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ワークショップデザインからはじまる、新しいアカデミーとは?「慶應SDM」准教授の白坂成功さんに聞いてみました

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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の白坂成功准教授

特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

みなさんは最近ワールドカフェやブレインストーミングなどに参加しましたか?問題解決の手法としてワークショップが用いられる場面が増えてきましたが、その場で盛り上がってもプロジェクトにつながらないなど、アウトプットの質がまちまちなのも事実です。

だからこそ、もっと誰もがわかりやすく取り組めるようメニュー化を図ったり、定量的な効果測定やプロジェクトのマネジメントの方法論が重要になってきます。

そこで今回は誰にでも使えて、しっかりと評価ができて、プロジェクトの運営も行えるワークショップのあり方を教えている慶應義塾大学大学院の白坂成功准教授にお話を伺いました。

問題解決には幅広い視野が求められる

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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)は、2008年に設立された、まだ若い研究科です。

慶應設立150周年事業として大学院を作るために、当時の塾長らが複数の企業経営者に「今後、企業が必要とするのはどのような人材か? 新しく大学院をつくるとすればどのような科をつくるべきか?」と尋ねてまわったことが、新しい研究科の方向性を決めた理由となっているそうです。

そこで出てきたのが、「新しく大学院を設立するのであれば、文系も理系も関係なく、専門分野を幅広く俯瞰して専門家たちの意見を統合できる人材がほしい」というたくさんの要望でした。

エネルギー問題、格差社会、少子高齢化、環境問題など、私たちの暮らしを取り巻く問題は多様で複雑です。こういった問題は、技術、法律、社会学のいずれも一つの専門分野だけでは解決できません。たとえ、あるひとつの分野においてベストな解決方法が見つかったとしても、そのほかの分野と照らし合わせて考えてみると、ある分野におけるベストな方法ではなく、2番目、3番目のアイデアを選択したほうがよいこともあります。

慶應SDMでは、このように複数の専門分野を統合して考えて、問題を俯瞰的かつ系統的に分析して、イノベーティブな解決方法を考えることに主眼を置いて設立されることとなったのです。

物事の考え方には共通する視点がある

現在は慶應SDMで教壇に立っている白坂准教授ですが、もともと教育者になるつもりはまったくなかったのだそうです。

私は長らく企業で宇宙開発プロジェクトを担当していました。特に、宇宙ステーションに荷物を運ぶ無人の補給機である、「こうのとり」という宇宙ステーション補給機の開発に長らく従事していました。

あるとき、開発を進めるうえで大きな難題にぶつかってしまいました。これまで経験したことがない試みへのチャレンジであったため、問題には自分の知恵や経験のみで挑まなくてはならなかったのですが、とにかく解決の糸口が見つかりませんでした。そんなときに、システムズエンジニアリングという学問に出会ったのです。

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宇宙ステーション補給機「こうのとり」 (C)JAXA

システムズエンジニアリングとは、大きく言ってしまうと、「問題を俯瞰して、系統的に解決する学問」といったところでしょうか。たとえば、飛行機をつくる、鉄道をつくる、プラントをつくる、といった異なる作業があったとしても、実はその根底は似通ってることが多いのです。

現場で使う言葉には違いはあるけれど、考え方や仕組みが共通しており、要するにそれがわかっているのなら、他の新しい分野であっても応用して取り組むことができるというものです。

その考え方に出会った私は非常に驚きました。まったく取り組んだことがないシステムであっても、システムズエンジニアリング的に考えればどうすればいいかが見えてくるんです。ちょうどその考え方をベースにした慶應SDMが立ち上がることになり、私も授業を受け持たせてもらうことになりました。

ワークショップを最大限に活かした授業

慶應SDMではワークショップを主体とした授業が数多く行われていますが、授業にワークショップを使うことには理由があるそうです。

慶應SDMは大学院ですが、研究科の性質から学生の多くは社会人。企業人から医療関係者、教員、地域コーディネーター、ベンチャー企業の社長、MBAホルダーなどさまざまな立場の人が集まっており、それらの分野においては白坂准教授より学生のほうが詳しい知識を持っていることも珍しくありません。

そんな社会人たちが自分たちの業務を行う上で問題にぶつかり、そして門戸を叩くのが慶應SDMなのです。

ですから、単純に専門知識という面から見ると学生のほうが優れているんですね。しかも、その知識を持ってしても解決できない問題を抱えてやってくるのです。ですから、私が教壇に立ってもその分野について生徒に教えることは特にないんですよ。

そして、そこで役に立つのがシステムズエンジニアリングの考え方なんです。通常のシステムズエンジニアリングはあくまでも技術システムを対象としたものですが、ここではそれを拡張し、ビジネスや政策立案、地域づくりにまで考え方を拡張しています。

“みんなで話し合って答えを導き出していくという方法”を理解して、扱えるようになってもらうためには、実際にワークショップに参加して、問題を解いてもらうのが早いのだそう。

課題に対して解決策をつくり出すプロジェクトベースの授業においては、多様な人が参加するアプローチの方が、イノベーティブなアイデアが出やすいということはすでに学術的にも示されています。

私たちは、この多様性を信じたイノベーション創出を実現する方法の一つとしてワークショップという手法を使っているのです。

システマティックにワークショップを捉える

ワークショップと聞くと、その運営を行うファシリテーターの質により、ワークショップの質自体も変わると思っている人は多いかもしれません。慶應SDMは、ワークショップのデザインをシステマティックにおこなうことで、なるべくファシリテータによるワークショップのリードではなく、参加者の多様性を最大限に活かしたワークショップをおこなう方法をとっています。

現在、慶應SDMは文科省の委託事業として、この慶應SDMで教えているワークショップの方法論を日本全国から選ばれた30の大学と協力してよりよいものにするために活動をおこなっています。つまり、ワークショップの方法論を学問として体系化することを目指しています。

学問として体系化するには、ワークショップのデザインの方法や運営の仕組みをシステムに落とし込んでいく必要があります。

人が行動する動機も“利他”、“利己”などに分類して分析
人が行動する動機も“利他”、“利己”などに分類して分析

さまざまな研究によって、イノベーションはアイデアの発散と収束の繰り返しから生まれることがわかってきました。ワークショップの目的が明確になれば、ワークショップでアイデアの発散と収束を繰り返すことでワークショップの目的を実現するように、ワークショップそのものをデザインします。

発散と収束にはいくつもの手法があります。これらも適切な手法を選ぶことで、ワークショップの各ステップを効果的に進めることができます

このようにワークショップをデザインすることで、ワークショップの評価も実施することができるのだそうです。具体的には、選んだ手法がきちんと使われているか、手法を使うことで得られると考えていた効果(発散や収束)がでているか、そして、手法の組み合わせとしてのワークショップがちゃんと目的が達成できているかといったことを評価しています。

ワークショップはシステムとしてとらえ、そのデザインと評価とをシステマティックにおこなうことが可能です。慶應SDMでは、”システムxデザイン”思考という考え方を使って、イノベーション創出に向けたワークショップをデザインしているのです。

単なるコンセプトメイキングで終わらせず、日本企業やグループが実行できるアイデアとするために、”デザイン思考”と”システム思考”とを組み合わせることで、本当に実行可能なソリューションを導きだすワークショップを目指しています。ワークショップのデザインをシステマティクに捉えることで、多くの人が学び、実行できるものとすることができるのです。

また、システムエンジニアリングの発想にのっとり、あとで振り返って定量的に物事を評価しなおすためには、なにか行動を起こすときの人間心理が「自分が起こした利他的な行動であるか」「自分が起こした利己的であるか」「他人が起こした利他的な行動であるか」「他人が起こした利己的な行動であるか」など、行動のひとつひとつを行動心理に落とし込んでいきます。

たとえば、企業やNPOが行っている活動のベクトルを、ひとつひとつ利他的なものか、利己的なものかといったアプローチを分析も行います。それによって、プロジェクトを動かすときに、どういった要素が邪魔になっているのか、あるいは推進力となるのかといったモデルが確立しやすくなるような研究も行っています。

ワークショップは体験を重ねることが大切

常に実践の場と隣り合わせの研究環境がある
常に実践の場と隣り合わせの研究環境がある

白坂准教授はワークショップの魅力を次のように語ります。

ワークショップを行うと、さまざまな分野から人が集まりますよね。まずはその多様性がおもしろい。また、その多様性を信じて活用すれば、一人では絶対に考えつかないアイデアを得ることができます。これは、実感するまで本当には信じられないかもしません。

私たちの研究科では、いろいろな企業や団体、あるいは学生から多種多様な難問が提示されます。これらをワークショップを活用して解決していくことを実際に学生たちとおこなっています。多種多様な課題を実際に解決していけるというのは、研究者にとってはこれほど楽しい環境はほかにないのではないでしょうか

ワークショップはいま、まさにベースとなる考え方や技法を体系化できるかという問いの前に、進化を続けている最中の学問だと言えます。みなさんも、ぜひ慶應SDMのウェブサイトをチェックして、参加可能なワークショップがあれば、足を運んでみてはいかがでしょう。きっとこれまでに体験したことがない難問に頭を悩まされるはずです。

しかし、その難問は同時に、いつも自分自身が感じている問題にも似通った点が必ずあるはず。多くの人と話し合うなかで、問題解決に楽しく取り組んでみてはいかが?