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ローカルの連携で、つながりを取り戻そう! 映画『幸せの経済学』監督に聞く、行き過ぎたグローバル経済を脱却するヒント

今まで依存していた“何か”から、自立して生きるために。「消費されない生きかた」は、社会から降りて自由に生きる、そんな生きかたのリテラシーを探る連載企画。greenz people(グリーンズ会員)からの寄付により展開しています。

いま、「地方(ローカル)」が注目されています。東京一極集中の時代から、ローカルの時代へ。greenz.jpでも、持続可能な未来のために地域でさまざまな活動を行ったり、暮らしを営んだりしている人たちを取り上げてきました。

そのようなローカルの重要性を以前から訴え、ローカリゼーションのオピニオンリーダーの1人ともなっているのが、ドキュメンタリー映画『幸せの経済学』監督であり、『ラダック 懐かしい未来』の著者でもある、ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんです。今年10月、来日した彼女に、いま私たちが取り組むべきことは何かを聞いてきました。

ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ(Helena Norberg-Hodge)
スウェーデン生まれ。ISEC(International Society for Ecology and Culture)創設者、代表。1975年、インドのラダック地方に最初に入った海外からの訪問者の一人で、言語学者としてラダック語の英語訳辞典を制作。以来、ラダックの暮らしに魅了され、毎年ラダックで暮らすようになる。ラダックで暮らす人々と共に、失われつつある文化や環境を保全するプロジェクトを開始。この活動が評価され、もう一つのノーベル賞と知られ、持続可能で公正な地球社会実現のために斬新で重要な貢献をした人々に与えられるライト・ライブリフッド賞を1986年に受賞。著書「ラダック 懐かしい未来(Ancient Futures)」は日本語を含む40の言語に翻訳され、世界各国で高い評価を得ている。

まず大切なのは、「ビッグピクチャー」を知ること

ヘレナさんがこれまで行ってきた活動や考えてきたことについては、先ほども挙げた、ヘレナさんが監督した映画『幸せの経済学』と、著書『懐かしい未来 ラダックから学ぶ』、そして文化人類学者の辻信一さんと対談した『いよいよローカルの時代』にまとめられています。
 

『幸せの経済学』は、世界が経済成長を続ける一方で、人々が幸せを感じにくくなっている現状から、本当の豊かさとは何かを「ローカル(地域)」に目を向けて考えた作品。

どちらも手に取ってほしい作品ですが、共通してヘレナさんが問題にしているのは、消費文化によって人々を幸福から遠ざけているグローバリゼーションであり、これから取り組むべきは食やエネルギーを私たちの手に取り戻すローカリゼーションだということです。
 
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具体的な話に入る前に、まずは、ヘレナさんがもっとも重要だと言う「ビッグピクチャー(全体像)」について話しましょう。

私が一番重要だと思ってるのは、問題意識を高めることです。それは全体像を捉えることを目指した、ビッグピクチャー活動とでも言うべきものです。

さて、このビッグピクチャーとは一体どのようなものでしょうか。

まず知らなければいけないのは、「私たちが直面している社会的あるいは環境の問題の根本原因は、グローバル化された経済の仕組みにある」ことだといいます。

環境の問題とは、地球温暖化や環境破壊の問題。そして社会的な問題は広範囲に渡りますが、大雑把に言ってしまえば、多くの人たちが感じている「息苦しさ」に通じるものだと思います。まずは、その歴史から紐解いていきましょう。

第二次世界大戦後、政府や大企業のリーダーたちは、いかに新たな戦争や経済恐慌を回避するかについて議論を重ね、世界規模の統合、一つの経済機構をつくり上げるという結論に達しました。その結果つくられたのが、世界銀行やIMF(国際通貨基金)、GATT(関税及び貿易に関する一般協定)です。

彼らは真剣に取り組み、善意を持ってこのような世界の仕組みを考え出しました。しかしその時点では、世界規模での経済的な規制緩和が、破壊的な影響を及ぼすということに気づいていなかったのです。

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映画『幸せの経済学』より

上述の世界銀行は発展途上国などに融資を行う銀行、IMFは為替の安定のための融資を行う機関、GATTは関税や貿易についての国際的なルールを定める機関です。一見、これらの仕組みが破壊的な影響を及ぼすとは思えないのですが、一体どこに「問題」があるのでしょうか。

これらの機関は、統一された世界経済の仕組みをつくるため、国際的に活動する銀行や企業により多くの自由を与えてきました。

そして、その結果としてでき上がってしまったものは、事実上の世界政府でした。お金を動かす機関と実際に経済活動を行う企業とがつながりあって、大きな権力を振るうことが可能になってしまったのです。それは結果的に私たちの民主的な社会構造というものを脅かすようになります。

具体的にはこの30年くらいの間で、通貨をコントロールする力を持つ機関の力が増大し、通貨を発行する権限が強化されました。そしてそのお金が投機的な活動を繰り返す企業に渡り、それを資金源にして大企業がさらに勢力を拡大し影響力を拡大するようになります。

そういった企業はロビーイングを行って各国政府に働きかけを行い、税制的な優遇を得たり、インフラを優先的に使う一方で、多国籍企業よりも特定の場所に根ざして活動している企業に対して税金をかけたり、規制をしくようになります。その結果、不公平な仕組みができ上がるのです。

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今ひとつピンとこないかもしれませんが、それこそが、そもそも私たちがそのような不公平な仕組みに捉えられていることに気づいていない、つまり「ビッグピクチャー」を描けていないということなのです。

ヘレナさんは、例えば「海外でつくられたジャガイモを粉々にしてそれを成型し、パッキングしてはるばる運んできたポテトチップスが、地元で取れたジャガイモより安いなんておかしい」と言います。その値段のからくりが、この不平等な仕組みの現れの一つです。

私たちが普段の生活の中で接する貧困や差別、自殺といったさまざまな問題から、「なんだか生きづらい」という漠然とした違和感まで、すべてとは言いませんが、その多くがグローバル経済の影響を受けていると言います。そして、私たちはその仕組みの中でずっと暮らしてきたがために、その仕組みそのものが見えなくなってしまっているとも言うのです。

ローカリゼーションって何だろう?

このような世界の問題を解決するためには、2つのアプローチがあるとヘレナさんは言います。1つは、仕組みを変えること。それはグローバル化を推し進める税制や貿易条約を変えていくということで、実際に行うのは各国の政府なので、そのような変化を私たちが生み出すというのはかなり難しいことだと言わざるを得ません。

したがって、もう1つのアプローチを取ることが必要になります。それがローカリゼーションです。これが後々、1つ目のアプローチにもつながってくるとヘレナさんは言います。

ローカリゼーションのプロセスとは、生産者と消費者の距離、そして生産者と資源の距離、全体として原料調達から消費までの距離を縮めることです。

第二次大戦以降のグローバル経済は、ローカルレベルで衣食住という基本的な要求を満たすことができないような仕組みにまで私たちを追い込んできました。それから脱却するために必要なのがローカリゼーションなのです。

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映画『幸せの経済学』より

なかでも、最も急ピッチで展開されているのがローカルフードの運動です。その内容は、ファーマーズマーケットもあれば、公共施設で地場産の食材をつかう仕組み、学校に食育農園をつくるなど多種多様です。ローカルフードは、原料調達から消費までの距離が見えやすい、つまり分かりやすいローカリゼーションの例ですが、他にはどのような動きがあるのでしょうか。

ほかには、小規模な自営業者たちが組合などの形でコミュニティづくりあるいは消費者教育などを展開する例、脱石油型社会を地域で目指すトランジションタウンなどがあります。

これから重要性を増してくるのは、コミュニティレベルでの分散型エネルギー供給システムです。遠くからやってくる石油ではなく、地域の資源からエネルギーをつくり出すことです。

食料の次はエネルギー、さらにその先には「金融」があるとヘレナさんは言います。

ローカル経済をつくっていく上で非常に重要な点として加えておきたいのは、ローカル規模のファイナンシングのシステムです。

これはアメリカやイギリスで興味深い活動が展開されていて、市民による共同出資システムやそれを展開するNGO、共同出資で地域の自営業者を支援するシステムができつつあります。

グローバル経済につながっている大手銀行からお金を借り、世界規模でお金を回すのではなく、ローカルの中でお金を回すこと、これによって地域の自立性が高まり、グローバル経済に依存しないローカルな経済圏ができ上がっていくと期待できるのです。
 
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映画『幸せの経済学』より

ローカルが連携すれば大きな力になる

ローカルな経済圏をつくることで、グローバル経済から降りることができるのだということはわかりました。しかし、このグローバル経済のシステム全体を変えていくためには、1つ目のアプローチとして説明した「仕組みを変えること」をやはり行わなければいけません。

そうしなければ、結局グローバル経済にローカルな経済圏は押しつぶされてしまうかも知れない。それだけグローバル経済を担う企業の力は強いのです。

ローカルな経済圏をつくるだけでも大変なことですが、それをグローバル経済に対抗する「対抗力」にしていかなければいけない。そのために必要なのは「連携」だとヘレナさんは言います。

グローバルなコミュニティ同士がネットワークをつくっていくことが重要です。ローカルが連携することで、企業の力の拡大あるいは独占状態の蔓延によってローカルが抑え込まれ、多様な形の小さな経済活動の機会が奪われている、現在のグローバル経済の状況への抵抗力になり得るのです。

このような、ローカルの連携の1つの形としてヘレナさんが例に上げるのが、ビア・カンペシーナ(La Via Campesina)」です。

ビア・カンペシーナは、現在の主要メディアの状況を考えると報道されないので知っている人は少ないかもしれませんが、2〜3億人の農民たちが参加する世界最大の社会運動体です。

彼らが大きな運動を展開しているのは、いわばグローバル経済の一番の犠牲者であるからで、90年代から自由貿易に対して反対運動を展開し、まず自分たちの食べるものを自国で生産する「食料主権」を主張してきました。

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ビア・カンペシーナのイベント Photo by Global Justice Now

ヘレナさんの著書を読むまでは私も知らなかったのですが、ビア・カンペシーナはかなり大きな国際組織で、ある種のロビー活動を行うことで、国際機関などにグローバル企業とは逆の声を届けています。これはひとつの団体では力を持っていなくても、集まれば力になりうるという例なのだと思います。

同じことがグローバルなレベルのみならず、国レベル、地方レベルで行われれば、ローカルな声が様々なレベルで政治に反映されていく可能性があるというわけです。

ヘレナさんもエコロジーと文化のための国際学会(ISEC)という団体を創設し、「リーダーたちには、私たちの幸せの経済に連帯してほしい」と呼びかけています。

私たちに求められているアクションって?

しかし、方法論は分かっても、「自分が社会を変えていくことは難しい」という考えが頭をよぎるかもしれません。ヘレナさんに、このような大きな課題に向かって、具体的に私たちは何をすればいいのかを聞いてみました。

キーポイントは5つあります。1つはつながりを持つこと。自分の身近なところ、職場でもいいしご近所さんでもいいし、そこで同じような考えを持つ仲間を持つこと。

2つ目は、教育。自分自身が学ぶことでもあるし、他者に対して学ぶ機会を提供することでもあるんですけど、できる限り多くの人が全体像を把握できるような学びの場をつくる必要があります。数多くのポジティブな活動が世界中で展開されていることに目を向け、それらの活動について学ぶことを忘れてはいけません。

そして、実際にアクションする場合には、2つのことを認識しないといけません。これが3つ目と4つ目で、1つは「抵抗すること(Resist)」、もう1つは「新たに生み出すこと(Renew)」です。もちろん抵抗するのはさらなるグローバル化に対してで、何を新たに生み出すかと言えばコミュニティでありローカル経済です。

5つ目はお祝いをすること(Celebrate) 生きていること、命というものについて祝う気持ちを忘れてはいけません。 この命に対する祝福の気持ちを持つことは1つ目のつながりを持つことにも関係するのですが、関係をつくるというのは人間同士の関係だけでなくて、人間以外の動物や自然というものとのつながりも含むのです。

そしてこのつながることと祝うことは、「懐かしい未来」とも直結しています。どういうことかというと、すべてが商業化される以前の私たちの暮らしにはコミュニティがあり、人のつながりがあり、歌い踊り、そして安全な食べ物を何の懸念もなく楽しむ時間が十分にあるという世界があったわけですから、それに思いを馳せ、“取り戻す”ことを考えていく、あるいはそういうビジョンを持つことが重要です。

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これを全部やろうと思ったら大変ですが、どれか一つくらいなら誰にでもできるのではないでしょうか。私も実際にここで皆さんに学びの場を提供してみているわけですが、他に「抵抗する」という意味で、グローバル企業のものはなるべく買わないとか、ローカル経済のためにファーマーズマーケットで食料を買うとか、そういったことは比較的簡単にできるように思います。

そして何よりも重要なのは、冒頭にも書いたとおり、ビッグピクチャー(全体像)を知ること。つまり、こうしたアクションは、さらなるグローバル化への抵抗するための行動であると認識することなのです。

最後に、ヘレナさんにとっての「ほしい未来」について聞きました。

簡単に言うならば、深いつながりを取り戻すこと、あるいは人間性の回復です。

それは人間同士のつながり、自然とのつながりを取り戻すこと、別の言い方で言えば、商業的な消費主義からの脱却です。そのことによって文化的あるいは生命の多様性を本当の意味で受け入れ合うことができるようになるのではないかと思います。

ご自身のほしい未来と、実際のアクションがピタリと一致しているという印象ですね。それだけクリアなビジョンが見えているということであり、だからこそ説得力があるのでしょう。

ちなみに来年11月には、ヘレナさんを中心に、文化人類学者の辻信一さんとナマケモノ倶楽部が連携して「幸せの経済学」国際会議が東京で開催される予定です。

みなさんも、行き過ぎたグローバル経済から抜けるために、あるいは変えるために自分にできることは何か、少し立ち止まって考えてみませんか?

(撮影: 関口佳代)