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音楽を商店街の個性に!”路上ライブの街”伊勢佐木町商店街が運営するライブハウス「CROSS STREET」

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特集「音楽の街づくりプロジェクト」は、音楽の力を通じてコミュニティの未来をつくるプロジェクトを紹介していく、ヤマハミュージックジャパンとの共同企画です。

みなさんのまちには、商店街はありますか?

かつては映画館を中心に横浜随一の繁華街として栄えた伊勢佐木町商店街「イセザキモール」は、横浜駅やみなとみらいエリアの発展が進み、近年は客足が遠のいているようです。

伊勢佐木町は、フォークデュオ「ゆず」がアマチュア時代に路上ライブをしていた地。かつての賑わいを取り戻すために、“音楽”で人を集められないか?

そこで伊勢佐木町商店街は、地域活性の拠点として、なんと商店街の真ん中にガラス張りのライブハウス「CROSS STREET(クロスストリート)」を2010年5月にオープン。以来、毎週末ライブが繰り広げられています。

この「CROSS STREET」は、商店街にどんな影響をもたらしているのでしょうか。
 
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左から三室邦男さん、植田淳さん、日野雅司さん

「おとまち」のプロジェクトを通して音楽によるまちづくりの可能性を探る連載、第5回でご紹介するのは、ライブハウス「CROSS STREET」の事例です。立ち上げから携わっている、「CROSS STREET」管理運営委員長の植田淳さん、設計をした「SALHAUS」日野雅司さん、ヤマハおとまちOBの三室邦男さんにお話を伺いました。

商店街に賑わいを取り戻したい

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ガラス張りの木造建築。商店街が所有する駐車場の一角に建てられています

2010年に完成した「CROSS STREET」の大きな特徴は、建て主が“商店街”であること。商店街のメンバーが自ら企画し、横浜市の商店街事業提案型活性化事業の補助金を活用して建てられた、多目的イベントスペースです。

商店街が所有する駐車場の一角に建てられたこの建物は、商店街に面した大きなガラス窓と、テント小屋をモチーフにした屋根が印象的。地元のバンドや駆け出しのミュージシャンによるライブに、街行く人も足を止め、新たな賑わいをつくっています。

この「CROSS STREET」のある伊勢佐木町商店街には、個性溢れる商店が約1.2kmに渡り並び、横浜を代表する商店街として栄えてきましたが、今ではファストフードや飲食チェーン店の看板が目立っています。

「CROSS STREET」が建てられた背景には、かつて栄えた商店街を再生できないかという、商店街メンバーの強い思いがありました。
 
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古い歴史を持つ伊勢佐木町商店街「イセザキモール」

植田さん きっかけは、行政から商店街の活性化を委託された、NPO法人からの提案だったんです。伊勢佐木町商店街を、「映画を中心としたアートのまちに変えよう」という内容でしたが、あまりぴんと来なかった。何度か会合を重ねましたが、海外からアーティストを呼ぶことにお金を使っても、商店街は変わらないと思いました。それで、自分たちで考えようと立ち上がったんです。

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この地に生まれ育った植田淳さん。カメラ屋を営みながら、協同組合伊勢佐木町商店街副理事長、「CROSS STREET」管理運営委員長、伊勢佐木町5丁目商栄会会長を務めています。「名古屋でも働いていましたが、35歳でこの商店街に戻ってきた時には、ずいぶん様変わりしていた」と話します

植田さんは商店街の組合に、「活性化部会」を立ち上げたいと提案。みんなで「どんなまちにしたいか」を話し合いました。NPO法人が提案している内容にもきちんと向き合おうと、現代アート展などにも足を運びましたが、「アートは面白いけれど、それを伊勢佐木町でやる意義は感じなかった」といいます。

商店街のオリジナリティは、“音楽”にある

植田さん 「どんな商店街にしたいか」について何度も話し合いましたが、なかなか共通の言葉に落とすことはできませんでした。そこで「今の商店街のどこがよくないと思う?」という議題に変えたら、たくさん意見が出てきたんです。

それらを一言でまとめると、「この商店街が楽しくない」ことでした。だから、楽しい商店街にしようと。確かに映画館を中心に栄えた繁華街ではあるけど、それはもう昔のこと。僕たちも楽しんでできる、“音楽”というキーワードはどうだろうと話がまとまったんです。

伊勢佐木町では、2003年から路上ライブが行われていました。通りには人が溢れ、毎回300人ほどが集まるほどの盛況ぶり。ビッグバンドが演奏したり、ときにはダンスが加わったりすることもありました。

植田さん もともとライブハウスがたくさんあった伊勢佐木町は、デビュー前の「ゆず」も路上ライブをしていたし、青江三奈さんの「伊勢佐木町ブルース」という名曲もある、音楽と縁の深い地。だから僕らにとっても馴染みのある路上ライブを活動の中心に据えたいねと。

「月1回のイベントでは、音楽のまちとは言えない。日常的にやれる場所をつくろう」と、天候に左右されずに演奏ができるスペースをつくる計画が動き出しました。

コンセプトは、「路上ライブとライブハウスの中間」

どんな建物にしようかと考えているときに、活性化部会は、伊勢佐木町のほど近くにある、アーティストのためのスタジオ「京急高架下文化芸術活動拠点 日ノ出スタジオ」を見つけました。当時、設計助手としてこの建物を手がけていたのが、一級建築士事務所「SALHAUS」の日野雅司さんです。

日野さん 黄金町駅と日ノ出町駅の間の高架下に、壁面をガラス張りにして中が見える、地域密着の施設をつくったんです。アーティストの活動拠点をつくるという試みでした。

訪ねてきた活性化部会の人に「この建物の設計者は誰ですか?」と聞かれて、現場の所長が僕の名前を言ってくれたんです。活性化部会から「設計してくれ」と頼まれたわけではなかったんですが、話を聞いて面白そうだと思って、ライブハウスの設計図を提案してみました。

 
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設計を担当した日野さん。従来のような閉鎖的なライブハウスではなく、路上ライブのような開放的なイベント空間を実現しました

活性化部会が「日ノ出スタジオ」に注目した理由は、ガラス張りであること。これなら、路上ライブと似た感覚があるし、通りがかりにふらりと聴ける。楽器や音響機器が雨に濡れる心配もない。とはいえ、そこから実際に設計図に落としこんでいく作業はとても大変だったそう。

日野さん 音楽というテーマは決まっていたものの、みなさんの意見は、まとまっていませんでした。だから設計をツールにして、みなさんの意見をまとめるという感じでしたね。

設計図を見て、これはこうだ、いや違うと、ケンカが始まってしまうくらい熱かった(笑)。でも、この商店街をよくしようという思いが強いから生まれるケンカだから、このプロジェクトはうまくいくと信じていました。

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当時の打ち合わせ風景

活性化部会のメンバーは、「音楽といえばヤマハだろう」とおとまちに問い合わせをしました。おとまちでは、継続した運営を目標とする商店街組合へのコンサルティング、音響測定や機材のアドバイスを行いました。

三室さん そこで私が担当することになり、会議に参加しました。「CROSS STREET」ができる2年前のことでしたね。お店が閉まる20時から、それこそ喧々諤々と。

当時、杉並公会堂やさくらホールなどの営業活動を担当していたのですが、建物のないところから、商店街の人と一緒につくっていくというのは僕自身としてもヤマハとしても初めてのことでした。楽しい商店街にしたいという植田さんの思いの強さと、日野さんの設計に惚れ込みました。

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三室さんは、開口部を多用した木造建築での音響のアドバイスや、コンパクトで質のいい楽器や機材を提案しました

商店街の未来を「CROSS STREET」に託す

いよいよみんなが納得する形で完成した「CROSS STREET」。竣工後、植田さんはアーティストのブッキングやPAといった運営業務に追われます。募集要項や申込用紙をつくり、横浜で活動しているアーティスト約100組に出演を交渉。実際に応募してくれたのは30組ほどでした。1日4組のバンドをブッキングしていき、あっという間に3ヶ月分くらいのスケジュールができあがったといいます。

そうして準備が整った2010年5月、「CROSS STREET」はグランドオープンしました。「CROSS STREET」の名付け親は「ゆず」の二人。「新しい世代のストリートミュージシャンが、このライブハウスを通じて、さまざまな文化、音楽そして人と交差(クロス)する場所になってほしい」という想いが込められています。

実際に、ここに出演するミュージシャンに常連客がついたり、ミュージシャン同士が親しくなってコラボレーションしたりと、さまざまなドラマが生まれています。
 
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シンガーソングライターきしのりこさんと中田朝子さん。ふたりはこのCROSS STREETで出会いました。ときには一緒にステージに上がることも

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伊勢佐木町の路上ライブからデビューした2人組「NU」のライブ。第2の「ゆず」とも言われるアーティストに会場も大盛り上がり

オープン当初は、出演料も入場料も無料にしていましたが、現在では入場料を200円いただいています。それでも、かなり破格の値段設定です。

植田さん 商店街の有志がボランティアで運営を行っているから成り立つ料金ですね。音響も、ヤマハさんの協力でプロに指導してもらい、商店街のメンバーがひとりで担当しています。僕も見習い中ですが、運営体制をどう整えるかは、課題が残りますね。

しかし、この場所をつかって稼ぐことを考えるのではなく、好きに使ってもらうことが、長期的には商店街の発展につながるのではないかと三室さんは考えています。
 
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ヤマハ「おとまち」メンバーだった三室邦男さん

三室さん 週末、1日の来場者は100人くらい。土日に開催されるので、月の来場者は800人くらいです。数でみるとさほど多くないと思われるかもしれませんが、新たな賑わいを商店街の人が感じているのは確かだと思います。

植田さんは、「CROSS STREET」のオープンからほとんど休まず、週末に4バンドずつのライブを4年もやってきた。参加したアーティストは330組以上です。これは、素晴らしいことですよ。

三室さんは、オープン後も自主運営に関するアドバイスやPA講座を企画提案。「この商店街には愛着がある」と、定年後も変わらずこの商店街に通っています。

行政に頼らずに、自分たちで商店街を変えていく

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伊勢佐木町商店街は、複数の町内が集まってできた商店街です。店舗数も多いので、全員の意見を一致させるのは至難の業。中には当然、「CROSS STREET」に関心を持っていない方もいます。

しかし、2010年7月に「ゆず」が伊勢佐木町商店街の店主たちを対象としたシークレットライブを「CROSS STREET」で開くと、それまで「CROSS STREET」に足を運んだことがなかった商店街の店主達も集まって、ライブを楽しんでくれたといいます。

植田さん あのときは嬉しかったですね。僕はいつも、商店街のみなさんに「一度来てみてください」とお願いしているんです。ここを、ライブだけではなく寄席やカラオケ同好会など、まちの人も参加できるイベントスペースとして育てていきたいと思っています。

「CROSS STREET」が誕生して、まちは実際にどう変わったのでしょうか?変化のひとつに、ごみや違法駐輪の問題が挙げられると植田さんはいいます。

植田さん ちょうど「CROSS STREET」の前あたりにごみの集積場所があったんです。ごみの日は週に2回なのに、毎日ごみの山ができている。横浜市に相談して、ごみの集積所をひとつなくしてほしいと提案しました。

近隣のビルのオーナーに相談を持ちかけて、「CROSS STREET」前のごみの集積場所を移動させるのに1年もかかりました。それから、駐輪もだいぶ揃えて停めてくれるようになりましたね。私たちが清掃をしたり、ごみの山がなくなったことで、意識が変わってきたのかもしれません。

楽しい商店街にするために、小さなことから努力を続けていくこと。「その想いがあれば、商店街を変えていくことはできる」と日野さんは続けます。

日野さん 行政が手をひいたら立ち行かなくなるプロジェクトにしてはいけない。商店街の生き残りをかけて、自分たちで自発的にやり続けていこう。伊勢佐木町のみなさんからはその意思を強く感じます。今の商店街に必要なのは、こうした「自立」した気持ちなのかもしれません。

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商店街としてどう生き残るかは、言い換えれば、「いかに商店街の個性を見いだし、存続させていくか」ということ。

伊勢佐木町の代名詞とも言える“路上ライブ”を、自分たちの手で昇華させ、あらたな価値をつくった「CROSS STREET」から学べることは多そうです。

次の週末は、「CROSS STREET」に足を運んでみませんか?

[sponsored by YAMAHA]