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小児がんになっても笑顔で育つために。ソーシャルデザインでつくる、日本初の専門治療施設「チャイルド・ケモ・ハウス」

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特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。

長い入院生活は、がまんすることが多いものです。誰もが早く家に帰りたいと思うものです。

ましてや子どもにとっては大きく生活が変わってしまいます。それを理解することさえ難しいと思うのです。けれども、治療中とはいえ子どもの本分とは「のびのびと育つ」ことではないでしょうか。

神戸にあるチャイルド・ケモ・ハウスは子どもたちの成長を妨げることが多い現在の治療環境を整え、自分の家の暮らしのような理想の治療環境を目指して建てられた、日本初の小児がん専門治療施設。今回はそのチャレンジと取り組みを紹介します。

統計によると日本では毎年2000人程度の子どもが小児がんになり、幼い体で病と闘っています。近年の医療の進歩で長期生存率は7〜8割になりましたが、実は治療中の生活はあまり改善されてきたとはいえません。

一般的な小児がんの病室は、わずか4畳半あまり。生活用品を置くともう手狭になりベッドの上のスペースが唯一の生活の場になってしまいます。感染症予防のために病室の外に出ることもできず、家族や友だちや兄弟と会うことも制限されてしまいます。また隣の患者さんとカーテン一枚で仕切られた病室では、ひそひそ声での会話ばかりで過ごすなど、気を遣いながらの生活が続き、家族にもかなりのストレスがかかります。

「かあさん、家に帰りたい」。
子どもたちの言葉は切実でした。

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狭い病室では、ベッドの上のスペースしか生活の場所がありません。家族の簡易ベッドを置くのが精一杯。

夢の病院をつくろう

チャイルド・ケモ・ハウス事務局の萩原さんは、娘さんを小児がんで亡くされています。そのときの経験は萩原さんだけでなく、小児がんの子どもを持つ家族のみなさんに共通したように思えたそうです。

入院中は自分の子どもが小児がんになったからしかたないと思っていました。きょうだいにも会えないし、付き添いはお風呂も2日に1回でした。後から考え直すと、もうちょっと何とかなったんじゃないかとか、本当に守らないといけない決まりだったのかと疑問に思えてならなかったんです。

幼い娘にはお姉ちゃんがいるけれど、人生の中で姉妹として一緒に過ごす時間はほとんどありませんでした。人として当たり前のことをあきらめないといけなかったのが残念で、この状況を変えていきたいと思うようになりました。

事務局の萩原萩原萩原さん
事務局の萩原さん

萩原さんは娘さんの主治医や他の小児がんの子どもを持つ親とディスカッションを重ね、子どもたちと家族をとりまく生活環境の向上(QOL=クオリティ・オフ・ライフ)のために立ち上がりました。2005年に「小児血液・腫瘍分野における人材育成と患児のQOLの研究会」を発足。最初は施設をつくることが目的ではなかったものの、病院の環境を改善するためには法律から変えていかなければならず、そのためには長い時間が必要でした。

それならば、将来的に法律が変わること目指しながら自分たちの手で理想の病院をつくろう!と、翌年にはNPO法人チャイルド・ケモ・ハウスが動きだしたのです。チャイルド・ケモ・ハウスの在り方は、クリニックを併設した滞在型の専門施設としました。そうすることで化学療法(ケモセラピー)を受けながら理想の生活ができ、24時間体制でクリニックのケアも受けられる環境を実現できました。つまり「診療所が付いた家」という発想です。

寄付しないでください、かわりに買ってください。

施設をつくるためにはまず資金が必要になります。チャイルド・ケモ・ハウスの資金の一部はクラウドファンディングで集められています。それが「夢の病院をつくろうプロジェクト」です。環境改善のためのディスカッションには医師や家族だけでなく、まちづくりやデザインにかかわる方も参加されていました。そのつながりからプロジェクトの趣旨に共感したアートディレクターの寄藤文平さんとコピーライターの岡本欣也さんが協力し、寄付サイトをオープンしました。

みんなで「夢の病院をつくる」ユーモアがあり、伝わりやすいドネーションサイトがオープン。
みんなで「夢の病院をつくる」ユーモアがあり、伝わりやすいドネーションサイトがオープン。

「夢の病院をつくろうプロジェクト」は単なる寄付の呼びかけではなく、サイトで架空の医療設備などを「購入する」という考え方で運用されています。たとえば「冷たくない聴診器」など病院で診察を受けたことがある人なら「あったらいいな」「たしかに必要かも」と思える夢のアイテムが一口2000円から購入できます。

どのアイデアも実際に萩原さんたちが話すなかででてきた「本当にあれば嬉しいもの」ばかり。「寄付する人に自分自身が入院したときの立場になって考え、一緒に夢の病院をつくるという夢を叶えてほしい」という願いがこめられています。

親しみやすくプロジェクトの意義を理解してもらう方法は、その後の「すごろく」ドネーションプロジェクトにもつながりました。それは、施設の壁に大きなすごろくとすごろくを取り囲む街をつくり、マス目や街の家や木を買ってもらうことで寄付を集める仕組みです。マス目の購入者はそのマスに止まったときのイベントも自由に書き込むことができます。

オープンルームの壁は実際に子どもたちが遊べる「すごろく」ドネーションになります。寄付が増えるとマス目が増えていきます。
オープンルームの壁は実際に子どもたちが遊べる「すごろく」ドネーションになります。寄付が増えるとマス目が増えていきます。

高いところはお母さんやお父さんと一緒にすごろく遊び。 高いところはお母さんやお父さんと一緒にすごろく遊び。

理想の病院は「家」

最初に述べたように、治療中も子どもたちは心身ともに成長していきます。チャイルド・ケモ・ハウスには、家族や友だちと一緒の暮らしのなかで成長していくための工夫がたくさんあります。建物の設計を担当したのは「ふじようちえん」などの設計で知られる手塚貴晴・由比さん夫妻。実際に60組ほどの家族にお話をうかがってからプランは練られました。

現状の医療体制では家族が付き添い「住む」ことは認められていません。それを何とかするためにチャイルド・ケモ・ハウスは子どもと親を一組に考えて設計されています。19戸の「診療所付きの家」が集まり、プレイルームや学習室などの共有スペースでつながっています。家族が過ごすリビングスペースと診療所につながる扉がそれぞれにあり、お父さんやお母さんが外から帰ってこられるように19戸個別の玄関があります。

また、プレイルームで遊ぶ子どもたちを見ながらお母さんがお料理をつくれるキッチン。家族の分のベッドもある、ゆったりした間取り。ベッドに寝ながらも外の景色を眺められる天窓など。施設の外観はまるで住宅そのものに見えます。くわえて、付き添いの家族が健康を害してしまうことがないように等を目的としたレストランの設備を併設し、ここには今後テナントを誘致していく予定だそうです。

病院の既成概念を外して、自分たちが本当に必要だと思うものだけを考えてつくっていきました。だからここには「泣ける場所」もあります。本当に悲しいときも子どもの前ではなかなか泣けないものですから。

と語る萩原さん。他にも空調システムや家具の選定にも治療と生活のバランスを考慮したアイデアが様々に盛り込まれました。

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付き添いの家族もゆったり泊まれるベッド。室内の家具は「良品計画」のサポートで提供されたもので、本当に家のような快適さです。

各部屋には外から入れる個別の玄関が。これも「家」のような暮らしを配慮した設計です。 各部屋には外から入れる個別の玄関が。これも「家」のような暮らしを配慮した設計です。

まだ準備中ですが家族の健康を考え、本格的な設備の整ったレストラン&カフェスペースも完備。まだ準備中ですが家族の健康を考え、本格的な設備の整ったレストラン&カフェスペースも完備。

神戸の医療産業都市のなかにあり、総合病院をはじめ高度な医療環境に囲まれ連携もスムーズ。 神戸の医療産業都市のなかにあり、総合病院をはじめ高度な医療環境に囲まれ連携もスムーズ。

小児がんになっても笑顔で育つために

さらに、設備だけではありません。治療中も遅滞することなく学習できるように地域の教育機関団体と連携をとり、さらに治療後の復学のサポートにも力を入れていきます。

小児がんになったから与えられる試練ではなくて、小児がんになったから受け取ることができたギフトをたくさん増やしたい。

今後は様々な分野の方の協力のもと、子どもたちのための交流や学習会などを企画できればと萩原さんは考えています。

オープン前から啓蒙活動やディスカッションを重ねて、様々な分野の人がアイデアを持ち寄っています。 オープン前から啓蒙活動やディスカッションを重ねて、様々な分野の人がアイデアを持ち寄っています。

私が病院に付き添っていたときは、病院に行くために荷物を詰めたり、点滴の道具を見るだけでもつらくてしかたがありませんでした。だからチャイルド・ケモ・ハウスはできるだけ子どもと家族が笑顔になれる場所にしたいんです。学習の仕方も楽しいものにしていきたいですし、持ち物のデザインなども心が明るくなるものにしていきたいですね。

実際に、チャイルド・ケモ・ハウスには医療以外の分野を専門にする人、たとえばデザイナーなどが関わり、この施設だからこそできることを一緒に模索し続けています。

「すごろく」ドネーションの考案者でもある於保(おほ)さんは服飾デザイナーです。甲南女子大学と一緒に企画した「小児がんのためのファッションショー」をきっかけにサポートするようになり、子どもたちを不安させない「アニマルマスク」は商品化に至りました。

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先日のチャイケモ内覧イベントでは医療手袋を使った「宇宙人との握手会」も企画。 先日のチャイケモ内覧イベントでは医療手袋を使った「宇宙人との握手会」も企画。

夢は始まったばかり。子どもは社会で支えよう

ここまで紹介してきたチャイルド・ケモ・ハウスは、従来の日本の医療保険制度の中に位置づけられるものではありませんが、様々な民間の方々の支援によって完成しました。今後も診療報酬以外は寄付によって運営していく予定です。それは寄付による運営が「子どもは社会で支える」という理念の重要性を訴えることにもつながるからだと萩原さんたちは考えています。

入居される方と一緒に、さらに良くしていくことが大切だと思っています。理想の環境を100%提供することでなく、実際に暮らしてみたときに出てくる課題を少しずつ乗り越えてベストな環境をつくっていきたいと思います。

私たちは小児がんの現場からの発信ですが、大人の治療環境も決して良いとはいえないと思います。チャイルド・ケモ・ハウスがきっかけになって、後に続く人が歩みやすい道をつくれればと思っています。

本当の悲しみやつらさは、当事者にならなければ到底理解できるものではなく、簡単に推し量ることなどできません。しかしながら「地域社会の子どもを支える」という視点でチャイルド・ケモ・ハウスと向き合えば、一步寄り添って「自分ごと」のように、とらえられるのではないでしょうか。

近年はプロボノなど専門スキルを社会課題の解決に役立てたたいと考える人も増えてきています。そこにある可能性をどう活かすことができるのか?今後のチャイルド・ケモ・ハウスの動向は、治療環境の向上はもちろん、病院と社会とのかかわり方を新しくするチャレンジになるのかもしれません。あなたなら、自分の持っているスキルを、地域の子どもたちにどう役立てられるでしょうか。

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チャイルド・ケモ・ハウスはこの取り組み全般が評価され第7回キッズデザイン賞を受賞しました。またこれまで8年間の取り組みが『夢の病院をつくろう』(ポプラ社)として一冊の本にまとめられ出版されています。