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難民だって働きたい!ゼロからの就労を支援する「イーミック」 [マイプロSHOWCASE]

Syrian refugees holds up their shoes during a protest against Syria's President Bashar al-Assad at Reyhanli refugee camp in Hatay province on the Turkish-Syrian border March 15, 2012 by FreedomHouse2

Syrian refugees holds up their shoes during a protest against Syria's President Bashar al-Assad at Reyhanli refugee camp in Hatay province on the Turkish-Syrian border March 15, 2012 by FreedomHouse2

昨年の3月。東日本大震災の支援に、難民がボランティアとして駆けつけてくれました。東日本大震災の被災者と難民との共通点は、「一瞬のうちに全てのものを失い、住んでいる場所を離れなくてはいけなくなった」ということ。被災地の惨状と、自分の過去の経験を重ね合わせて、共感を持ってボランティア活動に参加した難民もたくさんいたといいます。

難民。この言葉を聞いて、どこか遠くの国での話だと思ったでしょうか。しかし難民は他国の問題だけではないのです。実は、日本には年間1,000人以上の難民が、母国での迫害から逃れてたどり着いています。思い描いているのは、命の危険にさらされることのない、平和な生活。しかしたどり着いたここ日本で難民を待ち受けているのは、人々の無理解によって起こる孤独で不安な生活です。

彼らに必要なのは、日本で暮らしていくための真摯なサポート。そこで今回は、難民のゼロからの就労を支援する「イーミック」をご紹介します。

そもそも難民って?

スーツケース1つで来日した難民(イメージ) 難民支援協会提供
スーツケース1つで来日した難民(イメージ) 難民支援協会提供

難民とは、人種、宗教、国籍、文化・政治的な問題から、母国で命の危険にさらされ、やむを得ず外国に避難しなければならなくなった人たちのこと。もともと日本に来る予定だった人とは違い、「一番早くビザを発給してくれた国に行こう」ととりあえずやって来るので、当然日本語も日本の法律もわかりません。

仕事もお金も家も相談する相手もいない…そんな不安定な状況の中、日本政府から難民として認めてもらうまでに、平均2年、長い場合には5年以上も生き抜いていかなくてはなりません。その間、母国に強制送還されたら命の危険にさらされる、という不安を抱え続けます。

離ればなれになった家族の写真を見て思いをはせる難民

離ればなれになった家族の写真を見て思いをはせる難民

難民の中には、もともと弁護士やエンジニア、ジャーナリストとして活躍したり、いくつもの店を経営してビジネス的に成功していた方もいるのです。しかし、”不法滞在者”、”外国人(風)犯罪”などという報道の影響もあってか、市民からの偏見があったり、なかなか就職先に恵まれなかったり、低賃金で不安定な雇用形態でしか働けない人もたくさんいます。

ある難民は言います。

日本にやってきて、安全は得られました。しかし、私には安心はありません。

そんな難民の置かれている状態に、光を当てる取り組みを、合同会社emic(法人化準備中。以下イーミック)が始めました。

イーミックの取り組み

イーミックは言語の問題などから、すぐに日本の人材市場に入っていけない難民や、短期的な仕事にしか就けず生活が非常に不安定な難民、過去の経験などによるスキルとのギャップが大きく、ステップアップにつながる事を切望する難民などに向けてサービスを行っています。

現在の事業の柱は2つ。

1. セミナー事業

「難民起業サポートファンドで支援している レストランによる民族料理」提供:難民起業サポートファンド

「難民起業サポートファンドで支援している レストランによる民族料理」提供:難民起業サポートファンド


今後は、難民の母国へ関心を持つ企業向けの社会情勢・文化セミナーや、語学の研究者を対象としたセミナーを予定しているとのこと。他では聞けない話が聞けそうです。

まずは難民が講師となって、日本人向けにセミナーを行う事業です。現在のセミナーの内容は、民族料理、語学とのこと。難民のなかには、何かの団体のリーダーだったりして指導者としてのスキルの高い人や、ニッチな言語を母語とする人、珍しい文化圏出身者もいるため、他ではできないセミナーが開催できるそう。

2. 弁当事業

「難民起業サポートファンドで支援している レストランによる弁当」 提供:難民起業サポートファンド

「難民起業サポートファンドで支援している レストランによる弁当」 提供:難民起業サポートファンド

もうひとつは日本人の弁当業経営者とともに、難民を雇用し、弁当を作って販売するビジネス。現在は一般的な日本のお弁当を作ることを準備中ですが、今後、難民の特性を生かして、民族料理弁当の提供も検討しています。例えばミャンマーの少数民族の料理など、たまに気分を変えたいときなどに、注文したらとても楽しそう。

この弁当事業を通して難民が日本語と日本の飲食業の知識を得れば、日本の民間企業に就職する道も開けていきます。

「働く場所がないなら、モデル企業を作ろう」

イーミック代表 吉山昌さん
イーミック代表 吉山昌さん

このイーミックの事業は、「NPO法人難民支援協会」に設立時から関わる吉山昌さんが立ち上げました。難民支援協会は、難民申請中の方が日々、助けを求めてやってきています。ここでは、難民認定に関することや、生活全般のことに加えて、就労に対する相談を受け付けています。

しかし難民支援協会で手を尽くしても、日本語が話せたり、需要のある特別なスキルを持っていたりする人以外は、なかなか就職につながりません。

難民がどのような立場の人なのかが一般的に知られていないため、「雇って大丈夫か」 「(仕事上の)コミュニケーションができないのは困る」などと不安を持つ企業主も多いです。しかし難民の中には、働くことに熱心で能力も高く、やる気もある人がたくさんいます。こういった可能性ある難民が、働けない状態なのはもったいない。「働く場所がないなら、モデルとなるような企業を作ろう」と思い立ちました。

と、吉山昌さんは言います。

難民の状況に応じたサポート

吉山さんは今、難民支援協会とイーミックのほかに、「公益社団法人難民起業サポートファンド」という団体にも関わっています。この団体は、起業したいと思っている難民や、起業した難民に対して、融資と経営支援を行い、難民自身によって就労機会を作り出すことを目的としています。

あるミャンマー出身の男性は、政府と敵対しているとして狙われ、命の危険を感じて、十数年前に来日しました。途中で収容されるという困難を乗り越えて、日本で飲食店で非常に熱心に働き、その飲食店の方から「あなたと同じ民族の人を雇いたい」と言われるほどになったそうです。

その彼が、数年前に独立して、飲食店を開きました。彼の店が軌道に乗ってきてミャンマー人を雇うようになり、難民への新たな雇用が生まれたのです。

「NPO法人難民支援協会」、「イーミック」、「公益社団法人難民起業サポートファンド」は、企業ですぐに働ける人から、言語などのハードルがある人までを支援し、また雇用される側だけでなく雇用する側も生み出すことで、トータルで難民の雇用を安定させていくと言えそうです。

また、難民の就労を支援することには、日本にとってもメリットがあると、吉山さんは言います。

難民は希望したわけではないにせよ、せっかく日本にやってきた人々です。難民もその能力を発揮できるようにすることは、日本の経済にとっても、社会にとっても、プラスになると考えています。

また、日本人のグローバルな活躍が最近よく言われますが、さまざまな文化の多様性を受け入れていくことも、今後の日本にとっては必要ではないでしょうか。そういったときに、難民の持つ多様性は、日本社会にとって非常に助けになるものだと言えます。

偏見と困難な状況を乗り越えるために

吉山さんが、難民支援を「自分ごと」してとらえ始めたのはなぜなのでしょうか。原点となる思いを伺いました。

最初のきっかけは、中3の春休みに、沖縄のハンセン病療養施設に行く新聞社の企画に申し込んだことです。そのときは何となく行ってみようかな、程度の気持ちだったのですが、偏見のこと、差別のこと、障害のことなどを、いろいろと考えさせられました。

そこで、高校生になってから、何か自分にできることはないかと考えていたら、障害者の自立のために活動しているメインストリーム協会という団体と出会ったのです。そこでの理念は「自立(自分の生活や人生を自分で選んで決めていく。その責任も引き受ける)支援」「障害者観を変える」というもの。 そこで高校卒業まで活動しました。

「偏見と困難な状況を乗り越え、当たり前の生活を行うための支援を」と語る吉山さん

「偏見と困難な状況を乗り越え、当たり前の生活を行うための支援を」と語る吉山さん

もともと自分が在日韓国人だと言うこともあり、人権問題に対して興味があったので、高校生のときからアムネスティという国際的な人権支援団体で活動をしていました。その活動のなかで、難民の人々と会ったのです。

難民の置かれている状況を見て、愕然としました。高校生のときに、関わっていた障害者団体が「自立」を目的としているのに対し、難民は自立どころか、生命の危険さえ、ある状態だったのです。

アムネスティでも難民の支援は行っています。しかし、難民以外のさまざまな案件があるために、難民だけに専念したいという想いが、次第にメンバーの間で高まりました。そこで、98年から準備を始めて、99年にNPO法人難民支援協会を作ったのです。

ハンセン病患者、障害者、難民と吉山さんの活動に共通しているのは、「偏見と困難な状況を乗り越え、当たり前の生活を行うための支援」なのです。

難民の日本社会への想い

昨年、東日本大震災が起こったときに、難民から、「被災地のために何かをしたい」「困っている人を助けたい」と言う声が、多数寄せられたそうです。母国を追われ、家族とも離れ離れになって、命からがら日本にやって来た難民は、被災者の状況に共感を覚えたのでしょう。

そこでNPO法人難民支援協会は、被災地へのボランティアを決定。参加したウガンダ出身の男性は、

震災が起きてすぐに、「自分ができることをやる」と決めた。それは。当たり前のこと。自分も社会のメンバーだから。

と話していたそうです。原発の影響で多くの在日外国人が帰国する一方、帰る母国がない難民たち。彼らは、自分たちも日本社会の一員だという強い意識と責任感を持っており、「何かしなければ」という想いを持ったのだろうと想像できます。

そういった、難民の日本への意識がある一方で、日本人の難民への意識はまだ低いと言わざるを得ません。

電車で座席に座ると、自分の隣の人が席を立ったときは、とても悲しかった。

と、語る難民もいたそうです。

あるソマリア出身の難民は言います。

日本にも悪い人も良い人もいるように、双子でもそれぞれの考え方が違うように、外国人にも悪い人もいれば、良い人もいる。だから「この人は難民だから怖い」などと一律に決め付けることをしないでほしい。ひとりひとりの意識が変われば、日本は変わるし、ぼくらの立場も変わります。

そんな日本人の意識を変えて、難民と日本の両方にメリットをもたらすのがイーミックなのです。

Friendship by Sahaja

Friendship by Sahaja

私たちが少し意識を変えること。難民に対して少し知識や関心を持つこと。これだけで、人生が明るくなる難民がいます。今日から、電車で隣に座る外国人に、少し違った意識で接してみませんか?

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