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パタゴニアが40年かけて学んだ、企業の責任とは?「ダイアログwithパタゴニア」 [イベントレポート]

パタゴニア グローバル マーケティング担当副社長のヴィンセント・スタンリーさんパタゴニア グローバル マーケティング担当副社長のヴィンセント・スタンリーさん

特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

2013年6月18日、パタゴニア グローバル マーケティング担当副社長のヴィンセント・スタンリーさんをゲストに迎えて「ダイアログwithパタゴニア:責任ある企業について話そう」が京都で開かれました。

主催は、京都産業大学とパタゴニア日本支社、司会進行はNPOミラツクの西村勇也さん。会場は、京都産業大学の大室悦賀先生の「日本らしさを思い出しながら責任ある企業について話したい」という希望により、真宗大谷派(東本願寺)岡崎別院というお寺が選ばれました。

この日は、京都光華女子大学一郷正道先生の「思いやり」をテーマにした法話で始まり、ヴィンセントさんの講演・インタビュー、そして参加者全員によるダイアログが行われました。

パタゴニアのカルチャーはなぜ40年間存続してきたのか?

ダイアログ with パタゴニアダイアログ with パタゴニア「責任ある企業について話そう」

ヴィンセントさんは、パタゴニア創設者イヴォン・シュイナードさんの甥であり、1973年以降公私ともにパタゴニアに関わってきました。2012年には『レスポンシブル・カンパニー』をイヴォンさんと共著出版。パタゴニアが40年間にわたって続けてきた地球環境保全や品質向上の取り組みを踏まえて、ビジネスと社会的責任を両立させることを世の中に問いかけました。

『レスポンシブル・カンパニー』を書いたのは、「ライターとしていろんなことを書きとめる作業のなかで『なぜパタゴニアのカルチャーは40年間存続できたのか』と考えるようになったからだ」とヴィンセントは言います。創業当時は10名だった社員数も今や1800名、年間売上も約50万ドルから6億ドルへと増えています。にも関わらず、パタゴニアのカルチャーやバリューが保たれているのはどうしてでしょうか?

本を書き終える頃にはひとつの答えが出てきました。初期パタゴニアの社員のほとんどがクライマーやサーファー。自然(wilderness、原野)は人間が作りうるいかなるものより美しいこと、そして人間は気候変動や動物たちに対して弱い存在であることを知っています。

パタゴニアは、このような自然に対する感じ方を共有できたことによって、自然を守らなければいけないという考え方を持つことができ、原野のなかに身をゆだねる時間を守ろうとするカルチャーを育めたのだと思います。

「このジャケットを買わないで」という広告に込めた思い

「ニューヨークタイムズ」に掲載された広告「ニューヨークタイムズ」に掲載された広告

「DON’T BUY THIS JACKET」。2011年、クリスマスセールが始まる11月第4週目の金曜日“ブラックフライデー”、つまり一年で最大のショッピングシーズンの初日に、パタゴニアは『ニューヨークタイムズ』に「不要な製品は買わないで」と訴える広告を出し、世界中で大きな話題になりました。

広告に掲載された『R2ジャケット』はリサイクルポリエステルを60%使用。15~20年は長持ちし、着れなくなったら日本のテイジンに送られてポリエステルファイバーとして生まれ変わるという、非常に環境にやさしい衣料として知られています。

私たちが指摘したかったのは、こんなに環境に良いジャケットでさえも、その重量の23倍もの温室効果ガスを排出し、スクラップにすれば重量の3分の2が廃棄物になってしまうこと、製造工程では65名の飲料水に等しい水を使用することでした。何らかの製品を作るときには必ず自然を犠牲にしているし、その対価を支払うことなく製品ができあがってしまうのです。

ヴィンセントさんは、パタゴニアは「ビジネスの健全性を測る尺度は『成長しているかどうか』だけでいいのか?」とカスタマーや地域社会のみなさんに問いかけ、「将来的に重要な課題に取り組むための問題提起」を行っていると言います。

地球上のすべてのものにとって、私が仕事を始めた40年前より状況は悪くなっています。我々を含めた全員の課題として「どうしたら私たちを生かしてくれるすべてのものを破壊することなく経済を動かしていくか」がチャレンジになると思います。

「あなたがやることはすべて今後につながる」

なぜ、パタゴニアはこのような取り組みができるのでしょうか? ヴィンセントさんは、現在のパタゴニアの原点となったふたつの経験について話してくれました。ひとつは、パタゴニア以前にロッククライミング用具を売る小さな会社を営んでいた頃のお話です。

当時、ヴィンセントさんたちのビジネスの70%は、岩壁や氷壁に登る際に岩や氷に打ち込んで手がかりなどにするピトンという鋼鉄製の釘でした。しかし、ピトンは外すときに岩が割れてしまい、クライミングのルートを破壊してしまう恐れがあります。そこで、ヴィンセントさんたちは、手で抜くことができて岩を壊さないアルミ製のチョックを扱うビジネスに転換することを決定しました。

カタログに12ページのエッセイを入れて、チョックの使い方を説明しました。そして、6か月以内には7割がチョック、3割がピトンのビジネスへと変わっていきました。

もうひとつは、それから15年後パタゴニアがボストンに店舗をオープンしたときのお話。従業員が病欠が多くなり、調べてみると換気の悪さとコットン製品から出るホルムアルデヒドが原因だとわかったのです。パタゴニアは、ケミカルを使った従来のコットンを辞めてオーガニックコットンを採用することを決断。18か月をかけて複雑なインフラを作り、新しい体制の導入へと踏み切りました。

ヴィンセントさんは「ピトンの経験から、またお客さまに話をすれば大丈夫という自信がありました」と当時を振り返ります。

仕事をするなかで、みなさんがやることはすべて今後につながると理解しておくことが非常に重要だと思います。あるグループで学んだことに基づいて何かを実行すると、さらにそれが構築されて次につながることを覚えておいてほしいのです。

“持続可能なビジネス”はまだ存在していない

「レスポンシブル・カンパニー」 イヴォン・シュイナード+ヴィンセント・スタンリー著「レスポンシブル・カンパニー」 イヴォン・シュイナード+ヴィンセント・スタンリー著

講演後は、大室先生によるヴィンセントさんへのインタビューです。まずは『レスポンシブル・カンパニー』について「どうして“サステナブル(持続可能な)”ではなく、あえて“レスポンシブル(責任ある)”という言葉を使ったのか」という質問からスタート。ヴィンセントさんは言葉を選びながらていねいに答えました。

「持続可能性」という言葉は広く受け入れられているけれども、実際には持続可能なビジネスは存在しておらず、実現までの道のりはまだまだ長いと思います。今は、まだ私たちが犠牲にしている自然に対して対価を支払えていない状態。「持続可能性」という言葉はその状態を反映していないため使っていません。

また、「パタゴニアでは有意義な仕事と責任ある仕事が対になっている。どんな工夫で有意義な仕事を作っているのか?」という問いもありました。ヴィンセントさんは「意味のある仕事にはふたつの側面があると思う」と前置きして、次のように回答されました。

ひとつは自分の専門性を高めて他の人と一緒に仕事をすること。もうひとつは、自分の仕事や作っている製品に意味を見いだすこと。パタゴニアでは自分たちが作るウェアに非常に誇りを持っています。そして、社員はみんな我々が環境にコミットしていることに意味を見いだしています。何かに取り組むとき、真剣さが増せば増すほど満足度が高まると考えていますし、自分だけが孤立していないという一体感があるほうがうまく仕事ができると思います。

最後に「パタゴニアはビジネスの透明性を高め、知識を共有することで他社と差別化を図っているのか?」という質問には、「残念ながら、正直であることが他社との差別化になっています」と回答。そして、透明性があること自体よりも「透明性をもってわかったことに基づいて改善していくことのほうが重要。透明性は協力の前提条件」であり、環境への害を軽減するためにはより高いレベルでの協力が必要だと説明しました。

自分の方向性が正しいかどうかを確認する方法は?

ヴィンセントさんの講演について感想をシェアするヴィンセントさんの講演について感想をシェアする
参加者は、ヴィンセントさんのお話をどんなふうに聴いていたのでしょうか? 3~4人のグループを作って印象に残ったことをシェアする時間を持った後、参加者とヴィンセントさんの間で質疑応答が行われました。

たとえば、「正直さが他の企業との差別化になっている」というヴィンセントさんのお話について、「他の企業には嘘や不誠実があるから、パタゴニアのような本質的な取り組みに至らないのか?」という質問がありました。ヴィンセントさんは「企業によっては非常に良いことをしていても、公表して目立ちたくないと考えている場合もある」と回答。なぜなら、注目を浴びることによって「まだできていないこと」を探られることを恐れる企業もあるからです。

「この取り組みはまだまだで、これからここをもっと良くしたい」と正直に伝えることは難しいです。でも、それをしなければ良い部分について他の企業と共有できないので、正直に伝えることが重要だと思います。

「仕事のなかではイヤなこともあったと思うけれども、どうやってモチベーションを保ち続けてきたのか?」という質問もありました。ヴィンセントさんは「運動と同じでやるとやった後気分がいい。繰り返していると、わざわざやる気を出そうとしなくてもできるようになる」とシンプルに回答していました。そして、「環境に対して害を与えている部分を解決しようとし、その学びによって会社のバリューはより良くなっている」からこそパタゴニアは40年間存続できたのだと説明。こんな言葉でお話を締めくくりました。

これまでやってきたことを振り返って「なぜもっと早くやらなかったんだろう」と思うなら、みなさんがやっていることは正しい方向に進んでいます。

パタゴニアスタッフと共にダイアログ

パタゴニアスタッフがダイアログのトピックを掲げた瞬間パタゴニアスタッフがダイアログのトピックを掲げた瞬間!
最後は、パタゴニアのスタッフが出した約30のトピックごとにグループを作ってダイアログ。パタゴニアという会社に関するトピック、生き方、働き方・仕事に関するトピック、自然とのつきあい方や環境・食に関するトピックが多く出されていました。たとえば以下のようなトピックです。

「社員はサーフィンに行けるのか?」
「パタゴニアで働きたい人!」
「楽しんで仕事をする」
「仕事とプライベートの時間について」
「気持ち良く生きるには?」
「海に恩返しできること」
「都会遊びと自然遊び」

お寺の本堂、境内全体にダイアログ空間がゆるやかに広がりましたお寺の本堂、境内全体にダイアログ空間がゆるやかに広がりました
これから就職する学生たちは、働き方や仕事に関するトピックで「社会人の先輩」であるパタゴニアスタッフに話を聴いたり、パタゴニアに関心を持つ人たちは「実際にパタゴニアで働いていてどうなのか?」を話してみたり。各グループごとに対話が深まっていたようです。

ヴィンセントさんにも感想を尋ねてみました。

京都もお寺も初めて。この美しい建物のなかで250人の新しい友だちと一緒に時を過ごせたことは非常に感動的でした。日本人の聴衆への講演は初めてでしたが、答えるのが難しい知的な質問が多かったですね。ダイアログではいくつかのグループに参加してみましたが、みなさんのお話からたくさんの学びがありました。とても良い午後になりました。

ビジネスの中で発見した難しい課題に、シンプルな解決方法でまっすぐに取り組んでいく企業姿勢に加えて、参加者のことを「250人の新しい友だち」と呼ぶフラットな態度もまた、パタゴニアという会社の魅力ではないでしょうか。

パタゴニア京都 ストア・マネージャーの瀬戸勝弘さんもまた、参加者にメッセージを送っていました。「腑に落ちないこと、もっと知りたいことがあればいつでもお店に来てください。スタッフがお話させていただきます」。