストの林典子さんと、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの事務局長・米田祐子さんによる対談をお届けします。

世界の諸問題と向き合い続けるおふたりの言葉から、今、世界のどこかで起きている現実とそれに巻き込まれている人々、そしてそれぞれの活動にかける想いに触れてください。

まずは知ること。それが日本という恵まれた国に生きる私たちにとって大切なのではないでしょうか。

カメラを手に世界中を飛び回るフォトジャーナリスト林典子さん(左)と、グリーンピース・ジャパン事務局長米田祐子さん

林典子(はやし・のりこ)
フォトジャーナリスト。英ロンドンのフォトエージェンシー「Panos Pictures」所属。1983年生まれ。国際政治学、紛争・平和構築学を専攻していた大学時代に西アフリカのガンビア共和国を訪れ、地元新聞社「The Point」紙で写真を撮り始める。写真集『キルギスの誘拐結婚』(日経ナショナル ジオグラフィック社)、『ヤズディの祈り』(赤々舎)などを発表。
米田祐子(よねだ・ゆうこ)
2016年8月、国際環境NGOグリーンピース・ジャパン事務局長に就任。それまでは、17年間にわたり、アジア・アフリカの開発途上国でNGO活動にたずさわる。プラン、セーブ・ザ・チルドレン、オックスファムなどで携わった事業の中には、内戦中のソマリアでの市民団体の強化、カンボジアの少数民族の土地や森林と生活を守る活動、リベリアでのエボラ出血熱に苦しむ子ども達やその家族への緊急支援、そしてラオスでの衛生教育が含まれる。

林さんの写真から伝わる世界の問題

私がおふたりに対談を申込んだきっかけは、3月9日、国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの主催によるトークショー「みんなで話そう、女性と環境」に参加したことでした。

登壇したふたりのトークは、その沈黙の中から雄弁に訴えかけてくる、林さんの写真を見ながら、その解説を聞く形で始まりました。まずはおふたりの活動紹介も兼ねて、当日の様子を、少しお伝えします。

トークショーで、写真を前に解説する林さん(左)と、米田事務局長

このトークショーでは、東日本大震災、キルギスにあるマイルスというウラン採掘地、そしてヤズディという民族の写真が紹介されました。最初にスクリーンに映し出されたのは、東日本大震災後の福島県南相馬の写真でした。

林さん 福島に入ったのは原発事故が起きてから3週間後だったたんですけど、そこには、ほんのさっきまであった平和で穏やかな日常生活がそのまま残されていました。人のいないまちをただ信号機だけが動いている様子や、「福島原発で爆発」と書かれている新聞が、今にも配達されようと準備されているさまを写しました。

震災後の福島県南相馬の様子。誰もいないまちを信号機だけが灯り続ける Photo by Noriko Hayashi

写真からは、あの大事故が自分たちの生活にどんな影響を及ぼしたのかということ、そして、誰にとってもまるで想像もつかなかったということがうかがえました。

ほかにも、102歳の飯舘村最高齢の方が、全村避難が決まった翌日に自殺なさったとのことで、その1か月後、義理のお嬢さんが遺影を持っている写真も紹介されました。東日本大震災、そして福島第一原発事故から6年という歳月が流れましたが、写真は一気にそれをすぐ目の前のものに引き戻す力がある、そんなことを感じました。

さらに印象的だったのは、イラクとシリアの国境の近くに暮らすヤズディという少数民族の写真です。ヤズディとは民族名であり宗教名であり、世界中に60~100万人暮らしているといわれています。

林さん ヤズディは、一神教ではあるものの、イスラム教やキリスト教、ゾロアスター教、ミトラ教などが入り混じっている宗教でもあって、イスラム過激派からは悪魔を崇拝する民族だということで攻撃の対象になってしまっています。

武装するヤズディの少女 Photo by Noriko Hayashi

2014年8月にISから受けた攻撃では、5000人近い男性が殺され、6000人近くの女性が拉致されて、ISの戦闘員に強制的に結婚させられたと報道されています。そこで、ヤズディの女の子の中には自分たちを守るために武器を手にするようになり、イラクとシリアで今でも戦っているといいます。

林さんの話を受けて、世界中で支援活動を続けてきた米田さんは、「災害や紛争の影響をより大きく被るのは、女性、子ども、少数民族といった弱い立場にある人々。そこには、根底にある社会的な構造や差別が色濃く出ているのを感じる。差別感情は、日本でもどこの社会にもあるもので、他人事ではない」と語り、その後は、特に女性の人権に焦点を当てた話が続きました。

米田さん それぞれの写真に共通するテーマとして、家庭、社会、環境を守っていこうとする女性の強い意志を感じました。女性だからこそ、社会的な弱者だからこそできることがあるんじゃないかなとすごく思います。

この話を受けて、林さんはどこの撮影現場でも、女性の素晴らしさを感じていると語りました。

林さん 例えばパキスタンでは、家庭内暴力によって男性に硫酸をかけられて、顔を傷つけられた女性を取材しました。何度も整形手術を受けて、足の皮膚を顔に移植して、そういう手術を繰り返した後で、故郷に帰るとき、私も一緒に行くことを許してくれたんですね。

「私のことを気にかけてくれていることを村の人に知らしめてほしい」と言われたときに、とても強い女性だなと思いました。私が日本に帰った後も、その女性は村で暮らしていくわけです。そのときのことを考えると、その気持ちがただただ強いなと思いました。

この日は国際女性デーの翌日でした。おふたりの話からは、女性の虐げられている部分と、女性としての強さ、その両方を感じることができたような気がします。同時に、林さんと米田さんというふたりの女性が、世界中でさまざまな問題に向き合う、その動機に、私は強い関心を持ちました。

そこで今回、おふたりのそれぞれの活動にかける想いや社会問題との向き合い方について、対談をお願いすることにしたのです。

それぞれの活動を支える想い

こうして実現した対談は、ふたりの世界中での活動を支えるモチベーションを探るところから始まりました。

林さん きっかけは、大学生のときにアフリカの新聞社で働きながら、中学校でボランティアをしていたことでした。新聞社で伝える仕事に関心を持ちましたが、写真そのものをやろうと思ったのは、もっと後ですね。

今も写真が好きというよりも、問題や地域への関心や、そこに住んでいる人のことを知りたいという気持ちが原点になっているように思います。

米田さんはもともと開発の仕事をしたいと思われていたんですか?

米田さん もともと英語が嫌いだったので海外で働くなんてことは考えてなかったんですけど(苦笑)

中学生の頃、エジプトに単身赴任をしていた父を訪ねた折、同世代のエジプト人の女の子が英語で自分の意見をしっかり話しているのに刺激を受けました。ちょうど海外に目を向け始めた頃、天安門事件、東欧の民主化、冷戦終結といった国際ニュースがありました。国際的な人権や民主主義にかかわる仕事がいいなと思って。大学は、国際関係について学べるところを選んだんです。

実際開発の仕事に携わってみると、貧困層にある人たち自身が貧困や格差を生み出す社会問題に気づいていないこともあるんですね。でも、「それはおかしい」「当たり前のことじゃないんだ」って伝え続けると、だんだんその人たちも問題意識を持ち始めるんです。

持続可能な形で開発を進めるためには、貧困層にある人たち自身が行動を起こさないといけない。外から来る人間はサポートすることしかできないんです。だから、現地の人たちから学びながら、一緒に仕事をすることがすごく大切かなと思います。続けていく力はそこからもらっている気がしますね。

NGOでバリバリ活動してきたというイメージを覆すような、物腰の柔らかな米田事務局長

哀れみではなく正義。活動に向き合う姿勢

米田さん 林さんには、グリーンピースによる福島での放射能調査の様子の撮影をお願いしたこともありますが、いつもはどんな風に撮影する題材を決めていらっしゃるんですか?

林さん もともと関心があったり、ずっと前から知りたいと思っていたこともあれば、先日のイベントでお話したキルギスのウランの採掘が行われていた場所のように、現地に行くまで知らないこともありますね。

いろんなケースがありますが、どの取材も、個人的に知りたいという気持ちがなければ続かないかもしれないです。「伝えたい」という気持ちは、取材する前の状態ではそこまであるわけではないんですね。

トークで2番目に紹介された、キルギスの小さなまちマイルスの写真。ウランの採掘場を簡単に土や石で埋めたため、放射能に汚染されている。「放射能によって命の危険がある」と書かれた看板のすぐ側を人が歩いているのがこの村の日常であることを映し出している Photo by Noriko Hayashi

林さん 『キルギスの誘拐結婚』という写真集で取り上げたテーマにしても、個人的にすごく気になっていて、知りたいと思っていたことだったんですね。ただ取材してみると、「伝えたい」とか、「何とかこの子が幸せになってほしい」という気持ちが生まれてきますよね。

米田さん 林さんは自分の関心からスタートするんですね。開発に携わるときには、何を動機として、現地への熱い思いをどういう形で抱くかって、大切なんです。「チャリティではないんだ」っていうのをすごく思うんです。

「かわいそうだから何かしてあげる」というのでは、その時点で相手方を見下している感じがするんですよ。そうではなく、この状況はおかしいから、それを正していく活動しなくてはならない。そもそも、その状況をつくり出している社会問題を解決しないといけないんです。

近年、人権に基づいた開発援助のアプローチが主流になってきています。人権とチャリティって違うと思うんです。チャリティは哀れみから行動するみたいですけど、人権の観点からは正義の問題になるんですね。不公正だから行動を起こさなくてはならないんです。そういう形で人権を中心に据えると、開発の仕事へのかかわり方も変わってくるのかなと思いますね。

林さん その点は私と似ているかもしれません。私も取材しているときは、相手を哀れんだり、かわいそうだと思うことはなかったですね。

もちろん広い目で見たら明らかに不幸で、悲惨なものだったりする。でも、その人たちに個人的に接するようになってくると、私と同じような感覚を持っていたり、メディアの在り方とか取材の意義みたいなのをすごく理解してくれたりもするんです。だから、逆に私がちゃんと取材をしないといけないと思わせられるんですよね。

活動の難しさを乗り越えて

林さん 米田さんは実際に活動を通して、現地の人の生活を変えたり、はっきりと役に立つことができると思うんですけど、伝える活動というのは、目の前で苦しんでいる人がいても何もしてあげることはできないわけです。だから、「ここで写真を撮ってる場合か?」とか、「私が写真を撮って伝えても、それがこの人たちにとってどこまでためになるんだろうか?」と考えることはすごくあります。

厳しい現実をものともせず、自らの関心の赴くままに、世界中を駆け回る林さん。

林さん ただ、カンボジアのHIVに母子感染した男の子の記事を書いたことがあって。その子は、障害を持っていて聾唖(ろうあ)で、アニメを見るのがすごい好きだったんですね。

その記事を読んだ声優になりたい女の子から、「アニメが好きだから声優になりたいと思っていたけど、これからはこのカンボジアの子たちに喜んでもらえるアニメに出られるようになりたい」っていうメールをもらって、取材してよかったなと思いましたね。

目に見える形では支援できないかもしれないですけど、写真を見てくれた人たちがそういう気持ちになってくれるとわかると、私もうれしいです。

米田さんは、現地で厳しい生活を送っている人のための活動である開発の仕事から、グリーンピースの事務局長になって、環境問題に取り組もうと思われたきっかけは何かあったんですか?

米田さん 途上国の開発援助の延長線上にあるのが先進国の経済の仕組みや環境問題とみています。

ヨーロッパ出身の以前の同僚は、これから変わらなくてはならないのはヨーロッパだと言って、途上国を出て行ったんですよね。すごく新鮮だったんですけど、その後、カンボジアやラオスに行ってみて、経済成長の名の下に、外国資本が入り、大規模な事業が行われ、より格差が広がっていくのを目の当たりにしました。南北関係の構造が変わらない限り、貧困問題はずっと続いていくんだろうと思ったんです。

結局グローバルな資本主義の中に途上国も取り込まれてしまっている今、先進国でやるべきことがあるんじゃないかと思います。経済の仕組みが変わらないといけないんですよね。

今の経済の仕組みから生じる歪みが、環境問題に表れています。環境を守るためにバランスの取れた社会の在り方を考え直す必要があると思います。それは、むしろ先進国から変えていかなくてはならないですよね。その波及効果で、途上国の環境にも開発にも影響していくのかなと感じています。なので、私の中では別のことに取り組むという意識ではないんですね。

林さんはこれからどんな写真を撮っていかれるんですか。

林さん まずは、これまで取材してきた人のフォローアップは続けていきたいですね。あとは、外国の編集者から「日本のことを知りたい」と言われることが多いので、日本の取材をしていきたいと思っています。日本の女性の仕事と育児のバランスの取り方に関心をもっているフランス人がいて、一緒に仕事をする予定です。

それって、現代だからこそある問題だと思うんですよね。これから日本に限らず増えていくと思いますし、そういうことを取材していきたいと思います。

(対談ここまで)

おふたりのお話からは、熱意の中にも確かに存在する冷静さが強く印象に残りました。複雑で大きな問題に向き合うには、一時の感情に流されない強固な姿勢が必要なのかもしれません。トークショー、そして対談で、日本を含め世界で起きている問題の渦中の女性の強さを知るとともに、林さんと米田さんおふたりの強さをも感じることができました。

読者の皆さんも、世界のさまざまなニュースに心を痛めたり、憤りを感じたりすることがあると思います。そのとき、もう一歩、その問題に関して踏み込んでみてはいかがでしょうか。

例えば、その問題について友達に話してみるのでもいいし、ニュースをFacebookでシェアするだけでもいいかもしれません。問題解決に関心を持ったら、NGOなどに寄付してみるのもひとつの方法です。知ることから、さらに一歩、一人ひとりが足を踏み出すことで、この世界はほんの少し変わるのです。