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“住む渋谷”をデザインする「リブシブ賞」コンペ大賞決定記念! 審査員・成瀬友梨さん、猪熊純さんと「行政・企業・市民が参加してつくる公共」を考えてみた

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左から「リブシブ賞」審査員の猪熊純さん、成瀬友梨さんとgreenz.jp編集長の鈴木菜央

突然ですが、渋谷ってどんなまちだと思いますか?

有名なIT企業が集まっていたり、フリーランスのクリエイターがノマドワークをしていたり、友だちとカフェでランチしたり、修学旅行の候補地になったり。「出かけに行くまち」というイメージを持つ人が多そうです。

じゃあ「住む渋谷」と聞いたら、どんなイメージでしょう?

そんな「住む渋谷」のデザイン案を募ったコンペティション「リブシブ賞」が2月に開催されました。今回は、高校生から上は70代のご年輩まで参加した「リブシブ賞」の最優秀賞の紹介と、審査員を務めた「成瀬・猪熊建築設計事務所」の成瀬友梨さん猪熊純さんへのインタビューをお届けします。

最優秀賞はクリエイターを渋谷の風景にする「技の商店街」

2017年春、渋谷に新しく建つ複合施設。この施設には、オフィスやシェアオフィス、賃貸住宅が入り、多くのクリエイターが集まります。特に賃貸住宅は80戸あり、その一部はただ住むのではなく、人と人との新しい関係性を築くコレクティブハウスとして運営されるそうです。

「リブシブ賞」はその賃貸住宅をどう活用するのか、というアイデアを募ったコンペティション。greenz.jpでも、募集スタートの座談会ワークショップのレポートを掲載してきました。
 
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2015年12月に渋谷ヒカリエで開催されたワークショップ

そして今年2月24日、「リブシブ賞」の審査会が行われ、最優秀賞が決まりました。受賞した「ワザミセのある暮らし」は大学院生の板谷優志さんと川見拓也さんによる作品です。

板谷さん このコレクティブハウスにはクリエイターが住むので、それを意識しました。

僕も建築をしているのでわかるのですが、クリエイターは、じっくり考えるときは自分の居場所に閉じこもりたいけど、クリエイションをするには開いていたい。だから、居場所の一部をガラス張りにして、自然と外に開かれる環境を提案しました。

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最優秀賞「ワザミセのある暮らし」提案の一部(クリックで拡大)

板谷さん 例えば商店街って、青果店に並ぶ野菜も風景の一部になりますよね。それと同じように、クリエイターがその場にいなくても働く環境自体が風景になって、自然にまちとクリエイターがつながるような「ワザの商店街」ができたらいい。それが「ワザミセのある暮らし」です。

どんなに大きなまちでも、個人の生活が集まって成り立っています。だから個人が居場所に愛着を持って暮らせることが、まちへの満足感を生むと思うんです。渋谷もそういうまちであってほしいと思います。

またデザイン賞の受賞作「SHIBUYA COMMON」を提案した建築家・吉本晃一朗さんは、応募作のつくりかた自体をオープンにするという試みをしました。

吉本さん 審査員の方々が建築関係者だけではなかったことに面白味を感じました。だから私も建築分野ではない4名の友人をイノベーションチームとして組織し、応募作をつくりました。そこでディスカッションしたアイデアのうち、最も反響が大きかったものが「SHIBUYA COMMON」なんです。

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デザイン賞「SHIBUYA COMMON」提案の一部(クリックで拡大)

吉本さん 渋谷は日本を代表する都市なので、クリエイターも世界とつながっていてほしい。「COMMON」という名のつく場所を世界にもつくって、LEDのモニターで世界中の「COMMON」を24時間空間的につなぎ、各国間の日常性のズレが生み出す”ひずみ”がクリエイションにつながるという提案にしました。

渋谷という都市だからこそ、担わなければいけないことがあるんじゃないか。これは渋谷のやるべきことへの提案でもあります。友人たちとアイデア出しをする中で、改めて渋谷の多様性を感じることができました。

ソフトから考えるまちのアイデア

「ワザミセのある暮らし」や「SHIBUYA COMMON」といった、まちに開かれた仕組みが集まった「リブシブ賞」。審査員を務めた成瀬友梨さん、猪熊純さんはどんなふうに感じたのでしょうか。ここからは、おふたりの講評をお届けしましょう。
 
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成瀬・猪熊建築設計事務所(向かって左から成瀬友梨さん、猪熊純さん)

成瀬 友梨(建築家/東京大学助教)
1979年生まれ。2007年東京大学大学院博士過程単位取得退学。2007年成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。2009年から東京大学特任助教。2010年から同助教。主な作品に『KOIL』、『LT城西』、『りくカフェ』。主な著書に、『シェアをデザインする』(共著)。主な受賞に2015年日本建築学会作品選集新人賞、JID AWARD 2015大賞。
猪熊 純(建築家/首都大学東京助教)
1977年生まれ。2004年東京大学大学院修士課程修了。2006年まで千葉学建築計画事務所勤務。2007年成瀬・猪熊建築設計事務所共同設立。2008年から首都大学東京助教。主な作品に『KOIL』、『LT城西』、『りくカフェ』。主な著書に、『シェアをデザインする』(共著)、『時間のデザイン』(共著)。主な受賞に2015年日本建築学会作品選集新人賞、JID AWARD 2015大賞。

菜央 「リブシブ賞」の審査、お疲れ様でした! 今の率直な感想を教えてください。

猪熊さん 仕組みをメインにしたアイデアが多くて新鮮でした。僕らも建築家だからといって、空間のことだけ考えていたら半分抜け落ちる時代だなと、改めて考えさせられました。

成瀬さん 最優秀賞は、実際にそのまま実現しようとするとハード面で難しい部分があります。でも審査員一同「これが実現できたらいいね」と満場一致で選びました。

他にも入選作に「渋谷家族」という提案が入りました。「お父さん」という役割を持つ人を設定して、入居者のコミュニケーションを円滑にするというアイデアです。そんなソフト面のデザインが多かったことは象徴的でした。
 
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菜央 お二人とも、面白味を感じられた審査会だったようですね。

猪熊さん そうですね。東急電鉄をはじめとした、まちづくりのメジャープレイヤーが堂々とこういうコンペティションを開催したことにも現代性を感じました。時代が一歩進んだぞ、というワクワク感があります。

成瀬さん ただ、もっと私たちが考えつきそうにないテクノロジーを取り入れたアイデアが集まってほしいと期待してもいました。意外と少なかったことは予想外で、ちょっと残念でもあります。

菜央 今後は、そんな予想を超えるような場所になっていくことが含まれていくと面白いのかもしれませんね。
 
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持続可能で楽しい建築を生む「シェア」

菜央 そんな「リブシブ賞」でしたが、実際に審査員を務めたおふたりが一体どんな建築家なのか、『シェアをデザインする』という本を書かれていることもあり、キーワードとして「シェア」を掲げるに至った経緯を教えてください。
 
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片手には書籍『シェアをデザインする』

猪熊さん 実際に「シェア」をキーワードにするまでは、2〜3段階のステージを経てきました。最初のステージこそ、建築家としてもっと素朴な動機から「シェア」に取り組みはじめたんです。

ご存知かもしれませんが、そもそも建築って事業計画が成り立たない限り、プロジェクトがスタートしないんですよ。

菜央 つまり、収益を上げられることがはっきりしないと、持続可能じゃないから建てられないということですよね。

猪熊さん そうです。ある日、集合住宅の設計依頼を受けた時、全部ワンルームにしても事業計画が成り立たないことがありました。

成瀬さん 容積率MAXまで部屋を入れても成り立たなかったんです。
 
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猪熊さん そこで、当時はほとんどなかったシェアハウスのプランにしたら、事業計画が成り立ったんですよ。しかも、建築としても楽しい住宅をつくることができました。

だから最初は、人の関わり方や社会が変わるかもしれないということではなく「面白い」「儲かりながら、新しい空間がつくれそう」という、建築家目線で「シェア」を意識したんです。

地域ドクターと一緒につくった「りくカフェ」

成瀬さん その後、ステージ2として書籍『シェアをデザインする』にもまとめたシンポジウムイベントを開き「シェア」を勉強しはじめました。同時期に、東日本大震災が起きたんです。

当時、誰もが「何か自分にできないか」と思ったはずですが、私たちは宮城県陸前高田市と偶然縁ができて、地域のお医者さんと一緒に「りくカフェ」をつくることになりました。
 
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陸前高田まちのリビングプロジェクト「りくカフェ

成瀬さん 私たちは建築の専門家として、広い敷地に「りくカフェ」や病院などを配置する計画から、建設費の資金集め、設計、地域のおばちゃんたちと一緒に運営方法を考えることまで、できることがあればなんでもしました。

猪熊さん 「りくカフェ」に関わることは支援でありつつも、一方で実験のニュアンスも大きいものでした。いわゆる運営のプロが地域にいない中で、でも場は必要とされている。それが成立したら、他の地方でも使えると考えていました。
 
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菜央 震災によって、人口が減少していく日本の20年後に起きる状況が一気にタイムスパンを飛ばしてやってきたわけですが、だからこそ、人と人をつなげる実験だとも考えられたんですね。

個人が望む場所にいられる社会をつくるために

菜央 少し話を広げますが、現代は「郊外に住み、都市に通勤する」とか「地方でつくったエネルギーを都市が消費する」といったこれまでの価値観では、物事がうまく進まないことも多くなってきています。もっと多様な人たちがつながり、どうやって新しい社会をつくっていくのか話し合い、行動する時代になってきていると思うんです。

そこで「シェア」をキーワードに活動しているお二人は、多様な個人の可能性を最大化する建築やまちづくりは成立し得ると思っているのか教えてください。
 
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猪熊さん それは理想的かもしれないけど、必ずしも全員が前のめりになり、能動的に参加するかというと、そうはいかないと思っています。逆に、とりまく環境の中で前のめり気味になってはいるけど、本当は引きたいと思っている人もいるかもしれませんし。

そういう意味で、誰もが自分の望む場所に参加できる、個人に最適化しやすい社会をつくること、そのための環境づくりが、建築を含む場づくり全般の役割だと思っています。

菜央 個人に最適化しやすい環境というのは、例えば主婦が空いた時間にネット経由で働けるとか、時間や空間などの制約を受けず、人と人がつながる可能性を高める場、ということでもありますか?

猪熊さん そうですね。ライフスタイルや仕事を変えられる時間的な可変性も個人が持てる環境をつくれたらいいなと思います。なので、シェアをデザインするとしても、全員が和気藹々(わきあいあい)として毎日仲良くするということじゃなく、グラデーションの幅を広げて、ONかOFFかという2択以外のベクトルをたくさんつくりだすことが理想ですね。

成瀬さん それが理想だよね。でも、どうしたら実現するのかな?

猪熊さん 建築は空間をつくる以上、やっぱりたくさんの制約も生んでしまうから、僕らがシェアハウスをつくりはじめたみたいに、なかったものをつくっていく態度をとることが必要じゃないかな。

どのくらい続けると理想に近づくのかはわからないけど、仕事をひとつひとつこなしつつ、あえて「まだできないんじゃないの?」ということにも突っ込んでいくことが大事。
 
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取材こぼれ話:今後、取り組みたい仕事は?「福祉施設です。高齢者の暮らしにも多様性を描きたい」(猪熊さん)/「私は子育て中なので、高齢者の方の様子を見る代わりにおじいちゃんやおばあちゃんが子ども見てくれるような住まいを手がけたい」(成瀬さん)

市民がつくる公共のあり方

菜央 僕はお二人のように、デザインの作法を使いこなせる人がまちにたくさん増えてほしいと思っています。

昨年、アメリカの西海岸でパーマカルチャーの取り組みについて取材したのですが、「Portland Fruit Tree Project」では、自宅に植えられた管理しきれない果樹をコミュニティで面倒を見て、フードバンクを通じて貧困状態にある人に提供したり、地域の人々で収穫して分け合うという仕組みです。

果樹は資源だから、みんなのニーズにつながるデザインができれば、みんながハッピーになる。これこそが、みんなでつくる公共だ、と実感しました。

そんな視点で見ると、まだまだ生かされていない資源がまちの中に山ほど見つかりそうです。このポートランドのような取り組みなら市民も参加できますよね。「シェア」の向こう側に、新しい公共の可能性があるんじゃないかと思うんです。

猪熊さん 本当にそうですね。ただボランタリーになると疲れてしまって続かないので、良い頃合いを見つけられるかどうかが勝負だと思います。
 
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猪熊さん そういう意味で、自分の一番良い頃合いを全員が選べるようになった時、はじめて市民がつくる公共性を最大化できると思うんです。「みんな無理してでも参加しようぜ」という空気では、どこかでポキッと折れますよ。

成瀬さん ただこの前、福祉系の人から韓国のソンミサン・マウルという村の話を聞いて、面白いなと感じました。
 

韓国ソウル市マポ区にあるソンミサンという山の周辺にある村「ソンミサン・マウル」

成瀬さん その村には、村人が集まって「もったいないと思っていること」と「困っていること」を発表し、マッチングすれば問題が解決するという取り組みがあるそうです。例えば、子育てに困っている主婦が、時間が余っているおじいちゃんとマッチングして、育児問題が解決するというようなことなんです。

菜央 神奈川県相模原市にある旧藤野町エリアでも、300人ほどの住民が地域通貨を通じて「何が得意」で「何に困っているのか」をつないでいて、問題が解決されていっているんですよ。
 

神奈川県相模原市緑区小渕のJR中央線「藤野駅」周辺

菜央 また、僕の住む地域には大きな図書館がないのですが、みんな本を読みたいと言っていたんです。そこで、古民家でシェアハウスをしている方が蔵を改装してみんなの図書館をつくりました。

成瀬さん ないなら自分でつくる、ということですね。
 
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菜央 僕が旅をした西海岸には、街角に本棚があって、誰でも借りることができるマイクロライブラリーが増えていましたね。日本でも広がっていると聞いたので、見てみたいと思っています。

行政・企業・市民が参加する未来

猪熊さん ポートランドの人はなぜ能動的になれるのか、本当にうらやましいですね。まちづくりを専門とする先生と話していても、日本は国民性として受動的な人の比率が多いままなのか、それが変わるのかという話題がのぼります。僕は日本がポートランドほどにはならないかもしれないと、少し斜めから見ているんです。

菜央 でも、この状況に嫌気がさした人たちがどこかに集結して、ポートランドのようなまちが生まれるかもしれませんよ。
 
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猪熊さん ポートランドがどうやって生まれたのか、最近気になっています。

菜央 僕が話を聞いたのはアーティストであり市民活動に関わる人でしたが、60〜70年代のポートランドは中心市街地は衰退し、交通の渋滞がひどく、無秩序に広がる郊外で自然が破壊された、という風景だったそうです。

そんな状況に対して、「プレイスメイキング」という運動が起きたそうです。「人と人が出会い、話し、つながる場所が、都市の中でデザインされていないのはおかしくない?」と感じた人々から自分たちの「場所」を取り戻そうという運動が起きて、アーティストを含むたくさんの人が移り住んできたという背景が、市民がまちづくりに積極的なポートランドにつながっているらしいです。

猪熊さん やっぱり、流入者で成り立っていますよね。だから全国どこでもポートランドになるわけじゃなくて、ポートランドにアクティブな人が移ったことで縮退したまちもありそうです。

きっと勝ち負けは出ますよね。

菜央 ポートランドの場合、世界的に注目が集まったことにより地価があがり、開発が進んでいます。安価に暮らせて面白いことができると集まったアーティストたちの一部は、また違うまちに移り始めているという話もあります。

そこで今回「リブシブ賞」の共催企業として参加している東急電鉄の水口貴尋さんに聞きたいのですが、渋谷の場合は、どうなっていきそうですか?
 
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審査会に同席した東急電鉄の水口さん(写真中央)

水口さん 渋谷もポートランドと一緒です。キャットストリートがまさにそう。ただ、経済原理として割り切ることだとも思っています。

菜央 「リブシブ賞」をはじめとした今回のプロジェクトによっても、まちが変わっていくかもしれませんね。

水口さん そうですね。きっかけになったらいいなと思います。弊社でもよく、まちのあるべき姿について議論になりますが、このエリアでは大規模な開発をすべきでないという話が出ることもあるんですよ。

猪熊さん 開発側でもバランスをとろうと意識しているんですね。

水口さん ただ、それは一企業としての思いなので、まちに落としこまれる過程で変化していくことはあります。

菜央 次への課題ですね。ポートランドだと、市民と行政とデベロッパーが一堂に集まる会議があったりもします。そういうことも渋谷で実現したら、まちの可能性がまた広がりそうですね。
 
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(対談ここまで)

行政、企業、市民。まちには多様な人の営みがあります。そして営みの数だけ想いも集まります。そんな想いのグラデーションが描かれていった先で、渋谷は都市の未来像をどう描いていくのでしょうか。「リブシブ賞」以降のまちづくりに、これからの都市を描く一端が託されています。

あなたにとって、住むまちとは? そんな問いに主体的な答えが見出せる明るい未来がくるように、今、自分は何をできるのか。まちと関わる暮らし方をもう一度考える機会をつくってみてはいかがでしょう。

(撮影: 関口佳代)

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