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自ら切り開き始めた、防災の未来。「NPO法人プラス・アーツ」室崎友輔さんに聞いた、防災の仕事が自分ごとになるまで

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特集「震災20年 神戸からのメッセージ」は、2015年1月17日に阪神・淡路大震災から20年を経過し、震災を体験した市民、そして体験していない市民へのインタビューを通して、「震災を経験した神戸だからこそできること」を広く発信していく、神戸市、issue+design、デザインクリエイティブセンター神戸(KIITO)との共同企画です。

神戸で防災の仕事に携わる人は、阪神・淡路大震災をきっかけに何か強い想いをもって、その道を選んだという人が多いのかもしれません。

しかしそうではなく、何かに導かれるように、防災の道を選んだという人もいます。それを偶然と呼ぶのか必然と呼ぶのかは分かりません。ただ、神戸というまちがその扉を大きく開いていたということだけは、事実だと思います。
 
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室﨑友輔(むろさき・ゆうすけ)
1980年9月1日京都市左京区生まれ。大学院では心理学を学んでいたが、防災学者である父の影響もあって、防災プロジェクトを多数手がけるNPO法人プラス・アーツのスタッフになる。主に防災に関する事業を担当し「イザ!カエルキャラバン!」「レッドベアサバイバルキャンプ」など、各種防災イベントを手がけているほか、防災ゲームや関連教材の制作、京都市左京区の避難訓練や避難所運営訓練、神戸市の津波避難情報板の制作などに携わる。震災時は中学2年生で京都市左京区で暮らしており、震災の被害は受けなかった。現在は神戸市須磨区に在住。

震災をきっかけに、父の仕事を知る

防災の仕事に就くとは、まったく思っていなかったという「NPO法人プラス・アーツ」の室崎友輔さん。

阪神・淡路大震災のとき、室崎さんは中学2年生で、京都市左京区に住んでいました。京都市は震度5で、かなり大きな揺れは感じましたが、家具が倒れることもなく、学校も普通に登校できました。神戸で甚大な被害が出ていると知ったのは、学校に登校したあとだったそうです。

姉が神戸に住んでいたので、すぐに電話で連絡を取りましたけど、あとは、一般の人が思う感覚と一緒だったんじゃないかと思います。テレビをつけてニュースを見て、ショックは受けましたけど、遠いところのできごとという感じでした。

ただ、震災によって、別の側面から室崎さんの生活に小さな変化が生じます。

実は室崎さんのお父様は、防災の研究者として知られる神戸大学名誉教授の室崎益輝さん。お父様は震災を境に仕事が忙しくなり、ほとんど家に帰ってこられなくなりました。

本当に全然帰ってこないので、テレビを通して父親を見て「今はここでこの仕事をしてんねや」と知る感じでした。そのときに漠然とですけど、父親は社会に求められる、意味のある仕事をしてるんやなと思ったんですね。

でも、それで特に防災に興味が沸いたとか、自分が父のような仕事をしたいと思ったわけではありませんでした。むしろ、すごい有名な人やったので、同じ仕事はしたくないとどこかで思っていた気がします。

導かれるように防災の世界へ

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そんな室崎さんの未来が防災の道へと大きく舵を切ったのは、大学院を修了するときでした。大学では心理学を専攻していましたが、卒業後の進路を考えると「心理学でご飯を食べていくのは難しい」と感じたのです。

どうしようか悩んで、父親にも相談したんです。そうしたら「防災の分野でも心理学の知識が役に立つことがたくさんあるから、そういう道に進むのもいいんじゃないか」と言われたんです。

父親がプラス・アーツの理事をやっていたこともあって「代表の永田さんっていう面白い人がいるから、1回ボランティアに参加して、どういう活動をしているのか見てみたら?」と言われました。

それではじめは「イザ!カエルキャラバン!」という防災イベントにボランティアで参加したんです。

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NPO法人プラス・アーツの神戸事務所がある、神戸市中央区のデザイン・クリエイティブセンター神戸。カフェやホール、ギャラリーなどのオープンスペースのほか、クリエイティブな活動を行う団体がオフィスとして活用し、さまざまなプロジェクトを発信している

室崎さんはそれから1年ほど、自分の将来を考えるべく、ボランティアとして活動のお手伝いをしました。そして永田さんから「人手が足りないので仕事を手伝ってくれないか」と声をかけられ、プラス・アーツに入ることにしたのだそうです。

「ちょっと手伝って」ぐらいの感じで入ったので、こんなに長く働くことになるとは思っていませんでした。

防災の仕事をやっている人は、熱い想いをもって取り組んでいる人がとても多いんです。僕は震災を体験したのも京都やったし、親が防災の仕事をやっているっていう程度の意識だったから、たぶんですけど、感覚がずいぶんライトなんですね。

ただ、まったく関心がない一般の人に防災のことを伝えるときには、そういう人間の視点は活(い)きると思いました。それと、プラス・アーツの考え方とか手法がすごく面白くて、自分に合っていたんです。

結局、室崎さんは“いつのまにか”お父様と同じ防災分野の仕事に就いていたのです。

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神戸市危機管理室とデザイン・クリエイティブセンター神戸がタイアップして企画した「津波避難情報板」の制作にも、プラス・アーツが協力しています

室崎さんとプラス・アーツをつないだ「イザ!カエルキャラバン!」

NPO法人プラス・アーツは、デザインやアートなどの創造的なチカラで社会課題を解決しようという活動を行っています。

防災イベントがきっかけとなって立ち上がった団体なので、全体としては防災の取り組みが多くなっていますが、まちづくりや教育、環境などさまざまな分野の事業を手がけており、そのアート的でユニークな取り組みは、多方面から注目を集めています。
 
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水消火器で的当てゲーム。このプログラムを体験した子どもが、後日、ぼやの火を消し止めたこともあったのだそう

室崎さんが現在手がけている仕事の中で大きいものは、子ども向けの防災訓練イベント「イザ!カエルキャラバン!」、災害時に役立つ知恵や技を身につける「レッドベアサバイバルキャンプ」、そして防災ゲームや防災教材の開発です。

「イザ!カエルキャラバン!」は、プラス・アーツ立ち上げのきっかけとなったイベントであり、室崎さんがボランティアとして初めてプラス・アーツの活動に参加したイベントでもあります。

阪神・淡路大震災の10周年記念事業として、震災の教訓や知恵を子どもたちに伝えるイベントをつくろうと始まったプロジェクトで、被災者の方々にヒアリングを行い、震災のときに役立った知恵や技術を、子どもたちが楽しめるようなプログラムにして体験してもらおうというものです。
 
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毛布で担架タイムトライアル

消火器の的当てゲームをやったり、カエルの人形を毛布を使って運んでもらったり、持ち出し品について人形劇で伝えたりします。

でも防災イベントって、興味がない人はわざわざきてくれないですよね。そこで副理事長の藤浩志さんが考案していた物々交換プログラム「かえっこ」というシステムを利用しました。

これは、いらなくなったおもちゃを会場にもってくるとポイントがもらえて、そのポイントで別のおもちゃと交換できるというものです。

その中には、取り合いになってしまうような人気のおもちゃがあります。そういうものは最後にみんなでオークションして、いちばんポイントが高い子どもが持ち帰ることができるんです。

カエルキャラバンのプログラムに参加するとそのポイントが貯まるので、子どもたちはこぞってたくさんのプログラムに参加し、防災に関する知識や知恵をいつのまにか身につけて帰ります。

参加のきっかけはおもちゃ目当てだった子どもたちも、気に入ったゲームがあれば何度も挑戦し、ときには真剣に、話に耳を傾けます。取り組み方を工夫することで、防災の知識や知恵だって、楽しく学ぶことができるのです。

現在、このカエルキャラバンは全国各地で開催されています。スタッフがすべての会場に足を運ぶことは難しいので、地域の方が運営に回り、継続して開催できるように研修会を行うなどサポート体制を整えているそうです。

東日本大震災の被災地で感じたことをプロジェクトに

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「ひもきり式」という火おこし方法を体験!

そして、そこから発展して生まれたのが「レッドベアサバイバルキャンプ」です。

1泊2日で行われるキャンプでは、火おこしやペットボトルを使った濾過器づくり、ロープワークの勉強やかまどでのごはん炊き体験など、いざというときに役立つさまざまな技を身につけることができます。実はこれは、室崎さんご自身の経験がきっかけで生まれた企画です。

東日本大震災で、10日間ぐらい大船渡の支援をさせていただきました。

避難所のお手伝いをしていたんですけど、避難所ではがれきから薪を拾ってきてお風呂を沸かしていたんですね。初めて薪割りをやったんですけど、全然うまくできなくて苦労して。避難所にいたおじいさんが見かねて教えてくれました(笑)

そのときに、備えや知識も大事だけれど、火を起こせるとか道具を使えるとか、そういう生きる力も大事やなって思ったんです。それで、生きる力を子どもたちに身につけてもらえるプログラムもやりたいねっていうことになりました。

確かにそう言われると、災害時にいちばん必要になるのはサバイバル能力なのかもしれません。現場で感じたリアルな気持ちが、新たな視点からの防災プロジェクトを生み出しました。

災害時に助け合えて、臨機応変に対応できる地域をつくる

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室崎さん

プラス・アーツで働くようになって6年目になりましたが、最近、室崎さんはある想いを抱いています。

現在、室崎さんは京都市左京区で、地域の人たちと一緒に、避難訓練や避難所運営訓練の計画をつくるお手伝いをしています。子どもたちに参加してもらうために「カエルキャラバン」も実施。その中で「それだけだと、伝えられることに限界がある」と感じたのだそうです。

地域の防災訓練って、しないといけないからするっていうところが多いんです。内容もマニュアル化していてリアリティに沿っていません。本当に大きな災害があったときに、そういう決められた避難訓練や避難所運営訓練が果たしてちゃんと機能するのかなっていう疑問が拭えないんです。

それを踏まえて、災害時に有効に機能する訓練に変えていきたいなということを、今すごく考えています。

もちろん、最初の入口として、カエルキャラバンをやることも大事な活動だと思います。カエルキャラバンをやることで子どもたちに防災について伝えることができるし、子どもに伝えるために大人たちも一生懸命勉強します。

でもそれにプラスして、災害時に助け合えて、臨機応変に対応できる地域をつくるということに、プラス・アーツ的な新しい考え方で取り組めたらいいなと思っています。

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大人も子どもも一緒になってバケツリレー競争

防災の意識を高めるための現場に関わり続けてきた室崎さんだからこそ沸き上がった疑問なのだと思います。いざというときに本当に役立つ地域防災訓練とはいったいどのようなものなのか、今後の展開が、とても楽しみになりました。

ある意味、必然。ある意味、偶然

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室崎さんが制作に関わった防災カードゲーム「シャッフル」。ウノとよく似たルールで、楽しく遊びながら防災の知識を学ぶことができます

それにしても、「強い思い入れがあって仕事を始めたわけではない」と話していた室崎さんが、今では防災の未来を見つめ、自らの手で切り開こうとしているのですから不思議なものです。

気持ちの変化はどんなふうに起きていったのでしょうか?

ある程度、自信がついたのだと思います。昔は、自分は何もできないと思っていました。だから「お父さんにはお世話になっています」って言われるの、すごく嫌でした(笑)

今は、自分でプロジェクトを企画したり、ゲームをつくったり、自分でやったと言えるものが増えてきて、全然気にならなくなりました。むしろ親のおかげで、すぐ名前を覚えてもらえてありがたいとすら思います。

ついでに言うと、僕、誕生日が9月1日、防災の日なんですよ(笑) それも子どものころはすごく嫌だったんですけど、最近は講演をさせてもらう機会が増えてきて、9月1日生まれっていう話題があるのはすごくありがたいんです。

さらにこう続けます。

強い想いで防災の道にきたわけじゃないですけど、親が防災の仕事をしていて、プラス・アーツとの縁があって、たまたまプラス・アーツの人手が足りなくて僕に声がかかった。

しかも防災の日生まれっていう、なんというか、ある種、防災でやっていこうかなと思ってしまう素材が揃っているというか(笑)今は、楽しさややりがいも分かってきたので、やれるところまでやっていきたいと思っています。

ある意味、必然。ある意味、偶然。

室崎さんが防災に関わるようになったのは、そんなつかみづらい、さまざまな組み合わせの結果だったのだと思います。しかしそれでも、一歩一歩歩んできた道のりは、しっかりと防災の未来を担っています。

きっかけは必要だけれど、始まりはなんでもいいのかもしれません。今の行動と、行動への誇り、そして未来を思う気持ちさえあれば、想いは、自然と沸き上がってくるものなのです。