太刀川瑛弼×西村勇哉×兼松佳宏 「続・ソーシャルデザインを教育するってどういうこと?」

ソーシャルデザインを教育するってどういうことなんだろう? そんなそもそもの問いから始まった、京都精華大学×greenz.jpの対談シリーズ。

前回の山崎亮さん、アサダワタルさんに続いて、今回のゲストは、ソーシャルイノベーションのためのデザインファーム「NOSIGNER」代表の太刀川瑛弼さん、イノベーションが”創発”するプラットフォームづくりに取り組む「NPO法人ミラツク」代表の西村勇哉さんをお招きしました。

2017年度から特別招聘准教授(太刀川さん)、特任准教授(西村さん)という新たな肩書きで、実践者としてだけでなく、教育者として後進の育成に取り組むおふたりに、ソーシャルデザインの授業づくりのヒントを伺いました。

大学で教えるのは“別腹”、その理由とは?

(左)ミラツクの西村勇哉さん (右)NOSIGNERの太刀川瑛弼さん

兼松 今年度から、太刀川さんは慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の特別招聘准教授に、西村さんは関西大学総合情報学部の特任准教授に就任されましたね。

ここ最近グリーンズに縁のある人たちが、本業を持ちながら教員になるケースが増えていて、とても明るい兆しだと思っています。もはや僕が通いたいくらい(笑)

西村さん 関西大学総合情報学部は、かつて受験したところだったんですよね。推薦していただいたのも「え、この人が!」というくらいの方ばかりだったので、その期待にしっかり応えたいなと思っています。

太刀川さん 僕の場合、慶応大学大学院は建築を学んだ母校なので、こうやって戻ってこれたことはとても嬉しいです。10年前に、もっとデザインのことを知りたいと思って「デザインの文法」という修論を書いたんですが、僕が担当する授業はその延長線上にあって。不思議な巡り合わせを感じています。

「最近グリーンズに縁のある人たちが教員になるケースが増えているのは明るい兆し」(兼松)

兼松 大学や大学院で教えるのって、おふたりにとってどんな時間になっていますか?

太刀川さん 個人的には「教えることを通じて自分の考え方を整理できる」というのが一番のメリットですね。あとは研究の一環としていろいろ実験できるのも魅力的な環境だと思います。そろそろ「デザインの文法」の続編を考えたいなあ、と思っていたので、もしかしたら授業で披露できるかもしれません。

兼松 それは楽しみですね。西村さんはいかがですか?

西村さん 僕の場合、大学で教えることは別腹なんです。というのも今はソーシャルイノベーションに関わる人たちの供給機関が圧倒的に足りないと感じていて、そこはミラツクが取り組むべきテーマだと考えているから。

例えば医者で言うと、大学や大学院に医学部があって、大学病院という現場があるから医者の卵が育っていきますが、ソーシャルイノベーションはそこまで整っていないですよね。

兼松 確かにそうですね。最近は大学再編の動きが進む中で、実用的な学問としてソーシャルデザインやコミュニティデザイン、まちづくりなどの学部が次々と立ち上がっています。まだ十分ではないですが、各大学の特色も出始めている気がしますね。

収録はNOSIGNERがロゴなどを手掛けた「ワコールスタディホール京都」にて

ワコール×ミラツクで「クリエイティブな学びが生まれる空間のデザイン」というワークショップも開催されました

デザインのWhyとHow

兼松 その流れで、京都精華大学人文学部では「人文系ソーシャルイノベーターの輩出」を掲げているんですが、いま悩んでいるのが、「人文学部でソーシャルデザインを教育するってどういうこと?」ということなんです。

太刀川さん その不安の原因は、もしかしたら「ソーシャルデザイン」や「人文系ソーシャルイノベーター」というキーワードが曖昧だからかもしれませんね。ソーシャルデザインの定義はいろいろあっていいと思いますが、兼松さんならではの切り口で分解したり、統合する必要があると思います。

ちなみに僕はいま「バウハウス」(※1910年代にドイツに設立されたデザイン学校。多くの20世紀を代表するデザイナーを輩出)のことを調べているんですが、100年前の彼らって、デザインにまつわる様々な概念を自分たちなりに統合しようとした世代なんですよね。

彼らの努力のおかげで色彩とか形状とか、いまやデザインの世界で当たり前のことが体系化されてきたとすれば、僕たちは同じことを100年後に向けてやっているのかなって。

「ソーシャルデザインをもっと分解したり、統合する必要がある」(太刀川さん)

兼松 バウハウスは、ソーシャルデザインのルーツでもありますね。

太刀川さん 当時は“ソーシャル”と言わなくてもいいくらい、そもそもデザインは社会に寄与する活動でしたからね。

何をデザインするにもそうですが、デザインにはWhy(目的)とHow(手段)があって、Whyにはフィロソフィが、Howにはクオリティが紐付いています。そして歴史に残るようなデザインに共通するのは、クオリティというよりはフィロソフィの強度なんです。

そのWhyを大きくしていくことこそ、ソーシャルデザイン教育の目指すところなのではないでしょうか。

兼松 僕たちが大好きな、空海の「大我大欲」ですね。

太刀川さん はい。“自分”が幸せであることも大事だけど、“自分たち”が幸せな方がもっといい、ということですね。大きな願いを叶えようとするうちに、小さな願いは叶ってしまう。だからこそ、小さな自分を超えて想像する力を、ソーシャルデザインを学ぶ人たちには身に付けてほしい。

DOTPLACEで連載中の「空海とソーシャルデザイン」のビジュアルは、太刀川さんが担当

そして、ひとたび大事なWhyと出会い、何かを実現しようと思うと、必要なHowを身につけようと切実になります。その方が漠然とHowを学ぶよりも絶対に吸収が早いですしね。

例えばマザーハウスの山口絵理子さんも、最初は国際協力の専門家だったけど、デザインの力が必要と知ったら一生懸命勉強して、あっという間に素晴らしいバッグデザイナーになった。

兼松 デザイン系の授業ならデッサンとか模型づくりとかHowを想像しやすいですが、人文学部でいうとどうでしょう?

太刀川さん デザインのHowを、さらにThinkとDoに分けてみるといいと思います。Thinkは実際にデザインをする前の考え方や見方のこと。Doは質を高めていくためのスキル的なこと。

本職のデザイナーを目指すならThinkとDoのバランスが大事ですが、人文学部でもThinkは十分教えることができると思いますよ。例えば日頃から課題の本質を見極めようとしたり、妄想を広げたり、すぐに手を動かしてプロトタイプしてみたり。

兼松 まずはそういう癖というか、マインドセットを身につけていく。

太刀川さん はい。ただソーシャル”デザイン”を実践しようとする人になるのなら、世の中のデザインに対して“目利き”であってほしいな、とは思います。

「いいラーメンとは何か」を考えるために、別にラーメン屋にならなくてもいいけれど、ラーメンの食べ歩きはした方がいいですよね。同じように自分の心が動くようなカッコいいデザインを探す癖をつけて、いいデザインと悪いデザインの違いを見極める力は、すべての基本だと思います。

今まで考えたこともない問いを投げかける

「新しいアンテナを身につけることが授業の目標」(西村さん)

西村さん 今の太刀川さんの話はとても重要で、僕も「新しいアンテナを身につけること」こそ、授業の目標のひとつだと考えているんです。まずは普段当たり前と思っていることを疑ってみる。そうやって初めて「もっといい方法があるかもしれない」と発想できるようになりますから。

兼松 具体的にはどのようにしていますか?

西村さん 全体像をマッピングして俯瞰してみたり、いろいろやり方はありますが、とてもシンプルで力強いのは、今まで学生が考えたこともなさそうな問いを投げかけることです。

例えば「好きな本を3冊持ってきてください」というのもいいけれど、「“いつかこんな本を読める自分になりたい”と思う本を3冊持ってきてください」とするだけで、本の選び方は変わってきますよね。

兼松 確かに、全然違う感じがします。

西村さん 本当に実践的な力を身につけるには現場に出るしかないと思うのですが、仮説もなしに行ったのでは散歩と一緒です。だからこそ新しいアンテナで過ごして、そこで得た気付きをもとに仮説をつくり、それを現場で検証する。その繰り返しによって成長していくような授業にしています。

太刀川さん 成長の実感があるから、もっと大きなことができる気持ちになるんですよね。「新しいアンテナを立てる」ということがまさにそうですが、ソーシャルデザインをするために身につけるべき基礎を型として整理して、それが全体としてどうつながっているのか構造を見せてあげる。

「成長の実感があるから、もっと大きなことができる気持ちになる」(太刀川さん)

西村さん 「心理学」でカウンセラーを目指すなら、最初の授業は「ひたすら10分、人の話を聞くこと」ですしね。最初は何のためだかわからないし戸惑うんだけど、慣れてくるとその意味がわかってくる。

太刀川さん そうやって毎回ひとつでも「練習したら身についた!」という喜びをつくってあげることこそ、教員の仕事なのかも。学生のときって「自分は何もできない」と思いがちですよね。でも、ちょっとずつできるようになるとクオリティも高まっていくし、成長した実感を持てるようになります。

学生の頃の僕も最初は自信がなかったけど、どっかのタイミングで自分の作品のことを「好きだなあ」と感じたことがあって。そのとき初めて「それをつくった自分を褒めてあげてもいいんじゃないかな」と思えたんです。

西村さん そういう自尊心や自己効力感を生み出す秘訣は、「自分で決めた」「自分でやった」という感覚なんです。授業のときに座る場所も実は小さな選択だし、ダイアログをする相手を選ぶこともそう。とにかく学生に決断を委ねる瞬間を細かく刻んで、練習してもらうことを大切にしたいと思っています。

ポップな精華だからできること

兼松 今日おふたりのお話を伺っていて改めて感じたのは、授業づくりにおいて確たる柱を持っているなあということです。多分、僕の中にもあるにはあるんでしょうけど、まだ十分に言語化できていない、というか。

西村さん 結局、授業をつくる上でのいちばんの拠り所は、教員ひとりひとりの経験なんですよね。それをいったん棚卸しして追体験できるようにしているだけなので。

例えば「アイデアを実践する人を増やす授業」だとすれば、僕がどんなときにアイデアを実践してきたかを振り返ってみる。そうすると、「ほとんどの場合、人と会うことでいつのまにか動き始めていたなあ」と気付く。「面白い人と出会ったら、自然と面白いことが起こる」のなら、僕の授業は「面白い人と出会えるようなものにしよう」みたいな。

兼松 なるほど、シンプル。

西村さん その上で、授業で扱える範囲も限界があるので、「統計学」なら「統計が学べます、以上」みたいに、何を学べるのかとっちらからないように心がけています。

ちなみに、僕が大学生のときに一生懸命だった授業が、今日の話に出た「心理学」と「統計学」と、もうひとつ、教授はほとんどサモアにいて、講義は年に数回だけという「文化人類学」くらいで(笑)

でも「その姿こそ、文化人類学そのものだなあ」ってとても印象に残っています。

太刀川さん 学生にとっては、そういう教員の“背中感”って大きいですよね。僕の恩師の隈研吾さんも、とても忙しい方だったけど、ひとりひとりと話す15秒のうちに的確なフィードバックをくれた。その進め方は、今の僕の仕事にものすごく影響を与えています。

「授業をつくる上で最も大切な拠り所となるは、教員ひとりひとりの経験です」(西村さん)

兼松 いまの僕に必要なのは、僕なりの、そして京都精華大学としての“ソーシャルデザインの哲学”を整理しつつ、何より僕自身がソーシャルデザインを楽しむことなのかな。いま構想中の「空海とソーシャルデザイン」やフリーランスの勉強家としての活動とも、やっと深いところでリンクしそうで、ワクワクしてきました(笑)

西村さん こうして兼松さんが精華にいるのも、大きな意味があると思います。

ソーシャルイノベーションが社会の当たり前になるには、一部の人だけのものではなく、よりたくさんの人に届いていく必要がある。そんなとき例えば、精華出身のマンガ家の力が活きてくるかもしれません。他大学にはないポップさって、とても求められている気がします。

太刀川さん 京都精華大学は人文系の学部と芸術系の学部が同じキャンパスにあるのも魅力ですよね。

人文学部でさまざまな思想や文脈を追いかけてくれているから、表現する人にとっては大きなWhyと出会いやすい。それは結果的に、いいデザイナーが増えていく環境ということ。兼松さんには、その架け橋としての仕事を期待しています。

(対談ここまで)

そっくりそのまま相談会のようなおふたりとの対談、いかがでしたでしょうか?

個人的には教員の役割とは何か、京都精華大学らしいソーシャルデザイン教育とは何か、お話を伺いながら整理することができたのはとても幸運でした。そして何より「おこがましい」と言い訳しながら避けてきた、ソーシャルデザインの体系化という大きな宿題に、いよいよ向き合うのだなあ、という静かな身震いも。

対談シリーズは今回で終了ですが、京都精華大学のソーシャルデザインの取り組みはまだまだこれからです。もし何かピンと来た方がいたら、いつでも気軽にご連絡ください。流渓館214号室「STUDYHALL214」にて、新たな出会いをお待ちしています。

(撮影: 片岡杏子)
(協力: ワコールスタディホール京都)

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