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150円からはじまる世界への挑戦! 南方熊楠の恋のエピソードから生まれた“くまぐすあんぱん”仕掛人・藤戸佐千世さんに聞く、大きな二人三脚のつくり方

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南方熊楠(みなかた・くまぐす)という人物をご存知でしょうか?

1867年、和歌山県田辺市生まれ。生物学者としては粘菌の研究でよく知られていますが、記憶力に優れ「百科事典に足が生えて歩き出した男」と呼ばれるほどに博学。

14年間海外あちこちを巡って研究・採集に勤しみ、約20ヶ国語の言語を自由に使いこなして国内外に多くの論文を残したという博物学者であり、民俗学者でもありました。

そんな偉大な知の巨人・熊楠さんの大好物は「あんぱん」。いつでも食べられるように、常にふところには6個もしのばせていました。そして、意中の女性には「大好き」という気持ちを「大大大大大好き」と表現するかのように、30個ものあんぱんを贈ったというかわいらしいエピソードが残っているそうです。

この話を聞いて「熊楠デザインのあんぱんをつくろう!」と思い立ったのが本日の主人公、デザイン事務所designNAP(ナップ)の代表 藤戸佐千世さん。D&Departmentが運営する「PtoP STORE」でも紹介された、和歌山の新名物「くまぐすあんぱん」の仕掛人でもあります。

今回は、藤戸さんに「くまぐすあんぱん」という地域に根付いたコンセプト設計による商品開発を中心に、ていねいに人やコトをつなぐ方法についてお話をうかがいました。
 
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和歌山城の近くに事務所を構える、デザイン事務所designNAPのメンバー。左から、ウェブデザイン担当 岸良平さん、ディレクションとパッケージデザイン担当 藤戸佐千世さん、ロゴ及びイラスト担当 松村憲志さん。

藤戸佐千世(ふじと・さちよ)
designNAP 代表。1978年、和歌山県紀の川市(当時合併前の那賀郡那賀町)出身。生まれも育ちも生粋の和歌山人。小さい頃から絵を用いて表現することが好きで、小学校の時に新聞部に所属。その後もよく漫画を描いていた。社会人になり地元タウン誌編集長を経て、2011年27歳の若さで独立し今の会社を立ち上げた。NAPは、コンセプト設計、マーケティング、デザイン制作、プロモーションまで一貫して提案する、地元・和歌山では特に珍しい総合力あるデザインファーム。社名は「Next_Advertisement_Plan」の頭文字を取ったもので「一歩先行く広告を提案する」という決意が込められています。

「くまぐすあんぱん」とは?

「くまぐすあんぱん」は、NAPが旗振り役となって全面的にプロデュース、和歌山県田辺市のレトロなカフェ「RaRa Locale(ララロカレ)」とコラボして生まれた新商品です。

あんぱんの生地には、北海道産小麦と海から採れる海洋酵母を使用。生地と餡の組み合わせが異なる全6種類をラインナップしています。もちろんこれは、熊楠さんがふところに常備するあんぱんの数にちなんだもの。

素材にこだわる「くまぐすあんぱん」は大量生産ではなく、毎日約50個ずつ丁寧に焼かれます。お取り寄せを希望する声も少なくないそうですが、今はRaRa Localeでの店頭販売のみ。田辺に行かないと手に入りません。値段は各150円(税別)、購入は早い者勝ちです。
 
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見た目も色とりどりで華やか。1つずつ小分けになっており、3つ以上で山折りの紙袋、6つ以上で箱詰めにしてくれるため、お土産品としても重宝します。

あんぱんと聞くと膨れたきつね色の姿を想像しますが「くまぐすあんぱん」はパンというよりおまんじゅう。しっとりもちもちした食感です。

味は、王道のこしあんぱんから、黒糖パンで包んだ栗あんぱん、梅のピンク色がなんとも可愛い紀州梅あんぱん、かぼちゃパンでサツマイモを包んだ芋あんぱん、チョコで珈琲あんを包むという変わり種のショコラカフェあんぱん。

そして、酒種パンで粒あんを包んだ酒種あんぱんは、熊楠さんの弟のご子孫が運営される酒蔵「世界一統」の酒粕を使用して製作するという徹底したこだわりです。
 
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「くまぐすあんぱん」を製造・販売するRaRa Locale。古くは城下町であった田辺市の碁盤の目の中に存在します。昭和24年に田辺市警察署として建築された建物は、田辺市立図書館、市教委、中部公民館などを経て、大々的な改装後、現在ではひとびとが集うカフェに。リノベーションに興味を持って来店する若い方や、建物の以前の姿を知って懐かしんで来店するご年配の方などもいらっしゃるそうです。

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レトロで可愛く、女性客でにぎわうRaRa Localeの店内。約100種のぱんが並び、約20名のスタッフさんによって、1日1500~2000個のパンを売り上げます。スタッフさんは明るくて親切で皆楽しそうに働いています。店長さんは「団体の活動趣旨を忘れるくらい皆明るい子ばかりでしょう?ここで働きだしてから皆どんどん表情が活き活きしてきたんです」と嬉しそうに教えてくれました。

しかし、注目すべきは、エピソードの可愛らしさとあんぱんの美味しさだけではありません。

その仕組みもまた興味深く、ひとつ売れるごとに、収益の一部が障がい者やひきこもりと言われる方々の就労支援をしている「NPO法人かたつむりの会」が運営するRara Localeの収益や、地元の教育や環境やまちづくりの活動を応援する「南方熊楠まちづくり基金」の寄付となっていきます。

「あんぱんで地域資源を活かし、豊かな田辺へ」をコンセプトに掲げ、地域活性化を目指した商品なのです。

はじまりは、地元の活動を応援する寄付の思案

ちょっと意外かもしれませんが、実は「くまぐすあんぱん」プロジェクトは、「和歌山県田辺市の地域応援に向けた寄付をどう募るか」という話からスタートしています。ことの始まりについて、ここで少し説明しておきましょう。

和歌山には、2012年10月設立の「地元力財団」という市民コミュニティ財団があります。『和歌山の「ほっとけない」を、日本の「あたりまえ」に』というコンセプトのもと、地元和歌山を良くしようと活動するひとたちを「寄付」で誰もが気軽に応援できる、そんな仕組みをつくる財団です。
 
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地元力財団は、正式な組織名称を「公益財団法人わかやま地元力応援基金」といい、現在事務局スタッフは1名。ですが、多種多様な業種の代表取締役や会長といったそうそうたるメンバーが運営に携わっています。助成を受けたい方と寄付をしたい方それぞれに窓口が設けられており、両者をつなぐ仕組みを一緒に考えるというとてもソーシャルな活動を展開している団体です。

藤戸さんもまた、地元力財団の理事の一人。財団ではしばしば、田辺市で活動している人たちを応援するために「地元出身の南方熊楠をコンセプトにした基金を立ち上げよう」という話があがっていました。

あるとき藤戸さんは、メンバーとの何気ない雑談から「ねえ、知ってた?調べてみたらこういう情報が見つかって…」と熊楠さんのあんぱんエピソードを耳にしました。

そのエピソードを聞いた時、熊楠さんの人柄まで思わず想像してしまって、すごく興味を惹かれたんです。日々研究に勤しむシャイな方が捻り出した精一杯の自己表現のように思えて。

自分の好きな人にあんぱん30個を贈るだなんて「めっちゃ好き!」ってことじゃないですか。そう考えるとなんだか母性本能をくすぐられるような愛おしい気持ちになって「あんぱんをつくろう!」って思ったんです。

そして、地元力財団の支援団体先として接点があったNPO法人かたつむりの会が、田辺市でパンに関する飲食店を営んでいるということで企画を持ち掛け、一緒に実行することが決まりました。

企画が実現すれば、地元力財団の想いも、NPO法人かたつむりの会の想いも形にすることができます。さらに、田辺市の魅力を発信することでまちのひとたちの地元愛が深まれば、まさに三方よしの商品開発となるのです。

当たり前のステップを踏む

はじめての、ゼロからの商品企画・開発は、designNAPにとっても大きなチャレンジでした。コンセプトづくり、デザイン製作、コンセプトに一貫性を出すための製造における提案、WEBサイトづくり、その後のプロモーション。一般的なデザイン事務所が担当する範囲を大幅に超えた業務をこなしていきます。

そして、藤戸さんが自ら積極的に関わっていったのは、地元力財団、NPO法人かたつむりの会、RaRa Localeなど、ここまで名前のあがった数多くの登場人物だけではありませんでした。

「誰がどんな企画を何のためにしようとしているのか」を事前に理解してもらうため、南方熊楠記念館をはじめ、南方熊楠にゆかりのある南方熊楠記念館と南方熊楠顕彰館、そして熊楠さんの実家でもある酒蔵世界一統にも自ら挨拶に伺ったのです。

地域に根付いたコンセプト設計や商品開発には、協力してもらえる関係性づくりが必要だと思っています。失礼のないように、関係者から事前に確認や納得をいただくことは大事なことです。こうすることでようやく企画の目的が応援していただけようになっていくもの。

これってきっと、どのケースでも必要不可欠な “当たり前のステップ”なんだと思います。

このステップを踏んだことによって、「くまぐすあんぱん」は歴史ある南方熊楠記念館二階奥でも紹介されることになったのです。
 
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和歌山市内にあるdesignNAPの事務所から南方熊楠記念館まで下道で車移動をすると、三時間半ほどかかる距離。それでも“当たり前のステップ”を踏むことの重要性をくまぐすあんぱんは実証しています。

地域へのチャレンジ、自分へのチャレンジ

「150円のあんぱんが本当に売れるの?」。当初は、お店から不安の声もあったそうです。同じカウンターで定番のあんぱんが1つ100円で販売されているのに、その隣でひとまわり小ぶりな新商品のあんぱんを1つ150円で販売して、まちのひとたちは選んでくれるのだろうかと。

ところが「やってみましょう」と踏み切ったところ、売れ行きは好調。お店から「売れたよ!」と喜びの声が藤戸さんに届きました。

今では常連のおばあちゃんが、一緒に来たお友達へ熊楠さんのエピソードを紹介しながら「くまぐすあんぱん」を購入する姿も見られるほど、まちのひとたちに愛される存在になっています。

さて、気になるこの150円の内訳はどうなっているのでしょうか?

まず、150円のうち120円はつくり手のRaRa Localeへ。10円は南方熊楠まちづくり基金、そして20円がdesignNAPの収益となります。

この企画では、designNAPはデザイン費などは一切もらっていないそう。「ひとつ売れるごとに20円」という破格の対価で、これほどまでに全力をつくして企画に取り組んだ背景には、designNAPの強い決意がありました。

これは、私やdesignNAPにとってのチャレンジなんです。自社力の証明となる実績をつくることを目標に、今回はじめてロイヤリティ契約での商品開発に取りかかりました。

ここで結果を出すことができれば「デザインだけでなく、商品開発からプロモーションまで総合的にプロデュースできる会社」だと認知してもらえますし、今後の大きな展開にもつながります。信頼できる方々との企画だったからこそ、決意できたチャレンジでした。

そして「企画力が自分たちにあれば商品は売れるはず」と信じて、150円の中にある1つ20円の夢を、日々コツコツと積み上げ続けているのです。

関わるひとたちを巻き込むこと

designNAPの夢の企みは、実は「くまぐすあんぱん」だけではありませんでした。自社企画として「わかやマルシェ」というイベントを2013年から年に1~2回、和歌山市内にあるノーリツ鋼機株式会社の芝生広場を借りて開催しています。

広々とした芝生に約30店舗が出店する屋外マルシェ。ワッフルなどのお菓子や、地元の農家さんがつくった野菜、カレーやサンドイッチに珈琲やパン、他にも可愛い雑貨や木の棚といった木工製品など様々なお店が青空のもと並んでいます。
 
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朝から夕方まで屋外マルシェが開催され、マルシェだけでなくライブをしたり、日が暮れる頃に映画を上映したりする素敵なイベント。雨が降った場合でも、体育館サイズの大きな食堂をお借りして当日開催されます。晴れても降っても楽しめるマルシェです。

“自社企画”とまで言わずとも、藤戸さんの周りにはいつも楽しそうな企みが盛りだくさん。最近では、5月に、和歌山県有田郡有田川町のみごとな藤棚のもと、誰もが参加できる開かれたピクニック「PICNIC CAFE」を開催。

「ここの藤棚が綺麗でね」という友人との何気ない雑談からひょいと開催に至ったというこの企画も、集客人数350名というから驚きです。
 
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友人が見せてくれた藤棚の写真に感銘を受けたことをきっかけに開催。藤棚の下で、持ち寄ったごはんを食べたり、野外本棚を設置したり、皆で巨大シャボン玉をつくったり。幻想的な風景の中、子供から大人まで楽しく過ごしました。

巻き込む=ヒトやコトを丁寧につなぐこと

これほどにも感性豊かに楽しい企画へと人々を巻き込んでいる藤戸さんに、思い切って失敗談を伺ってみました。

designNAP立ち上げ初期、ある企業さんから会社案内のコンセプト設計を依頼された時のこと。社長と私で一生懸命話し合って、互いに納得のいくコンセプトを仕上げました。でもそれが社内に浸透しなかったんです。

社長と私の中でつくり上げたコンセプトが、働く人たちの共感を生めていなかったんですね。そのとき、関わる人たちを巻き込むことや考えてもらうきっかけをつくることが大切なのだと気付かされたのです。

“失敗”の経験を活かして取り組んだのが、がん患者のためのイベント「リレー・フォー・ライフ・ジャパン わかやま」のコンセプトづくり。

依頼を受けた藤戸さんは、イベント参加者全員でグループワークを行い、思い思いのアイデアを出してもらうというプロセスを組み込んだそうです。

最終的にコンセプトとして落とし込むのは私なのですが、考えるプロセスを設けたことで「これは自分たちでつくったコンセプトだ」と参加者が思ってくれて。もはや私の存在が消えてしまうくらい浸透していったんです。

そうやってコンセプトが活きて、皆が「やるぞ!」となることが成功なんだと思います。存在を忘れ去られすぎちゃって、正直寂しさを感じることもありますが(笑)

藤戸さんの行動に共通するのは、きっと“登場するヒトやコトを丁寧につなぐこと”。雑談から生まれたきらりと光るエピソードを逃さずつかみ、人々をを結んで巨大な二人三脚をつくり、丁寧に掛け声を掛けて全員で前進する、それが藤戸さんの巻き込み力なのだと思います。

そして掛け声がひとつふたつと増え、気付けば全員から掛け声が聞こえるようになるからこそ、良い意味で藤戸さんの存在が一体化しているのかもしれません。

今後は、和歌山に拠点を置いたまま、国内だけでなく世界に向けてチャレンジしていきたいと、楽しそうに人生の企画を話す藤戸さん。もしかすると、あんぱんに描かれた南方熊楠さんが再び海外を巡る日も、そう遠くないかもしれません。