ISSUE ☆日本と世界のソーシャルデザイン

5 months ago - 2016.02.20

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伝えるには映画しかなかった。現役大学生の仲村颯悟監督が『人魚に会える日。』で描いた、自分たちが見てきた沖縄の日常

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みなさんは、「6月23日は何の日?」と聞かれたとして、何か思い浮かぶものはありますか?

実は沖縄戦が終わった日という、日本の歴史上、重要な日なのですがあまり知られていません。今回は、その現実に違和感を覚え、映画でその思いを伝えようとする仲村颯悟さんに、どうして映画を撮ろうと思ったのか。そして、本当に撮りたい映画を撮るということについて、じっくりお話を伺いました。
 
profile

仲村颯悟(なかむら・りゅうご)
1996年沖縄県生まれ。小学生のころからホームビデオカメラを手に、数多くの作品を制作。13歳のころに手がけた自身初の長編デビュー映画『やぎの冒険』(2010年)が国内外の映画祭に次々と招待されたほか、沖縄県内で大ヒットし、ビートたけしや塚本晋也監督からも絶賛された。現在、慶應義塾⼤学環境情報学部に在学。5年ぶりの⻑編2作目となる『人魚に会える日。』の公開に向けて活動中。

13歳で映画監督デビュー

沖縄県中部に位置する沖縄市で育った中村さんは、毎日海や川で遊ぶ活発な少年でした。そして家にあったビデオカメラを手にしたことで、ごく自然に友達との日々を撮影するようになります。その後だんだん映画を撮りたくなり、自ら撮影とシナリオを手がけ、完成させては上映会を開催するほどに、夢中になっていきました。

大きな転機が訪れたのは13歳のとき。なんと中村さんが書いたシナリオが、沖縄県の観光PR作品として映像化されることになったのです。

沖縄観光コンベンションビューローが主催するシナリオコンテストがあって、そこに応募して完成したのが「やぎの散歩」という10分間の短編映像です。

このとき初めてプロのスタッフとともに映像化したんですが、それが国内外ですごい評価を頂いて。そのままではもったいない! とのことで、『やぎの冒険』として商業映画化されました。

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スタッフ・キャストは沖縄で活躍するプロが勢ぞろいした

10分だった”散歩”は、82分に及ぶ”冒険”へ。撮影は中学生である中村さんの学業に配慮しながら、冬休みの2週間を使って撮りきりました。現場にいる最年少にして監督、という立場は一体どんなものなのでしょうか? 当時をこう振り返ります。

撮影中はとにかくいつでも幸せでした(笑)

例えば、今までは撮影にクレーンを使いたくても絶対無理だったのが、「クレーンがほしい」っていったら本当にやってきて感動! みたいな、そんな毎日で。

一方でもちろん苦労もありました。これまで友だち同士だからこそできていた意思の疎通みたいなものがない状態で、「どうやって伝えれば?」「どこまで言っていいんだろう?」って悩んだり。

でも、それも撮影が進むにつれて、「僕の顔をみたらシーンがOKかそうじゃないかわかる」って言ってくれるようになりました。僕が中学生でも、監督として意見を尊重してくれる現場だったのはすごくありがたかったです。

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photo 本田雄己

それまで遊びの延長でしかなかった、映像を撮るということ。それが一転し、仕事として初めて監督した『ヤギの冒険』は、国内だけでなく海外にも招待されるほどの反響がありました。しかしうれしい反面、思いもよらない反応もあったそう。

これまでやってた自主制作・自主上映会とは違って、沖縄県内でもきちんと上映されて、東京や大阪、さらには海外の映画祭にも招待されました。すると、当たり前ですが、知らない人からの評価がいっぱいきたんです。

絶賛されたり、これは映画じゃないだとか、大人が中学生を利用して撮らせた、と言われたり…あの時は反応や評価を受け止めるので精一杯でしたね。

今までは自分のみえる範囲で済まされてたものが、いつのまにか自分の範囲を飛び越えていて、なんかすごいところにきてしまった…という実感がありました。

6月23日の衝撃

知らない人に評価される怖さを体感した中村さん。その後はほかの映画監督の現場を手伝ったり、学園祭でちょっとした映像作品を撮ったりするものの、「2作目を撮る気持ちにはならなかった」と振り返ります。その状況が一変したのは、念願だった東京の大学への進学でした。

東京に来て本当によかったな、と思ってます。

沖縄にいたころは、冷たい街というイメージもありましたが、人が多いこと自体がまず新鮮で。東京は出会いに溢れてて、憧れの映画監督にも会おうと思えば会える。夢がたくさん転がってて、映画館もたくさんあって、いい場所だなと。

そんな楽しい東京生活の中で、「あれ?と感じる違和感がいくつかあった」と中村さんは言います。そしてそれはある日、大きな衝撃となって自身を襲いました。
 
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人魚に会える日。ワンシーン

やっぱり6月23日(慰霊の日)のことは大きいですね。その日は沖縄戦が終結した日と言われていて、沖縄ではその日の前後は平和について考える習慣があるんです。

例えば、学校の授業でそれぞれが戦争について調べたり、図書館では沖縄戦の写真が展示されたり、テレビでもいろんな特集が組まれます。

でも、東京ではそういうことが一切なくて。誰も6月23日が慰霊の日だって知らないんですよね。沖縄では公休日なのですが、そもそもそれが沖縄だけ、っていうことも衝撃でした。

沖縄では休みにしてまで、戦争や平和について考えるのに、それを考えてたのは当事者である沖縄の人だけだったという衝撃。

慰霊の日を制定した意味ってなんなんだろう?この認識の差を埋めるためにできることってなんだろう? 東京に来たことは、沖縄では当たり前だった慰霊の日について改めて考えるきっかけとなりました。そして、そのことがもう一度、映画へと気持ちを向かわせたのです。 
 
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photo 本田雄己

伝える手段としての映画

小学生の頃から遊びの延長でカメラを回し、中学生で映画監督デビュー。プロの現場での喜び、作品への評価を経て、もう撮らなくてもいい、とまで思っていた映画。しかし慰霊の日の衝撃を経て、中村さんはあることに気づきます。

自分たちがみてきた沖縄っていうのはこうなんだよ、っていうのを自分の力でどうにか伝えたい。じゃあ、どんな手段があるかな? って考えたときに、映画しかなかった。

自分の中で自信があるというか、武器になるものは映画だけだったということに初めて気づいたんです。

これまで中村さんにあったのは、「ただ映像がとりたい」「ヤギが村を駆け抜ける画がとりたい」というシンプルな動機でした。

しかし今回はメッセージを伝えるための、手段としての映画の撮影です。そんな想いを込めて臨んだ、5年ぶりの監督作品である『人魚に会える日。』その撮影現場は全く新しいものでした。

撮影も録音も、すべて大学生で動いてます。大学生の想いを込めた映画にするなら、スタッフもみんな大学生だけで通そう、と決意したんです。スタッフは、友だちに声をかけたり、TwitterやFacebookなどのSNSを使って募集して。

もちろん初対面の人もいたし、撮影に関しての知識も0だった。だからみんなで前作でお世話になった製作会社に行って、音声機材の使い方を教えてもらって、夜に復習する。まずはそこからのスタートでした。

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人魚に会える日。大学生スタッフによる撮影風景

スタッフは全員ボランティア。さらに映画の撮影経費は、中村さんが沖縄料理屋でアルバイトをして貯め、宣伝費はクラウドファウンディングで募りました。

撮影を終えて、「とにかく撮りきれたことが奇跡だ」と中村さんは言います。

今回スタッフは素人の大学生だったんですけど、キャストはプロの人でした。

そんな中、スタッフが寝坊して衣装が届かなかったり、命がけで撮影したシーンがあったり、日々いろんなトラブルの連続で、本当に大変でした。でもその分、思いのこもった映画になったと思います。

そしてこの映画は自分の思いだけで撮れたものじゃないし、それぞれの想いというものを作品を通して撮れた、ということがすごくうれしい。

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飾られていない普通の沖縄

『人魚に会える日。』は沖縄の基地移設を一つのテーマとして扱っています。

主人公である高校生のユメは基地を当たり前に感じ、移設問題で島内が揺れていてもあまり問題に感じていませんでした。しかし同級生の結介が姿を消したことで、物語は大きく展開していきます。

“沖縄”と聞くと、どうしても綺麗な海やのんびりした空気といった楽園のイメージが浮かびます。しかしそこは日本で唯一本土決戦のあった場所で、米軍基地は今も存在しています。

自分の住む町に基地がある暮らしとは、一体どういうものなのでしょう。中村さんは、「基地に対する気持ちには世代間ギャップがある」と言います。

おじいちゃん・おばあちゃんは基地のない沖縄を知っているので、基地には絶対反対。

しかし、その下の本土復帰を経験した世代になると、アメリカ人による事件や事故を知ってるものの、基地で働いてる人もたくさんいて、 基地があるから恩恵を受けていることも事実です。なので一言に賛成・反対とは言えない複雑な意見が入り混じります。

そしてもっと若い僕たちにとっては、あまり何も思わないくらい日常の風景です。もちろん基地があることで事件や事故があると、怖い! って思いますよ。

でも僕はアメリカさんたちと普通にしゃべったり、一緒に公園でバスケして遊んだりもしてたんで、そういうのが普通でした。共存してるイメージというか。

そんなギャップもあり、基地に関してはみんなにとって難しい問題で、思うことがあってもあまり話したがらない現状があるそう。しかし自分がみてきた沖縄を伝えたい、伝えなきゃいけない、という強い気持ちをもって映画は完成しました。そしてそれは、沖縄出身である中村さんにしか撮れないものになっています。
 
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僕が今までに見た沖縄を舞台や題材にした映画は、青い空と海があって、太陽がキラキラ輝いて、おじいちゃんとおばあちゃんが平和に暮らしています、というようなものばっかりでした。

確かにそういう側面もあるとは思うんですけど、なんだかどれも飾られた沖縄っていう風にしか捉えられなくて。住んでる僕たちからしたら何か違うというか…

なので僕が撮る沖縄は、飾らない、普通の沖縄を伝えたいなと思います。そしてそれはヤギの冒険の頃からずっと意識していることです。

沖縄では映画の上映に先行して、試写会が開催されました。その時も様々な感想がありましたが、中には監督の気持ちを後押ししてくれるものも。

映画を見た高校生が、「これは自分たちがみてる沖縄で、自分たちの考えがきちんとそのまま入ってる! だからこそ、この映画をたくさんの人にみてほしい」って感想をくれたんです。それはすごくうれしかったですね。

やっぱりこの映画に込めたもの、中でもセリフひとつひとつは、僕たちが高校のときに話してたものをそのまま使ったりもしました。

ほかにもこの映画に込めた想いはたくさんあります。沖縄の人たちだけでなく、全国の人にも自信を持っておすすめできる、ちゃんとした沖縄映画になったと思います。

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photo 本田雄己

中村さんの想いの篭った「人魚に会える日。」は沖縄では2月21日〜、東京では3月3日より限定公開されます。

私たちが知らない、でも沖縄の人たちにとっての日常。そして沖縄の大学生たちの想いが映った映画とはどんなものなのでしょうか。

この映画を見たら、6月23日は何の日ですか? と聞かれたとき、きっと答えが変わるはずです。

(Text:並木香菜子)

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greenz.jp編集部

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この記事は、greenz.jp編集部のメンバーが執筆しました。

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