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トントン、トントン、三陸の美しい景色を織っていく。全国から支援でいただいた衣類を織物に変えて届ける「織り織りのうたプロジェクト」

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「織り織りのうたプロジェクト」の早野智子さん

「ものづくりからはじまる復興の物語」は、東日本大震災後、東北で0からはじまったものづくりを紹介する連載企画です。「もの」の背景にある人々の営みや想いを掘り下げ、伝えていきたいと思います。

みなさんは、三陸を訪れたことがありますか? 私は震災後にボランティアで訪れ、その美しい風景に息を飲みました。緑が生い茂る山々、そこから見下ろす青い海と、どこか懐かしい港の風景。先祖代々、自然と共に暮らしてきた人々の営みがありありと目に浮かびました。

そうした三陸の美しさを、被災者が織りで表現した製品があります。震災後、岩手県岩泉町に支援物資として届いた衣類を裂き織りにした、「織り織りのうたプロジェクト」のラグやヨーガマットです。

三陸の自然をテーマにした織物、三陸の自然で染めた織物

まずは、製品の一部をご紹介しましょう。三陸の自然の色彩をモチーフに織ったヨーガマットのシリーズです。
 
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ランダムに色を散らした「虹」。

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青系の布を中心に織った「海」。

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緑系の布で紡いだ「山」。

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白い布を集めた「雪」。

いかがでしょう、美しいと思いませんか?

そのとき届いた布で織り、また織り手さんの心も反映されるので、同じ「山」でも、「にぎわいの山」「木の芽時の山」「実りの山」とひとつひとつ違います。「海」も、「静かな夜の海」があったり「明け方の光が差し込んだ海」があったりと、とっても表情豊か。まるで絵画のようです。
 
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こちらは「雪」のマットを、岩泉の四季折々の植物で染め上げた「色葉うた」シリーズ。白いTシャツがたくさん届くため、有効活用しようと開発しました。

最近は草木染めといっても染料を使うことが主流になりつつありますが、このマットは山に生えている草木を鉈で細かく刻んで釜で湧かして…と、手間と時間をかけ、本来の草木染に挑戦しています。
 
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茜、雪柳、桑、黄はだ、柿、山椒、桜。製品を見ていると、自然の草木が生み出す色の鮮やかさや奥深さに改めて気づかされます。

織物をすることで、被災した人の気持ちが落ち着くのでは

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織り織りのうたプロジェクトを主宰するのは、ヨーガ講師の早野智子さん。東京で暮らしていましたが、ご主人の本家が岩泉町小本地区にあったことから、震災の10日後に夫婦で三陸沿岸に物資を届けにいきました。

小本地区は津波で大きな被害を受けた地域です。同行した早野さんのお義父さまは、「小本は昭和8年の大津波や戦争の空襲で、これまで何度も消えそうになった。でも、こんなに壊滅的な被害は初めてだ」と切ない表情を浮かべたそう。

それを見た早野さんご夫婦は「できることをしていこう」と思い、何度も三陸に足を運ぶようになりました。
 
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震災から約2週間後の小本

早野さん 避難所には、ストレスから呼吸すら自然にできず苦しんでいる人がたくさんいました。そこで、一緒にヨーガをしようと思ったんです。

早野さんが伝えるヨーガは、体操のように表面的なものではなく、深い静かな呼吸によって心を穏やかな状態に導くというもの。何も考えずただ呼吸を整える静かな時間は、被災した方の心を落ち着けるのではと考えました。

早野さん ヨーガマットも、人工的なビニールのものではなく、人の手で織ったものを使いたくてね。当時、岩泉町には全国から支援物資として届いたものの、もらい手のいない衣類がたくさんあったんです。その布を裂いて縦糸にして織れば、気持ちも無駄にならないでしょう。

「ひとりではない」と伝えるためには、大勢で関わってさしあげることが大事だと思い、ヨーガ教室の生徒さんたちみんなで少しずつ織りをつないでいきました。

最終的に30枚以上のヨーガマットが完成し、2011年5月・6月には岩泉町の方々にヨーガを体験してもらうことができました。
 
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ただ、そこで早野さんは新たな課題を目にします。自然と暮らしてきた小本の人たちは、とても働き者。毎日勤しんでいた漁や畑仕事ができずに、寂しさやストレスを感じているようでした。

早野さん じゃあこのマットをみなさんに織ってもらおうと考えたんです。トントン、トントンって何も考えずにただ織っていくのは、ヨーガと同じで心地いい時間になるだろうな、って。

7月に仮設住宅で体験会を開いたところ、20人以上の方が集まり、楽しそうに織ってくれたそう。

ヨーガ教室の生徒さんたちからの支援金やさをり織りの団体からの寄付で手織り機も用意することができ、先に紹介した製品を製作・販売するようになりました。
 
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織りを通して、山や海の色彩の多様さに気がついた

現在、織り織りのうたの製品を織っているのは、三浦久米子さんという女性です。三浦さんのご主人は元漁師で有名な働き者でしたが、震災で家も船も流され、廃業を余儀なくされました。

激変した暮らしに戸惑っていた久米子さんは、友人から「あなたに合うんじゃないかしら」と織り織りのうたを紹介されて参加することにしたといいます。いまでは、織りが久米子さんの新たな生きがいになりました。
 
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三浦久米子さん

久米子さん 「海」や「山」を織るようになって、周りの景色を気をつけて見るようになりました。同じ緑でもいろいろあるんだぁって。赤があったりグレーがあったり、ブルーもだよねぇ。ああ、何色でもいいんだなぁって感じながら歩いてます。

一時期は海を見るのはやだやだやだー…って思っていたこともあったけど、最近はどれどれ今日の海はどうだべなって、海が見えるほうをわざわざ回って帰るんですよ。

海もやっぱり一色でなくてね、雪解け水が流れてきたときは水が濁って、沖のほうと陸のほうとで線がついたように色が分かれていることもあって。海もいろいろだぁって思います。

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三浦さんのご主人はいつも、漁から戻ってくると「朝陽がいっつも同じでない」と言っていたそう。「それがようやく、わかった気がするなぁ」と少しはにかみながら微笑む久米子さん。そうした久米子さんの豊かな感受性や心の機微が、織りに現れています。

久米子さん 私はこの仕事をしていなかったら何をしていたのか? なんにもやっていなかったかな、ってふと思ったりします。ほんとうにこれに感謝しているんですよ。

工房に来るといつも、「今日もお仕事できてありがとうございます。お仕事させていただいて、感謝してます」って言うの。

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久米子さんひとりで行うには難しい工程もあるため、ご主人に手伝ってもらうことも。「そうではだめだ、ああではだめだって父さんをいじめながら織ってるんです」と悪戯っぽい表情を浮かべる久米子さんですが、ご主人も自分から「今日はやんなくていいのか」と聞いてくれるそう。仲睦まじさが伺えますね。

土や水から生まれるもののすばらしさ、自然と共に生きてきた人の知恵

一時的に傷を塞ぐ、絆創膏のようなもの。早野さんは元々、織り織りのうたの活動をそう捉えていたといいます。

無理に継続するつもりはなく、仕事が決まるなどして卒業する人を「よかった、よかった」と温かく見送ってきました。でも、こうして久米子さんが織りを続ける限り、「サポートさせてほしい」と考えているそう。

「いつかは主人の地元へ」と考えていた早野さんですが、活動を通して少しずつ岩手の土地と親しくなっていき、予定より早く盛岡へ移住しました。現在は、盛岡でヨーガ教室を開催しながら、ご主人の叔母さまから草木染めを習い、「色葉うた」シリーズの染めを担当しています。
 
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染めをしながら叔母さまが何気なく漏らす話に、早野さんはいつも新鮮な驚きを感じているといいます。

たとえば、虫を寄せ付けない黄はだは、魔除けの効果があるとして産着に使われていたのだとか。どこかの家で赤ちゃんが産まれるというと、近所の人がみんなで産着を縫って、それを黄はだに通すことで赤ちゃんを守っていたそうです。

茜はあちこちに自然と生えている植物ですが、染めるにはたくさんの量を必要とします。来年の分を残すため、限られた枚数しか染めることができません。「思いやりの生産量だね、大量生産には向かないね」と早野さんは柔和な頬笑みを浮かべます。

早野さん 日本の四季の豊かさ、自然と一緒にくらしてきた人たちの豊かな知恵。土や水から生まれるもののすばらしさ、手仕事に宿るぬくもり。ここには、現実というものがありありとあるなと思いました。

いま、自然と人、ものと人の関係性を考える時期がきていると感じています。不自然なものは淘汰されていくし、全体と調和のとれた無理のない生き方ができる。そういうことを、活動を通して少しでもお伝えできれば、と思っています。

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早野さん、久米子さんの口調は静かで心地よく、話をしているこちらまで気持ちが落ち着いて、呼吸が深くなるような気がしました。

都心で忙しなく暮らしていると忘れてしまいそうになりますが、美しく紡がれた織り織りのうたの製品を眺めていると、その感覚が蘇りゆったりとした気分になります。

織り織りのうたの製品は、無理のないペースで製作・販売中です。三陸の豊かな自然が育んだ色彩を、あなたの暮らしにも取り入れてみませんか。きっと、穏やかな時間が生まれると思います。

(編集協力:東北マニュファクチュール・ストーリー)