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誰かのために夢中になったことは、ありますか? 児童養護施設を巣立つこどもをスピーチと奨学金でエンパワメントする「カナエール」

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育児放棄や、親からの虐待、そもそも両親がいないなどの理由で家庭で生活できなくなった子どもを守り育てる児童養護施設。そこに生活している子どもたちは全国に3万人以上います。

子どもたちは18歳で施設を退所しますが、その後の進路における進学率は2割。全国平均7割に比べて大きな格差があるのです。また、せっかく進学しても4割もの子どもが卒業できずに中退。その割合は、全国平均の3倍にもなります。

どんな環境で生まれ育っても、教育や進学の機会は平等にある社会であってほしいと「資金=奨学金」と「意欲=応援」の両面からサポートするのが「カナエール」です。
 
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自分に自信が持てない傾向にある子ども達。
本番まで伴走するボランティアとチームを組み、120日間かけスピーチをつくりあげます。
自分自身と向き合いながら、夢への思いを強くしていきます。
大勢の観客の前でのスピーチという、大きなチャレンジを乗り越えること。
仲間の存在を感じることで、自己肯定感、進学と夢への意欲を高めます。
コンテストへの出場が、奨学金給付の条件です。
「カナエールウェブページ」より

この奨学金給付の条件となるスピーチコンテンストへの出場をサポートするのが「エンパワ」と呼ばれる大人のボランティアたち。 エンパワにはメンター・マネージャー・クリエイターの3つの役割があり、大人3人と子ども1人の4人が1チームとなります。

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今回はそんなエンパワの活動の紹介です。実際に過去にエンパワを務め、今は事務局としてエンパワを指導し、サポートする鵜川洋明さんにお話を聞いてきました。

ぎこちない出会いからはじまる

カナエールが支援する17歳〜21歳ぐらいの子どもたちは、思春期は過ぎているけど、まだ自分をうまく表現できないような年ごろです。コミュニケーションの取り方がまだまだ未熟なところもあり、エンパワに対してぶっきらぼうだったり、歩み寄ってこなかったりします。

もちろん年齢の問題もあるでしょうが、それだけはありません。彼らは虐待や、小さい頃に頼る親がいなかったなど、私たちが想像できないようなを苦難を体験しているわけです。

いつか裏切られるんじゃないかと不安を抱えていることでしょう。そんなときに、やる気満々なエンパワが来るわけですから、とてもぎこちない出会いの場になることは、想像に難くないですね。

その4人でいろんな活動をしていきます。合宿をしたり、すでに夢を叶えている仕事人にインタビューをしたり、もちろんスピーチのブラッシュアップや喋り方の練習もします。

ただ、これも一筋縄ではいきません。みんなで集まろうと決めた日に来なかったり、来ても「昨日のバイトが遅かったからねむーい」と言ってやる気を出さなかったり。エンパワも戸惑いますね。

大切なのは、とことん話し合い、お互いをさらけ出す時間です。真剣に向き合えば少しずつ緊張はほぐれ『こんな大人がいるんだ』と子どもも真剣になっていきます。

スピーチコンテンストの一ヶ月前には、本番を想定した事前発表会があります。実際にスピーチを行ない、事務局が評価するそうです。本番のコンテンストに出れるかどうかもそこで決まります。

面接を受けて、カナエールに参加しますといった時点では、まだコンテストに出れるかどうかは分からないのです。
 
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子どもは泣いてないないのに、エンパワが泣いていたりする(笑)

チームによってはけちょんけちょんに言われます。ここに来てまで遅刻してくる子もいますから『そんなことしてて、本番はちゃんとやれるの?出れるかどうかは五分五分だよ』と言われたり。子どももエンパワもドキッとしますよ。そこからまた、一気に加速するんです。

その後は、フジテレビのアナウンサーに協力してもらって、個別トレーニングが始まります。たくさんの細かい指摘をもらい、一度それまで作ってきたものを壊して、新しく作り直す子もいます。

残りは2週間くらいですから、エンパワも子どもも必死です。熱心なグループは、連日連夜集まったりして。物理的には絶対厳しいはずなので、無理していると思います。でも、楽しそうなんです。苦しそうだけど(笑)

そして、当日を迎えます。本番は、本人だけでなくエンパワも壇上にあがり、舞台の隅に座って子どものスピーチを見守るのです。そこでこの120日間のいろんなことを思い出すでしょう。

「大丈夫だから!いけるから!」とか言いながら子どもを励ますのですが、それは自分自身に言い聞かせてるんじゃないかっていうくらいエンパワも緊張しています。

こういったドキドキ感、没入感は、エンパワでなければ味わうことができません。スピーチの後、子どもは泣いてないないのに、エンパワが泣いていたりする(笑)

そんなエンパワの本気度が分かるエピソードが前回のスピーチコンテンストにありました。当日、スピーチがひとつキャンセルになったのです。

様々な事情の中で、子どものことを第一に考えた結果でしたが、エンパワも運営側の事務局も悔しかったろうと思います。子どもの未来を本気で考えるからこそ、辛い決断もある。

もちろん、こんな結果になってしまったら誰にとっても不幸です。エンパワは大きな責任が伴うボランティアでもあります。
 
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逆説的だけど、誰かのために夢中になるから、自分に気づく

120日間という時間がつくりだすものは本当に大きいんですよ。もちろん、その時間を丸々一緒に過ごしているわけではなく、時期にもよりますが、月2回~5回程度です。でも、その120日間の中で、日常の中の非日常を体験します。それが生み出す一体感はたまらないですね。

最初は知らない者同士だった4人が、本気でぶつかり合う。大人になれば、会社や地域で役割がありますから、表面で関わることも多いでしょう。

仕事だからとか、係だからと、仕方なく受け入れるということもあるだろうし、やってもらいたいことは、基本的にお願いすればやってくれます。でも、子どもは違う。もっと信頼がつなぐコミュニケーションが必要です。
 
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僕らは”夢”っていうのもの扱っているんです。普段は「夢なんて言ってないで現実をみろ」と言われてしまいがちです。でも、そうじゃないと思うんですよ。多くの人は、夢をどこかに置き去りしているだけなんじゃないかと。エンパワをやることは、子どもたちの夢に向きあうと共に、自分がどこかに置いてきた夢と向き合わなくてはいけないんです。

実際、合宿では子どもたちには、夢の原点、夢を実現するまでのプロセス、夢が現実になればどんなことが起きるかの3つのストーリーを考えてもらうんですが、エンパワにも同じことをしてもらうんです。そして、お互いに発表します。そうすると、大人の方が書けなかったりするんですよね。

これはすごい逆説的なんですが「誰かのために夢中になるから、自分に気づく」ってことがあるんです。こんなにも一人の人間に夢中になる120日間っていうのは、あまりないですよ。夢中になればなるほど、自分に気づく。なんで自分はこういうことができないんだろうとか、なんで忘れちゃったんだろうと。それがエンパワの面白さでもあります。

ただ、エンパワは、気づきが気づきのままで終わってしまう”祭り”であることも事実なんです。終わったら日常に戻るという人もたくさんいて、もったいないと思っていました。

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「SELP」が“気づき”を“学び”に変えていく

カナエールでは、こういったエンパワを通じた自分自身の成長を促進する「SELP」(Self Leadership Program)をスタートさせます。

できれば、この気付きを学びに変えたい。という思いが僕の中ではあって、それがSELPというカタチで実現しました。

自分自身がどうありたいのかということに向き合ったり、何かを成し遂げようとするときに、どうコミュニケーションしていくのか、どうリードしていくのか、そういったスキルやマインドを学んでいくのがSELPです。

エンパワでの『気づき』と、SELPでの『学び』を同時進行で体験していく。それはカナエールのクオリティアップにもつながります。

1月から6月までの半年間、7つのプログラムと個別のコーチングセッションがあって、費用はもちろんかかりますが、その大半は子どもたちへの奨学金やカナエールの運営資金になるんですよ。

スピーチコンテンストが終わったあとも、子どもたちが少しずつ大人になって行く様子は、きっとあなたが辛い時の励みになるはず。大きなやりがいと責任から、少しハードルが高いように感じると思いますが、だからこそエンパワを指導する鵜川さんのような役割の人がいます。子どもたちと本気で向かい合い、自らの学びと成長にもつながる120日間。ぜひあなたも体験してみませんか?