岩手の1500人の心とアーティストたちが紡いだ震災以降の『記憶』。新しい芸術的財産の展覧会「いわてアートプロジェクト2016」


ワークショップの様子

突然ですが、みなさんは東北地方の人々について、どのようなイメージを持っていますか? 江戸っ子はせっかちだと言われたり、関西人はコミュニケーションが活発と言われることがありますが、日本は地方によって人々の性格の傾向があるのかもしれません。

そんななか、東北地方の人々はもともと、感情を吐き出したり、意見を表したりすることが苦手だと言われてきました。

特に東日本大震災が発生した後は、その傾向が強く表れ、悲しみや苦しみ、喜びさえも表現することを自粛するような空気を感じることも…しかし、国内外から被災地を訪れたアーティストたちは、被災者の心と向き合い、作品を通じてその心を解放させる試みを続けてきました。

岩手県では、そんなアーティストと被災者たちが残した作品を「大切な記憶」と位置付け、多くの人に見てもらいたいと考えた人々が展覧会の開催を主とするプロジェクトに取り組んでいます。

今回ご紹介する「いわてアートプロジェクト2016」は、2016年9月から10月にかけて盛岡市内の複数の会場で開催される展覧会をメインにしたプロジェクトです。現在はプレイベントや広報など来年に向けて準備を進めています。

岩手を訪れた国内外のアーティスト約20人が参加。スペインの国宝級といわれる現代アート作家Jose Maria Sicilia(ホセマリア・シシリア、以下シシリアさん)や、アカデミー賞受賞映画の制作に携わった米国の写真家Magdalena Sole(マグダレナ・ソレ、以下ソレさん)、世界的に活躍する建築家Ana D’Apuzzo(アナ・ダプッツォ)らの作品が一挙に公開されます。

展覧会を主催するのは、盛岡市の市民有志らで組織する「いわてアートプロジェクト2016」実行委員会です。

震災以降の『記憶』を芸術的財産として紹介する

この展覧会の目的はアーティストを紹介することだけではありません。アーティストたちは震災後、岩手県内で被災者の心の内を表現してもらうワークショップなどの活動に継続して取り組んできました。

ワークショップは60回以上開かれ、子どもたちや高校生、仮設住宅の住民ら1500人を超える人々が参加したそうです。その活動でつくり上げられた作品が併せて紹介されます。

会場の選び方もユニーク。盛岡市の保存建造物に指定されている「徳清倉庫」や「南昌荘」が会場の一つになる予定です。

徳清倉庫は旧南部藩の勘定奉行所だった屋敷の木材を移築して1880年代に建てられた由緒ある建造物。南昌荘も明治の邸宅の姿を残す、市民に愛されている施設です。歴史的建造物と現代アートのコラボレーションがどんな相乗効果を生み出すのかも、見どころの一つになりそうです。

iwtart2
展覧会の会場設定は歴史と自然が調和する盛岡の街歩きも楽しめるよう考えられている

杉田さん 岩手の心と国内外のアーティストが紡いだ作品たちは、岩手の震災以降の『記憶』であり、新しい芸術的財産です。

私たちは震災から5年間、無償で支援を続けてきてくれたアーティストへの感謝を示すと同時に、その財産を全国にも紹介したいと考え、展覧会を企画しました。それは全国に今の岩手を知ってもらうことでもあります。

と話すのは、プロジェクト実行委員で広報を担当する杉田靖子さん。

アーティストは何を思い、被災者とどう向き合ったのでしょうか。そして、被災者はアートを通じて何を表現し、どんな力を得たのでしょうか。「いわてアートプロジェクト2016」に取り組む杉田さんと島口修子さんに話を伺いました。

iwtart3
左から広報担当の杉田さん、アーティスト担当の島口さん、一緒に活動している高橋さん。3人は高校の同窓生。杉田さんは埼玉の自宅と岩手を行き来しながらプロジェクトに取り組んでいるそうです

被災者の「心」に触れるワークショップ

まず最初にご紹介するのが、今回のプロジェクトに深く関わっている、スペインの現代アートを代表するシシリアさんです。彼は蜜蝋の支持体に、油彩で花や蝶のモティーフを描いた大画面の連作で知られ、国際的な人気を誇っています。

シシリアさんは震災直後の2011年9月、初めて日本を訪れました。津波で被害に遭った何千人もの人々が住む場所を追われたことに大きな関心を抱き、被災地の現状を自分の目で確かめたいと考えていたそう。同時に、被災者の心の問題に触れるワークショップを開くことを構想していました。

iwtart4
シシリアさん

シシリアさんが初めて岩手を訪れた際に現地を案内したのが、島口さんでした。

島口さんは盛岡在住のアートセラピストであり、カウンセラー。津波の被害に遭った岩手県大槌町が祖母の出身地だったことから、被災地に物資を運ぶなどの支援に取り組んでいました。

仕事柄もあり、アーティストと被災地をつなぐ役割を果たしたのは自然なことだったのです。

島口さん 彼は、「同情のための作品をつくるつもりはない。自分の仕事は物事を理解することだ」と言いました。アクシデントを自分の目で見届けたいと。アクシデントというのはラテン語で「あったこと」を意味するそうです。

被災者を憐れむアーティストが多い中、彼は同情心ではなく、「あなたのことを教えてほしい」というスタンスで被災者に臨んでいました。だからこそ、被災地で受け入れられたんだと思います。

島口さんは当時から、中学・高校の同級生であり、同業のセラピストでもある杉田さんら友人とともに活動に取り組んでいました。

被災者への心のケアが必要だと感じていた2人は、シシリアさんの思いに共感し、セラピスト仲間とともにワークショップの開催に奔走します。

当時は物資や生活再建など直接の支援が必要な時期。アートに関するワークショップなどできないと、反対されることもあったそうです。それでもシシリアさんの強い思いがあり、2011年9月、岩手県久慈市で第1回の開催にこぎつけました。

島口さんたちの印象に強く残っているのが、2012年3月、岩手県野田村の小学校で行われた第2回のワークショップです。

シシリアさんが持ち出したのは、2011年のカレンダー。続いて出したのは「あなたは震災のあった2011年3月11日まで、何をしていましたか?」という質問。そしてカレンダーに当時の記憶を書き込むよう、子どもたちに指示したのです。

今でもそうかもしれませんが、被災地では特に震災直後、大人たちの間で、「子どもたちに震災のことを思い出させてはいけない」という暗黙の了解がありました。子どもたちを傷付けまいとする優しさだったと思います。ですが、シシリアさんの考えは違ったようです。

子どもたちはカレンダーに、思い思いの言葉を書き始めました。

「おかあさんとりょうりをつくったたんじょうび おいしいっていってくれた」
「あと1かげつでおとうとがうまれる」
「べんきょうをがんばった」・・・。

そこには楽しい思い出がたくさん書かれていたといいます。

島口さん シシリアさんは、「過去を失くしたものにすることはおかしい」と言っていました。子どもたちは彼の意図を直感で理解したようです。

ある子どもは、「(震災当時)楽しいこともいっぱいあったんだよ。今日はたくさん話せてすっきりした」と言ってくれました。

iwtart5
子どもたちが「記憶」を書き込んだ2011年3月のカレンダー

シシリアさんは次に、紙粘土で「ノアの箱舟」をつくろうと提案。地域の人たちは津波で大切な漁船を失くし、困っているところだったのです。彼は子どもたちに「あなたたちならどんな箱舟をつくる?」と問いかけました。

すると、子どもたちはやはり、にぎやかに「お父さんの船はこんな感じだったよ」「大きな船があればみんなで乗れるよね」と話しながら工作を開始。最後にはみんなの船を集め、ひとつの作品になりました。

シシリアさんのワークショップはこんな風に、一見何気ないようでいて、被災地の状況や参加者の思いが自然と湧き出る作品につながっていたのです。

iwtart6
みんなの箱舟を集めてつくったオブジェ

これらの経験を受けて、島口さんと杉田さんは仲間と一緒に、シシリアさんをはじめとする国内外のアーティストを招いてワークショップを続けていこうと決めます。それは、杉田さん曰く、「被災者の心の奥に絡まった糸をほぐす」ためでした。

2013年2月には「NPO法人岩手未来機構」を設立。60回を超えるワークショップの裏方としてアーティストたちを支えてきました。

シシリアさんは最初の訪問以降、毎年日本を訪れており、うち40回のワークショップを担当しています。さらに「震災から10年間、通い続ける」と話しているそうです。

展覧会では、ワークショップでつくられたこうした作品も紹介される予定です。

島口さん 震災直後、心の有り様を率直に表現する機会というのはとても貴重でした。だからこそ2011年・2012年のワークショップで、参加者の思いを作品に残すことができて良かったと思います。

震災直後には震災直後の、1年後には1年後の心の変遷があります。震災の記録はたくさん残っていますが、記憶は失われていく恐れがある。その時々の思いを表現することが重要であり、記憶として残したいと考えています。

島口さんらは、震災から5年が経つのを機に、これらの「記憶」をまとめ、公表したいと考えました。2015年6月、プロジェクト実行委員会を発足させ、岩手未来機構として事務局を担っています。

アートとの関わりが、心を発散させた

アーティストが被災者と一緒につくり上げた作品は、ほかにもあります。

日本人のイラストレーター長友心平さんは、震災で亡くなった人の数の灯を書いてもらう「ともしびプロジェクト」を展開。

被災地で活動中、津波で赤ちゃんを亡くした夫婦から、成長した赤ちゃんと一緒の絵を描いてほしいと頼まれたこともあったそうです。今回の展覧会では、亡くなった家族と生き別れた家族を一緒に描いた作品を展示します。

iwtart7
長友さんの「天国のクジラ」。「亡くなった人たちが天国のクジラの上で楽しく旅行していたら素敵だな」。そんな思いで描き始めた作品だという

そして、ニューヨーク在住の画家、中川直人さんは、被災地で大切な写真を失くした1000人の肖像画を描き上げました。

モデルになったのは被災者だけではなく、自衛隊員やボランティアたちも。描かれた肖像画を見て「自分はこんな表情をしていたんだ」と気づく人もいたそうです。

iwtart8
肖像画を描く中川直人さん

杉田さんは「アーティストと触れ合い、作品づくりに関わった人々は、その経験を通じて心の中にあったものを発散することができたのではないでしょうか。作品として形に残ることで、昇華される思いもあったのではないかと思います」と話します。

震災の波形グラフィックや被災地1000人の肖像画展示

展覧会に参加するアーティストと、その作品をもう少しご紹介しましょう。

シシリアさんは、関心のある音を研究し、コンピューターグラフィックを使って2次元、3次元の作品に表現する独特の技法を採用しています。

iwtart9
シシリアさんの作品「フラッグ」。今回の展覧会では、震災時の音の波形を表現した「フラッグ」などのほか、岩手をテーマとした新作が世界で初めて公開されるそうです

アカデミー賞受賞映画『Man on Wire』の制作に携わった米国の写真家、ソレさんは震災直後、レンタカーで被災地を回り、『Japan-After-the-Water Receded(日本-津波のあと)』という作品をニューヨークで発表しました。

iwtart10
ソレさんの作品

ソレさんは、現在も被災地の状況を世界に伝え続けています。展覧会では、高校生を対象に、ソレさんの名前を冠した公募写真展も企画されているそう。その他にも、中川さんの1000人の肖像画も公開されます。

展覧会は2016年9月3~11日までと、同年9月30日~10月11日までの2回の会期に分けて開催される予定です。「多くの人が岩手を訪れるのを機に、作品を見てもらおう」と、岩手県で「いわて国体」が開かれる時期に合わせて開催されることになったのだとか。

ちなみに、シシリアさんやソレさん、中川さんら海外のアーティスト中心に展示されるのは後半。前半の9月は長友さんら日本人アーティストの作品が中心となり、ワークショップも開かれる参加型の展覧会となります。

一方、大きな課題となっているのが、展覧会開催までの活動資金です。実行委員会は経費を助成金や寄付金でまかなっていますが、まだまだ不足しているのが現状。それでも展覧会の入場料を原則無料にするため、「今後も企業や個人の賛同を募っていきたい」と話しています。

被災地の作品は人類の財産

展覧会は純粋にアートを楽しめるイベントになりますが、アーティストや関わった人々の思いを想像すると、作品に一層深みを感じられるのではないでしょうか。

杉田さんは「アーティストと地域の人々によって紡がれた作品は、被災者だけではなく、岩手、東北、日本の財産でもあります」と言います。

杉田さん 人々が震災にどう対処し、どんな感情を抱き、どうやって立ち上がっていったか。

アートという形にすることで、苦しみや悲しみといった感情がそのまま残されます。もちろん、辛いことがあっても、多くの人が強く、美しくいました。その美しさも残ります。

震災は一部の被災者の悲惨な出来事ではない。人はいつどこでどんなアクシデントに出会うか分かりません。震災の記憶から人は多くのことを学べます。作品は人類共通の財産なんです。

残した「作品=記憶」をどう生かすか? それは「後世の人々に任せたい」と言う島口さん。昔から地域に伝えられる石碑や伝承のように、後世の人々の役に立ってほしいと願っています。

島口さん 嫌なことも、楽しかったことも、すべての記憶を残して大勢に伝えたい。ボランティア精神を持って岩手で活動を続けてくれたアーティストたちのことも、記憶していてほしいですね。東北、岩手の記憶を展覧会という形で、全国のみなさんに見ていただければ嬉しいです。

iwtart11
アーティストやワークショップの作品が載った写真集を眺める島口さんたち

無意識のうちに表現することを抑えてしまう被災者、特に子どもたちにとって、アートは心を解放させる手段なのかもしれないということ。

そして完成した作品は、被災者の心の奥底に眠った思いを一時的に発散させるだけでなく、多くの人々に対して共有すべき価値のあるものだということ。

杉田さんと島口さんのお話は、アートだからこそできた支援のあり方と、意義を考えさせてくれました。

「いわてアートプロジェクト2016」は、プロジェクトをより多くの人に知ってもらうために、Google が提供するクラウドマッチングプラットフォーム「イノベーション東北」で、SNS運営やデザイン、広報宣伝などで協力してくれるサポーターを募集しています。SNSやブログなどでの告知、アンケートへの協力など手軽にできる応援もあるそうです。

気になる方は、イノベーション東北のウェブサイトをチェックしてみてくださいね。

– INFORMATION –


「LOCAL SUNDAY」10/25に開催します!
ゲストに、「いわてアートプロジェクト2016」の杉田靖子さんと、「取手アートプロジェクト」の北澤潤さんにお越しいただきます!
お申込みはこちらから!
http://greenz.jp/2015/10/06/localsunday-03/