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孤独になれる時間と空間を守る。ライフハッカー [日本版] 編集長・米田智彦さんが、小屋を通じて見通す未来とは

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安藤僚子(デザインムジカ)さんによる、「In&Out&Go(号)」のスケッチ(一部)

どこに住み、どんな暮らしをつくるのか。本当に必要なものは何か。「暮らしのものさし」は、株式会社SuMiKaと共同で、自分らしい住まいや好きな暮らし方を見つけるためのヒントを提供するインタビュー企画です。

海外発の「タイニーハウス・ムーブメント」を源流に、ますます脚光を浴びつつある「小屋」。20世紀の巨匠建築家も設計に取り組んだ奥の深いテーマは、日本で独自に発展する兆しがあります。

その1つが、昨秋に開催された「小屋展示会 by SuMiKa」でお披露目された「In&Out&Go(号)」。それは、なんと「トイレ型書斎」のアイデアを形にしたものでした。
 
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「In&Out&Go(号)」は、最新型トイレと自転車が合体したユニット部に、正十二面体のドーム型小屋を被せた1点もの。Photo by Hirokuni Kanki


自走できる部分(自転車+トイレ)に対して、小屋部分は御神輿のように担ぎ棒が付いている。

この展示会で他に並んでいたのは、実用性があり、販売価格も示された小屋でした。それらとは異なる、非売品のアート作品はなぜ生まれたのでしょうか。

都市の中でプライバシーを保てる空間

アイデアを思いついたのは、編集者の米田智彦さん。2009年頃から温めていた企画でした。
 
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Photo by Hirokuni Kanki

米田智彦(よねだ・ともひこ)
1973年福岡市生まれ。編集者、文筆家。研究機関、出版社、ITベンチャー勤務を経て独立。フリーランスとして出版からウェブ、ソーシャルメディアを使ったキャンペーン、イベント企画までの企画・編集・執筆・プロデュースを手掛けてきた。著書に『僕らの時代のライフデザイン方』(ダイヤモンド社)、『デジタルデトックスのすすめ』(PHP研究所)など。2014年3月より「ライフハッカー[日本版] 」(http://www.lifehacker.jp)編集長。

そもそもトイレという形態にしたのは「都市の中でどうプライバシーを保つか、自分の集中力を保てる場所を見つけるか」という問いへの答えだったと言います。

家でも外でも、都会でも田舎でも、いちばんリラックスできる場所はどこなのか。それは「トイレ」だというイメージがふっと沸いてきて。家族や職場の仲間に囲まれていると、なかなか一人きりの空間はつくれません。でも、トイレに入って鍵をかけると、それが途端に生まれるから面白い。

中学校のとき、家のトイレの壁に年表や英単語を貼っていた米田さん。よくある光景ですが、生活空間にある情報なら楽して覚えられるという「ハック術」だったと分析しています。

狭い空間を情報で埋め尽くすという行為や、情報に囲まれるライフスタイルが当時から好きだったのだそうです。
 
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「電源、ライト、本棚、それにリクライニングシートを備えた究極のプライベートルーム。男のコックピットみたいになったらいいんじゃないか、とラフスケッチを描いていました」(米田さん)

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トイレを選んだのには、日本の技術が結集しているという側面もある。「トイレ自体が暖房器具になったりするので、冬は暖かい。スピーカーが内蔵されていて、座ると音楽が流れ出すトイレって日本だけだと思います。スペック戦争の中で生まれた日本製トイレには、異様な多機能感があります」(米田さん)Photo by Hirokuni Kanki

家も家財も持たない1年を実験

トイレ型書斎の発案当時から、場所や組織にとらわれない“ノマド(遊牧民)的”暮らしかたや、働きかたが可能だと米田さんは考えていました。

その後、2011年の1月11日から約11カ月間、家と家財いっさいを捨てて東京を旅する「ノマドトーキョー」というプロジェクトに取り組みます。

これは、約50カ所のシェアハウスやシェアオフィスを渡り歩き、ノマドやシェア、コワーキングといった暮らしや働きかたを実践する人々と出会い、その現場を実体験する内容でした。

それはちょうど日本でもシェアハウスやコワーキングの動きが一般化してきた頃。アーリーアダプター(先駆者)に会って取材したいと思った米田さんは、自身もソーシャルメディアやモバイル機器を使ってどこまでできるか、1年間の生活実験をやってみたのです。

情報ツールを皆が手にするようになると「社会はそういう姿になるだろう」と直観的に予測しながら取材したと言います。開始から2カ月目に東日本大震災が起こったことも、プロジェクトに影響しました。

震災によって、世の中の価値観がガラッと変わった1年でした。振り返ってみると心身ともに疲れて大変でしたが、まだ明文化されてないもの、ザワザワしている領域にタッチしている手応えがありました。あのとき、あのタイミングでしか出会えなかったものがあります。

そのとき出会った28人との交友録は、2年後に『僕らの時代のライフデザイン』という本になりました。
 
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台湾語版と韓国語版に続き、中国本土に向けても翻訳。「インターネットを基軸とする『東京中心のオルタナティブなライフスタイル』に憧れを持つアジア圏のアーリーアダプターが一定数いるとわかりました」(米田さん)Photo by Hirokuni Kanki

デュアルライフ、ノマドワーク、コワーキング……海外との二拠点生活や「リーンスタートアップ」など、それまで考えていた時代のキーワードが盛り込まれた本。現在からみると当たり前だったりすることも、4年前はまだモヤモヤとしたものでした。

80年代後半から90年代前半、僕が学生のときにはWebデザイナーやWeb編集者という単語はありませんでした。そんな仕事が生まれることすら想像できなかったわけです。

これからも新しい仕事がたくさんできるだろうし、同時に、今ある仕事がたくさんなくなるでしょうね。そういうことに肯定的でいたいし、自分も置いていかれないようにしなきゃとも思いますね。

ネットからのバッシングに直面した

ところが2012年、思わぬバッシングが「ノマドワーカー」に対して起こります。

日本のネットユーザーを中心に広がった、ノマドという言葉への反発。ノマドワーキングという言葉がひとり歩きするとともに、中味のない流行と切り捨てられ、嘲笑の対象とさえなったのです。

僕が思い描いたのは、所属や場所に縛られない働きかたや暮らしかたができるという圧倒的な自由です。

情報をうまく使って、それをマネタイズできる新たな階層が生まれ、特殊な仕事を持った人が「グローバルノマド」のような存在になっていくポジティブな未来です。まさかネガティブな意味でノマドという単語が語られるとは。

組織への帰属意識を持ち、その中で計画性に沿って人生を全うしていくのは大切な生きかた。でも、それとは違う価値観があることを多くの人に訴えるのはまだ難しかった、と米田さんは語ります。

でも、今となっては休日のコーヒーチェーン店で、ノートパソコンやタブレットでお父さんや学生が何かを書いていたりするのは、珍しくないですよね。5年前に予測したノマドワークが日本でもいつの間にか現実になっているわけです。当時も新しいことに敏感で、チャレンジしたい1〜2割の人たちに届くメッセージは発信できたかな。

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Photo by Hirokuni Kanki

PCでなくても、タブレットやマートフォンがあればネットワークでつながり、どこでも仕事ができる。あの騒動から数年も経たないうちに、ごく普通の風景になりました。

家をつくってしまうのが、究極のDIY

編集者や文筆家として、未来を予測してきた米田さん。ノマドトーキョーを通じて考えたもう1つのコンセプトが、空き家の問題でした。少子高齢化が進んで、空き家が増える未来。全国で余った家に住み歩く暮らしかたもできるのではないか…。

ノマドトーキョーのプロジェクトでは、持ち主のお爺さんが倒れてしまって誰もいない家で、掃除係をすることで住んだり、使われていない倉庫の使いかたをレポートすることで無料で住まわせてもらうという体験もしたそうです。

使われていない古民家や、半分腐ってしまったような家などに出会うこともよくありました。その頃から徐々にリノベーションが盛んになってきたので、そういった家を元に戻したり、カスタマイズしたりする方法を考えました。

そんな経験の後、2014年にSuMiKaの「ツリーハウス工務店」に出会って交流するうちに、米田さんはリノベーションとは違った「簡易型の家を建ててしまう」方法論を知ります。

アメリカではリーマン・ショック(2008年)以降、自分で家をつくってしまう動きがあるのは知っていました。数あるDIYでも、最後は家をつくるのが面白い!と聞いていたので、それもアリだと思ったんです。

そこで、5年越しに再浮上したイメージが「トイレ型書斎」。米田さんは「究極の孤独が楽しめる小屋(トイレ)があったらいいと思いません?」とアイデアを披露します。
 
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最初は立方体だった設計案は、その後正十二面体のドームに。味気なかった外観も、正五角形のパネルを裏表使うことで利用方法が増した。

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ツリーハウス工務店に所属するインテリアデザインチーム「デザインムジカ」の安藤僚子さんによるスケッチ。「安藤さんは偶然、ノマドトーキョーのときにお世話になった方。3.11を一緒に武蔵小山で経験したんです。彼女がつくってくれるのはうれしかったですね」(米田さん)

In & Out & Go(号)が実現したのには、アイデアからアウトプットに至るまでが近くなった背景があると米田さんは言います。これまでは職人的な技術を持った人を経ないと形にならなかったものが、3Dプリンターやレーザーカッターなどの普及によって、実現するまでの時間が短くなったのです。

コンセプトやアイデアを持つ人が、文章とかデザインという平面だけでなく立体の、実際のモノをつくれる時代になったんです。これから、住空間や仕事空間を自分でカスタマイズしたり、つくり上げていく時代が来るのだろうと思います。

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制作過程で3Dプリンターやレーザーカッターを用いたほか、電子ペーパーなどの最新テクノロジーを盛り込んだのもポイント。Photo by Hirokuni Kanki

変化していく時代において、米田さんは今、かつてノマドトーキョーのプロジェクトを最初に報じた「ライフハッカー [日本版]」の編集長として組織の中にいます。
 
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ライフハッカー [日本版] 編集部のスタッフは7名。月間約300本の記事を340万人の読者に届けている。Photos by Hirokuni Kanki

1年くらい前からWebメディアが爆発的に増えました。企業も自社サイトだけでなく、ファッションから政治経済、医療やサイエンスまでいろんなメディアをやり始めましたよね。しかもスマートフォンからアクセスできる。

米田さんは2010年代後半のメディアとの接し方について、スマートフォンを立ち上げたときにニュースアプリやブックマークしている他の情報サイトを誰もが見るようになると考えています。

でも、それはダラダラ時間を潰すのに最適なもの。バイラルメディアなどが増え、とにかくWebは話題になって集客できればいいという時代です。人々の可処分所得ではなく、可処分時間の取り合いになっています。

情報を遮断して生まれる効果

長編小説を読むとか、長い時間をかけて何かを考え抜くとか、五感をフル活動させて何かを感じ取るといった能力は、社会が便利になる半面で退化していくのかも知れない。米田さんはそう語ります。

ネットメディアの編集長という職務をこなしながら、こんなことも感じていました。

僕自身、学生の頃に読んでいた長編の翻訳小説があきらかに読めなくなっていて、あとがきからしか読めないんですよ。でも、読書体験というのはタイムラインがあって、起承転結を楽しむ行為。情報収集とは違いますよね。

そんな悩みを感じながら書き上げたのが、2冊目の著書『デジタルデトックスのすすめ』でした。
 
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Photo by Hirokuni Kanki

米田さんは「新しいものを創る」ことについて、危機感を募らせます。

この世で誰かに影響されていない人というのはいないのだけど、新しいアイデアに到達し、オリジナルなものを創るためには、情報を遮断して長い時間をかけて深く突き詰めなくてはいけない、というのが僕の直観です。

日々の仕事に必要な情報は追いますが、意識して情報を“断食”しないと常に追われてしまいます。でも、人生にとって必要なメルクマール(指標)のようなものを見つけられるのは、そこではないのではないか。僕は暇つぶしで人生を終わりたくないです。

朝起きてから、寝るまでネットとつながり、コミュニケーションを取り合うことも多い現代の私たち。メンタルな疲労感を軽減する「情報の断食」は、簡単に取り組めることでした。

1年に何回かオフラインの状態で旅行したり、山登りをしたりすると全然違いますよ。精神的な開放感と疲労度が抜けていく感じがしますから。

漠然とこうなったらいい、こういうことがやりたいというイメージは常にあるものの、米田さんは未来の計画をほとんど立てません。In & Out & Go(号)が5年近くの歳月を経てから実現したように「自分の予想を超えることがやって来るほうが面白い」からです。

猛スピードで情報がやり取りされるメディアの世界に身を置きながら、たまに立ち止まって自分の現在位置とこれからの社会に考えを巡らす米田さんの姿が印象的でした。
 
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Photo by Hirokuni Kanki

心の中に小屋を建てよう

近代化の波が押し寄せる19世紀のアメリカで、ウォールデン湖畔に自ら小屋を建て、そこで2年2カ月のあいだ思索に耽った二十代の若者がH. D. ソローでした。自給自足の暮らしのかたわら、ときおり書物を読み、人間本来の生きかたを考える。そうした体験を後年につづった著書『ウォールデンー森の生活』(1854年)はベストセラーとなります。

ソローが小屋を建てたのは山奥の秘境ではなく、列車が近くを通るような郊外の土地でした。今の暮らしから極端に遠ざからなくても、私たちも時間や情報を自らコントロールすることができるのではないでしょうか。

ネットから情報を取り入れるのをひとまず休み、何かをつくりながら、もしくは読みたかった本をめくりながら、内なる自分と静かに向き合う。そんな「心の中に小屋を建てる」暮らしを試すと、意外な発見があるかもしれません。