食べ物・エネルギー・仕事を自給する「いとしまシェアハウス」の畠山千春さんがみつけた、お金にだけ依存しない暮らしの豊かさ

移住をきっかけに、福岡で活躍する人たちを紹介していく「福岡移住カタログ」。
第3弾として紹介するのは、福岡県糸島市で仲間たちと持続可能な暮らしを実践・提案する「いとしまシェアハウス」の畠山千春さんです。

畠山千春(はたけやま・ちはる)
1986年生まれ。法政大学人間環境学部卒業。カナダ留学後NGO/NPO支援・映画配給会社に就職、3.11をきっかけに「自分の暮らしを作る」活動を開始。2011年から動物の解体を学び、2013年狩猟免許取得。食べもの、エネルギー、仕事を自分たちで作る「いとしまシェアハウス」を運営。第9回ロハスデザイン大賞2014ヒト部門大賞受賞。http://chiharuh.jp

畠山さんといえば、「いとしまシェアハウス」の運営に加え、「わたし、解体はじめました─狩猟女子の暮らしづくり─」の著者として、また「green drinks Fukuoka」の主宰・運営などを通して、グリーンズにも何度となく登場し、ご存知の方も多いかもしれません。

普段はライターとして活動し、持続可能な暮らしづくりや狩猟といった経験からトークイベントなどに呼ばれ、登壇することも多数。

糸島に移住して5年目を迎えた今、自身の暮らしや仲間との活動を振り返って改めて感じること、移住してみて見えてきたものなどを伺ってみました。

自給自足の暮らしを少しずつ叶えて

東日本大震災をきっかけに、お金に頼らない自給自足の暮らしを始めようと、千葉から福岡市内に引っ越して1年暮らした後、パートナーである料理人の志田浩一さんとともに糸島へ移住した畠山さん。価値観の近いシェアメイトと一緒に、ゆるやかに、確実に、「食べ物・エネルギー・仕事を自給する」をかたちづくってきました。

100%自給を目指すというよりは、お金にだけ依存する生活をやめて、お金以外のコミュニケーションで何とかできることをやっていきたいと思ったんです。そのためにいろんな土台をつくっておく暮らしを今からやっておきたいという気持ちが大きくなって、移住へと舵を切ったという感じです。

移住後、実践してきた取り組みを振り返ってみると、畑、田んぼでの野菜と米づくりに始まり、ソーラーパネルやオンドルの設置、関東にいる頃から行なっていた「鳥の解体ワークショップ」と著書の出版。

また、周年記念には野菜を入場料にした食と音楽のイベント「ギブミーベジタブル」を開催するなど、「いとしまシェアハウス」を軸に、「みんなで一緒に体験して、感じた気持ちを分かち合う」参加型の提案をしてきました。

毎年、参加型で行なう稲刈りの様子

みんなでつくったソーラーパネル

いとしまシェアハウス周年記念イベント「ギブミーベジタブル」にて

また、2015年11月にはパートナーの志田さんと結婚。翌年9月には「こーいち&ちはるの結婚キャンプ」と名付け、糸島のビーチを舞台に、太陽光発電・自給自足・地産地消・ゴミを出さないをテーマに、手づくりの結婚式を行なったことも、記憶に新しいかもしれません。

たくさんの人からの祝福を受け、雨の中でもこの笑顔でした!

数々の魅力的な活動を糸口に、興味を抱く人たちのために、「いとしまシェアハウス」では、月に1回オープンハウスを開催。日程が合わない人にはショートステイで移住体験できるよう間口を広げ、その結果、糸島や福岡へ移住してきた家族やカップルも数組いるといいます。

私、「移住女子」という活動もやっていて、地方に移住した女子が集まって語る「移住サミット」というイベントで登壇しているんです。そのとき、東京で開いたトークイベントに2回参加してくれた女の子がいたんですけど、シェアハウスのオープンハウスにも来てくれて。その後、福吉という糸島の地区で募集していた地域起こし協力隊の採用に受かって、今、その女の子も糸島で暮らしているんです。

「食べ物・エネルギー・仕事を自給する」という目標を少しずつかたちにしている、畠山さんたちの生き方・暮らし方に影響を受け、共感する人が増えた今、畠山さんが感じていること、新たな課題はあるのでしょうか。

5年目を迎えたシェアハウスの今

玄界灘に臨む無人駅で下車し、海沿いから山手へと歩いて30分ほどの小さな集落に「いとしまシェアハウス」はあります。おじゃました日は、軒先に梅干しが天日干しされ、巣箱から日本蜜蜂が姿を覗かせていました。

「手に乗ってくるんですよー」と千春さん

シェアメイトは入れ替わりもありますが、今はフランス語の翻訳家、パターンナー、ヨガの講師、庭師、整体師、ウェブデザイナー、そして浩一さんが料理人、私が新米猟師&ライターという8人家族です。

多彩なメンバーが揃う中、共同生活を送る上で大事にしていること、決め事などについて聞いてみました。

以前はここで仕事を生んでいくという感じでしたが、今はみんな手に職を持っている人たちなので、仕事は個々にしながら、田んぼはみんなで、畑は自分の好きな野菜のリーダーになって育てています。私は大豆のリーダーで、今使っているのはみんなで去年仕込んだ味噌です。夕食は、みんなで集まって食べるのが基本です。

収穫した大豆から手づくり味噌を

ノビルやヨモギ、レンゲソウなど糸島で採れた野草を調理したり、旬を感じる暮らし

3反弱の田んぼで、今年はもち米・アケボノ・赤米を栽培。お米を100%自給できるようになってから、食費は一ヶ月一人あたり1500円から3000円くらいに抑えられるようになったそう。

また、畠山さんはライター業の傍ら、狩猟した猪の皮を使って革細工も始めました。デザインも縫製もすべてオリジナルという、1点もののハンドメイド。余すところなく、自分の手で丁寧に仕上げるところに、いのちと向き合う畠山さんの心がこもっています。

日々、学びのあるシェアハウスは「小さな社会」

こうして話を伺っていると、楽しく順調に見えてうらやましく思えるシェアハウス暮らしですが、「取材を受ける中でいいことばかり取り上げられることが多いんですけど、そういえば失敗も多々あったなって思うんですよ。でも、気持ちとしては楽しいことですぐ上書きされちゃうんですよね」と笑顔を見せます。

シェアハウスって小さな社会なんですよ。

例えば、帰ってきた時に靴をちゃんと並べるのかとか、お箸の差し方、掃除の仕方とか、農作業をこの日に手伝ってと言われて誰も手伝えなかったりとか…もう夫婦みたいなやり取りなんですけど、ある人にとっては当たり前のことが、別の人にとっては違ったりして。

基本、持続可能な暮らしを求めて同じような価値観を抱いている人が集まってくるので、「言わなくてもわかるでしょ」で進めてきてしまった時期もあったんですけど、それじゃだめで。

同じ方向を向いているとはいえ、それぞれが持っている常識や考え方が違うので、そこをうやむやにしないように思っていることは口に出すようにしようと、月に2回は必ずミーティングを開くようになりました。

ミーティングでは、食費の清算や、次のイベントの内容を話したり、集落の行事への出席者を決めたり。「同じ釜の飯を食べる」というコミュニケーションがあることで、日々の小さな問題はだいぶ解消されていると話します。

シェアメイトってすごく不思議で、血はつながってないけど、今だったらたぶん家族より近い存在なんです。ささいなケンカとかトラブルも、そのほうが人間として自然なことだし、それがあってもいいところがいっぱいで、私は今の暮らしが好きです。

ここには、世の中で起きているいろんな問題の始まりだったり、凝縮されたものがすごくあるなと感じていて、日々たくさんの学びがあるんですよね。100%みんなの願いは叶えられないだろうけど、お互いが歩み寄って、ちょうどいいところを決めていくようにしています。

家族のように温かく、地域ともつながって

シェアメイトとの関係性づくりと同じくらい大切にしてきたのが、地域とのコミュニケーションです。お祭りや寄り合いには必ず誰かが顔を出し、時間をかけて集落の人たちと親交を深めていきました。

昨年挙げた結婚式も、海辺の結婚キャンプとは別に、シェアハウス内でも執り行ったという畠山さん。

親族と集落の方々が集まって厳かに行われた結婚式

みんなに見守られながら、誓いの約束を

地域の神主さんにお願いして、家の中に祭壇をつくって、式を挙げたんです。おもてなしのごはんはシェアメイトとご近所さんがつくってくれて、両親も関東から出席してくれました。私は自分の振り袖、浩一さんはご近所さんの紋付袴をお借りして。婚姻届の証人は、いつも地域でお世話になっているおじちゃんと大家さんにお願いしたんですよ。「ほんとの子どもみたいに思ってるよ」って言ってもらった時は、ジーンときました。

この集落では、時には週に3回ほどお宮行事が続くこともあり、今も風習が大事に守られています。数年前の夏、畠山さんはこれまでに感じたことのない初めての体験をしたそうです。

夏に、集落でお世話になった方が亡くなったんですね。集落では、お通夜の手伝いから斎場までご遺体を運ぶことも集落総出で身内として行なうんです。

うちは両親が共働きで、東京のベッドタウンの集合住宅育ちという典型的な核家族だったんですけど、祖父母とも亡くなる時に立ち会うことがなかったので、人が亡くなることを暮らしの中でこんなに身近に感じたのは初めてでした。

お盆はお寺さんにお迎えに行って、初盆を迎えたお家の庭に櫓(やぐら)を建てて、遺影を置くんです。そこで男性は唄と笛と太鼓、女性は踊る風習が今も残っていて。それで私たちも練習をして、歌って踊ってお酒もたくさん飲みました。ふと見渡すと、遺影を前に泣いてる人もいれば、笑ってる人、酔っぱらっている人もいて。

その人なりの向き合い方があって、死って断絶じゃないんだなって思えたんです。死んだ後も自分のことを思ってくれて、踊って歌ってくれるってなんて素晴らしいんだろう、私が死んだ時もそうしてもらえたら幸せだなって。

現在、18世帯が暮らす集落の人たちの平均年齢は60〜70代。そうした体験やこれまでの感謝から「みなさんが元気なうちに晴れ姿を見せたい」と、結婚式を行なう気持ちになったそう。

本籍も糸島へ移した二人。「力仕事とか、できるだけご近所さん孝行したい」と、さらりと話す言葉には、もはや地元愛といえる深い愛情が溢れていました。

土地と自分がとけ合うように
愛しいと思える糸島暮らし

改めて、移住先を糸島に決めた理由を、畠山さんはこう話します。

移住の決め手のひとつになった、吸い込まれそうなほど碧い糸島の海

今もリフレッシュしたい時は海に行ったりするんですけど、初めて糸島で海を見た時、地平線に落ちていく夕陽がすごくきれいで、「きれいなもののそばで暮らしたい、週7日ここにいたい」と思って、田舎暮らしを選択しました。東京にいる頃より稼ぎは減りましたが、気持ちの余裕とか豊かさには替えられないし、不安もありません。

集落へと続く道。山々と田畑と、だんだんと緑が深くなっていく

食べ物もほとんど集落や福岡県内のものを食べているので、自分の体がこの土地とリンクしている感じがします。出張に行くと地に足がつかない感じで、帰り道、集落までの道沿いの風景が清々しいんです。迫ってくる緑の感じとか。4年住んでもきれいだなって思える場所にいること、幸せだなって思います。

望めば、みんなができる。
移住についての新たな提案

そんな充実した暮らしを送る畠山さんですが、移住経験を経て、これから新たにみんなでやりたいこともできたといいます。

もともと糸島で、都会と田舎の間のような存在になりたいと思っていたんですが、今のやり方では間になりきれていないと感じてきたんですね。東京に暮らしていた視点でいえば、福岡市内から糸島まで電車で1時間圏内って聞くと、そんなに遠く感じないんですよ。

でも、福岡の暮らしの視点で見ると、実際の距離より心理的な距離感のハードルがあるんだなって。今の自分たちのやり方は、誰もが当たり前のように始められることじゃないんだなと感じることがたくさんあります。

「都会と田舎の間のような存在」を目指す畠山さんの根底には、一部の人だけが共感することではなく「みんなができること」を一緒に実現したいという思いがありました。

自給率が上がって、「食べ物・エネルギー・仕事を自給する」という当初の目標は叶えることができました。

でも、今度は「糸島だから、私たちだから、できるんだろう」といった感想をもらうことが増えてきたんですね。だから、都会でも田舎のような持続可能な暮らしができることを証明したくて、福岡市内にも2軒目のシェアハウスをつくりたいと思ったんです。

理想は、一軒家で4人ぐらいが住めて、できれば1階にトークイベントやワークショップができるようなスペースがあること。そして、天神から電車で10分、駅から歩いて10分圏内であること。市内に一軒家の空家が少ないので、ちょっと探すのに苦労しそうですが。

「みんなにもできるし、やったら楽しいよ」ってことを等身大に伝えていきたいし、自分ごととして考えてもらいたくて、実現させたいなと思っています。それは社会づくりにつながっていて、「誰もが人任せにせず、自分の意志でこの社会をつくっていけると思う人を増やしたい」というのが、きっとずっと続く私の永遠のテーマです。

話を伺う千春さんの後ろで、農作業を終え、のんびり昼寝中の浩一さんの図

やりたいことがあれば自発的に行動し、ポジティブに夢や目標を叶えていくイメージの強い畠山さん。だけど、意外にも本人は「自分の力や決断ではなく、周りの環境によって導かれたことのほうが多いんです。やってきたでっかい波に身を任せているだけ」といいます。

淀みのない天真爛漫な笑顔の中に、逞しさやしなやかさといった輝きを感じるのは、幾つもの大波を乗り越えて、仲間と一緒に1つひとつ、必要な土台を作り上げてきたからこそではないでしょうか。

でっかい波は自分では起こせないので、来た波を感じることができることと、波に乗れる準備をしておくことは大事なことかなと思います。だから、辛いことがあっても、これは波だからいつかは通り抜けていくって、力を抜いて待てるようにもなりました。

自分ではどうしようもないことがあるものだと、自然の中に暮らしてみて強く感じています。そのおかげで、波に身を任せて、いい意味で高望みしすぎない、身の丈を知ることを学べるようになったのかもしれません。

これまでの暮らしや活動の中で、本当に家族みたいに思える人がいっぱいできました。それは糸島に限らず、全国に同じ思いの人がたくさんいて、その人たちとつながっている安心感、築いた土台が私をサポートしてくれているのかなって。基本的に運がいいと思っているので、いい波に乗せてもらってます(笑)

千春さんの好きな夕暮れの時間

畠山さんの話を聞いて何より実感したのは、自分との向き合い方も、人との関係性や社会を築いていくことも、一足飛びではなく、日々の小さな努力の積み重ねからだということ。

どの地域においても、互いを思いやりながら、コミュニケーションをもって歩み寄れる寛容さが、ひいては自分らしくいられて、よりよい関係性づくりにつながっていく秘訣に他ならないのではないでしょうか。

そんな波乗りを選び取っていけば、自分も、周りの環境も、いつかは社会全体も、少しずつ理想とする方向へと導いてくれる最高の波がやってくるのかもしれません。