生きたい場所で生きる人が増えてほしい! 「京都移住計画」の田村さんが考える、移住者の奪い合いではない未来

地元を離れて暮らしているみなさんは、いつ地元に帰るのかを考えたことはありますか? いつかは地元に帰りたいと思っているけれど、そのタイミングは決めていないという方が多いのではないでしょうか。

以前greenz.jpで紹介した京都移住計画」代表の田村篤史さんも、地元京都を離れて東京で働いていた時期に、関西出身の友人に同じ質問をすると「いつかは」という返事が戻ってきたと言います。

「その“いつか”は来ないかもしれない。「いつか京都に住みたい」という思いを実現するためには、どんなサポート情報が必要だろうか」と考えて生まれたプロジェクトが「京都移住計画」です。

「京都移住計画」は「居場所づくり」「仕事紹介」「住まい紹介」の情報発信という三本柱を軸に事業を展開しています。

京都移住計画のメンバー(田村さんは右から5番目)

既存のメディアには載らない情報を丁寧に届ける

京都であれば、転職サイトなどの既存のメディアやハローワークにも求人が充実しています。なぜ田村さんは改めてメディアを立ち上げて求人を紹介することにしたのでしょうか。

東京にいた頃に人材紹介の仕事をしていたため、既存のメディアに掲載されている情報は、限られた企業の情報しか掲載されていないことを知っていました。さらに、大学4回生のときに半年ほど休学して京都の企業を営業して回った時期があるのですが、その際に求人情報には掲載されないけれど、おもしろい企業がたくさんあることを実感していたんです。

選択肢となる情報がもっとあれば自身のように中小企業でもおもしろいと思える会社に入りたい人は多いはずだと考えた田村さんは、その情報を届けることで、求職者にとっても企業にとってもうれしい状況を生み出すことを、自分の経験も活かしてやりたい思ったといいます。そして求人情報を紹介するメディアを立ち上げます。

さらに、田村さんは情報だけでなく、移住してき来た人たちのことをもっと知るリアルな場が必要だと考え、「京都移住茶論」という対話の場を設定。「なぜ京都にきたのか」「どんな課題を持っているのか」など深い部分を共有することで移住を考えている人たちはもちろん、すでに京都に在住している人にとっても新たな情報交換と出会いの場となりました。

不定期で「京都移住茶論」が開催できるようになってくると、京都への移住者や移住を考えている人との“顔の見える関係”が生まれていきます。

京都移住茶論の様子

おもしろい人の集まるまちの空気を広げていく

そうした活動の中で、「京都移住計画」のTwitterを見た京都の出版社から問い合わせが入ります。それは「観光だけでなく、縁もゆかりもない人が住むという切り口で、京都の魅力を伝える本を出版しないか」という内容でした。

自分は生きたい場所で生きているのか? そんな問いかけに、この一冊が答えを与えてくれる。

当時はまだ「京都移住計画」の活動自体が具体化していなかった時期でしたが、声をかけられたご縁を大切にしようと承諾。京都に移り住んだ10組ほどのインタビューを中心とした本が完成し、おもしろい人が集まっているまちの空気が伝わるものとなりました。

そしてこの本を出した2014年3月、思いがけない人たちから田村さんに連絡が入ります。

本を出版して程なく、地元金融機関の理事長からメッセージをいただきました。ミッションである地域のコミュニティバンクであることと重なる、とても興味深い内容で感銘を受けたといった言葉がうれしかったですね。

その後も、田村さんのもとには、京都市や京都府などから連絡が入り、京都移住計画の活動を応援してくれるまちの先輩が増えていきます。さらに当時は「地方創生」というビックワードが登場し、地方自治体が「移住!」と唱える状況に。そうなる以前から移住計画に着手していたこともあって、少なからず追い風になったといいます。

よく「地域課題を解決する」という文脈で「京都移住計画」が語られることが多いのですが、どちらかと言えば、もともと僕が転職やキャリアカウンセリングの仕事に携わってきたことがベースにあるので、課題解決も大事ですが、目の前の人が生き生きしていることの方が大事です。

移り住んだ人が自分らしく生きることでその地域が豊かになったり、元気になっていったりすると思います。「こうしたい!」という意志を持っている人が動いていくことを大事にしています。

「京都移住計画」は、2014年10月から京都府の事業にも関わり、活動範囲を広げていきます。京丹後市や南山城村など京都府内の過疎化が進んでいる市町村での動きが、この3年間の大きな変化だと田村さんは振り返ります。

京都府京丹後市

農山漁村への移住促進は以前から着手されていましたが、行政主導でいくと年配のリタイア層がセミナーに多く来られます。しかし地域が求めているのは、これから家族をつくっていくような若い世代だったりする。そこにリーチができていなかったため、20代・30代がボリュームゾーンである「京都移住計画」がその部分を担っています。

地域の担い手となる人たちを、京都から地域に送っていく

田村さんは、さらに地方出身者が地域に還元していく動きをつくろうと考え、京都から全国とつながるプロジェクト「ローカルナイト」を企画。地元や日本のローカルで活躍するゲストを迎え、それぞれの「今」を知り、いろんな人とつながる場を運営しています。

「京都移住計画」の拠点である町家スタジオで行われた「ローカルナイト」の様子

各地の自治体の課題としては、移住促進に関するイベントの数ばかりが増えて、周知や集客が困難になっています。その結果、移住促進イベントに人が来なくなってしまった現状があります。

「京都移住計画」の課題としては、将来的に地域の担い手になるような人材を確保したいと思っていて、そういった若手の人材にリーチしきれていないと考えていました。それで京都を中心とする関西若手の県人会のようなものをつくって、地元への愛着の醸成ができればと考えたんです。

独立行政法人労働政策研究・研修機構が調査した2016年のデータによれば、29歳以下は半数がUターンを希望しているものの、30歳以上になると、32歳を境にUターンの希望自体が減っていく傾向があります。「結婚や子育てのタイミングよりも前に、Uターンを考えてもらえるきっかけになれば」と田村さんは話します。

また、注目すべき点は他府県出身者の割合が75パーセントという、京都の特別な地域性です。母数は圧倒的に東京のほうが多いものの、さまざまな地域から来ている学生の数が多いのです。例えば、前述の過疎化が進む京丹後でいえば、大学への進学で京都市内に出て、就職で東京に行くという一方通行の選択肢が多く、地元に戻ってこない人が多いそう。

学生の間に若手県人会のようなところに参加する機会があれば、京丹後への戻り易くなると思っています。東京でスキルを積んで戻るという選択肢もありじゃないかな。

田村さんがそんなふうに考えたのは、著書にも登場する松岡沙知さんとの出会いがきっかけでした。

松岡さんとは、彼女が京都に移り住んだタイミングで出会ったのですが、「京都移住計画」では、相手が新潟出身だと知れば、知っている新潟出身の人をどんどん紹介しまくるんですよ。地元が一緒だと心細くもなくなるし、テンションが上がるじゃないですか。その人の生きやすさのひとつにつながると思って。

その後、たまたま新潟出身者が多かったこともあり、新潟県人会の飲み会が開催されました。新潟に対する思いが溢れて、「みんなはいつまで京都に住むの? いつかは新潟に戻りたいね」という会話も生まれたそうです。

小商いの移住者とのマルシェ

松岡さんから「わたし、新潟移住計画をやってもいいですか?」と相談してくれたんです。驚いたと同時にうれしくて。僕が東京にいたときに比べると、京都は「まちづくり」や「地域への関わり」に関心のある人が多い町だと思いました。

彼女は、新潟に住んでいたときには、地元を「主体的に関わる場所」として見たことがなかったそうです。でも、京都に来ると、まちに主体的に関わって生きている人が多かった。今、彼女は新潟移住計画の代表をやっているのですが、この流れを自分の中で整理すると、京都という町に住んで町に関わることで、「自分が生きたい生き方をつくり、地元で実践する」という循環をつくれればと思ったんです。

それができるのは京都の強みだと田村さんは強調します。

地域の担い手となる人たちを、他府県出身者が集まる京都から、各地域にどんどん送り出していくことができれば素敵だなと思っています。

そのため、「ローカルナイト」は京都だけでなく、信州や岐阜、大分、熊本などさまざまな地域で開催しています。

例えば、信州の大学生が信州の「ローカルナイト」に参加してくれるとうれしいです。高校生のときに、そこに集う人たちのような目線で地元を見れていないでしょうし、大人たちは「戻ってきても仕事がないぞ」と言ってしまっていたりする。若者も大人も「東京しかないよね」と決めつけている意識を変えていきたいんです。

さらに「信州移住計画」をやっているメンバーとか、地元のおもしろいプレイヤーに出会えたら、きっと信州に戻ってもおもしろいと思えるはずです。

「ローカルナイト」に登壇しているゲストは、東京で働きUIターンして地域で働いている人たち。その流れの循環が生まれれば、持続可能な未来が待っていると田村さんは考えています。

京都にいる限り、他府県出身の学生に僕らは必ず会えます。鹿児島出身という人に会えたら「鹿児島移住計画というのがあるんだけど」と言ってつなぐだけで、めちゃくちゃおもしろくなるはずです。その地域で生き生きと働いている人たちを知った上で、「まだ実力が足りないので東京で力つけてきます」という人もいていいと思うんです。そして戻ってきた時に、おもしろい人がいることを知っていると、選択肢が増えて生きやすくなると思うんですよね。

「おかえり」と言ってもらえたり、「来てもいいよ」と言ってくれる人が地元にいるってことが大事だと思う。

移住者の奪い合いではない展開へ

「◯◯移住計画」は各地に広がりを見せています。まず、以前greenz.jpでも紹介した「福岡移住計画」が誕生し、その後も増え続けて、2017年3月時点では16地域に存在します。これまで特にルールなど強いているわけでなく、つながりもゆるやかで、交流が活発というわけでもなかったそうです。

みんなの移住計画

「情報交換できたらいいよね」というレベルで終わっていました。それを動かしたいと思っていたタイミングで、「コクリ!プロジェクト」に出会う機会がありました。

コクリ!プロジェクト」とは、日本と地域の未来のために垣根を越えたコ・クリエーション(共創)を実現・推進する活動です。田村さんは「コクリ!プロジェクト」に協力を得て、全国16地域の中から8地域の移住計画メンバーと合宿を行いました。

各地の移住計画のメンバーとの仲間たちと合宿風景

「コクリ!」が持っている手法を「移住計画」にインストールした1泊2日でした。

なんとなくは知っているけれど、実際に会って、思いの部分を交換するといったことは一切していませんでした。メンバーと思いを共有して感じたのは、これまで移住といった社会の大きな変化について話をするのは、身の丈に合っていないと思っていたということ。それよりも、目の前の人を大事にしたい。そうしないとピントがズレてけてしまうと思うんです。

時代の流れや周囲のから期待から、「大きなうねりをつくらなきゃいけないんじゃないか」と思ったりもしたのですが、この合宿を通じて、僕がやるというより、こういったつながりの組織が増えていけば、それが勝手に大きなうねりになるんじゃないかと思いました。だとしたら、各地でいろんな活動をしている人たちを応援するほうが、自分のピントに合うんだなって気がつきました。

今、日本各地の自治体が「わが町へ、わが県へ」と促しているので、移住者の奪い合いになっていると田村さんは考えています。それに対して、各地の「移住計画」を束ねた「みんなの移住計画」は、移住者を奪い合うのではなく、ともに移住したいけれどできていない人を応援し、一歩踏み出す人の数が増えていくことを大事にしたいと考えているそうです。

実は取材の最後に今年のテーマは「脱移住」にしたいと聞きました。

移住という言葉はキャッチーですが、移住は手段だと思っています。そこでどういう生き方をするのか、自分らしい暮らし方とは、働き方とは何か、といった問いを持って生きる人が増えたらいいなと思っています。それもあって、みんなの移住計画では「生きたい場所で生きる人の旗印へ」をコンセプトにしています。

何のために移住するのか、ひとりで悩む必要はありません。「地元を離れて暮らしているけれど、いつかは戻りたい」と考えている方は、まずは地元の「移住計画」のサイトを覗いてみるか、彼らの企画するイベントに参加してみてはいかがでしょうか。

特集「マイプロSHOWCASE関西編」は、「関西をもっと元気に!」をテーマに、関西を拠点に活躍するソーシャルデザインの担い手を紹介していく、大阪ガスとの共同企画です。