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オフグリッド生活の幸せな「対価」。年間家賃1万円の山小屋で暮らすタップダンサーasakiさんを訪ねて

オフグリッド山小屋「酔仙庵(すいせんあん)」。

そのネーミングを初めて聞いたとき、つまりこの小屋は“電気を自家発電している小屋”ということなのだと思いました。そして実際に、電気は自家発電していました。

ところが実際に伺った酔仙庵には、電気だけではなく、ガスも水道もありませんでした。つまり、公共インフラがゼロの“完全オフグリッド”な山小屋だったのです。

となると「さぞかし自給自足レベルの高い暮らしをしているに違いない!」と思いがちですが、その暮らしぶりを覗かせていただいても、なんでもかんでもストイックに暮らしているというふうでもありませんでした。たとえば、これどうぞと用意してくださったお茶菓子は、普通に市販のクッキーですし、せっせと保存食をつくっているわけでも、広い畑を耕しているわけでもありません。

東京から世界一周旅行を経て、岡山県美作市上山地区にあるこの山小屋に、4年前に移住したのがタップダンサーのasakiさんです。

asakiさんは、もともと自然は大好きだったそうですが、東京ではごく当たり前にマンションで暮らし、都会の生活を満喫していました。まさか自分がこんな生活をするようになるとは思っていなかったそうです。いったいなぜこの地に移り住み、完全オフグリッドな暮らしを実践するまでになったのでしょうか。今回は、その物語を紐解きたいと思います。

オフグリッド山小屋「酔仙庵」の暮らし

山小屋を森側から見る。単管パイプが組まれたウッドデッキはasakiさんがつくったもの。ここにくるまで、DIYはほとんどやったことがありませんでしたが、できそうだなと思ったものはひとまずやりながら考えてつくっていったそう

オフグリッド山小屋「酔仙庵」は、美作市の市境、少し奥まった森の中にある、小さな山小屋です。近隣には数件の民家がありますが、この小屋には電気も水道もガスも通っていません。

電気は100Wのソーラーパネル1枚とバッテリーを組み合わせた独立型ミニ太陽光発電システムのみ。必要なのは夜の照明とスマホの充電、ときおり使う電子ピアノ程度で、ほとんど不便はないと言います。

たまたますぐ近くにフリー電源・フリーWi-Fiのカフェがあって、長時間のパソコン作業が必要なときはそちらを利用すればいいという幸運も。天気が悪い日が続くと照明がつかなくなることもあるそうですが、そんな日はキャンドルを灯して暗闇を楽しみます。

南側の壁際にソーラーパネルを設置

ガスがないため、調理はカセットコンロで。水は少し離れた神社まで、湧き水を汲みに行っています。ここで暮らすようになって、1日に最低限必要な水の量は1リットル程度だとわかったそう。大切に使えばそれほど頻繁に出かける必要はないため、特にストレスはありません。

都会にいると、水はいくらでも出るものだと思うし、電気も当たり前に使えるものだと思うけれども、1回こういうところにくると、本当に必要な量がわかって、いいですよ。

トイレはコンポストトイレ。お風呂はタンクにシャワーヘッドを取り付けて、水風呂で済ませます。「いくらなんでも冬は寒くないですか」と聞くと「世界一周旅行をしているときにお湯が出ないのが当たり前の地域もたくさんあったので、慣れてしまった」と笑います。

山小屋の室内。作業スペースには楽器がいっぱい。壁の奥が寝室となっていました

家の外側に設置した炊事場兼作業スペースには時計型薪ストーブが置かれていて、暖をとることもできます。室内は灯油ストーブひとつだけ。広さ的には、もうひとつぐらいストーブがあったほうがいいのではという気がしましたが、「寒ければいっぱい着ればいいかな(笑)」とどこまでもマイペースです。

炊事場兼作業スペースもDIY。この空間をつくったことで、断熱効果が生まれ、山小屋の室内がとても暖かくなったとか。森から拾ってくる小枝を薪ストーブで燃やせば、十分暖まります

山小屋の手前には、TAP DANCE STUDIO「楽器」もつくりました。毎日ここで練習をし、近所の生徒さんがレッスンにもくるそうです。野外ステージになっているので、森に向かって踊ると、コツコツと小気味いい足音が空と森いっぱいに響きます。

山小屋のウッドデッキから目の前に広がる森も自由に使える敷地です。借りた頃は手入れがされておらず、鬱蒼とした森だったそうですが、少しずつ手を入れ、今ではしっかり光が入るようになりました。森の中には秘密基地めいた小屋やステージ、遊具などをつくって、イベントを開催したりもしています。

震災をきっかけにすべてを捨てて、世界一周の旅へ

オフグリッド山小屋「酔仙庵」の住人、asakiさん

東京でプロのタップダンサーとして活動していたasakiさん。スクール講師としての仕事もあり、何の不自由もない生活をしていました。そのasakiさんが生き方を変えるきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災でした。

それまでは、電気はどっかからきて、当たり前に使えるものだと思っていました。でも電気を生み出すためには、かなりのリスクを背負っているとわかって。

それと、ボランティアで被災地に泥かきに行ったんですけど、やってみると人がつくったもの、たとえばガソリンなんかのへどろがいちばん厄介だったんですよね。これは「ちょっと人間、セーブしろよ」という自然からのメッセージだと思いました。それで、どこまでセーブできるかを1回やってみようと思ったというのが、そもそものきっかけですね。

とはいえそのときもまだ、漠然とした思いのみで、具体的に今のような暮らしをしようとまでは考えていなかったそう。まずは、20年間やってきたクラスを後輩に委ね、「世界を見よう」と世界一周の旅へ出かけました。コツコツ貯めてきた貯金を使って、半年かけて世界を廻り、さまざまな気づき、学びを得ました。

たとえば木の伐採など、人間による環境破壊が進んだせいで文明が滅びたと言われているイースター島。今では人がいるエリアは限られ、島の多くに人の手が入らない自然が残されています。

道も舗装されていないし、何かの骨なんかが転がっている。でもそれがなんだか汚くないんですよね。人間がよけいなことをしなかったら、自然はこんなに美しいんだって気づきました。

イースター島にて。1度滅びてしまった島には、何もない。だけど、なんだか美しい ©asaki

「千人達歩(タップ)」実現のために上山へ

帰国後、上山を知ったのは、ある人の“声”がきっかけでした。「さて、これからどうしよう」と思っていたとき、たまたま見ていたテレビ番組で、上山地区の再生を手がけている現・一般社団法人上山集楽代表の西口和雄さんの声を聞いたのです。

西口さんが、とても面白い声をしていたんですよね(笑) 僕、いい声とかいい音に反応してしまうんです。こんなに面白い声の人がいるんだと思っていたら、そのあと、たまたま会う機会があって。「タップやってるんです」って話をしたら「やってみたい!」っておっしゃったので「じゃあ行きます」ってタップを教えにきたのが最初でした。

そのときもまだ、上山に住もうとまでは思っていませんでしたが、世界一周旅行のあとで、新たな仕事なども決まっていなかったため、1ヶ月ほど、当時の地域おこし協力隊の家に居候させてもらっていました。

敷地のあちこちにディスプレイされた鍋やフライパンは、廃材楽器としてステージで使っています

上山といえば、以前にグリーンズでもご紹介したとおり、棚田再生に始まる、先進的なまちづくりで有名です。

じつは最初に棚田を見たときに「ここで1000人でタップをやったら、面白そう」って思わず言っちゃったんです。そうしたら「じゃあ、やったらいいよ」って(笑)。で、本当にそれをやるんだったらこのあたりに住まないと、ということになりました。

では、家を探さなければ。そう思ったものの、手持ちのお金もそれほどあるわけではありません。

そのときにすばらしいタイミングで、ふたつの話が舞い込んできたんです。

ひとつは車が3万円でもらえるということ。もうひとつが電気も水道もない山小屋で良ければ、年間1万円で借りられるよということでした。選択肢もほかになかったですし、それは面白いと思って、住むことにしたんです。

ちなみにasakiさんの東京での家賃は月10万円。ということは、たった1月分の家賃で、この山小屋ならば10年間借りることができます。インフラがないため、光熱費もかかりません。

その結果、2013年にここに住み始めてから最近まで、貯金の残り約130万円ほどで生活していました。ざっと計算しても、かかる生活費は、年間30万円ほどだったことになります。本当に必要なお金というのが、どれほど少ないものなのか、実感させられます。

その人にしか生み出せない価値をつくる

そんな山小屋での生活をしていても、asakiさんの暮らしの中心には、いつでもタップダンスという表現活動がありました。

山小屋の手前につくられたTAP DANCE STUDIO「楽器」。「ちょっとやってみましょうか」とタップを披露してくださいました。静かな場所なので、足音が心地よく響き渡ります。贅沢な時間でした

たとえば、先述の「千人達歩(タップ)」とは、棚田の畔を使って、千人でタップをしようと始まったプロジェクトです。タップダンサーだけでなく、地域の人や子どもたち、全国の参加希望者が練習を重ね、2013年10月に上山の棚田で初舞台を迎えました。

現在は上山の棚田での千人達歩は行われていないそうですが、それがきっかけで、近隣地域の棚田で踊ったり、さまざまなイベントに呼ばれたり。2016年には、あの「瀬戸内国際芸術祭」のオープニングイベントに出演するなど、その芽は広がり続けています。

千人達歩公式プロモーションビデオ

今、asakiさんにとってタップは、自身の表現であると同時に、地域や周囲の人々とつながるツールでもあります。

僕は千人達歩をやるまで、子どもに教えたことがなかったんです。大人とは教え方が違うので、教えようとも思わなかった。でもね、1回やったら、それがすごく良かったんです。いろいろな人とタップができることは、とても楽しいことなんだなと気づきました。

それと、以前に行ったことのあるロサンゼルスでは、タップダンスのスクールが地域の学童保育みたいな感じで存在していたんですよね。それで、日本でもタップによってコミュニティが生まれて、子どもたちが踊ることがもっと当たり前になったらいいなと思いました。だから今、高校生以下の生徒さんからはお金をもらっていないんです。

子どもは無料、そして大人も、とても良心的な料金設定です。asakiさんは、稼ぐためにタップのレッスンをやっているわけではないと言います。プロのタップダンサーとしてもっと高い収入を得ることも可能なのに、なぜそれをしないのでしょうか。

お金にならないことって「なんでやるんだろう」って思いますよね。でも、そもそもアートってお金にならないものだと思います。お金を稼がないといけないっていうふうに言う人もいますけど、「お金にならなくてわけわかんないけどなんかすてきじゃない?」みたいなのがアートで。

でも、世界のどこにいっても、お金は必要だったんです。それはよくわかりました。だからそこを変えようというよりは、自分はどんな価値を生み出せるのかということと、その価値を必要としてくれる場所に出会えるかどうかが大切なんじゃないかと思って。で、たまたまこっちでやることになった千人達歩は、今までにない僕の価値になったんです。

貨幣って、価値のひとつなんですよ。先に貨幣があるんじゃなくて、私はこういう価値を生み出せますっていったときに、貨幣がその対価として出てくるっていうだけなんです。

千人達歩を通じて生まれた価値の対価はお金ではありませんでした。しかし、この山小屋と森と車、そしてこれまでとはまったく違った生き方、タップの可能性や、人と人のつながりなどを得ることができました。

その人にしか生み出せない価値をつくる。そしてそれを発信することこそ、頑張るべきことだと思います。

お金はただの結果ですよ、そう言われているような気がしました。

森の芸術大学、始まる

森は手入れをしたおかげで少しずつ光が入るように

現在、asakiさんが力を入れているのが、目の前に広がる森林の整備と活用です。

じつはここを大学にしようと思っているんです。

その名も「ASAKI’s UNIVERSITY」。大学といっても、ウェブサイトから簡単なアンケートに答え、入学の手続きをしてもらえればそれでOK。自然の中で創造的なことをしたい方は誰でも大歓迎で、何をやってもよく、利用料も特にかからないそう。

せっかくこんなにいい森があるのに、ひとり占めしていたらもったいない。なので、みなさんに入学していただいて、自由に使ってもらえたらいいなと。僕としては、そこでまたいろいろな人と繋がれないかなと思ってるんですけどね。

私も森の中に入らせてもらいましたが、とても静かで、小川の流れる音と、ときおり聞こえる鳥の鳴き声に、すっかり癒されました。あんなこともしたい、こんなこともしたい、疲れているときはここで小一時間ぼーっとしたい(笑)、と自然と森を楽しむアイデアが湧いてきます。

谷底のほうになにやら気になる建物が…

小川沿いに建てられた森の「宿題部屋」。タップの練習に来た子どもたちがここで宿題をやれるようにと、命名しました。小さなスペースなので暖房がなくても暖かいうえ、山小屋以上の静けさがある、まさに秘密基地な空間

ちょっぴり憧れる山小屋での暮らし。森での暮らし。でも便利に慣れてしまっている私には無理。実際にはやれないなぁ。どういう暮らしか想像もつかない。森で遊びたくっても、気軽に行ける森はなかなかない。

そんな人に少しでも「こういう生き方、暮らし方もあるのだ」と知ってもらい、興味がある人には足を運んでもらうことを、asakiさんは半ば意識的に心がけています。

都市の生活は都市の生活でとてもすてきだと思います。どちらがいいとか悪いではないんです。ただ、僕はこういう珍しい暮らしをしているからにはちゃんとそれを伝えるというか、こういう暮らしもあるんだということを、ウェブサイトやSNSで発信するようにはしています。森のことも、同じですね。発信し続けたら、何か生まれると思うんです。

「ASAKI’s UNIVERSITY」のイメージをイラストに

オフグリッドな環境で暮らすということ

そもそも今回は、オフグリッド山小屋の取材でした。でもじつは太陽光発電システムのスペックを聞いても、asakiさんは「よく知らないんですよね〜」とあまり詳しくない様子(笑)。asakiさんにとっては、山小屋にインフラが通っていなかったから必要に駆られてオフグリッド発電システムを導入した、というだけのことなのです。

でもそこには、ひとつの事実が芯のように通っています。

ダンススタジオをセルフビルドしたり、森を整備したり、千人達歩というビッグプロジェクトを仕掛けたり。毎日、心ゆくまでタップを踊ったり、子どもたちに無料でタップを教えたり。そんなことができるのは、この“お金のかからない完全オフグリッドな山小屋で暮らしている”から。

インタビューは終始、それを踏まえた生き方や表現についてのお話になりました。

では、私たちはいったい、芯の部分ではどんな生き方や暮らし方をしたいのでしょうか。それを実現するためには、どんな方法を選択すればよいのでしょう?

オフグリッド生活は目的ではなく、ひとつの手段である。

そう見方を変えると、そこにある創造性と可能性の大きさに、ワクワクしてきます!

わたしたちエネルギー」は、これまで“他人ごと”だった「再生可能エネルギー」を、みんなの“じぶんごと”にするプロジェクト。経済産業省資源エネルギー庁GREEN POWER プロジェクトの一環で進めています。エネルギーを減らしたりつくったりすることで生まれる幸せが広がって、「再生可能エネルギー」がみんなの“文化”になることを目指しています。