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守り、伝えながら、新しくつくる。 暮らしを旅する「SATOYAMA EXPERIENCE」の白石達史さんに聞く、里山の引き継ぎ方

この記事は、「グリーンズ編集学校」の卒業生が作成した卒業作品です。編集学校は、グリーンズ的な記事の書き方を身につけたい、編集者・ライターとして次のステージに進みたいという方向けに、不定期で開催しています。

岐阜県・飛騨古川。古い町並みが残る中心部を少し離れると、目の前に、美しい里山の風景が広がります。その中を、カラフルなマウンテンバイクが走りぬけていきます。
 
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ゆっくりと自転車を走らせながら、里山の風景を楽しむことができます

飛騨の里山を自転車で旅する、この「SATOYAMA EXPERIENCE」のガイドツアー。2010年にスタートし、今では日本人だけでなく、海外からの旅行者が訪れるまでの人気です。

里山の魅力を再発見することで生まれたこのツアーは、観光の盛り上がりだけでなく、過疎化が進む地域の中に、新しい変化を生んでいます。

昔ながらの里山の暮らしの魅力を残しつつ、何を新しく取り入れていくのか。

今回は、「SATOYAMA EXPERIENCE」を運営する、株式会社美ら地球(ちゅらぼし)の白石達史さんに、里山の引き継ぎ方について、お話を聞きました。
 
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株式会社美ら地球のマネージャー・白石達史さん

暮らしを旅する

白石さんは、「SATOYAMA EXPERIENCE」のガイドツアーが始まった当時からのスタッフの一人です。

飛騨古川へは、東京から約5時間。観光地として有名な飛騨高山からは、車で約30分の場所です。毎年4月に行われる古川祭などが知られ、「知る人ぞ知る」場所ともいえます。

白石さんは、ここに住み始めて6年目。以前は、カンボジアで日本語教師をしたり、アメリカでトレイルワーカーとして働いたり、世界各地を放浪してきたという異色の経歴の持ち主です。

アリゾナにいたころは本当にお金がなかったけど、朝は鳥や動物の声で目が覚めて、日中は国立公園のトレイルをひたすら修復し、日が落ちてごはんを食べたら寝る、といった自分にとって幸せな生活ができていました。

帰国後、東京で意気込んで環境資材メーカーに入社したのですが、消費する一方の生活に疑問を感じ、これからは地方で暮らしをつくりたいと思ったことが移住のきっかけです。

そんな白石さんには、この場所は、どう映っているのでしょうか。

ここは、観光地としてというよりも、昔ながらの暮らしが残っていることに、魅力があると思います。

たとえば、夏の暑い日には打ち水をする人がいたり、朝玄関を開けると、誰からいただいたかわからない野菜がおいてあったり、季節の変わり目には「さぶなった(寒くなった)なぁー」と近所の人たちと話したり…

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町の中を流れる瀬戸川には、約1000匹の鯉がいます。雪の多いこの地域では、冬が近づくと、地元の方が一匹一匹つかまえて、別の場所で保護しているそうです

この時期になると、道端で出会った人が、「あ、白石くん、きゅうり、いる?」と、とりたてのきゅうりを何本もくれたりします。ここでは、自分の持っている物をみんなで共有するなど、自分だけのために生きていない人がけっこう多いような印象がありますね。

ガイドツアーで巡るのも、そんな暮らしの中の一場面です。ツアー中には、その場にいた地元の方が説明してくれることが、しばしばあります。
 
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ガイドが説明をしていると、地元の人も農作業の手を止めて、お話をしてくれることも

同じツアーに参加しても、当然、同じ人にいつも会えるとは限りません。農作業をしている日は、たくさん人に出会ったり、夕方になると人が全然いなくなったりします。そのあたりも、つくりこんでいないので、いろいろな面が見られて、いいかなと思います。

暮らしの様子を実際に説明してもらったり、地元の方と言葉をかわしたりすると、目の前に広がる風景が、何層にも厚みを増して見えてきます。

地域との関係をつくるということ

「SATOYAMA EXPERIENCE」を運営するメンバーは、白石さんをはじめ、ほとんどが、他の地域から移住してきたIターン。

事業を始めたばかりのときには、地元の人たちからは「自転車屋さん」と間違われることも。しかし今では、事業も6年目を迎え、地域の人たちからの応援が増えてきたことを実感しているそうです。

最近うれしいのは、地元の人が海外から参加してくれたツアーのお客さんに、英語で話しかけてくれるようになったことです。

自分で英語を習って、話そうとしてくれて。地元の人との交流は、ツアーの参加者にとっても、その土地の暮らしを身近に感じることができる体験になっていますね。

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ツアーの参加者たちに、地元の小学生が「こんにちはー」と声をかけてくれました

運営にあたっては、地域の人たちの気持ちを考えて、細やかな配慮もしています。ルートを考えるときは、地元の方に挨拶に行ったり、どんなに参加者が多くても1回のツアーで10人を超えないようにしたり。「地元の方の負担にならないことがいちばん」と白石さんはいいます。

いいことをやっているつもりにならないように、常に考えています。地域の方がどう感じているのかをいつも頭におくことで、バランスを取っている気がしますね。

今回、白石さんは町を歩きながら、行く先々で、地元の人に紹介してくれました。白石さんと地元の人たちの、笑顔のたえないやりとりを聞いていると、これまで白石さんが地元の人との関係を丁寧に築いてきたことが感じられます。
 
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飛騨古川の大関屋旅館の女将さんとのやりとりは、本当のおばあちゃんと孫のよう

「昔の人に、憧れが強い」という白石さんにとって、なんでも自分でやってしまう里山の暮らしは、魅力の宝庫であり、そこにいるだけで自分が磨かれていく場所となっているようです。

昔のおじいちゃんって、なんでも自分でやりますよね。鉄工もやれば、木工もやる。家も建てちゃうし、農作業もやって、食べ物を自給する。いろいろな分野で、その道のプロとまではいかないかもしれないけれど、ほぼ、なんでも自分でやってしまう。

自分でも、そうした生活ができるように、古民家を修復して住んだり、野菜を育てたり…来月には、狩猟免許を取ります。やりたいことは、たくさんありますね(笑)

ここで生きることの誇り

地域に入りながら丁寧に仕事をつくり続けてきた白石さん。そんな彼の活動を貫いているものは、地域への誇りを引き継いでいこうという思いでした。

地域に住んでいる人ほど、自分の暮らす町や、自分の生き方への誇りみたいなものが、失われつつあるように感じるんです。だからこそ、外から来た人たちが「みなさんがやっていることは、本当はすごいんですよ」と何回も口に出していうことが大切かなって。

それこそ、田んぼの前で止まっていると、地元の人に「何が楽しいんだ」ときかれます。「楽しいじゃないですか」って答えるんですけど(笑)

地元の人からは、「いやいや農作業がたいへんで、息子は後を継がないし」というネガティブな言葉が、最初に出てきます。だけど、ツアーの参加者の中に、外国人がいて、「じつは、彼、お米が育つのを初めて見たんですよ」と伝えると、「秋になると、こう育つんだよ」と説明したくなってくる。

外から言われて、刺激を受けて、その人の内に秘めている本来の誇りが出てきているので、そうした機会は増やしていきたいなと思いますね。

外から来た人だから気づくよさがあり、それを伝えていくことで、いい循環が生まれていく。ガイドツアーには、地域の人たちが自分自身を知っていくという、もうひとつの意味があるようです。
 
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修復中の古民家の前で立ち止まり、ガイドの説明を聞いています

古民家も、僕らがツアーを始めた頃と比べても、数は減っているんです。「古くて、暗くて、寒くて」といった面があるかもしれないけれど、それを守って、受け継いで、住んでいきたい。そこには暮らしの中で大切にしたい心の部分が、残っていると思っていて。

でも、それは外部からの押し付けであってはいけないので。当然、維持するのがたいへんだったり、苦渋の選択をしていたりすることもある。もし、残せるのであれば、こういった使い方がありますよ、と提案したり、話し合ったりします。

これから、やっていきたいこと

ガイドツアーだけでなく、古民家の宿の運営など、試行錯誤しながらさまざまな挑戦をしている「SATOYAMA EXPERIENCE」。今では、他の地域からの視察も増えていますが、白石さんたちはそのメソッドを積極的に公開しています。

そこには、日本各地のそれぞれの地域が魅力的なツアーを実施することで、世界中からの旅行者に「日本の田舎はすばらしい」と感じてほしいという思いがあります。
 
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ガイドをしているときの白石さん

たとえば、外国から旅行者に来てもらいたいと思っても、日本語のウェブサイトしかないと、来てもらえません。ガイドも、影ではリスクマネジメントの勉強をしたり、日頃から地域のことを勉強したり、トレーニングを積み重ねています。

ただ、やっていることを真似すればいいというものではなく、その一つ一つに意味がある。そういう大切にしたい部分をオープンにして、情熱をもった人にきちんと届くようにしたいなと思っています。

やったことないけど、おもしろそうだからやってみよう。他の人を巻き込んだり、巻き込まれたりしながら、「何事もチャレンジしています」と白石さんは、言います。
結果が失敗でも、みんなでやれば、そのプロセスこそがおもしろい。「そこがいちばんの醍醐味」とも。

飛騨では、これからも、おもしろいことが生まれてきそうな予感がします。

伝統を守り、伝えながら、自分たちの手で新しい未来をつくっていく。
そんな飛騨の里山を、ぜひ旅してみませんか。

(Text: 鈴木まり子)