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お酒アリもOK!お医者さんが医学的スキル以外も学べる環境を提供する「めでぃぷろ」 [マイプロSHOWCASE]

Some rights reserved by @yakobusan Jakob Montrasio

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2012年4月8日、兵庫県神戸市でAKB48ならぬ「MLB48」と銘打って、48名募集の参加者とともに第1回MLB(メディカル・ラーニング・バー)が開催されました。

MLBとは、簡単に言うと「お酒を飲みながら、医療についてざっくばらんに話そう」という医療・介護従事者を対象にした交流会です。

医療の世界では、外科、内科をはじめ各種専門分野への分割が進んでいますが、もっと自由に「患者様、ご家族様にとっての最善の医療とは何か?」を考えたり、話したりする中で“自ら気づく”ことを目的としています。

今回はMLBの仕掛け人であり、医療従事者のための学びの場「めでぃぷろ!」の主催者である佐藤和弘さんにお話を伺いました。

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「めでぃぷろ!スクール」の様子。模造紙に書き込みながらディスカッション中

医療現場で起こっているミス・コミュニケーション

いきなりですが、現在起こっている医療事故の原因ってどんなものかご存知ですか?実は、”医学的スキルによるもの”は全体の9%しかなく、”医学的スキル以外のもの”が54%と言われています。

医療事故の半数以上にも及ぶ”スキル以外のもの”というのは、先生とスタッフ間の伝達が上手くいかないことで起こってしまった事故などを含みます。言い換えると、スタッフ間で円滑なコミュニケーションをとる体制がないことが原因で、事故が起こってしまっているのです。

僕にもミス・コミュニケーションについて思い当たることがあります。

例えば数ヶ月前に、担当の患者さんに言われたんです。「先生。誰も相談できるスタッフさんがいないの。私、どうすればいい?」と。つまり、僕らスタッフは十分にコミュニケーションをとりながら治療を進めているつもりだったのですが、患者さんはそうは思っていなかったんですね。

さらに、こうも言われました。「先生。スタッフさんは技術も大切だけど、心だよ」と、胸に手を当てながら。それは患者さんから大事なことを教わった出来事でした。

医療の現場でこういった“スキル以外”が課題にあがるケースは、いくらでもあるのかもしれません。逆に言えば、コミュニケーションの問題を改善することで、救える命がまだまだあるということです。

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複雑な医療の仕組みを、分かりやすく説明してくださった佐藤和弘さん

遡ること数年前。「複数の病院やクリニックに勤務するうちに、医学の限界を痛感した」という佐藤さんは、「患者さまにとってよりよい現場をつくるにはどうすればいいか」を考え、行動に移すことにしました。

転院や、学会での発表などを繰り返しながら様々な出会いを経て、「医療以外の勉強をしよう」と、グロービス経営大学院へ進学します。ところが、病院勤めと学校通いの毎日の中で、さらに低血糖症が発覚して…。やがて一時期仕事もやめ、休学することなったのですが、「このとき『人生、何があるか分からない。やりたいことをやろう』と強く思った」と言います。

「めでぃぷろ!」と「MLB」について

持病の悪化と休職・休学が転機となり、佐藤さんは2010年に「めでぃぷろ!」を発足させることになります。さらにグロービス時代の出会いが契機となり、2012年4月に「社団法人LINK」を立ち上げ「MLB」をスタートさせました。

「めでぃぷろ!」は、ケースメソッドを使った学びの場(スクールやセミナー)です。集まった人で「あなただったらどうする?」をキーワードに、事例(ケース)を検証していきます。自分だったらどうするか、経験談を交えながら、集合知を高めることが目的です。

ここで具体的に学ぶのは、医療のテクニックではなく、ヒューマンスキル(人間関係能力)やコンセプチュアルスキル(論理思考など「考える力」)と言われているものです。技術を学べる機会は、世の中にすでにたくさんありますから。

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職位が上がるにつれて、医学的スキル以外が必要になってくることを示した図

スクールは2011年4月にスタートし、それから2週間に1度、1回2時間、4回が1セットで運営。案内を見て興味を持ってくれた人や、参加者の口コミで集まってくれた人たちもいましたが、小規模の運営にとどまっていました。

「なぜ人が集まらないか」を考えたときに、「医学的スキル以外を学ぶことが、自分に必要だ」と、気づいている人自体が少ないんだと思ったんです。そこでまずは、この「気づき」のためのインフラが必要だと感じました。そこで始めたのがMLBなんです。

医療が変化するためには、3つのステップが必要だと語る佐藤さん。その最初のステップが「個人の気づき」だというわけです。ちなみに2つ目は「スキルの向上」、3つ目が「臨床に活かす」という段階です。「これらを経て、初めて医療現場が変わる」と言います。

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医療が変化するために必要な3つのステップ

最初のステップ、個人が気づきを得るにはどういう仕掛けが必要か。東京大学准教授で、「大人の学びを科学する」をテーマに研究されている中原淳さんが開催されている「ラーニング・バー」という手法があります。これを真似て「医療系のラーニング・バーをやろう」と思いついたんです。

「ラーニング・バー」とは、文字通りお酒を飲みながら、リラックスした雰囲気の中で語り合い、学び合う場所です。これまでの経験上、このやり方ならいいものが生まれると信じてました。

「MLB(メディカル・ラーニング・バー)やります!」と宣言すると、同じくグロービスに通っていた医療系の知人友人たちから賛同を得ることができ、2012年からは週1回のハイペースでミーティングを重ね、あっという間に「一般社団法人LINK」を立ち上げ、先日、第1回「MLB」を開催することになったのです。

48名の参加者枠も2週間でほぼ予約が埋まり、大成功。さらに6月には愛知での開催も決定し、九州や北海道からも「MLBを開きたい」という申し出が集まっているのだとか。各都市へ手法を伝え、全国各地に「MLB」支部ができれば確実に“医療の新しい学びの場”として注目されて、ムーブメントになっていく。「いま、手ごたえを感じています」と佐藤さん。

今現在は「MLB」で気づきを得た人が「めでぃぷろ!」で自身のスキルを掘り下げ、習得し、それを各自の臨床現場で活かしてもらえるスキームをつくることを、今後の目標として掲げています。

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MLBの様子。それぞれが熱い想いを語り合っています。

「ずっと、落ちこぼれだった。」

将来的には「医療教育の、新しいインフラを作りたい」と語る佐藤さん。教育についての関心はもともとあったのでしょうか?最後に医療を志したキッカケも聞いてみました。

小学生のときは、お菓子を好きなだけ与えられて、戦いごっこばかりしてる肥満児でした(笑)。中学校ではバスケ三昧の日々。高校はさぼりがちで、学年で最下位を取り、進路を考えたときに、たまたま目に入った神戸にある医療系の専門学校へ進学しました。結果、そこでも遊んでました。3年課程の専門学校を4年かけて卒業し、就職活動もほぼ全滅で、最後に採用してくれた病院へ入りました。

なぜここまで勉強しなかったのかというと、とにかく勉強がつまらなかったからなんです。教科書に書いてあることを教師がなぞって黒板へ書き、それを生徒がそのまま写すという授業にどうしても興味が持てませんでした。思えば、この頃から「今の学校教育ではないもの」を目指していたのかもしれませんね(笑)。

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「今では勉強の日々を送っています(笑)」と佐藤さん

佐藤さんが本気で勉強し始めたのは、「就職して臨床工学技士として働き始めてから」と言います。そこで“人の命を救う医療の素晴らしさ”を実感した佐藤さんは、今までとは打って変わって真面目に勉強し、治療を行う日々を送りはじめます。

ところが働き出して3年目、25歳のとき、印象的な出来事がありました。その患者さんはもう意識がなく、生命維持管理装置によって命を長らえており、佐藤さんは医療従事者としての責務を全うするため、数日間泊まり込みで治療を行っていました。

そんなある日、看護師長に呼ばれ、言われました。「あなたが患者さんなら、延命治療を続けてほしいの?」と。つまり、治療を止めるべきだということです。僕は、医療従事者ならば命を救うのをやめるべきではないと主張しました。

結局この患者さんは亡くなってしまいました。ただ、ここで問題になった「命をとめるか、治療を続けるか」というのは、もはや“医学を越えた問題”と感じたんです。これがキッカケとなり、“医学以外に必要なもの”を探し求めるようになったと思います。だから、最終的な目標はあくまで医療現場を患者さんにとってより良いものへ変えることです。

「いずれは医療従事者だけでなく、介護従事者や、メーカー、病院と共同して、教育や研修プログラムを提供してゆきたい」と展望を語ってくれた佐藤さん。

佐藤さんが取り組んできた医療の現場でのミスコミュニケーションという課題は、現在の日本全体の特徴といえるかもしれません。そんな中、とにかく垣根を越えた対話の場をつくろうとする佐藤さんたちのやり方は、他の分野にも応用がきく、大切な視点ではないでしょうか。

これからの医療を支えていく”これからの名医”を育む「めでぃぷろ」に注目です。

(Text:楢 侑子)

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