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目に見える物より見えない価値を残したい。工芸家・竹俣圭清さんが食堂「NUSHISAの台所」で実験する、食文化の伝え方

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この記事は、「グリーンズ編集学校」の卒業生が作成した卒業作品です。編集学校は、グリーンズ的な記事の書き方を身につけたい、編集者・ライターとして次のステージに進みたいという方向けに、不定期で開催しています。

突然ですが、みなさんは片思いをしたことはありますか?

相手の魅力を感じているのに、うまく言葉で伝え切れない。そのもどかしさに悩んだ経験は誰もが持っている記憶かもしれません。

それは人に限らず、好きな映画や演劇など、自分だけが知っている作品の素晴らしさを誰かに伝える時にも共通すること。自分にとって飛び抜けた感動を誰かとわかち合いたい時、言葉じゃやっぱり伝え切れなくてやきもきしてしまいます。

埼玉県在住のデザイナー兼工芸家で、吉川市にある食堂「NUSHISAの台所」のオーナーも務める竹俣圭清さんも、そんな片思いをする一人です。竹俣さんが誰かに伝えたいほど魅力を感じた対象は、漆器でした。もう10年以上、漆器の口当たりや手触りにときめいています。

今回はそんな竹俣さんが「NUSHISAの台所」で実験する、漆器の魅力の伝え方を紹介します。
 
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竹俣圭清(たけまた・けいせい)
埼玉県出身。大学卒業後、家具メーカーに入社。家具づくりを経て、独立。叔父の営む江戸漆器製作所を継ぐ傍ら、オーダーメイド家具の企画、デザイン、制作、販売などを行う。2009年、竹俣さんが作った子供用漆塗りカトラリー膳「co・zen(こぜん)」がグッドデザイン賞を受賞。また、埼玉県吉川市で家庭料理の味わえる食堂「NUSHISAの台所」を営む。

温かい料理に集まる三世代への実験

「NUSHISAの台所」は、竹俣さんの父が営む「ぬしさ産業」の事務所の横に建ちます。2階は自宅で、1階は元々ギャラリーを開いていました。漆の食器など、手がけた作品を販売してきましたが、その魅力を口で説明するだけではなかなか買ってもらえなかったと竹俣さんは振り返ります。

ギャラリーには、母と同世代の主婦から、差し入れがよく届いていました。家庭料理のお裾分けです。母と竹俣さんは各家庭の味を楽しみながら、「こういう温かい料理を出せるお店がしたいよね」と話していたそう。

そこで2013年に、1階のギャラリーを改装して、家庭料理を味わうことのできる「NUSHISAの台所」を開きました。

「ベテラン主婦」がつくる料理なので、母の同世代が集まるのかと思っていました。でも、意外と若い方が通ってくれるようになったんです。子どもと一緒に来てくれる人も多いんですよ。

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武蔵野線「吉川」駅から車で約7分。公道沿いに立てかけれらた看板は竹俣さんが作成。2階は自宅で、1階隣りに父の事業所が並ぶ

「NUSHISAの台所」では、その日のメニューによっては、竹俣さんの手がける漆器に食事が盛りつけられて出てきたり、漆を塗ったカトラリーで食べることができたりします。家庭料理につまった温かさを味わいに来るお客さんに、密かに漆器も体験してもらう。それはちょっとした実験のような試みなのだと言います。

漆器に触れると、その魅力に気付く人は少なくありません。「木でできているから、軽いんだね」、「薄くて持ちやすい」、「口当たりも気持ちいい」。そんなお客さんたちの感想を聞くと、竹俣さんは興奮を隠せなくなります。

もう嬉しくって、おしゃべりが止まらなくなりますよ。あはは!

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取材は3月下旬。この日のメニューは、5月5日の「端午の節句」に向けて、少し早めのチラシ寿司とお吸い物、ディル入りマスタードソースのかかった魚のソテーだった。料理を盛り付けられている器には、漆器が使われている。魚のソテーがのった皿は見た目の大きさとは異なる軽さ。「おっ、軽い」と思わず声に出してしまうほど

愛着のある物が直って喜ぶ子どもの姿

漆器の魅力に気付いた人の中には、入口付近で販売している、漆器を買って帰ってくれる人もいるそう。

大人向けの漆器だけでなく、子ども向けの、漆を使ったカトラリーセットなども販売されていて、親子で愛用してくれる家族が増えてきたようです。
 
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竹俣さんがつくった子供用のカトラリーセット「co・zen」

販売する時、竹俣さんは「直せる物だから、壊れたら持ってきてください」と伝えています。それは、子どもが使った場合、落として欠けてしまったり、齧って禿げてしまったりすることがあるからなのだとか。

以前も、漆のお皿を抱えた子どもが竹俣さんを頼ってきました。

ばつが悪そうにしていたから、声をかけたんですね。すると、「落として欠けちゃいました」と言うんです。直してあげたら、すごく喜んでくれました。

今まで使っていた物が綺麗になると嬉しいようで。ぼく自身もすごく良い経験になっています。

新品ではなく、愛着のこもった器がまた綺麗になって戻ってくる。それを子どもが喜んでくれる。その子どもの姿に、竹俣さんも喜びを感じています。

でも、商品を販売している立場としては、直すよりも新品を買ってもらうほうが有り難いのでは?

そう思いますよね? だけど長く使ってもらいたい。お皿が欠けたら木で修繕しますし、お椀の漆が禿げたら新しく塗ってしまうので、形や色は変わるんです。それでも、喜んでくれる。それに、今ある物を使っていくということは、大事なテーマじゃないですか。

デザインや素材以外にも目を向けてほしい魅力

「NUSHISAの台所」を通じて、漆器の魅力をひっそり伝えている竹俣さんですが、自身が漆器に初めて触れた日は、幼少期にまでさかのぼります。

竹俣さんは子どもの頃、漆器に囲まれて生活していました。父は業務用の漆器・陶器などを扱う問屋、叔父は江戸漆器を卸す製作所を営んでいたからです。家族で囲む食卓には当たり前のように漆の食器が並んでいたと言います。

とはいえ、竹俣さんが漆の魅力に気付くのは大人になった後。家具メーカーに勤務していた当時、家業を継ぐはずだった兄が婿養子に出て、自身が跡継ぎになることが決まってからでした。

家具づくりの経験を得た後、改めて関わった漆器づくりの日々が、そっと静かに、漆の魅力に気付いていく時間を竹俣さんに与えました。

まず口当たりがいい。手で持っても熱くないし、触り心地まで気持ちいい。木でできたお椀には高台が付いていて、汁物が丁度いい温度で保たれる。だから、海外のスープカップのように取っ手が付いていなくても、直接お椀を持つことができる。

フォークやスプーン、カップだけでなく、日本は片手で箸を持ち、もう一方の手で器を持って食事をする。そうか、日本の食文化は触れることを大切にしているんだ。手と心で感じぬいた結果、これは「日本独自の“触感”文化だ!」と、竹俣さんは気付きます。

ファッションにしても、食事にしても、デザインや自然な素材にこだわる友人は周りにいたんですね。でも、「口当たり」や「手触り」のような触感には、なかなか目が向けられていなかったんです。

だからみんなに漆の魅力を伝えたい。竹俣さんが今も一番大事にしている気持ちが、こうして心にみっちり根を張りました。

物をつくるだけでなく価値を届けたい

竹俣さんはデザイナーであり、工芸家。だけど美術大学を出たわけでも、デザイン事務所に所属していたわけでもありません。パソコンの画面で絵を描き、それを形にする手法とは異なり、手で物をつくることにこだわりを持っています。その理由は?

物が生まれるプロセスは色々あるとしても、手には温もりがある。その温もりも、物に触れた時の触感とセットで伝えたいんです。手でつくる形だから、伝わるものだと思います。

それはヴィジュアルや原材料だけでなく、使う人の心地良さも大事にしている証。

ともすれば、プロダクトの生産者はその時代にヒットする商品を機械で大量につくり、出荷することに注力してしまいたくなる。でも竹俣さんが大事にしたのは、売上だけではなく、ものづくりに流れる時間のつながりでした。

今、必要とされている空気感をものづくりに反映させることは重要ですが、工芸は時間の積み重ねの上に成り立っています。そんな大事な時間の蓄積が今は置き去りにされてしまっているようで、少し残念なんです。

日本におけるこれまでの生活や文化という縦の時間の連なりを自分らしく表現することで、過去と現在と未来をつなげたいと思っています。

竹俣さんが恋した漆器の魅力は、「NUSHISAの台所」を通じて、少しずつ伝わり始めています。でも、成果があったかどうかを確かめることができるのは、子どもたちが大人になってから。

今の子どもたちが大人になった時、見た目や材料だけでなく、感触にも目を向けることができるようになるかどうかなのだと、竹俣さんは言います。それはまるで、子どもの頃に漆器に囲まれていた記憶が蘇り、漆の魅力を再発見できた竹俣さん自身のよう。
 
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竹俣さんがつくったオリジナルの漆器のほか、他の作家や職人がつくる漆器、陶器なども販売されています

自分だけが知っている魅力。それを誰かに伝えたいという衝動。言葉で上手に伝え切れないもどかしさを感じても、伝え方を工夫して届けようとする。

すると、心に秘めてきた“片思い”が少しずつ届いて、誰かの暮らしをほんの少し味わい深くする。そんな片思いの受け渡しが積み重なって、みんなの記憶に残り、一人ひとりが実感している多様な魅力を未来に引き継ぐことができる。

あなただけが気付いている人・物・事の魅力も、きっと誰かの笑顔につながるようなワンピースに違いない。だから伝え方を工夫して、優しく届けてみよう。それが10年後、20年後、30年後に、多くの人を笑顔にする文化を育むかもしれません。