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マイナス30度でも移住者が増加中。北海道下川町の、森とともに生きていくまちづくりの秘密

旭川から車で1時間。粉雪が舞い散る中、高速道路の料金所を降りて振り返ると、「日本最北の料金所」の表示が目に入ります。そこからさらに一時間。外に出ると、まだ11月なのに雪が積もり、この日の最高気温であるマイナス3度の冷気が肌を刺しました。

役場の外で出迎えてくれた森林事業担当の方は「今日はまだあったかいほうです」とコートも着ずに、余裕しゃくしゃくのスーツ姿。厳冬期にはマイナス30度になることもある、下川町だけのことはあります。

東京23区ほどの広さの土地に、およそ3,400人が暮らす北海道下川町。全国の他の市町村と同じく高齢化は進み、現在は人口のおよそ40%が65歳以上の高齢者になります。

ところがこんなに寒い北海道下川町は、2016年の「50歳から住みたい地方ランキング」で全国1位に選ばれています(宝島社『田舎暮らしの本』/2万人以下の町部門)。そして町の人口は、2012年以降は転出者より転入者が上回るほど移住者が増えているのです(※)。こんなに寒いところに人が集まる理由は何でしょうか?

下川町の誇る、豊かな森林(©下川町)

こんにちは。全国の自然エネルギーの取り組みを伝えている、ノンフィクションライターの高橋真樹です。人一倍寒がりなぼくが、日本一気温が低くなるこの町を訪れた最大の理由は、まさにそこを探るためでした。下川町が人気になっている背景には、長年かけて取り組んできた地道なまちづくりがありました。 

※高齢で亡くなる方を示す「自然減」の数はのぞく

森を「カスケード利用」

下川町の人気の秘訣は、豊かな自然はもちろん、子育てや高齢者に優しいまちづくり、移住者を受け入れやすい歴史や風土なども関係していると言われています。その中で、今回ポイントにしたいのは、町の面積の9割を占める森林を利用したまちづくりです。

下川町がバイオマスを利用してまちづくりをしている、一の橋バイオビレッジ(©下川町)

下川町は近隣の自治体に比べて林業が盛んで、現在も8社、9工場が製材、加工を手がけています。農林業関係者は、およそ3400人いる町民の1割を越え、雇用の受け皿になっています。

町の森林利用法には、大きな特徴があります。それが、「木材のカスケード利用」です。「カスケード」とは連なる小さな滝のことを表しますが、それと同じように、原料を一度使用して終わりにするのではなく、形や価値が変わってもそれに合わせて何段階も利用することを意味しています。建築材に使えない木材は、これまでは廃棄されていましたが、それを別の形に変え、一本の木を余すところなく徹底的に活用しようというコンセプトです。

雪の中でも重機が丸太を積み上げる作業が進む

森林資源をエネルギーとして使う、いわゆる「木質バイオマス利用」についても盛んに行われています。「木質バイオマス」とは、薪などの森林資源を自然エネルギーとして活用し、暖房や発電を行うことです。現在、全国的にはバイオマスによる「発電」が主流ですが、下川町では「熱利用」が積極的に行われています。町役場の方に現場を案内してもらいました。

まず訪れたのは、森林整備の現場です。降り積もる雪の中でも、重機がつぎつぎと伐採したカラマツの丸太を積み上げていました。かつて下川町の林業は厳しい冬は仕事ができませんでしたが、高性能な林業機械の導入などによって労働環境が改善された今では、雪の中でも問題なく作業が進められています。

作業を担うのは森林組合や地元の民間企業です。下川町では、林業に携わる人の数は減っていません。近隣の市町村では顕著に減っているので、その取り組みがより際立っています。現在17名いる現場作業員の大部分は、「森で働きたい」と考えて移住してきたIターンの人たちです。

木材で多様な商品を開発

伐採されたカラマツは、近くの製材所で加工されます。下川町の木材は、国際機関が認めた「FSC®森林認証」を受けています。「FSC®森林認証」とは持続可能な森林資源に認められる国際認証で、これがあると環境・社会・経済面で厳しい基準を満たす木材ということになります。

しかしいくら価値があっても、価格面では安い外材に敵わず、建築用材としてだけでは需要が限られてしまいます。そこで、町や事業者はさまざまな試行錯誤を行って商品を開発しています。

防腐処理されて色が変わった木材

森林組合の加工場では、木を円柱に加工し、山の階段や公園用の土木資材にしたり、炭に加工して住宅の床下に敷き、消臭や調湿に活かしています。炭にする際に出る木酢液に木材を浸すことで、建築材を防腐処理する技術も開発しました。一般的に防腐剤には化学薬品が使われて危険なものが多い中、下川町で防腐処理された木材は全国的にもめずらしく安全なものとなっています。

また、森の手入れで伐った木の葉っぱは、これまで使われずに森にそのまま置かれていました。これを有効利用しようと、葉を蒸留してエッセンシャルオイルをつくり、オイル、石けん、化粧品などとして販売する事業も行っています。この事業は現在、「株式会社フプの森」として独立運営しています。

エッセンシャルオイルの原料となるモミの枝を森から調達する(©フプの森)

※フプの森のWEBサイトはこちらから
http://fupunomori.net/

「森のめぐみ」を子育て支援に

カスケード利用の最後が、捨てられていた未利用材まで使い切る、バイオマスのエネルギー利用です。まずは未利用材をチッパーという重機で薄いチップに加工し、11基あるバイオマスボイラーへと運びます。チップが、灯油の替わりに暖房や給湯をまかなう燃料となるのです。2016年末現在、この仕組みによって下川町では公共施設30カ所に熱を供給し、熱需要の60%を自給しています。これは町にとっては大きな省エネになっています。

未利用材を機械に入れると、あっという間にチップができる

しかし地元の灯油販売業者にとって、灯油の使用量が減ると経営が危うくなります。そこで町は灯油販売業者と相談し、灯油組合がまとまって「下川エネルギー供給協同組合」という組織をつくり、そこがバイオマス燃料の供給事業を担うことになりました。チッパーの機械などは町が整備し、下川エネルギー供給協同組合に貸す形にしています。

バイオマス燃料を利用したことによって、町は年間で1800万円(2014年実績)ほどの灯油代を削減しました。浮いた費用は半分をボイラーのメンテナンス費として積み立て、残りの半分を子育て支援に回しています。子育て支援の内訳は、中学生までの医療費を無料にしたり、保育料や給食費を支援するなどです。地域のエネルギーを地域で使ってコストカットをするだけではなく、削減した分を地域に還元していることになります。

バイオマスビレッジで高齢者対策も

設備の初期投資も含めれば、まだバイオマス事業だけで採算がとれているわけではありません。しかし下川町は、そもそもバイオマス熱利用だけで稼ごうとしているわけではありません。地域外からエネルギーを買う量を減らし、地域に雇用を生む好循環がつくれれば、相乗効果が生まれると考えているのです。

一の橋地区の集住化エリアでは、バイオマスボイラーで暖房や給湯をまかなう

バイオマスで暖房を供給している地域のひとつが、一の橋地区です。この地区は、下川の市街地から10キロほど離れた集落で、1960年には林業にかかわる人を中心に2,000人以上が住んでいました。しかし、林業の衰退により住民は134名に減少、50%以上が高齢者となってしまいました。

下川町は、この地区をエネルギー自給型の高齢化社会のモデル地区にしようと「一の橋地区バイオビレッジ構想」をかかげ、2013年に集合住宅エリアをつくりました。

まずは老朽化していた町営住宅を建て替え、集住化地区をつくります。22戸ある集合住宅は、断熱性能の高いエコハウスです。そこにバイオマスボイラーで暖房や給湯を供給し、安全で安心な生活基盤を整え、さらに余った熱を使って、しいたけの菌床栽培を行う事で雇用も生み出しています。

また、地域の高齢者は、下川の市街地まで車を運転して買い物に行くのが困難なので、地域おこし協力隊のメンバーが買い物支援のワゴン車を出したり、高齢者の見守り支援をしています。ここでは、バイオマスの取り組みがエネルギー利用だけではなく、町の雇用創出や高齢化対策とも結びついているのです。

買い物サービスに使われる「シモカワゴン」

移住を決めた協力隊員

一の橋地区に、地域おこし協力隊として暮らす東北出身の2人の女性がいます。もともと友人同士だった山田香織さん(35)と小松佐知子さん(35)は、協力隊に応募して2014年4月に下川町にやってきました。

オーガニックハーブを栽培(©下川町)

2人は、町が主導する地域おこし協力隊としての仕事をするだけでなく、オーガニックハーブを栽培して化粧品に加工する事業を始める準備をしてきました(※)。無添加でつくったオイルやクリーム、石けんなどの商品には、保湿や血行促進などの効果が期待できるようです。協力隊の任期が終わる2017年4月からは、「ソーリー工房」というブランド名で正式に起業する予定です。

地域おこし協力隊は3年間の期限付きの活動で、その後は地元に戻るか、地域に残るかそれぞれが決断することになります。山田さんと小松さんは、迷わず下川町に移住して活動を続けることを選びました。なぜ下川町に移住する決断をしたのでしょうか? 山田さんは言います。

山田さん 以前から、2人でハーブを栽培して化粧品をつくりたいと相談していました。大きなきっかけになったのは東日本大震災です。私は福島市出身で、一瞬にして都市の機能がストップしてしまうもろさを感じました。だからこそ自分たちの手で丁寧につくりだす仕事をしたい、という思いが強くなりました。

下川町を選んだ理由は、この冷涼な地がハーブ栽培に合っていたことに加え、エネルギーを自分たちで手がけるなど、町の向かっている方向が私たちが震災で感じた方向性と合っているように思えたからです。

小松さんも、この町のバイオマスの恩恵を受けている一人だと言います。

小松さん 町にある森林を使って暖房や給湯をまかなうというのは、すごく豊かな暮らしだと思います。もちろん外は寒いですけど、私たちが住まわせてもらっているバイオビレッジは断熱もされているし、24時間温かい空気が出ているので、東北の家より快適なんですよ。

山田香織さん(右)と小松佐知子さん(左)の2人

2人が借りた畑は農地ではなかったので、当初は石ころや木の根っこを引き抜くところから開拓を始めました。3年たった今、ようやく商品化できるようになったところです。奮闘する中、協力してくれる人たちも自然と増えてゆきました。山田さんは、自らが選択した下川町の居心地の良さをこう表現しました。

山田さん 寒いのが好きなわけではありません。でも下川町の厳しい自然に身をおくことで、人間ではどうしようもできない大きな力を感じることができました。この大自然の中では、不思議と気持ちが穏やかになっていくんですよね。

※ 2017年1月現在は、国から給与が支給される協力隊の立場なので起業できないが、製品は起業支援を行うNPO法人を通して販売をしている

ソーリー工房(SORRY KOUBOU)のブログはこちら
https://sorrykoubousite.wordpress.com/

森林とともに生きる決断

町ぐるみで森林経営をしながら、地域にお金やモノを回し、外からの移住者を増やしている下川町。いったん衰退した林業を、再び産業の中心にしようとしたきっかけは何だったのでしょうか?

現在の取り組みが加速し出したのは、2011年に町が「環境未来都市宣言」を掲げて具体的なビジョンを示したところからです。しかし、その背景には、町民の自立意識の高まりがありました。

下川町で林業が盛んだった時代(©下川町)

下川町では歴史的に林業が盛んでしたが、1960年代からは安い外材に市場を奪われ、徐々に衰退していきます。再び森林を活かそうという話が出たのは、平成の大合併(※)のときです。国から合併が求められ、当時は「合併すればさまざまな補助金が出る」といったメリットばかりが強調されました。しかし下川町では住民が参加して議論を行い、2004年に合併しないで生きていくことを決断します。

「小さな町が、国に頼らず生きていくにはどうしたらよいか」について、住民が主体となって真剣な議論が繰り返されました。その結果、町の面積の9割を占める林業を中心にしていくことになります。そして新しい林業のスタイルを実現するために、町民や役場の職員が林業の先進地域であるドイツやオーストリアに視察に行くなど、積極的に学びました。役場の職員の中には、自費で視察に出かけた熱心な方もいました。

その後の実践が実を結び、現在では国内外から多くの人が下川町の森林利用の取り組みを見学にやってきます。それでも、下川町の掲げる「エネルギーを自給して町内でお金を回す」という目標を実現するためには、まだまだ多くのハードルを越えていく必要があります。

一の橋集住化エリアの住宅

たとえば、下川町から電気やガス、灯油などで地域の外にエネルギー費用として流れていっているお金は、現在は電力で5.2億円、熱で7.5億円あるとされています。町はこの12.7億円の支出を、将来的に町内のエネルギーでまかないたいと考えています。

簡単なことではありませんが、それが実現すれば地域への経済効果や雇用への影響はより大きなものになるでしょう。その構想のもとに、2019年にはデンマーク大使館などから協力を得て、熱利用と発電を同時に行う熱電併給システムを、市街地に導入する計画になっています。

下川町の森林資源を利用した取り組みは、一見すると行政が主導でつくられたもののように見えますが、背景には合併しないで生きていくにはどうしたらよいかを懸命に考えた町民の意思がありました。そしてその後、10年以上をかけて実現されていったひとつひとつの地道な試行錯誤が、現在の環境先進地域という高い評価を生むことにつながっています。

現在は「地方創生」の名のもとに、国からの補助金を主体とした派手な地域活性化の取り組みが盛んに行われています。しかし、長い目で見たときには、それが持続可能かどうか疑わしいものも数多くあります。

そのような動きとは対象的な下川町の森林をベースにした新しいまちづくり。「森林を中心に人、モノ、金が地域内で循環しながら地域を再生していく」という町が描くビジョンが、町民とともにどのように実現していくのか、これからも注目していきたいと思います。

一の橋地区集住化エリアの住宅の中。外は雪でも、室内は断熱されているので寒くはない。壁際のヒーターからバイオマスによる暖かい空気が送られてくる。

※ 1999年から政府主導で進められた市町村の合併で、ピークは2005年頃。この結果約3300あった自治体が、約1700までほぼ半減した。

高橋真樹(たかはし・まさき)
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。世界70カ国をめぐり、持続可能な社会をめざして取材を続けている。このごろは地域で取り組む自然エネルギーをテーマに全国各地を取材。雑誌やWEBサイトのほか、全国ご当地電力リポート(主催・エネ経会議)でも執筆を続けている。著書に『観光コースでないハワイ〜楽園のもうひとつの姿』(高文研)、『自然エネルギー革命をはじめよう〜地域でつくるみんなの電力』、『親子でつくる自然エネルギー工作(4巻シリーズ)』(以上、大月書店)、『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)など多数。2016年7月25日に新刊『そこが知りたい電力自由化・自然エネルギーを選べるの?』(大月書店)が発売された。

高橋真樹がゆく全国ご当地エネルギーリポート
http://ameblo.jp/enekeireport/
『そこが知りたい電力自由化・自然エネルギーを選べるの?』(大月書店)
http://www.amazon.co.jp/dp/toc/4272330888

わたしたちエネルギー」は、これまで“他人ごと”だった「再生可能エネルギー」を、みんなの“じぶんごと”にするプロジェクト。経済産業省資源エネルギー庁GREEN POWER プロジェクトの一環で進めています。エネルギーを減らしたりつくったりすることで生まれる幸せが広がって、「再生可能エネルギー」がみんなの“文化”になることを目指しています。