松原広美(Hiromi MATSUBARA)プロフィール

1978年東京生まれ
Surfrider Foundation Japan 事務局長
greenz.jp ファウンダー
IRIE CAFE プロデューサー
小学校時代をロンドン、大学1年間をマイアミで過ごし、年中サーフィンして日焼けしているためか見た目も中身も日本人らしからず。上智大学文学部心理学科卒業後、GEキャピタルにキャリアウーマンを目指して就職。「リーダシップ育成プログラム」のトレーニーとして入社し、法人金融営業、審査、マーケティング、広報、CSR企画、など幅広い業務を経験し、グローバル企業のダイナミズムにどっぷり浸かる。
しかし自分の将来のライフスタイル、ビジョン、キャリアパスに悩み始めた2006年、「一生できる仕事をライフワークに!」と「できれば海のそばでサーフィンしながら自給自足的な暮らしがしたい!」との想いから、NPO法人BeGood Cafeにオルタナティブな人生をもとめて冒険転職。サラリーマンを辞めた翌日に飛び立ったオーストラリアで1ヶ月WWOOFERとして電気も水道も通っていない、100%自給自足のオーガニック農家、サステナブルコミュニティを放浪、資本主義経済や社会の根本的な問題に疑問をもち、人生観ががらっと変わる。BeGood Cafe に入社後は、その頃ちょうどローンチしたウェブ版BeGood Cafe 「greenz.jp」の営業プロデューサーとして立ち上げにかかわり、ジェットコースター級の刺激的な毎日。と思ったら急降下・・・わずか6か月でgreenz.jpは一時休業に追い込まれる。
それから紆余曲折経て(詳しくは昔のブログをどうぞ)、08年株式会社ビオピオ設立、代表取締役社長に就任。greenz/ Bioipioの経営戦略、営業、イベントプロデュース、海外渉外、その他事務(法務、財務、人事等もろもろ!)など基本なんでも屋。学生時代は、体育会系ウィンドサーファーで海漬け、潮漬けの毎日がカラダにしみつき、サーフィンはライフタイルの一部、人生になくてはならない大切なものです。波乗り好きが興じて環境NGO サーフライダーファウンデーションのメンバーになり、世界各国からサーファーが集う国際会議にも出席したり。
『海辺のエコビレッジ村長になる!』と宣言して、2006年、サラリーマン人生に終止符を打ちました。とおもっていたら、2011年ビオピオをやめて房総へのシフトがはじまり、東京と房総の2地域居住をしつつ、IRIE CAFEをつくったのを機に、房総妄想モードが加速。3ヶ月のオーストラリアトリップを経て、春に。房総へ完全移住。いまでは、サーフライダーのお仕事をフルタイムでやりながら、コミュニティのイベントを企画したり、ヨガを教えてみたり、できるだけ焦らず、ゆっくりと丁寧な暮らしを模索中。
毎日のつぶやき日記は、Twitter@hiromimatsubaraをチェックしてみてください。






はじめまして。
ハワイの田舎で1ヶ月ほどのんびり過ごす場所を探して、ウェブをいろいろ見ていましたら、この松原さんのサイトに行き当たりました。密度の濃いぃ記述に読みいってしまいました。
今年で43歳になるのですが、数年前に化学物質過敏症と思われる症状で休職したとき、療養する場所をさがして、台湾東岸、フィリピンの離島、マレーシアの有機農家、オーストラリアのニンビンなどに行ったことがあります。結局、食事などを管理するのが難しいので、帰国して奄美の加計呂麻島の小さな集落で療養させてもらい、復職しました。
元気になってから、化学物質過敏症の患者が療養できるようなキャンプ場のような場所を作れないかなあ、と思っていまして、松原さんのサイトの記述は大変参考になりました。費用にもよりますが、3エーカーもの土地を借りることができる制度になっているなんて、夢みたいな話ですね。パホアのエコビレッジは、実際に見に行きたくなりました。
ひとまず、参考になる記述に、お礼申し上げます。
入江信一郎
入江信一郎 さん
コメント、ありがとうございます。化学物質過敏症は、本当にある日突然なる方もいると聞いております。大地や自然とのつながり、また人間同士のつながりが薄れてしまっているいま、そういった関係・つながり・感覚を取り戻し、自分の足元の暮らしをより豊かに、サステナブルにシフトさせていくことが、結果的にはよりよい社会を創っていくと思っています。そんなコミュニティを自分たちも創り、そこで暮らせたらなというのが人生の野望で目標です。ハワイ島には本当に素敵なコミュニティにティがたくさんありますのでぜひ一度行かれてみてください。