Archive for the ‘ぎぎまき日記 “BLah, BLah”’ Category

“BLah, BLah” – ブログメンタリー制作日記[2]


foot_06“ワン!”

お久しぶりです。

VOL.6を終えてかたもう一ヶ月近くが経ちます。こんなに間を空けてしまったのは初めてですが、この
一ヶ月の間に平日の仕事を退職し、新しいバイトを始めました。それからバタバタと引越しも済ませ、
今日ようやくパソコンとカメラを繋げてVOL.7、神 直子さんの編集を始めています。そして更に、急に
3才の娘がパパと一緒に18日間の海外旅行に出てしまい、出産後初めて子育てから離れています。その
代わりと言ってはなんですが、祖父の介護のお手伝いを少ししています。いろんなことが一気に変わった
この一ヶ月間ですが、編集に手がつけられなかったのは他にも理由があります。

VOL.5まではビギナーズラックというのか、始めたばかりの勢いや人との出会いの後押しもあって、
比較的さくさく進んでいた制作ですが、VOL.6で与えられた課題によってこれからのスタイルに変化が
生まれました。VOL.5まで続けてきたプレゼントがVOL.6、そんな感じです。それまで出会ったみなさま
本当にありがとうございます!!!
そしてそのプレゼントはまた悩みとなって、今私の中でぐつぐつと煮えている最中なのです 笑。
悩みに悩まされるということはないのですが、正直少しだけ億劫になっていました。でも遅かれ早かれ
重い腰をあげないといけません。11月からブログメンタリー、再開できるようにがんばります(^0^)/。

最近、友人から紹介された映画があります。「犬と猫と人間と」というタイトルの映画です。
実は、私が映像メディアを志したのは高校2、3年生の頃。授業に耳を傾けず、窓越しに廊下と階段
を見つめていました。その頃、繰り返し放送されていた事件があって、それは犬や猫が人間の勝手に
よって命を奪われているというものでした。確か、私と一緒に育った犬も我が家に引き取られなければ
保健所で殺されていたはずの犬だったと記憶しています。動物の専門学校に進みたいと、高校の担任に
話をしたところなぜか反対され、廊下を眺めていた私はふと、「テレビの力を使うのが一番早いな」と
その時に諭したのです。あれから18年が経ちます。ずいぶんと遠回りして来ましたが、改めて考えて
みると、あの瞬間の“ひらめき”通りに人生を歩いて来ているような気がします。この18年の間に、
私の興味の対象は「宇宙」全体に拡大しましたが、「犬や猫の置かれている環境」への悲しみや怒りが
間違いなく私が映像メディアの道を志したきっかけになっていて、この映画の予告編が私の中で一つの
スイッチになってくれました。1人でやっている分、身勝手に休むこともできるのですが、結局何においても
1人でやっていることなんてなく、こうしたお膳立てによって毎日が続いていくことを改めて感じています。
ははっ〜〜 (← ひれ伏している図 笑)

ぜひ予告編をご覧ください。

『犬と猫と人間と』
オフィシャルサイト http://www.inunekoningen.com/

“BLah, BLah” – ブログメンタリー制作日記[1]

久しぶりのぎぎまき日記、“BLah, BLah”

実は、パソコンが壊れてしまいまして…
ではなく、、、ビデオカメラのFireWire Portのみ壊れてしまいました… レアな事件です。
小さな傷ですが、映像がパソコンに取り込めないという事態です。残念です…。
声をかけさせてもらってお借りしたビデオカメラ達と、FireWireケーブルが4本が部屋に転がっています。
豊作です…。でも、どれも解決には繋がりませんでした。がくっ
復旧できたらすぐに、ブログメンタリーは再開します。一人、毎日ワタワタしています。

さて、次の被写体は先日お知らせした通り、画家の馬場さんです。
8月12日から三鷹市芸術文化センターで始まる、回顧展。
102点という規模の個展は多くの時間と労力を要するため、“次はいつできるか分からない”と馬場さん。
時間が許す方はぜひ1人でも多く、足を運べるといいなと願っています。
こんなに生命力に溢れた生々しいエネルギーに久しぶりに触れた!というのが私の第一印象。
それなのに、またはそれだからなのか、私は彼の世界を見ているととても落ち着きます。
高揚感と安堵感。ドキドキするのとホッとするのと、そんないろんなエネルギーが混ざった“生きた”世界です。
回顧展の詳しい情報はこちら →→→

そして、その次の被写体も決定して、現在撮影が進んでいます。彼女は今までのブログメンタリーで登場した女性と同様、とてもエネルギッシュな方。さまざまな「自分らしい」活動をされています。その中の一つが、BRIDGE FOR PEACE。日本に対する怒り、戦争による悲しみを抱き続けているフィリピンの人々と、元日本兵の方々をビデオメッセージで繋ぐプロジェクト。私自身、以前から「兵士」に興味を抱いていたため、彼女と出会うことで、いろいろな知識や経験を言葉や想いを通して共有してもらおうと今から楽しみにしています。8月9月と、誰でも参加できるイベントがあります。詳しくはこちら →→→

そして更に、こちらは暑中見舞いとして映像をお届けします。やばいです、必見です!フルスクリーンでどうぞ。私は真夏が苦手です…。これを見て涼んでます。再生されない方は、こちらをどうぞ。 


*再生ボタンをおしてすぐ停止ボタンを押して、一度画像をロードしてから見るとスムーズです。

私も先日、家族で訪れたちゅら海水族館です。子供の後を追っかけてみるのとはまた違い、こんなにすごい所に行ったんだなぁと改めて感動。自分の思い出が更に◎◎◎になりました。

“BLah, BLah” – 毎日通る道の桜フル風景

海外に住んでいると、ふとした時にじ〜んと“春”がとっても恋しくなる。
柔らかい風、鼻下をくすぐる緑が芽吹く匂い。

娘と毎日通る道の、なにげない桜な風景を海外のみなさんにおすそわけです。

“BLah, BLah” – ソマリア海賊と私たち


[30aHEADS] No.2の小野寺 愛さんのプロローグで使用している音楽は、私が今最も情熱を注ぎ
注目しているアーティストです。カナダを中心に活躍する彼は、13歳のころ紛争のピークにあったソマリア
から逃れ、難民としてNYに渡り、直後カナダのトロントに移住しました。
彼はヒップホップというツールを通して、ソマリアの現状を伝えています。ソマリアの過去ではなく、
現在進行形の過酷な歴史。そして彼が歌を通して伝えるメッセージは、人間であれば誰しもどこかで繋がる
ことのできる普遍的なものです。おそらくこのブログで、彼は度々登場することになると思います 笑。

そして日本の海上自衛隊がソマリア海賊対策のために、派遣されるという話ー。

私はその行為がどれだけ正しいのか分かりません。Aさんに聞けばその正しさにふむふむとなるだろうし、
Bさんの聞けばそのおかしさにふむふむそうか、となるだろうし、誰かが私に聞けば
AさんとBさんの意見を繰り返し伝えるだけになる。ただ自分の身体やマインドが疑わない、
“衝動にかられる”ような、私に新しい選択肢を与えてくれるような、どうしても引きつけられる情報
というのがあって、私にとってK’NAANとその音楽がまさにそうです。

K’NAANは言います。
ソマリアが無政府状態であることをいいことに、先進国にやとわれた船が核燃料廃棄物をソマリア沖に
捨てていく、その事に憤慨したソマリアの漁師と、陸の民兵によって作られたのが海賊の発端だと。
今ではあらゆる船を金銭目的で襲うようになってしまったけれども、今も核廃棄物を捨てるあなたたちは
海賊よりももっとひどいことをしている。それは僕らの世代を破壊する、ということです。

彼が言う、“あなたたち”とは誰を指すのでしょうか。日本の核廃棄物はどこでどのように廃棄されて
いるのでしょうか。私も調べてみますが、知っている方がいたらぜひ教えてください :)

『K’NAAN』ライブ

『K’NAAN on Somali Pirates』ー英語

『伊勢崎賢治さんが説明する、ソマリア自衛隊派遣』

“BLah, BLah” – 2,000 High Fives

自分の通勤時にこれを頭の中でreplayしたら間違いなくニンマリしちゃう。

“BLah, BLah” – 持ち場、という言葉

サポーターのヘルプがあって、テンプレートを白背景に変えてみましたがいかがでしょう。

先週末、とっても良いお天気でした。
あまり乗ることのない井の頭線に乗り、下北沢を過ぎ、空が広くなってきたあたりでふと、
あ、ブログメンタリーの背景は黒じゃないな、と思いつきました。

一発で、理想をカタチにするのは難しいですね。これからもいろいろと、ブラッシュアップ
しながらのブログメンタリーですがよろしくお願いします。

先日話した撮影日に素敵な女子たちと出会い、
その中の一人が、『自分の持ち場』という言葉を使っていました。
そしてまた、先日書いた日記の宮崎駿監督の“魔女の宅急便”の中でも似たような台詞が
出てきました。

魔女の血、絵描きの血、パン職人の血…    

神様か誰かがくれた力なんだよね おかげで苦労もするけどさ 

誰かがその人の持ち場で精一杯生きているのを見るとき、
誰かがその人の血を表現した、そのカタチを見るとき、
心の奥から幸せを感じ、つながりを感じ、自分の中の何かが解放されていきます。

ちなみに、
この映画のクロージングを飾る曲は、荒井由美の「やさしさに包まれて」です。
自分とは無縁だと思っていた歌でしたが、開けてびっくり。理解できる年齢になりました。

小さい頃は神さまがいて    

不思議に夢をかなえてくれた

やさしい気持で目覚めた朝は

おとなになっても 奇蹟はおこるよ

 

カーテンを開いて 静かな木洩れ陽の    

やさしさに包まれたなら きっと

目にうつる全てのことは メッセージ

 

どどどーーーーー 素敵です。

メッセージとはきっと誰かにこうだと教えられるよりも、自分ではっと気付いたり、
象徴的な経験や目の前の景色から受け取ったメッセージの方が
よりはっきりと深く身体に染み込むものです。
それはもしかしたら、自分で気付いたものだと思っていたけど、
誰かの、自分の、自然のやさしさの結晶なのかもしれません。

周りの誰かがそれを自ら体験できるように、私たちも日々、
包み込むようなやさしさを表現できるといいですね。

いいですねーーーー、っていいながら“包み込むように”、なんて口で言うよりハイレベル。
もちろん、やってやれないことはない。分母を大きく、器を大きく、ですね。

ぎぎまき

Feb. 9, 2009

“Emancipate yourselves from mental slavery. None but ourselves can free our minds”