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なぜ百貨店に学びの場を? 仕事帰りに世界の課題を考える、西武渋谷店×シブヤ大学「Think College」

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社会に出ても、いくつになっても、もっと気軽に学んだりチャレンジしたりできれば、自分らしく豊かに暮らせるのでは。そんな思いから、シブヤ大学は渋谷のまちを舞台に、無料で学べる場をつくっています。

どうして無料で学べるのかというと、渋谷区をはじめとする行政からの業務委託や、企業とのコラボレーションによる協賛、そしてシブヤ大学を応援してくれる皆さんからの寄付・会費で成り立っています。

企業とのコラボレーション授業の一つに、昨年11月から西武渋谷店と行っている「Think College」があります。毎月第3水曜日の夜、西武渋谷店7階の売り場スペースを”教室”につくりかえて、世の中の課題に取り組む方々を招いてお話を聞き、参加者同士で対話し考える授業シリーズです。

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これまでの登壇者は、かものはしプロジェクトの村田早耶香さんTABLE FOR TWOの小暮真久さんグランマの本村拓人さんOCICAの友廣裕一さんHASUNAの白木夏子さん、などなど。

授業後、ひとつ階を上がったレストランスペースで、登壇者を囲んで懇親会を行うのも特徴です。

今回はこの「Think College」の成り立ちとこれからについて、シブヤ大学・学長の左京泰明から、そもそもの課題の相談を持ちかけてくださった西武渋谷店・販売促進部 部長(当時)の田中宏明さんにインタビューをしてきました。

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田中宏明さん

なぜ、百貨店に学びの場を?

左京 どうしてまたCSR担当ではなく”販売促進部”の田中さんが、社会課題についての学びの場をつくりたいと思ったんですか?

田中 ちょうど、渋谷店にきて1年が経っていたのですが、本部にいるときにくらべ、店頭でお客さまと接する機会が増えてきたんですね。それで実感として、お客さまのモノに対する考え方や、幸せの価値観が変わってきたなあと。

左京 といいますと?

田中 背景は「モノはすでになんでもある」ことだと思います。百貨店としては、より良いものや、しっかりと物語があるがあるものを提供するのは当たり前ですが、それだけではお客さまの求めるものを捉えられなくなってきました。

左京 なるほど。

田中 少し逆上ると、大量生産・大量消費の時代は、モノを買うことそのものに幸せを感じる人が多かった。その頃の単位は”家族”で、「家族に一台」とか「一家にひとつ」とか。その後、バブルに入っていくと、モノは画一的にどの家庭も持っていたので、だんだん単位が”自分”に変わっていき、「ブランド志向」とか「こだわり」とか。それまでは家族でモノを買うことが幸せでしたが、それが自分のモノを買うことが幸せになっていったように感じます。

左京 そう思います。

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Think Collegeの授業に合わせて、店内展示も行っています。

田中 ただ、店頭でお客さまと接している中で、「モノを買うことが幸せ」では説明のつかないことが増えてきたと感じています。”家族”から”自分”へ、人とは違う「こだわり」をと、モノの志向がより個人へと移ってきましたが、それまで、どちらかというと個人的に生きていた方が社会的なことを考えるとか、自己を中心に考えていた方が人のことを考えるとか、だんだんそういう風に変わってきたなと。

左京 実感、ですね。

田中 私自身も含めて、東日本大震災の影響も大きいのだと思います。

左京 世の中の志向が変わったと。

田中 はい。そして、そういう方々がうちのお客さまなんだと。

百貨店は、とってもいいモノをご提供することは変わりません。ただ、それだけじゃ満足されないお客さまが世の中に相当増えてきたのだなと。そんな中、どの百貨店もよりいいモノを売ろうと努力している、オリジナリティの追求もしている。でも、それはどこも一緒なんで、じゃあうちはどうすればいいのか?

左京 その課題感が「Think College」につながるわけですね。

田中 私の立場は販売促進なので、マーケターとしてどう考えるのかということから入りました。

慈善活動ではなくマーケティング活動

田中 マーケターとして考えた時に大事なのは、お客さまの幸せの価値観がどう変化したのかを掴むことです。とりわけ3.11以降、みんななんとなく世の中のため人のため何か自分にできないかと顕著に考えるようになってきたと思います。

ただ、世のため人のために能動的にできる”何か”って、なかなか自分で見つかられるものでもない。

左京 そうですね。

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授業風景。登壇者との対話。

田中 だったら、具体的な”何か”はまだないけど、何かをしたいという想いのある方々が集まれるような場を、うちの店につくればいいんじゃないかなって思ったんです。

百貨店がその”何か”を提供します!ではなくて、あくまで想いのある方や思い悩んでいる方々が集まって、フリーに色んな意見を交換して何かを感じたり、場合によっては行動を起こすようになる。そんな場をつくれませんか?とシブヤ大学さんに相談したわけです。

左京 去年の6月頃でしたね。

田中 はい。なので、私には「Think College」を通して社会貢献活動にお手伝いしているとかって気持ちはまったくないんです。私が「Think College」の先に見ている目的は、社会や人のためになることに幸せを感じ、”何か”をやりたいと思っている方々が集えるコミュニティをつくりたいんです。

先ほど申し上げたように、これはマーケティング活動であって、社会貢献活動ではない。でも、それが結果として社会貢献活動になることはあるかも知れません。

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授業風景。参加者同士の対話。

左京 ある商品についてマーケットを定めて、購買を最終点とした一連の活動を”マーケティング”と言ったりもしますが、いま仰った「マーケティング活動なんだ」というところは、直接的なマーケティングというよりは、新しい生活者のライフスタイル、つまり考え方や行動を、社内の皆さんが知る機会・学ぶ機会ということを”マーケティング”と仰っている感じでしょうか?

田中 そうですね。小売業なので、最終的にはモノやサービスをどのようにお客さまにご提供するか、です。ただ、モノやサービスはライフスタイルの先にあるものです。そこにつなげようと思ってます。とはいえ、その場で「じゃあ買ってください」ということでもななくて、ああいう場でいろいろな話を聴けると、社内でブレストするよりも新鮮な意見が聴けたり、そんなことに価値を感じています。

左京 毎回たくさんのスタッフの方がいらしてますものね。

田中 あれは、いなきゃいけないのは、「Think College」担当の堀だけなんです。

左京 そうなんですか!

田中 だって担当以外は必要ないじゃないですか。好きなやつが来るわけなんですよ。みんな自分の意思で。

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同席されていたCSR推進室の鈴木英伸さん

鈴木 ぼくもその一人なんです。別にCSRだからということではなくて、一個人として、これは聴いてみたいなと思うと聴講に行く。世の中的にもそうですが、こういうことに興味を持つ人間は社内にも増えてきている気がします。

左京 以前、パーソナルモビリティをテーマにした時も、車椅子ユーザーにとっての百貨店のハード面のつくりだったり、人と人との対応の中での解決のアイデアだったりを、非常に多くのスタッフの方がメモをとられていた、というのが印象にあります。そんな風に具体的に百貨店の活動に反映されていくという可能性もありますよね。

田中 それと、「Think College」には、もうひとつ込めている主旨があります。

左京 もうひとつ?

田中 西武の中でも「渋谷店」というのは、情報の発信拠点という役割を担っていて、いろいろなことにトライしていこうという店でもあるので、まずやってみようということだったんです。そこから少しずつ形になっていったら各店に落としていくこともあるかもしれま
せん。

左京 なるほど。

田中 「Think College」は、西武渋谷店の、ひいてはそごう・西武の考えを、世の中に表明する契機になります。そしてこれをお客さまが百貨店に足を運ぶ価値のひとつとして磨き上げていきたいと考えています。

左京 いま、どういう風に生きていったらいいのかを、もう一度考えなおす時期になっていると思うんです。それで大事だなと思うのが、「Think College」に登壇される方々がその答えを提案しているわけではなくて、田中さんご自身も含めて、それぞれ自分なりに考えて見つけ出していく機会をつくっていること。

その中に、自分自身の生き方を軸に新しい生活者のライフスタイルをマーケティングの中に見出していけるだろうと、そのための場。つまり、田中さんご自身の実感がそこにある。

ぼくらとしては、単に「いまはソーシャルって言葉をよくメディアとかでも目にするので、そういった価値観を持ったターゲットに対して、こんなアプローチをしていきたい」ってことだけだと、そんなに「やりましょう!」という感じにはならなかったかもしれない。まず田中さんの想いありきってところが、今回ぜひ一緒にやりたいなと思った部分だと改めて感じました。

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授業で取り上げたモノの物販を行うことも。

意思を持った”場”

左京 田中さんは最初の回から「Think College」の場を見守ってくださってますが、実際に出られて、どのようなことをお感じになりますか?

田中 まさに、いろんな業種の方が集まってくるということがよくわかって、自分の会社しか知らないから勉強になります。それと、女性は主語が”自分”で「自分もやってみたい」と考える方が多くて、男性は主語が”会社”で「仕事にどう落としこむか」を考える方が多いのが面白いです。

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授業を見守る田中さん。

左京 特に印象に残っている参加者の方はいますか?

田中 懇親会で、ある会社でCSRに取り組んでいる方と「企業がちゃんと成長するためには社会貢献が必要で、社会貢献そのものが企業の成長のメカニズムにならないとだめだ」なんてお話で盛り上がりましたね。

左京 社会貢献って、必ずしも本業と結びつくものではなくて、どちらかというと企業の活動の余暇の時間を使っているものが多い。そんな中で「Think College」には百貨店の本業そのもの中での役割があって、社会貢献と、新しい生活者のことを知るというマーケティング活動とをリンクさせているのが、非常に新しいチャレンジなんじゃないかなと思います。

田中 実は、その方とはお話が尽きず、その後もメールでやりとりが続きましたね。(笑)

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登壇者との懇親会の様子

左京 最後に、今後「Think College」がどんな風に育っていけばいいのかという、イメージをお聴かせいただけますか?

田中 一番は、お客さまの集う場所やコミュニティの場所を百貨店の中につくる、ということです。それは、ただ単にスペースを空けるということではなく、意思を持った”場”ができればと、今回実験的にやっています。

イベントスペースをドーンととって、そこでいろいろな催事をやるような場所貸しではなくて、お客さまもご登壇者も今社会で問題になっていることをともに考えよう、そこに答えがなくてもいい、でも意見を交換できるような、そういうコミュニティスペースをつくっていきたいと思っています。

左京 ただスペースがあって貸し出しをしているだけでは空間であって”場”ではない。そこが”場”であるためには意思が大事ということですか?

田中 そうですね。私、お客さまのほうが強い意思を持っていると思うんです。だからこそ、こっちでも強い意志を持って届けることが大事だと。”売る側”と”買う側”ではなく、店とお客さまがある意味で対等な関係性を築けるコミュニティをつくっていきたいと考えています。

左京 やりましょう!

田中 あと、40~60代の方々にもっと来ていただけるとうれしいですね。この世代の方々が持っている経験や知識、能力って、世の中にとって大いに役立つものだと思うので。

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左から、左京、田中さん、鈴木さん

(インタビューここまで)

仕事帰りに世界の課題を考える「Think College」は毎月第3水曜日の夜に開催しています。次回はgreenz.jpでも度々ご紹介した、「和える(aeru)」の矢島里佳さんが登壇されます。興味のある方はぜひ、ご参加ください。

※その他の10月開催の授業も、現在シブヤ大学ウェブサイト にて抽選申込受付中です。授業の申込には、無料の学生登録が必要になります。詳しくは、シブヤ大学サイト内の学生登録情報をご覧ください。

(Text:榎本善晃)