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世界最小の建築で、エボラ出血熱の感染拡大を防ぐ。「ZENKON-nex」齊藤正さんに聞く、成功するまでやり続けるということ

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この記事は、「グリーンズ編集学校」の卒業生が作成した卒業作品です。編集学校は、グリーンズ的な記事の書き方を身につけたい、編集者・ライターとして次のステージに進みたいという方向けに、不定期で開催しています。

東日本大震災から4年。その経験を新たな活動につなげている人がいます。

震災からひと月後、香川県から陸路600キロを走って、組み立て式の公衆浴場を避難所に建てた「ZENKON湯」プロジェクト。

最終的に計17基もの入浴施設を被災地に建設したメンバーが、今、「一般社団法人ZENKON-nex」として、エボラ出血熱の感染拡大を防ごうと、リベリアへご遺体袋を支援しています。

建築家であり、「ZENKON-nex」代表理事である齊藤正さんに、エボラ出血熱への支援と東日本大震災後からこれまでのお話を伺いました。
 
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齊藤正(さいとう・ただし)
1965年香川県生まれ。建築家。株式会社齊藤正轂工房代表取締役。複合医療福祉施設「ハレルヤ」や「誠心保育園」など、よりよい環境をつくることに挑戦している。2011年、東日本大震災に出向き、組み立て式公衆浴場「ZENKON湯」を提供。2014年、一般社団法人「ZENKON-nex」を設立。瀬戸内国際芸術祭2013本島「善根湯×版築プロジェクト とぐろ」、一般住宅「HANCHIKU HOUSE」で平成26年度(第65回)芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

西アフリカと日本は実はとても近い

2013年末にギニアで発生し、2014年6月頃から西アフリカのギニア、リベリア、シエラレオネで急激に感染が拡大したエボラ出血熱。WHO=世界保健機関によると、感染または感染した疑いがある人は2015年5月31日までに27,181人、このうち11,162人が死亡しました。

ピーク時における死体からの感染は6割。リベリア保健省は、2014年10月の時点で備蓄されている遺体袋4,900に対し、今後半年間で85,000袋の遺体袋が必要だろうと発表していました。

それを知った齊藤さんたちは、ご遺体袋を設計しはじめます。完成したのは、10ミクロンという薄手で透明、さらにジッパー付きで密閉できるもの。1,600体分を作成し、2014年12月末、リベリアに発送しました。
 
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深夜にリベリア行きご遺体袋の発送作業をする「ZENKON-nex」のメンバーたち

どうして齊藤さんは、エボラ出血熱について対策を考え始めたのでしょうか? そのきっかけは、2014年6月にシエラレオネから友人が帰国したことでした。

6月の時点で既に、我々にも感染が広がる可能性があったということです。元から絶たなければダメなものがそこにあるのに、日本の四国の香川でじっとしていたままでいたら、持ち込まれたものをそのまま受け入れるだけの状態になってしまう。

「何かが起きたときには、分析することが大切」という齊藤さん。地球儀で見ると、シエラレオネ、そして隣のリベリアからニューヨークまでは、海をまたいで日本から中国までくらいの距離でしかありません。

リベリアはもともと、アメリカが解放奴隷を送り込むために建国した国であり、アメリカのオリンピック選手は、ほとんどがリベリアの血を引いた人たちと言われているくらい関係が深い場所。ギニア、リベリア、シエラレオネの中で唯一、ニューヨークとアトランタへの北米路線が就航しています。

ひとたびアメリカにエボラウイルスが上陸したら、日本に入ってくるのも想像に難くないことでした。

最初はお風呂の支援を考えた

エボラウイルスはエンベロープウイルスと呼ばれる、タンパク質の膜にまとわりついているウイルスで、主に接触感染で広がっていました。

いろいろ調べてみると、タンパク質の連結を切ることができたら、ウイルスに感染しないことがわかったんです。アルコール消毒、石鹸消毒、42度以上のお湯、このどれでもいい。つまりこれはお風呂だ! と。

そこで齊藤さんは、「ZENKON湯カプセル」という、ビニール袋に包まれたたらいの中で体を洗浄して、二次感染を防ぐ簡易型のお風呂を考案します。

とはいえ、すぐさま関係省庁を訪ねてみてもまったく相手にされず、2ヶ月ほど経て、西アフリカ諸国の大使館へ直接アプローチをすることに切りかえます。ところがそこでも、その必要性はなかなか伝わりませんでした。

ZENKON湯カプセルは、お風呂として使えます。布団圧縮袋のように、死体を密閉することもできます、というものでした。

でも、あれにもこれにも使えます、だとダメだなと。そのとき、当時死体からの感染が6割であることを思い出したんです。

 
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初期の案であるZENKON湯カプセルの画像

一人で模索しつづけて導き出した、「ご遺体を包み込むことに特化する」という結論。「思い立ったらすぐ行動するのが僕の悪い癖なんですが」という齊藤さんですが、決心するまでに時間がかかったと振り返ります。

「ZENKON-nex」のメンバーに話したときも、最初はほぼ全員引きましたね。「えっ」ていう。そこまで せんでも…というのが、正直なところだったんじゃないでしょうか。

ZENKON湯カプセルのアイデアに賛同してくれた仲間たちにとっても、「ご遺体袋」は、人の生死に直接関わること。そして、なにより宗教に関わること。自分たちが手を出すには、ハードルが高いものに映ったのかもしれません。

とはいえ、意を決しダメ元で「ご遺体袋を支援しています」と各国にメールを送ったところ、10月にリベリア大使館から電話があり、事態が動き始めます。
 
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ご遺体袋プロジェクトに挑む「ZENKON-nex」メンバー(一部)

リベリアは亡くなった人を敬う土着の宗教に、イスラム教の習慣が重なった地域であり、ご遺体を綺麗に洗い、最後に抱きしめてお別れするという葬儀の習慣があります。これが死体からの感染率の高さの一因でした。

そのとき、アメリカやイギリスから支援を受けていた遺体袋は、黒やグレーのテント生地のようなもの。目の前でなくなった方が黒い袋に包まれても、最後にひと目お顔だけでも見よう、ということになります。

さらに、遺体を火葬する習慣のない欧米の袋は厚手で燃えにくく、結局一度出してご遺体を燃やさざるを得ない状況も起きていました。

一方、「ZENKON-nex」のご遺体袋は、ジッパー付きで密閉でき透明なので、素肌に触れることはできないまでも、袋から取り出さずにお顔を拝むことができます。また、10ミクロンと薄手のため、取り出さずに火葬もできます。

齊藤さんたちは、このとき初めて、ご遺体袋というものが日本独自のものだと知ることになりました。

サンプルをリベリア大使館へ持参したところ、「こういうものが欲しかった。なぜ今までなかったんでしょう」といったことを大使から言われ、ご遺体袋の支援を決意しました。

とはいえ、日本にある既存のものでは感染を防ぐには薄すぎたり、日本人よりもずっと大柄なリベリアの方を包みこむには小さいことが判明。そこで、齊藤さんたちは袋を改良し、1600体分の遺体袋を作成しました。

手を動かし続けたら、結局のところ、感染を防ぎながら、大切な故人ときちんとお別れするという、大きな意味のある解決策にたどり着いたのです。
 
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リベリア大使館にて。齊藤さんと、メンバーである鉄作家の石井章さん

世界最小の建築は、世界最大の建築である

エボラ出血熱は、私たちにとって地球の裏側で起きていること。私にとっても、なかなか実感を持つのは難しいというのが正直な印象でした。しかし、家庭の玄関で感染を止めることと、日本の空港で止めるのは同じことだと齊藤さんは言います。

よりコンパクトに止めるには、遺体袋のところで止めるのが一番ですよね。僕らができることで、もしビニール袋一枚で止められるんだったら、そのほうがオモシロイ。おもしろいといってはいけないけれど、おもしろいということが大事。

エボラを完全に終息させるところまでは、僕らの力では無理ですが、思いついたことを何もやらずに終わらすというのは結局、思いついた脳みそに悪いでしょう?

齊藤さんは、環境をつくるのが建築家の仕事だと繰り返し言います。自分たちは環境をよくするために存在しているはずだから、と手を、体を動かし続けているのです。

ご遺体袋も、根っこには建築があるんです。僕が建築家として安全な領域をつくるとするならば、家の形をした建築を、ずーっとこう広げていくわけですよ。広げていくと地球の裏側のエボラの人を包み込む。安全な領域をつくったことになるじゃないですか。

自分から一番安全で豊かなものを地球上で包み込みきったら、地球の裏側のエボラの人々を包み込むご遺体袋になった。世界で最も大きな建築物は、世界で最も小さな建築物なんです。

その哲学は、日本国内のプロジェクトでもいかされています。2013年の瀬戸内国際芸術祭「善根湯×版築プロジェクト」では、資源がない島という環境で、土と海で取れる苦汁(にがり)と消石灰だけで建築をつくることに挑戦しました。

この技術を一般住宅「HANCHIKU HOUSE」に結実させ、平成26年度(第65回)芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞します。
 
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ZENKON湯✕版築プロジェクト とぐろ(瀬戸内国際芸術祭2013参加作品)

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版築による制作風景

材料がなければできないという状況で、何がなくたってできるよ、ということを伝えたい。今日始めて明日できないかもしれないけれど、200日手を動かし続ければ家一軒建つよと。ものをつくること、建物をつくることも、手作業の延長線上にあるんです。

お話を伺っていると、建築家としての仕事と、社会活動は不可分のことだと感じます。そんな齊藤さんが紹介してくれたのが、ドイツ出身の思想家、ハンナ・アーレントが言及した「労働」と「活動」と「仕事」の違いについての話。

労働とは、自分が生きていくための糧。活動は、公表したり、皆の前でプレゼンテーションすること。そして仕事というのは、自分が命をかけて、与えられたことをやり抜くこと。齊藤さんがいう「仕事」という言葉には、そんな意味が込められています。

被災地に行きましょうとか、防災をしましょうという話に限らず、「こんな環境をつくらなくちゃならない」と思ったら、それをトライするのが建築家としての仕事だと思っています。

わりと、「ZENKON-nex」は”いいこと”として、建築とは別にやっていると思われることが多いんですが、僕は”環境をつくる”という建築家の仕事として、災害支援活動を選んでいるんです。

それでも、やり抜くためにはさまざな壁が立ちはだかります。そこで齊藤さんの力となったのが、「ZENKON-nex」の仲間たちでした。

実は東日本大震災でZENKON湯を支援したメンバーも、あらかじめ集まっていたわけではありません。

震災が起きた2日後、齊藤さんがお風呂の設計図を書いて「東北にお風呂を送ろう」とつぶやいていたのを見て、賛同した数人の友人がFacebookやTwitterで拡散をし、支援の輪が広がりました。

最初はエボラの話も、みんな相手にしてくれませんでしたよ。僕自身、「ZENKON-nex」に持ちかけてよいかわからなかった。でも、納得すれば動いてくれるのが仲間だから、彼らに信じてもらうまでがんばりましたね。

僕が大切にしているのが、師匠である栗生明という先生の言葉なのですが、「成功する秘訣はひとつ。成功するまでやり続ける」ということです。そして、何かを成し遂げるために一番大切にしたいのは、仲間をつくり、仲間をちゃんと大事にすることだと僕は思います。

国境なき大工さん

齊藤さんたちがご遺体袋を支援したエボラ出血熱は、依然として気を緩めることはできない状況ですが、それでもひとつの方法だけでない、多様な取り組みにより死者からの感染が現在3割まで落ちています。

「ZENKON-nex」は2015年2月、Facebookページで、リベリアへの支援報告とともにメッセージを出しました。

ユニセフの発表によると、エボラ出血熱で両親を失った孤児の数は、16600人だそうです。これ以上この数は増やしたくありません。我々が支援したご遺体袋が少しでもお役に立っていることを祈っています。

ZENKONは、「善根」と書きます。それは、細い根がやがて太い幹になり、花や果実をつけるものであるのと同じように、善はよい果報をもたらすという仏教の言葉。四国には善根宿というお遍路さんを泊めるお接待の考え方としても、定着しています。

そんな名のもとに集まった「ZENKON-nex」の仲間たちとともに、齊藤さんの活動は続いていきます。

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原点となったZENKON湯

僕はもともとサンダーバードの主人公のジェフ・トレイシーみたいな、私的な国際救助隊をつくって人命救助を行う存在になりたかったんです。

自分が今やっている大工学校の大工憲章にも書いているのですが、震災とか様々なことが起きた時に、自分たちで立ち上がり、ものがつくれる人間になろう、と。

「ZENKON-nex」も「国境なき大工さん」みたいに、何かあったら動けるひとたちになれたらなと思っています。

何か目の前にものが起きたときに、自分ではどうしようもないなんてことはないのだと思います。何が正解かわからないけれども、手を動かしながら、これかな、あれかなと、いろんな角度からずっと問い続けるたくさんの私たちがいたら、土から200日で建物が建つようにきっと必ずたどり着く。

「自分と仲間を大事だと思ったら、やらないで終わるのはもったいない」という齊藤さんの言葉から、一人ひとりにきっと未来を変える力がある。そう信じられました。

もしも今、何かに挑戦してみたいと思ったら、あるいは、今、なにかを続けているけどしんどいと思ったら、まずは一番近くの人に話してみることから始めてみませんか。

(Text: 吉村千晶)

– INFORMATION –

 
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一般社団法人「ZENKON-nex」災害救援募金 代表理事 齊藤正
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