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対話の場が増えれば、”まちの動脈硬化”は防げる!読書会からラジオ番組まで、鹿児島でコミュニティを育てる「Ten-Lab」

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「Ten-Lab」スタッフのみなさん

特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

庭や職場、学校…私たちはいつだって、自分が心地良く過ごせる場所を求めています。でも、そこにずっと留まっていても、社会から取り残されたような気持ちになったり窮屈に感じたりする人もいるかもしれません。

そんなとき、自分が暮らすまちの中に”自分の居場所”があったら、もっと暮らしやすくなると思いませんか?

一般社団法人「鹿児島天文館総合研究所(Ten-Lab)」理事長の永山由高さんは、地域社会で一人ひとりが役割と居場所を実感できる関係性を築くために、様々な活動を展開しています。

リーマン・ショックが教えてくれたこと

永山さんが目指すのは、互いに競い合うような競争関係よりも、対話を通して各々の心に寄り添い、ともに考えながら問題を解決できるような人間関係。

大人になると、建前やしがらみを気にするあまり、他人と本音で話したり相談したりしにくくなります。でも、本音で話し合うことができれば、一人ひとりが抱える問題を理解し合えるかもしれない。もしかすると解決できるかもしれない。そんなサイクルが町全体に生まれれば、人はもっとのびのびと暮らせるはずです。
 
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永山由高さん

鹿児島生まれの永山さんは、大学進学を機に福岡で暮らし始めます。福岡の繁華街・天神の賑わいぶりを見た永山さんは「鹿児島も天神のようなまちにしたい」と政治家を志し、学生時代には福岡の若手議員の元で働いていたそうです。

しかしその経験でわかったことは「政治家の役割はまちの枠組みをつくることで、実際にまちをつくっているのはビジネス界のプレーヤーだ」ということ。そこで大学卒業後は東京の金融機関に就職し、大企業向けの投融資を担当します。そんな折に世界中を襲ったのがリーマン・ショックでした。

金融の最前線でリーマン・ショックを目の当たりにして、今まで自分が「絶対に大丈夫」と信じていたものが崩れていくのを実感しました。絶対的なものはないんだとわかったとき、故郷でもう一度足元を見直そうと思ったんです。

ローカルで学びのサイクルをつくる

永山さんが鹿児島にUターンしたのは5年前のこと。今まで培ったビジネスのノウハウを活かして、起業家育成を行うNPO法人で働くことにしました。しかし、永山さんの頭の中には「これでいいのか」という疑問があったといいます。

自分のスキルを活かせると思って起業家支援の仕事に飛びついたのですが、結局やっていることは、銀行時代の業務と同じだということに気づいたんです。そのとき、個人的にまったく別の方法で社会にアプローチをしてみようと決心しました。

永山さんが活動の場として選んだのは、鹿児島一の繁華街・天文館でした。長きに渡り数多くの飲食店や路面店が立ち並び、賑わいを見せていた天文館ですが、最近では郊外の大型ショッピングモールや鹿児島中央駅の駅ビルに客足を取られ、かつての活気に翳りが見え始めているのです。

永山さんはそんな天文館で朝読書を行う「天文館で朝読書TenDoku」を始めます。開始にあたっては東京で行われている広がる読書朝食会「Reading−Lab」が大きなヒントとなりました。

“経済最優先”という今までの視点から離れて町のことを考えてみたくて、「TenDoku」を始めました。「ローカルにいても知的刺激や学びの循環をつくれる」ということを試してみたかった。学びの媒体は新聞でもインターネットでも良かったんですが、自分自身が昔から本好きなので読書会にしました。

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「TenDoku」では各々がおすすめの本を持ち寄り、紹介しあう

「TenDoku」には予想以上の反響がありました。「友だちができた」「生活にハリが生まれた」といった感想や、朝からオープンしている複数のカフェを会場にしていることから「お気に入りのお店が増えた」という声も。永山さんはこうした取り組みが、学びの循環を生み出すだけでなく、住民同士、ひいては住民とまちの関係を構築することにもつながると実感したのです。

今までに参加者は2,000名を超え、会場も鹿児島、霧島、鹿屋、薩摩川内、宮之城と県内5ヶ所に広がりました。近々、奄美大島での展開も予定しているのだそう。

今では僕が行けないときも参加者自身が運営してくれる。こういうコミュニティが自然とできあがっているのがとてもうれしいですね。

という永山さん。次第に「TenDoku」で生まれたコミュニティをさらに生かすために、「天文館ビジネストークセッションTenBiz」を展開します。
 
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「TenBiz」には様々な業種の人々が集う

「TenBiz」とは、マーケティングやプロモーションなどのビジネススキルをシェアして互いの学びを深めるビジネストークセッション。机上の空論で終わらないよう、実践の場も設けるのがこのプロジェクトの特徴です。この場で得たことをコンサートの運営などを通して実践したこともあるそう。(平成26年3月現在、TenBizは休止中)

無理なく地域に溶け込む「アナログ方式」

「TenDoku」や「TenBiz」がじわじわと浸透していく一方で、行政からまちづくりに関するプロジェクトへの依頼も届くようになり、永山さんは2011年に「Ten-Lab」を設立しました。「Ten-Lab」と言いながらも、現在その活動地域は天文館エリアに留まらず、鹿児島県全域に広がっています。

まちづくりにおいて永山さんが注力しているのは、「無理なくその生態系(地域)に溶け込み、何十年後に少しでもその地域にプラスになるものを産み落としていくこと」。そのためには「やりたい」という気持ちだけではなく、その結果を考えて動くことが大切だと永山さんは言います。

そもそも僕は町を変えるつもりはないんです。鹿児島県出身とはいえ、活動地域の人々にとって僕がよそ者である場合もあります。そんな僕らにできることは、地域で問題を抱えている人々の答えに繋がるような機会をセッティングすることだと思っています。

町の問題は、町の人たちが一番よく知っている。だから、問題をどうするかを決めるのは町の人たちであって、僕らは彼らの心に寄り添い、共に考える立場でいたいと考えています。

たとえば離島の甑島(こしきじま)では、まず島民の家を1軒1軒回り、1軒につき1時間以上かけてヒアリング調査を行いました。それは、いきなりワークショップを開いても、島民同士が本音で語り合うことはできないと考えていたから。やはりマンツーマンなら島の問題点や自身が抱えている悩みなど、島民たちは実にたくさんの話をしてくれるそうです。
 
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ヒアリング調査

アナログな方法だけど、まずは島民としっかりとした関係を築くために丁寧なヒアリングは欠かせません。公民館にみんなを集めて説明会をしても一方的に自分の考えを伝えることしかできない。

目的はその逆で、島民の皆さんの話を聞くこと。会話の中で島が抱える課題も見えてくるし、そんな僕らの姿勢が伝われば、結果的に良い関係も生まれます。僻地に行けば行くほどこうした姿勢が大切ですね。

その繰り返しによって、島民自身が将来、地域とどう関わっていきたいかがクリアになっていきます。さらに、このプロジェクトに関わっているカメラマンなど外部のクリエーターにも話し合いに参加してもらうことで、適度な刺激も加わります。
 
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ワークショップの様子

その中で、たとえばAさんが持っている材料をBさんが加工して、新しい商品が生まれるというコラボレーションが生まれることもあります。甑島で計8回に及ぶワークショップの末、完成したのが大漁旗で作った前掛けです。みんなで知恵を絞って生み出した一点ものの前掛けは県外でも話題となり、一時欠品になるほどの大人気商品となりました。
 
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大漁旗前掛け 撮影/コセリエ

メディアやインターネットの発信力を味方に

取り組みの舞台はメディアにも広がり、TenDokuやTenBizの活動を知った地元県域ラジオ局のディレクターから声をかけられ、ラジオ番組『Radio Burn』でコメンテーターを務めることに。この番組は「鹿児島を盛り上げる」「鹿児島をおもしろくする」をテーマに、地域の問題を議論するというものですが、永山さんにとっても大きな存在となっています。

番組では今までに「鹿児島の公共交通について考える」「鹿児島の結婚・恋愛事情」という問題から「火山灰を活用した地域活性」なんていう鹿児島らしい企画まで、様々な問題をリスナーと共に議論してきました。テーマはリスナーからも受け付けているそうです。

また、関係者と生電話を繋いだり、県内で活躍するクリエイターやものづくり作家、各種地域活性プロジェクトの関係者など、毎週様々なゲストを招いたりと、地域に根ざした情報を届けています。

地域の取り組みを紹介することでコミュニティ同士の交流が生まれたり、各地域が問題を解決する糸口になったりすることが番組の目的。FacebookやUstreamなどとも連動させている上、県内のほぼ全域で聞けるAM放送なので、ローカルに対して広く発信することができるのです。

コミュニティの動脈硬化を防ぐ方法

このように様々な活動を展開する中で、永山さんがしばしば感じているのは”まちの動脈硬化”なのだそう。

仕事をしていて色んな場面で血液循環の悪さみたいなものを感じることがあります。「ビジネスの種はたくさんあるのにうまく活かせない」というローカルにありがちな問題も、コミュニケーション不足に起因するケースも多いような気がします。

まちも企業も学校も、対話の場を増やして血流をスムーズにすることが問題解決の第一歩なのではないかと思います。

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甑島で開かれた宴では、島民たちがざっくばらんに意見を交換した

「みんなが話し合って、現状のままでいいというならそれもまたひとつの答え」と永山さんは言います。大切なのは、皆が本音で話せる関係であるということ。でも、どういう結論を出すにせよ、相互の合意形成は不可欠です。「Ten-Lab」は、人と人がスムーズに合意形成できるようサポートする役割を担っているように思えます。

こうした仕事をしていくことで「Ten-Lab」が”地域活性化”とか”まちづくり”というふうに一括りにされる怖さも感じています。だから特定の価値観にとらわれず、フラットに物事を捉えるように心がけていますね。誰かの価値観を押し付けるのは、とても傲慢なこと。多様な価値観に対応していくことが大切なんです。

最近は、教育問題、少子化、ホームレスなど依頼される問題の幅も広がってきました。問題が深刻化すればするほど、そのすべてに応えられるとは限らないのが現実です。だからこそ、永山さんは自分たちが寄り添える問題から取り組んでいこうと考えています。

たとえば「Ten-Lab」のスタッフは女性が多いんです。だから、社内で女性が働きやすい環境を整えようと思っていて、子育て中のスタッフが仕事と家事育児を両立できる勤務体系を模索しているところです。まずは自らのコミュニティの血流がスムーズでなければ、まちの動脈硬化を防ぐことはできませんから。

永山さんは、お祭りのような大きなイベントを企画しているわけではありません。むしろ、小さなコミュニティから始めてコツコツと続けていくことで、一つひとつの活動が広がりを見せている。打ち上げ花火で終わらないことは、ローカルコミュニティにおいて絶大な説得力を持っています。

経済優先、効率優先の立場から一歩離れたところから、まちのあり方を見つめ直す。アナログ方式だから多少時間はかかるけれど、永山さんの取り組みは5年という歳月を経て、確実に鹿児島のまちに根付いてきているのです。

5年後、10年後、もっと先の未来にこの町でどんなふうに暮らしていきたいか。そのために今できることをみんなで考える場が、”自分の居場所”になる。そんなすてきなサイクルは、今の暮らしも未来の暮らしも豊かなものにしてくれます。

(Text:さわだ悠伊)