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茅葺き民家に泊まってみませんか? 茅葺きの魅力を世界に届けることを目指す職人・西尾晴夫さんが地域づくりの達人に「弟子入り」して開けた未来

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写真: 楢侑子

地域の埋もれた資源を再発見し、新たな価値を付与して地域振興を図る役割を果たす、「地域コーディネーター」と呼ばれる人たちの活躍が、全国各地の地域づくりの現場で注目されています。

8月の記事でご紹介した「地域コーディネーター養成研修」は、全国各地で活動する地域づくりの”達人”のもとに一定期間”弟子入り”することで、地域コーディネートのノウハウを学ぶ、実地体験型の人材養成プログラムです。

同プログラムが今年度の弟子入り志願者を募集するにあたって、昨年度に実際に参加された方々の体験談をお届けします。京都府の美山(みやま)町にて、茅葺き民家一棟貸しの宿泊事業を展開する茅葺き職人、「屋根晴(商号: 「ニシオサプライズ株式会社」)」の西尾晴夫さんにお話を伺いました。

弟子入り先は、福岡県の岡垣町にある「株式会社グラノ24K」。ぶどうなどの地元食材を活用し、レストランやウェディングなどの6次化事業を成功させた企業です。西尾さんは”達人”から何を学び取ったのでしょうか。
 
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写真: 楢侑子

西尾晴夫
神戸市垂水区出身。京都の大学を卒業後すぐに美山町の建築会社にてかやぶき職人の修行を開始。春から秋は職人として茅葺き物件の施行・修繕を行いながら、京都市内での焼き芋販売の自営業、勤務先会社の不動産営業経験など、幅広い商売経験を積む。茅葺き職人の高齢化・減少を予期し、日本全国の熟練の職人を訪ねて修行を積んだ後、2007年にニシオサプライズ株式会社を設立。茅葺き物件の施行・修繕、不動産売買に加え、茅葺き民家一棟貸しの宿泊事業を展開し、茅葺き文化の普及・発展に努める。

誰もが一日オーナーに。茅葺き民家一棟貸しの宿、「美山 FUTON & Breakfast」

京都市街地から車で約1時間半。緑豊かな山々に囲まれた地域に、美山町はあります。町の中央部には清らかな由良川が流れ、昔ながらの茅葺き屋根の民家が数多く残っています。

ここで西尾さんが手がけるのが、茅葺き民家一棟貸しの宿、「美山 FUTON & Breakfast」です。
 
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美山町にある茅葺き一棟貸しの宿、「美山 FUTON & Breakfast」。名前の由来は、イギリスや北米などの英語圏で、低価格で気軽に利用できる朝食付きの宿泊サービスを「Bed & Breakfast」と呼ぶことから。 写真: 楢侑子

“一棟貸し”というのは、1日1団体限定での、茅葺き民家まるごと貸し切りスタイルの宿泊事業です。ここを訪れたお客さんは、スタッフのサービスを受けながらも、一晩中自由に家を使うことができ、茅葺き民家と、美山地域の魅力を思う存分味わうことができます。

友人や家族で囲炉裏を囲んで宴会を楽しんだり、夏でも涼しい屋根裏部屋で、のんびり読書や昼寝にふけったり、民家の周辺を散策して地元の方たちとお話をしたり…誰もが思い思いの時間を過ごすことができます。
 
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「美山 FUTON & Breakfast」内、囲炉裏付きの居間。宿泊客はここを自由に使って食事や宴会を楽しむことができます。夏でも心地よい風が吹き抜けます。 写真: 楢侑子

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こちらは2階、屋根裏部屋の様子。間接照明と外からの光のみで、明るすぎずくつろぎやすい空間です。奥の小部屋には蚊帳も備え付けられており、窓を開けたままうたた寝しても安心。 写真: 楢侑子

こうした宿泊事業を新たに始めたのは、茅葺き民家の魅力をもっともっと多くの人に感じてもらえる機会をつくりたい、という西尾さんの思いからでした。

西尾さん 以前から手がけている茅葺き物件の施工や修繕の事業のお客さまは、文化財として茅葺き物件を保存している地方自治体や、昔から茅葺き民家を所有している一部地域の方などです。一生懸命手がけた茅葺き物件も、その魅力をごく限られた人にしか味わってもらえないという現状に、もどかしさを感じていたんです。

建築基準法の規制や、茅の葺き替えにかかる負担の大きいことなどから、現在の日本で茅葺屋根物件の新築を増やしていくのはなかなか難しい。

しかし、一棟貸しの宿泊事業なら、一泊だけでも誰もがオーナー気分で茅葺き民家を自由に使うことができる。ターゲットも全世代、全世界に広げて茅葺き民家の魅力を発信していくことができる。そう考えた西尾さんは、住み慣れた美山にて、宿泊事業の立ち上げを決心します。

宿泊事業開始から約5年が経過し、いまでは若者を含めた幅広い世代に利用され、また、3割以上のお客さんを海外から受け入れるまでに至っています。

そんな西尾さんが、同じ宿泊事業をはじめ、レストランやウェディングなど、さまざまなサービス産業を展開する「グラノ24K」への”弟子入り”を志願したのは、どんなきっかけがあったのでしょう。

地域コーディネートの先駆者への”弟子入り”で学んだ、人を活かす企業のあり方

グラノ24Kは、福岡県の北部、岡垣町にある企業です。「ぶどうの樹」というブランドで、ぶどう園、農業の1次産業、岡垣町で取れた農作物や魚介類を使って料理や加工品をつくる2次産業 それを提供するレストランや旅館という3次産業を一体で提供する、6次産業を展開しています。

地域の資源に新たな価値を加え、地域の外の人々にも魅力を発信する、まさに「地域コーディネーター」を体現する企業である「グラノ24K」。

西尾さんは以前、社長である小役丸秀一氏の講演を京都で聴く機会があり、非常に感銘を受けていたとのこと。「地域コーディネーター養成研修」の存在を知り、受け入れ先企業の中に「グラノ24K」の名前を見てすぐに応募したそうです。
 
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西尾さんの弟子入り先「グラノ24K」が運営するウェディングリゾート「スローリゾート ぶどうの樹」。ぶどうの樹の下で開かれる屋外ウェディングパーティーは、都会では味わえない格別の体験。 写真提供: 株式会社グラノ24K

見事応募が通り、「グラノ24K」への”弟子入り”が決まった西尾さんは、一路京都から福岡へ。2週間の弟子入り研修で用意されていたのは、なんと小役丸社長の付き人。弟子入り期間のほとんどの時間を社長と共に過ごし、来客や会議の場にも同席するなかで、「グラノ24K」の経営の様子を間近で体感します。

「ニシオサプライズ」は社員約10名、「グラノ24K」は社員約100名。より大きな事業や会社規模で地域産業を盛り上げる”師匠”から、事業開発やスタッフの育成・労務管理など、経営の秘訣を直々に教わった西尾さん。もっとも感銘を受けたのは、「グラノ24K」の”人を活かす”という徹底的な姿勢でした。

グラノ24Kは、地元の高校・大学を卒業した10代・20代の若者が多く新卒で入社しています。はじめて新卒社会人として働く若者たちを、小役丸社長以下社員の方々は温かく迎え、会社や地域全体で育てていきます。

また、中途採用の社員も、過去の経歴や会社の事業部門にとらわれずに、その人が最も輝ける仕事は何なのかと、様々な配属先で丁寧に見極めながら役割をつくっていくそうです。

部門ごとの雇用の枠に人を埋めていくのではなく、あくまで人を中心に、その人が笑顔で働けるためにはどうすれば良いかを考える「グラノ24K」の経営ポリシー。一人ひとりが笑顔で働くその文化は、そのままお客さんへのホスピタリティとして現れ、温かい人の交流を地域に生み出します。

西尾さん 小役丸社長からお聞きした創業当時のエピソードなのですが、夜にぶどう園の向こうから、車のライトが見えたらすぐに、「お客さまが来られた!」と思って走って迎えに行っていたそうです。

ぶどう園以外何もない状態から新事業をはじめた当時からは考えられないぐらい、今では全国各地からバスでお客さんがやってくる人気の観光スポットに成長しましたが、「ようこそお越しくださいました」という、お客さまに対する歓迎とホスピタリティの気持ちは今も変わらず生きつづけているように感じました。

西尾さんの会社でも、スタッフの大半が新卒社員であり、清掃や送迎、地域資源を活かしたアクティビティでは美山町の地域住民の方々にも協力していただいています。人を活かし、地域を活性化する「グラノ24K」への弟子入りは、西尾さんが自らの会社や美山町の未来を描く上で、大きな示唆となったようです。

「美山町のみんなは、自分の大家族」 茅葺き民家を起点に、美山町に新たな地域のつながりをつくっていく

「グラノ24K」での濃密な弟子入り体験を終えた西尾さん。あらためて、ご自分が暮らす地域である美山町の魅力と未来の展望について語っていただきました。

西尾さん 地域に根ざして働いていると、ここまでが会社でここからがプライベートと簡単に線引きできないところがあります。

実際に会社の事業も地域の方々に協力してもらう部分が非常に多いですし、若い新卒社員も、働くだけでなく、この美山のコミュニティの一員となることに楽しさを感じているようです。美山町にいる人みんなが、僕の大家族のような感覚です。

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写真: 楢侑子

美山町に暮らす人々のことを「大家族」と表現する西尾さん。茅葺き民家での宿泊サービスでも、ただ泊まるだけでなく、地域のつながりを活かしたさまざまなアクティビティを用意しています。

一泊した翌朝には、民家の裏にあるお寺で住職さんと鐘を突き、本堂でお勤めをすることができたり、近所の名物おばあちゃんのお家を訪ねて炭焼き体験をさせてもらったり、夜には主婦のおばさんたちが宿までやって来て、一緒に夕食をつくったり……。

ただ、見て楽しむだけの”観光”ではない、美山という地域全体の魅力を体感できる機会が盛りだくさん。

美山に来ると「時間が止まったような感覚で過ごせる」と語る、都心からのお客さんや、おばあちゃんの語る昔話と、自分のふるさとでの伝承との共通点を見つけて感動したフランスのお客さん。美山にはまるあまり、毎年リピーターとして来られる方もいるとか。

美山町にある昔ながらの地域資源である、茅葺き民家を活かし、地域に新たな人のつながりを生み出している西尾さん。まさに「地域コーディネーター」としての役割そのものですが、もともと茅葺き民家の集落では、地域同士で支えあうシステムが機能していたそうなのです。

西尾さん 昔は「頼母子講(たのもしこう)」という地域互助の仕組みがありました。集落の地域住民約30戸がチームになって、その中から毎年屋根を葺く家を決めて、そこに各戸割り当てられた茅、縄、労力、お金を提供していたんです。そうやって、毎年順繰りに茅の葺き替えを行って、一人当たりの負担をおさえながら集落全体の暮らしを維持していました。

時代の変化に伴い、「頼母子講」のシステムは衰退、代わりに職人による専業請負制が茅葺き物件の維持・継続を担うことになりました。

しかし、高度経済成長期以降、茅葺き職人の人口も減少の一途を辿ります。かつて活躍していた熟練の職人のほとんどが70代に入って引退を迎えており、西尾さんのような40代以下の現役世代が全国でわずか50名程度しかいない状況とのことです。

そうした状況の中、近年になって再び、地域に根ざした暮らしや仕事に魅力を感じる若い世代が増えてきています。西尾さんの会社説明会にも新卒の学生が40名以上集まるという注目ぶり。

若い”弟子”たちを新卒社員として育てながら、西尾さんは、「季節労働で不安定な文化財の修繕だけでなく、若い世代が安心して食べていけるような新しいビジネスモデルをつくっていきたい」と考えます。

今後は宿泊事業の店舗を増やしながら、日帰り滞在でも楽しめるアクティビティを増やしていくなど、より多くの人が茅葺き文化と美山の魅力に触れられる機会をつくっていくとのこと。

場としての茅葺き宿を中心に、地域に新たな仕事とつながりを生み出していく西尾さんの挑戦は、「頼母子講」とはまた違った形で、現代の地域互助システムを編み直していくことなのかもしれません。

まさに茅葺き界のパイオニアとも言うべき西尾さんですが、それだけに同業種の職人たちとのつながりだけでは、事業のモデルやヒントを見つけることは困難です。

そんな時、他業種であっても地域コーディネートという文脈での先達から多くのことを学ぶことができる、「地域コーディネーター養成研修」には、非常に大きな価値があると言えそうです。

「次は自分の弟子を、養成研修の弟子入り修行に送り込みたい」と語る西尾さん。10年後の未来を見据えて、自分とはまた違った茅葺き文化発展の種を見つけて欲しいとの”師匠”の思いに、若き職人はどう応えるのでしょうか。これからの「地域コーディネーター養成研修」の展開、そして美山町と茅葺き文化の未来に期待がやみません。

以上、「地域コーディネーター養成研修」に参加した、茅葺き職人の西尾晴夫さんのインタビューをお届けしました。

「サービス産業生産性協議会」のウェブサイトでは、今年度の「地域コーディネーター養成研修」の募集が行われています。応募受付期間は2015年12月21日(月)までです。ご興味を持たれた方はぜひチェックしてみてください。
 
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[sponsored by サービス産業生産性協議会]