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理想的な子どもの環境をつくることは、理想的な社会をつくること。小竹向原、六本木、吉祥寺。3つの「まちの保育園」ができるまで

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まちの保育園 六本木

ソーシャルデザインの担い手を紹介する「マイプロSHOWCASE」スタートから約3年。greenz people(グリーンズ寄付会員)のみなさまの会費をもとに展開する新連載「マイプロものがたり」は、多くの共感を集めたマイプロジェクトの「今」を伝える、インタビュー企画です。

2011年11月、開園から間もない頃にこちらの記事でも紹介した「まちの保育園」。カフェやギャラリーを併設して実践する“まちぐるみの保育”は、評判を聞きつけて、地元だけでなく各地から同じ考えの園をつくってほしいと興味、関心が寄せられているのだそう。

今回は、「まちの保育園」代表の松本理寿輝さんに、これまでの道のりと、開園から約4年を経た“今”の想いを聞きました。
 
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松本理寿輝(まつもと・りずき)
1980年生。1999年一橋大学商学部商学科入学。
ブランドマネジメントを専攻する傍ら、レッジョ・エミリア教育に感銘を受け、幼児教育・保育の実践研究を始める。2003年同学卒業後、博報堂に入社。フィル・カンパニー副社長を経て、かねてから温めていた構想を実現するべく、保育現場での実践活動に参画。
2010年4月ナチュラルスマイルジャパン株式会社を創業。2011年4月に東京都練馬区に「まちの保育園 小竹向原」、2012年12月に「まちの保育園 六本木」、2014年10月に「まちの保育園 吉祥寺」を開園。

“まちぐるみ”で子どもを育てる

0歳から6歳は、人格を形成するうえで大事な時期。その時期に出会った人や出会い方が子どもに大きく影響してくると言われているにも関わらず、地域交流が希薄化している中で保育園に通う子どもたちは、家との往復で、接する大人が限定的になりがちです。

子ども一人ひとりの育ち・学びが豊かなものとなるような保育を目指して、保護者と保育者だけでなく、様々な大人たちや子どもたち同士が子どもたちの成長に関わることができる、地域に開かれたコミュニティのなかで子どもが育つ環境がつくれないか。こうした発想から生まれたのが「まちの保育園」です。

「まちの保育園」は現在都内に3園あり、それぞれの園で地域にひらく工夫がなされています。例えば「まちの保育園 小竹向原」の入り口にあるベーカリーカフェ。

保育園の送迎ついでにパパやママと子どもたちが集うほか、まちの人も自由に出入りをするカフェですが、夜にはお酒も飲め、男性客も多く訪れています。ベーカリーもパートナーである「まちのパーラー」の力もあり、地元でも人気の店になっています。
 
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「まちの保育園」ホームページより ©Donny Grafiks

保育園と地域の両方をつなぐ橋渡し的存在である“コミュニティコーディネーター”がいるのも大きな特徴。

「まちの保育園」では、コミュニティを木の年輪のようにとらえていて、「年輪」の芯には子どもが、そのひとつ外側には保護者と保育者が、その外側には親戚の方や保育園の関係者、さらに外側には地域社会、もっと広い社会、そして世界があります。

年輪が豊かに育まれてゆくために不可欠なのは、年輪の芯がまっすぐでたくましいものであること。子どもを中心にした保育者、保護者の信頼関係をベースとしながら、地域との関係性を育み、社会のなかでの保育園の役割を見出していくことが必要です。

子どもたちと共に活動し、保護者・保育者と対話し、地域の人の想いを受けるなどしながら、豊かなひとの交流のデザインをする。そんな役割を、コミュニティコーディネーターが果たしています。

小竹向原、六本木、吉祥寺。3園の認可保育園ができるまで

2011年4月に小竹向原で開園した「まちの保育園」は現在、六本木と吉祥寺でも開園し、3園の体制に。

一見、その道のりは順風満帆のように見えますが、「認証保育園1園では、私たちの考える環境維持と、保育士の配置が簡単ではなかった」と松本さんは話します。
 
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行政からの補助金もあるのですが、私たちが考える環境で持続可能性を確保していくには工夫が必要です。かといって保育料に頼ることはしたくなくて、保育の理念のシェアをする講演依頼やコンサルティング業務を受けたりと、当時はいわゆる“出稼ぎ”をしていました。

とはいえ、万が一私が病気などで倒れてしまった場合を考えると、このやり方ではいけない。そうと思うようになって、3園の認可保育園の構想を持ったんです。

それ以上に拡大すると「質」の維持に不安が出る。そもそも、私が一人ひとりの子どもの成長を喜びと感じられないまでに規模を大きくしてしまうと、本質的な経営ができないと考えました。

また、保育の質の面で考えても、1園で学びを深めるのも大切ですが、複数園が学び合う環境のほうが、お互いの学びも大きいと感じたんです。

その後、「子どもからまちづくりを考える」という理念に共感した多くの人との出会いがあり、2012年12月に六本木に認可保育園を、さらに、2014年10月には吉祥寺にも認可保育園を開園することになりました。
 
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焼きたてのパンが人気のカフェ。保護者の方やご近所さんでいつも賑わっています Satoshi shigeta(c)Nacasa&Partners Inc.

認可保育所未経験の法人が、きちんと信頼を得て、保育園を認可保育所として開所するのは簡単なことではないのですが、ありがたいことに、私たちの理念を追求できる形で認可保育所として開園させてもらいました。

また、この人だったら、と思える園長先生やスタッフとのいい出会いもあって、3園の体制が実現しました。

そして、「まちの保育園 小竹向原」は増築をして定員を増やし、2015年4月から認証保育所から認可保育園に変わります。松本さんの想い描いた3園の認可保育園の体制が、まもなく実現するのです。

子どもを中心にまちをつくるという、変わらない想い

最初にgreenz.jpにご登場いただいてから約3年。松本さんは、開園当初から「想いは何も変わらない」と話します。
 
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子どもの理想的な環境をつくるって、理想的な社会をつくることと同義だと思うんです。子どもは大人をよく見ている。子どもたちの環境をつくっていくための大事な要素のひとつとして、まず大人たちがどんな信じられる社会をつくっているかということがあります。

子どもたちがその社会に入っていって、面白いと思える社会なら、子どもたちもよく育つんじゃないかと。子どもからたくさんの刺激を受けながら、子どもたちと一緒に大人たちも行動できたらいいと思います。

保育園にできることは、保育園という枠組みを超えて、地域福祉やまちづくりの拠点になっていくこと。子育て世代をつなぐ役割をもつからこそ、そのほかの世代との接点をうまくつくれば、大きな求心力のある場となるはずです。

保育園って地域に根を下ろすので、地域とつながりやすいと思うんです。まちの人たちと“対話”をしながら、地域の拠点としての保育園を、共につくっていけたらと。

例えば、小竹向原では、若い世代の町内会加入率が低いことがひとつの課題になっていたことから、子育て世代が町内会に加入したくなるような、メッセージ性のある地域会報誌をつくるプロジェクトが立ち上がりました。

せっかくつくるのであれば、つくるプロセスからまちの人を巻き込んじゃいましょうよ、と町会の役員の皆さんに提案したんです。

ボランティアで編集委員を募集して、まちのいろんな人に関わってもらって、取材をするプロセスから町内会に興味を持ってくれる人を少しずつ増やしていこうという作戦にしました。

実際に編集委員を募集してみると、幅広い年齢の人が集まって、それ自体が人をまちの人をつなぐ場に。変わらない想いはそのままに、いろいろな人を巻き込むアイデアで、どうやってつながりをつくっていくか、松本さんのあらたな挑戦が始まっています。

唯一無二ではなく、誰もが真似できることを

まちぐるみで子どもの環境をつくり、まちとともにある「まちの保育園」。松本さんは、「ありがたいことに、自分のまちでも同じ試みをやってみたいという声が増えてきた」と話します。
 
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今はまだ、「まちの保育園」という文化をどうつくっていくかを慎重に深めていきたいと考えていますが、徐々にフリードメインのようにして、学び合いのネットワークをつくりたいんです。自分たちも学ばせてもらう仲間を増やすという感覚に近いですね。

松本さんが大切にしたいと考えているのは、誰も真似できない唯一無二のことではなくて、誰もが真似できるモデルとしてやりたいということ。

「こうしたらうまくいったけど、あなたのまちではどうですか?」とカンファレンス形式で情報交換をしたり、合同で研修をしたり。さらには、いろんなまちのコミュニティコーディネーターが集まる会や、保育研究会などをやっても面白いんじゃないかという構想を持っていて。

さらには、保育園という枠にとらわれずに、幼稚園や認定こども園なども含めて、幼児教育について学び合う機会をつくろうとしています。

具体的には、対話の場をつくることです。まちぐるみで子どもの環境をつくり、同時にまちをつくっていくというのは、保育園だけでなく幼稚園でも認定こども園でもできること。ぜひ連携をとって、オープンソースな場をつくりたいと考えています。

前回のインタビューでもお話があった「フリードメイン」という構想、そして開園当初から「まちの保育園」で大切にしている“対話”を、保育園という枠の外へも広げて、子どもの環境づくりにもつなげている松本さん。

そのベースには、「わかりあうことが人々を意味のあるかたちでつなげる」という信念がありました。

「わかる」ということの度合いは、それをどれだけの視点で語れるかということだと思います。だから、あらゆる人の目や価値観が必要で、そこから人の生活の営みの豊かさや住みよく楽しい地域がつくられる気がしています。

保育士の社会的地位を、大学教授並みにしたい

もうひとつ、開園当初から松本さんが取り組みたいと考えているのは、保育士の社会的地位を高めていくことでした。

保育士は、その子どもの一生に影響を与える人格形成期に、長い時間、一緒にいる大人です。

場合によっては、保護者の方よりも長くいることもあります。人の一生に影響を与える立場であるし、その子たちが15年後、20年後に社会をつくっていく立場になることを考えると、保育者は、社会をつくる重要な役割を担っているわけです。

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小竹向原のエントランスにある黒板。エントランスの奥にはギャラリーもあり、まちの人に開放されることも

さらには、保護者の想いを受け止め、パートナーシップを築き、地域の子育てについても手を差し伸べていくという、高度で多岐にわたる仕事なのです。

人の命を育み、社会を支え、社会をつくっていくプロフェッショナルであるわけです。だから、保育士の地位を大学教授並みにしたいと思っています。

子どもの環境からまちをつくっていくというビジョンの実現に向けて、対話の場を広げ、確実に歩みを進めている松本さん。そのビジョンが“文化”となり、保育士という仕事がより社会にとって重要であると認識される日も遠くはなさそうです。

木の年輪のようにじっくりと育てる

最後に松本さんは、まちにひらいていくコミュニティのつくりかたについて、「木の成長と同じですよ」と教えてくれました。

コミュニティのあり方に完成形はないわけですから、フォーキャストし続ける、前に投げ続けることが大事だと思うんです。

さっきの年輪の話ではないのですが、まさに木の成長のようにじっくり年輪ができていくことをイメージして。暖かい季節もあれば、寒い季節もあって年輪ができていく。

だからうまくいっていないときは、そういう季節なのかなって。それでも細い年輪はつくられているのだから。

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信じられる社会をつくるには、何か目標からおろしてくるバックキャストの考え方ではなく、フォーキャストし続けること。

そして、子どもの環境をつくることは、社会をつくること。

地域に密着して暮らす子どもと高齢者を合わせた“地域密着人口”がこれから増加していくなか、どう地域コミュニティを豊かにしていくかが問われています。

「まちの保育園」の取り組みから、子どもをひとりの市民として尊重し、子どもも参加する地域づくりをしていくことについて、大きな可能性を感じました。豊かな地域コミュニティのあり方について、社会的な“対話”が必要になってくるのではないでしょうか?

みなさんも、子どもがいるかどうかに関わらず、社会に対してどんな“対話”ができそうか、考えてみませんか?