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お茶が育む子どもの自発性とコミュニケーション力 〜「煎茶道」の世界をのぞいてみよう![イベントレポート]

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先生からお点前の手順をきくまなざしは真剣そのもの。

「一煎(いっせん)どうぞ」。小さな手で心をこめて煎(い)れたお茶を差し出されたらどんな気持ちになるでしょう。

この夏、おいしいお茶の煎れ方を学ぼうと大勢の子どもたちが東京国際フォーラムへやってきました。8月12日~14日に開催された「丸の内キッズジャンボリー」は、”学校では学べない体験”をテーマにした子どもたちの祭典。

その中で開かれたのが「茶道の世界を楽しもう♪」というワークショップ。いつでも、どこでも、だれにでも、作法にとらわれることなく、自由な気持ちでお茶を楽しむ「煎茶道(せんちゃどう)」の世界に触れてほしいと企画されました。

もっと知ってみようお茶のこと


ペットボトルで手軽にもいいけれど、急須でいれるともっとおいしい

本題に入る前にちょっと気になるのが、冒頭にでてきた「煎茶道」という耳慣れない言葉。「煎茶道」って?「煎茶」と「緑茶」ってどうちがうの? という方のために、ちょっとおさらいしてみましょう。

煎茶、玉露(ぎょくろ)、かぶせ茶、ほうじ茶。日本茶にはさまざまな種類がありますが、これらの総称が「緑茶」です。それぞれのお茶は栽培方法に違いがあり、味の特徴も異なります。「煎茶」は新芽がでてから摘み取りまで日光を浴びせて育て、「玉露」は新芽が出てしばらくしたら日光を遮って育てます。

日光をたっぷりと浴びて育った煎茶はほどよい渋みと爽やかな香り、すっきりとした味わいが特徴。日本茶の流通量の80%をしめると言われていて、もっとも多く飲まれているお茶なんです。

この煎茶を一連の作法やお点前で美味しく味わい楽しむのが「煎茶道」。一般的によく知られている「茶道」は、茶道具を使って抹茶を味わいますが、煎茶道は急須を使って煎茶や玉露などの茶葉にお湯を注ぎいただきます。

「茶道」と「煎茶道」は一般的には別のものとしてとらえられているようですが、人をもてなし、ともに楽しく時を過ごすことの本質を求めるもの、という点では変わりはありません。人と人の距離を近づける、日本人が大切にしてきた文化です。

大好きなお茶を自分でいれてみたい

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教わったのは三煎(三杯目のこと)までいただける煎れ方

さてワークショップの様子をちょっとのぞいてみましょう。「みなさん、お家でよくお茶を飲みますか?」の問いに、「はい!」と元気よく答える子どもたち。次々と新製品が登場するペットボトル入りのお茶が手軽に飲めるなか、「自分でお茶を煎れてみたい!」とワクワクしながらやってきました。

お行儀よく椅子にかけ、少し緊張した面持ちで先生のお手本を見つめるそのまなざしは真剣そのもの。ひとつのテーブルを先生と3人~4人の子どもたちが囲みますが、時間の関係で実際にお点前(てまえ)をできるのは二人だけなのでそれをじゃんけんで決めるのですが、負けると悔しさのあまり泣き出してしまう子も。

小さな手でかたかたと茶具を扱いお茶を煎れるその様子は、なんとも健気でかわいらしく、教室の隅で我が子を見守るお母さんたちからも笑みがこぼれます。

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5色の「旅するひよこ」たち

お茶と一緒にいただく美しいお菓子も楽しみのひとつ。今回用意されたのは、かわいいひよこをかたどった5色の「ういろう」。日本の季節を五色で表現したものです。

ヨモギ味の緑は春を、イチゴ味の赤は夏を、あんず味の黄色は土用(どよう)を、レモン味の白は秋を、そして黒いごま味のひよこは冬をイメージしています。ちなみに「土用」とは季節の変わり目の期間のことをいいます。

実際のお茶会では、その会のテーマにそったイメージや想いをお茶とお菓子に重ね合わせ、思い思いの名前をつけます。今回のワークショップには「煎茶の新しい世界」というテーマがありました。そこでこんな名前がつけられました。煎茶道にふれ子どもたちに新しい世界が広がることを願い、お茶の名を「夢をひらく」、職人さんの手を離れはるばる旅してやってきたひよこを子どもたちに重ね、お菓子には「勇気をむねに」。なんともぴったりですよね。

物があふれ、遊びや学びのなかにあっても子どもの想像力が乏しくなるのではと危惧される現代。お茶やお菓子に自分で考えた名前をつけるなんて、感じる心やイマジネーションが養われ、豊かな心を育むことができそうです。

煎茶道をたしなむ子どもたちの意外な変化

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「ちょっと先生に助けてもらったけど、自分でいれたよ!」

今回のワークショップを主催したのは、広島県に本拠地をおく三癸亭賣茶流(さんきていばいさりゅう)家元の長女として生まれた島村満穂(みちほ)さん。東京で会社勤めをしていた島村さんでしたが、昨年ご実家へ戻り広報担当としての活動をはじめました。

「丸の内キッズジャンボリー」出展をきめたきっかけは、広島・尾道でおこなわれている「こども煎茶教室」で目にした子どもたちの変化。とくに、目に見えて生活態度が変わっていく様子に驚いたと言います。

お茶室に入るときは履物をそろえる。会費は封筒にいれるか紙に包み、ひと言感謝を添えてお渡しする。準備から片付けまで一連の流れで行われるお稽古ですが、先生方がもっとも大事にしているのは子どもたちの「自主性」とのこと。そして聞こえてくるのはお母さんたちのこんな声です。

「お手伝いなんて全くしなかった子が、率先してお片づけを手伝ってくれるようになったんです」
「茶具をそっと大切に扱うんですよ」

先生から教えてもらうだけではありません。教室に集まるほかの子どもたちの様子を見てまねて、それがだんだん自然な形でとけこみ、自分のものとなっていく。褒め合ったり、ミスがあったときはきちんと教えたり、そのあとは笑い合ったり。お稽古のなかで子どもたちは、社会にでてから必要になるであろうコミュニケーションの基本を身につけていきます。

幼いころから身近にありあまりにも当たり前だった煎茶道にこんな魅力があるなんて、とはっとした島村さん。美しいお点前を身につけることは大事だけれど、何より子どもたちの意識や内面に成長が見られること、それがとても大きな発見だったといいます。

“自由で楽しい、なのにそこには意識や行動の変化がある、これが煎茶道の世界なんだ。もっとたくさんの子どもたちに伝えたい!” そう思い始めたとき、タイムリーにも「丸の内キッズジャンボリー」参加への話がもちかけられたのです。

美しいお点前はコミュニケーション上手への近道

島村さんが煎茶道を広めたいと感じている理由をもう少し詳しくうかがってみました。

煎茶道によって身に付いたマナーはその後の所作(しょさ)を形作り、その美しい立ち居振る舞いで、さまざまな人と心地よいコミュニケーションをとることができるようになります。

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「美味しいね」。お母さんも笑顔、私も笑顔。

ある若いお母さんは、「なぜ参加したのですか?」の問いにこう答えてくれました。

おいしいお茶の入れかたやお菓子のいただき方を正しく覚えてほしいということではないんです。この子が大人になったとき、幼いころにふれたこういうことがどこか心の片隅に残っていてくれたら。そうねがって申し込みました。日本人ですから。

世間では「お茶のお稽古」というと堅苦しいイメージがあると知って驚いたという島村さん。父や祖母がお茶会へ出掛けていく背中を見て育った彼女の生活には、とても自然にお茶と親しむことがあったからです。

「一連の流れで美しくお点前をすること、煎茶やお菓子をたしなむことがもっとカジュアルなものとなって人々に受け入れられるようにしたい」。子どもたちへ伝えていくことと同時に大人たちにもその環境をつくりだすことが自身の役目だと、島村さんは心に決めています。

想像力や発想力に個人差はないと思っています。じゃあ何が差になるのかというと「他の人が見えないものを見る、感じる力があるかどうか」ということ。その力をつけるにはどうしたらいいか。まずはさまざまなことに関心をもつことではないでしょうか。すべてはそこから始まるのだと思います。

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心をこめて煎れたお茶を飲み「おいしいね」と微笑み合う。そこには相手を気遣う言葉や思いやる気持ちが自然とうまれます。こうして先人たちは心を通わせ距離を近づけながら、コミュニケーションをとってきたのです。

お茶を通して育まれる和ごころがこうし子どもたちによって引き継がれていきます。その道はまっすぐに未来へと続いているのです。

(参考:宇治園HP お茶の雑学