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複数の仕事が循環する仕組みをつくり、マネージャーのように人を育てていく。建築家で大家でもあり、カフェやバーの運営から結婚式プロデュースまで手がける瀬川翠さんの仕事術

株式会社Studio Tokyo Westの代表取締役を務める建築家であり、シェアハウス「アンモナイツ」の大家でもある、瀬川翠さん

以前こちらの記事でも紹介したように、瀬川さんは高校生のときに東京・武蔵境にある一軒家を引き継ぎ、その家をシェアハウスにして、大家をしながら自らも住みはじめました。

現在は吉祥寺と井の頭で2棟のシェアハウスを運営しつつ、カフェとバーの運営、結婚式のサポート、住人の起業支援など、幅広く活動しています。一見すると本業である設計の仕事とは関係なさそうですが、実はすべてつながっているのだそう。

そんな大家ならではの経営論について、グリーンズのビジネスアドバイザー・小野裕之とともに、井の頭にあるシェアハウスにお邪魔し、話を聞きました。

瀬川翠(せがわ・みどり)
1989年東京生まれ。大学在学中にシェアコミュニティ「アンモナイツ」を結成し、自ら一軒家を改修しシェアハウスの運営を開始。2014年に「株式会社Studio Tokyo West」を設立。現在は活動をまちに広げ、吉祥寺〜西荻窪エリアで多拠点近接ネットワーク型のまちなかシェアリングエコノミーを運営している。

設計の仕事と、シェアハウスの運営が循環する仕組み

一軒家をリノベーションした「井の頭アンモナイツ」では9人と暮らしている。

小野 この家にはいつから住んでいるんですか?

瀬川さん 2018年の春からなので、ちょうど1年くらいですね。

小野 その前は吉祥寺のシェアハウスに住んでいたんですよね。

瀬川さん はい、3年くらい前に武蔵境のシェアハウスを売却することになって、その売却益を元手に、吉祥寺にある雑居ビルの一区画を購入して、新しいシェアハウスをはじめました。

小野 どうして井の頭でもシェアハウスをはじめたんですか?

瀬川さん 吉祥寺に住んで1年ほど経たったときに、住人の吉成さんが妊娠したんです。そのとき吉成さん夫婦は4畳くらいの部屋に二人で住んでいたので、「赤ちゃんが生まれたらさすがに狭いよね」という話になって。でも彼女は「アンモナイツに住み続けたい」という意志表示をしてくれたので、親子で住めるシェアハウスをつくろうと、この家の購入を決意しました。

小野 じゃあいまは2つのシェアハウスを運営しているんだね。

瀬川さん そうです。シェアハウスを拠点に、地域内での事業を複数展開してきました。
ひとつは西荻窪駅前にあるバーで、もともとスナックだったんですけど、住人のつながりでオーナーさんから運営の相談を受けました。それで、週2日は日替わり店長としてアンモナイツの住人が店に立って運営することになったんです。

アンモナイツとしても、地域の方々と積極的につながりを持てる場所を求めていたので、win-winな状況で。少し経ってからお店の改修も任せてもらうことになって、一見さんでも入りやすいようリデザインしました。

瀬川さんがリノベーションし、運営するバー「A sign BAR&CAFÉ Nishiogikubo」。

瀬川さん 2017年には、アンモナイツ発の事業として、新たにウェディング事業をはじめました。住人の吉成さんがウェディング系のデザイナーだったり、その時期にカメラマンをしている人が入居してくれたり、吉祥寺在住のウェディングプランナーと知り合ったりと、人の縁が大きかったと思います。

自分ごととしても、実感のある時期でした。ちょうど入籍をして少し経ったころで、せっかくなので大好きな吉祥寺で結婚式を挙げたかったのですが、いいと思える結婚式のプランが見つからなくて。すべて既製品の商品のように見えてしまったんですよね。縁もゆかりもないまちで結婚式をする気にもなれず、結局、結婚式は挙げませんでした。

吉祥寺が好きな人は多いはずなのに、これではもったいないと思って、立ち上げたのが「吉祥寺 de WEDDING」というプロジェクトです。


「吉祥寺 de WEDDING」のウェブサイト(https://www.kichijoji-de-wedding.com/

瀬川さん 仕組みとしては、吉祥寺に住んでいる多彩なクリエイターたちとその都度チームを組んで結婚式をプロデュースします。式場を持たずに、カフェや古民家を借りて結婚式をしたり、井の頭公園やハモニカ横丁で前撮りをしたりしています。

ロケーションフォトでは「吉祥寺だということがしっかりわかるように撮影してほしい」という依頼が多く、その度にこの事業をはじめてよかったと嬉しくなりますね。

小野 それぞれの仕事につながりはあるんですか?

瀬川さん 設計事務所「Studio Tokyo West」がシェアハウス「アンモナイツ」を運営し、そこで個性豊かなプレイヤーが育って、彼らがまちで不動産や事業のオーナーと出会い、当社の設計の仕事になる…という仕組みでまわっています。

小野 この仕組みは意図的に?

瀬川さん はい、意識的にこういう循環をつくっています。たとえばウェディング事業が人気になるほど、設計の仕事もどんどん増やせるんですよね。結婚するタイミングで家を買ったり借りたりする人は多いですし、夫婦で新たに事業を始めるケースも少なくありません。

一見すると無関係に見えるウェディング事業を通して、今まで近づけなかった設計の需要に急接近できる。むしろ、無関係に見える事業同士の方が、大きな相乗効果を計画しやすかったりします。

小野 いつごろから意識的にやっているんですか?

瀬川さん 武蔵境のシェアハウスを売却して、吉祥寺に移ってきたあたりですね。武蔵境にいたとき、実は近所から苦情もたくさん来ていたんです。当時は学生だったこともあって、夜中まで騒がしくしてしまったりと、地域のルールを無視してご迷惑をおかけしていたのも原因で…。

そんなときに、住人のひとりが地域のおじさんと仲良くなって、家に連れてきたことがありました。それで、この家に住んでいる人たちは夢を追いかけていて、大学の課題をしているから朝まで起きているとか、どんちゃん騒ぎしているように見えるけど実は日本の未来について話しているとか(笑)、おじさんに丁寧に話してくれて。

そのおじさんが地域のキーマンで、まちの人たちに私たちのことを話してくれて、それを機に苦情が激減したんです。ご迷惑をおかけしている状況は変わらないのに、それを改善するより先に、地域の方々が状況を受け入れてくれちゃった。そのときに、人の力ってすごいな、と衝撃を受けました。

それまで建築の勉強をしていて、大きな窓をつくったらまちとつながるかもしれないとか、縁側をつくればまちに開いているふるまいがつくれるかなとか、そういうのを専門にやってきたけど、鳴り止まなかった苦情が一人のおじさんとのコミュニケーションで解決される、この人間関係の力はなんて偉大なんだろう、と。

それ以来、人にフォーカスし続けています。まずは人とつながり、人を育てる場所をつくらないといけない、と意識的に考えるようになりましたね。なので、建築の設計をやっていると、空間が先か人が先か、という話は必ず出てくるのですが、当社の場合は必ず人が先にあります。

マネージャーのような大家の原点はバンドにあり

小野 「人を育てる場所」っていうのは、具体的にどういうことでしょう?

瀬川さん シェアハウスの住人や関係者のやりたいことを応援しています。場合によっては起業できるよう投資もします。投資といっても、資金など何かひとつの切り口だけだとなかなか難しい。「うまくいきそうだ」というタイミングを見極めることも大事だし、その人のやりたいことが今の社会に求められているかを判断することも大事だし、人によってはお金ではなくて空間や、技術での投資が必要なケースもあります。

毎日一緒にシェアハウスで過ごして信頼関係を築くことも大切だし、大家としていろんなことを編集する役割をやろう、と思ったんです。よくプロデューサーっぽいと言われるけど、自分ではマネージャーっぽいなと思っています。「今期はこの選手は育っているな」みたいな(笑)

小野 確かに、立場はプロデューサーだけど、女性特有の丁寧さがあるからマネージャーみたいだね。でも大家なのに、どうして住人のチャレンジを応援するの?

瀬川さん もとをたどっていくと、本当はシェアハウスをはじめるもっと前からそういうことやっていたんですよ。高校生のとき、バンドを組んでいて。

小野 メタルバンドね。

瀬川さん そうそう(笑) 私はギターだったんですけど、バンドがめちゃめちゃ好きで、毎日仲間と集まっていました。

バンドって会社に似ているんですよ。ライブの収益が上がらないと次のライブができないという経営的な視点もあるし、「この曲は○○ちゃんのベースラインを前面に出していこう」みたいなプロモーション的な視点もあるし。だからギターの練習よりも、どうしたらテレビに出られるのか、どうやったら儲かるのかを考えることのほうが楽しかったんです。いま思うと、原点ですね。

経営の提案もできる建築家

小野 経営と建築とのバランスってとれるものなんですか?

瀬川さん ようやくバランスがとれるようになってきましたね。はじめは経営と建築の両方をやっていることに、どこかうしろめたさを感じていましたし、難しかったんですけど。

建築家として、本当にまちのことを考えるならば、設計を頼まれても「今回は建築は必要ない」と判断したらそう言えなければいけないはずなんです。「建ててください」と言われたときに「建てる」という前提からしか話しはじめられないのでは、すでに選択肢が1/2になっていますよね。

「はい」「いいえ」以外の、別の切り口で答えるには、「建築ではなくて、事業の組み立て方をこう変えれば実現できますよ」とか、反対に「コストが実現したいことに合っていないので、融資をしてくれる機関とつなぎますよ」とか、そういう話ができる建築家にならないといけないと思っています。

小野 そういう建築家になることに、迷っているときもあったんですか?

瀬川さん ありますよ〜! スターアーキテクト(有名建築家)に憧れていたので、お店やシェアハウスを運営していることに引け目を感じていた時期もありましたね。

住人のために育休を取得

小野 瀬川さんは結婚してもシェアハウスで生活していますが、まわりにもシェアハウス暮らしの夫婦って増えていますか?

瀬川さん まだまだ一般化はされていないですけど、「そういう暮らしもいいな」っていう人はすごく増えていますね。夫婦のどっちかがシェアハウスに住んだことがあると、そういう選択肢を持ちやすいんだと思います。けっこうおすすめですけど。

小野 どんなところが?

瀬川さん 二人きりになりすぎないところ、かな。たとえば仕事が忙しい時期に、夫がほかの住人たちと楽しくご飯食べたりしてくれると気が楽ですし、逆に夫が友達と旅行に行ったりしても全然寂しくない。(笑)

最近は吉成さんに子どもが生まれたので、子育ての練習をさせてもらっている感じです。それまで子どもを持つことの実感は全然なかったし、むしろ子どもは得意じゃなかったんですけど、いまはすごくかわいい!

小野 吉成さんのお子さんのために育休をとったんですよね。

瀬川さん 2ヶ月とりました。毎日3食ごはんをつくって、赤ちゃんにミルクをあげて、その間に吉成さんを寝かせて…という日々で、一緒にお母さんをやるというよりは、吉成のお母さんになろう!という感じでしたね。(笑)

吉成さんが夫婦でゆっくり食事している間に、赤ちゃんを見ている瀬川さん。

小野 心境の変化はありましたか?

瀬川さん 一番は、お母さんたちで起業する人たちに対して、今まで以上に敬意が増しました。お母さんたちってみんな現状に対して思うことがあって、起業できるくらいのポテンシャルやアイデアがあるのですが、実行する余裕がないんですよね。そういうお母さんたちに並走して実行する役割が必要なんだなと改めて感じました。

小野 子どもと接することで、世の中を見る視点が変わりますよね。

瀬川さん 子どもがいなくても、子育てに接近すると、社会に対して「もっとこうなったらいいんじゃないか」というのが急激に見えるようになります。だから、子どもに日常的に関わりのない人こそ関われるような仕組みをつくったほうがいいんですよね。

小野 どうやったらつくれるんだろう?

瀬川さん 会社でもできると思います。ベビーシッターではなくて、手の空いている人が少しの時間でも子どもを預かることはいい機会だと思います。

ただ子どもを預かるときに、「もし子どもが怪我をしちゃったらどうしよう」という心配がありますよね。でも今は「As Mama(アズママ)」っていうサービスがあって。知っていますか?

小野 greenz.jpで紹介したことがありますが、実際に使ったことはないです。

瀬川さん 「As Mama」は、アプリを介して子どもを預けたい人と預かる人をつなぐサービスなんですけど、すごいところは、子どもが怪我をしたときに保険が適用されることです。なので、シェアハウス内でも、友達同士でも、あえてこのアプリを介することで、安心して子どもを預け合う仕組みがつくれます。

小野 シェア子育ての先駆けだね〜!

ミルクをあげたりオムツを替えたり…一連の子守りができるようになったそう。

野望は、吉祥寺をシェアのまちにすること

瀬川さん 子育てを手伝ったことを機に、子育ての事業にも参入していきたいと考えています。

小野 シェアハウスでの体験が、仕事にも反映されているんですね。でも、住人と社員は同じではないんですよね?

瀬川さん はい、住人=社員ではありませんが、フリーランスの人とプロジェクト的に契約して仕事したりしていて。結果的に住人の13人中、10人は一緒に仕事したことがあります。

小野 ほぼ全員ですね!

瀬川さん 家族じゃない人と家族経営しているみたいな感覚です。うちの会社はおもしろい人が入って来たら、その人ベースで新しい部署を立ち上げるような、かなり人的リソースに頼ったやり方なので、そういうおもしろい人を発掘してくるのが私の仕事ですね。

小野 会社は大きくしていきたいんですか?

瀬川さん 大きくしたいというよりは、濃くしていきたいです。「シェアハウスをどうやってまちに開けるか」と考える人が多いんですけど、家や駅の間を移動するときにもう人はまちにいるから、家そのものをまちに開く必要はそんなにないと思っていて。

小野 回遊性とか関係性を丁寧につくるほうが、結果的にまちに開かれているということですね。

瀬川さん そういう流れをもっと吉祥寺・井の頭エリアでつくっていきたいです。最終的な目標は、シェアとか共助のインフラみたいなものを、まるでまちにもとからあったかのように、じわっと浮かび上がらせる形で実現することなんです。「いつの間にか吉祥寺ってシェアのまちになったよね」と言われるようになればいいなと思っています。

(対談ここまで)

一軒のシェアハウスからはじまり、いまではお店の運営や子育てのシェアにも取り組む瀬川さん。それらを本業と結びつけて循環を生み出し、建築家の職能を広げています。

瀬川さんを見ていると、建築家の役割はただ建物を建てるだけではなく、まちやその建物で暮らす人々の日常をも考えることが、これからますます求められるのだろうと思います。瀬川さんはその先駆けとして、吉祥寺のまちに「シェア」というインフラをじわりじわりと伝えています。

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