ISSUE☆おすすめの連載! わたしたちエネルギー

2 years ago - 2014.09.17

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常識をうたがい、足るを知る。『減速して自由に生きる』高坂勝さんに、ダウンシフトの極意を聞いてみました

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バー「たまにはTSUKIでも眺めましょ」にて。高坂勝さんとgreenz.jp代表/Co編集長の鈴木菜央さん。

わたしたち電力」は、これまで“他人ごと”だった「再生可能エネルギー」を、みんなの“じぶんごと”にするプロジェクトです。エネルギーを減らしたりつくったりすることで生まれる幸せが広がって、「再生可能エネルギー」がみんなの“文化”になることを目指しています。

私たちは豊かな暮らしをするためにお金を稼ぎ、モノを買います。

でも、お金を稼いでモノを買うことで、本当に豊かになっているのでしょうか。もしかすると、その過程で本当に大切な人やこと・じぶんと向き合うことを投げ出してしまっているような気がする。そんなこと、ありませんか?

経済社会や消費社会から降りて、ものを手放し、お金を手放すほど豊かな人生になっていく、「ダウンシフト」という生き方があります。

今回は、著書『減速して自由に生きる −ダウンシフターズ−』で新しい生き方を世に発信した高坂勝さんに、ダウンシフトとは何なのか、どうしたらダウンシフターなれるのか、その極意を聞きました。

お金のかわりに手間をかけよう

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高坂勝さん
1970年横浜生まれ。30歳で心労にて脱サラ。2004年から自ら独りで営む小さなORGANIC BARを開業、稼がない自由を謳歌する。2009年に店を週休2日にして、米と大豆を自給。2012年に週休3日にして、食/電気/家/生業の自給がテーマのNPOを稼働させる。脱・経済成長に向けてのライフ&ビジネススタイルを楽しみ、講演・執筆で自営と自給を勧める。ナマケモノ倶楽部世話人、緑の党Greens Japan元共同代表。

収入を減らして出費も減らして、手づくりと仲間を増やして好きなことして生きてゆく。そんな“ダウンシフト”する生き方を感覚的に伝える場がこのバーで、実践する人たちを「ダウンシフターズ」と言っています。

東京都豊島区にある高坂さんのバー「たまにはTSUKIでも眺めましょ(以下たまTSUKI)」は、池袋駅徒歩10分の十数席程度の小さな居酒屋。高坂さんひとりで経営し、週休3日。営業日も夜だけの営業で、食材やお酒はすべて小さな個人商店や農家から直接仕入れてまかなっています。

たまTSUKIは、靴を脱いで入店する居心地のいいお店。店内は、いかにお金をかけずに手間をかけるかという工夫がちりばめられています。そのいくつかをご紹介しましょう。

定食屋さんから引き継いだ6.6坪の店は、床から棚から扉から、すべてセルフビルドです。
 
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買うことも考えたけれど、ちょうどいいものがなかったので手製でつくった靴箱。
 
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デザインとしてちょっと納得いかなかった冷蔵庫には15センチ幅の板をとりつけてペンキを塗って目立たなくしてみたところ、下水のパイプも目隠しできて一石二鳥。動かしがたい店の構造を逆手にとっています。
 
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厨房にはやかんがありません。壁にかけるにも不便なものを置くよりは、鍋で沸かせばいいからです。また、本来は魚を焼くためのグリルで焼き鳥・野菜・お揚げなどの焼き物をすべて焼きます。
 
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モノを増やせないスペースだからこそ、ツールをいかにシンプルにするか考え抜かれています。
 
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お酒や料理のメニューも年を経るごとに減らしているとか。今ではバーなのに洋酒がない、提供する肉料理は焼き鳥とつくねだけです。
 
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メニューがシンプルになっていくと、ますます自分がオススメしたいものだけになっていきますね。オペレーションも楽になってお客さんと向き合う時間も増える。

鳥肉もそのうち提供をやめたいなとは思っているんだけど、おいしいと言ってくれる人が多いので。オーガニックやダウンシフトに興味のないビジネスマンのためにも、残しています(笑)。

高坂さんが心から応援したいと思えた個人商店だけを仕入先に選び、あえて「オーガニック」を看板に掲げないことで間口を広く持つ。

そんな絶妙なバランスに惹かれて来るお客さんがたくさんいます。

いらない宣伝はしない、働きすぎない

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そんな、たまTSUKIはどのようにして始まったのでしょう。

高坂さんは、バーをはじめる前は大手小売企業で働いていました。スピードと効率を求められる現場で抜群の実績をあげ、同期入社の中では最速の昇進を決めるほど。しかしバブル崩壊でマイナス成長時代に入ると、社員それぞれの個性的な売り方が認められなくなり、イエスマンばかりが社に残るようになります。

そうした職場に自分の未来像を描けなくなった高坂さんは1999年9月、30歳の誕生日に会社を辞めて、野宿をしながら日本全国くまなく巡り、ピースボートで世界をまわる旅の日々を10ヵ月ほど過ごしました。

さまざまなヒト・モノ・コトに出会う中、「必要以上にもうけをつくらなくても生きていける」という仮説を実証する場をつくろうと決めて、10年前の2004年10月にたまTSUKIを開店しました。

池袋というターミナル駅が最寄りですが、歩いて10分はかかります。開業当初から看板もチラシもつくっていません。ランチ営業はしません。「これでは人がこないのでは?」と思ってしまいます。でも、実際には赤字になることのほうが珍しいようです。

1日5〜6人くればいいと最初から思っていて、だったら販促をする必要はないんですよね。口コミや感性で共感した人に来てほしい。うちにくることが目的なら10〜15分歩く場所でもきっと来てくれる。だからこういう場所にかまえたんです。

高坂さんの思惑通り、電車を乗りついで遠くからくるお客さんは後を絶ちません。

このような暮らしかたや仕事のしかたを、ひとことで表現できないかと模索し続けていた高坂さん。

お店が軌道にのっていたさなか、2009年に休みを週1日から週2日に増やすことにしました。同時期にルポライターの友人、荒川龍さんから「高坂さんの生き方にぴったりじゃない?」と「ダウンシフターズ」という言葉を紹介され、やっと探していた言葉が見つかった!と感じたそうです。

より少ない収入で生きるには?

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この言葉に出会ったときと前後して、千葉県の匝瑳市に田んぼを借りました。

「少しずつ自分でできることを増やす」という目標のもと、知人の田植えを手伝ったり、米づくりワークショップに参加しながら、小さな旅を兼ねて2年ほど田んぼ探しをしていたところ、理想の田んぼと出会ったのだそう。

それ以来、お借りした小さな田んぼに稲を植え、畦に大豆を蒔いて育てています。

なぜ米と大豆を自給することにしたのかについて、高坂さんの著書『減速して生きる』にはこう書かれています。

米は主食のご飯になります。大豆は日本食を支える味噌と醤油に変化して、食を豊かにしてくれます。(中略)肉を減らしたときの貴重なたんぱく源にもなります。

この2つのアイテムを自給できれば、何があっても生きることができるわけです。そして、ダウンシフターズにとって、自給は大きな自信になるだけでなく、手段にもなりえます。食費が減らせるので、低収入でいくことが可能です。

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無農薬・冬期湛水・不耕起栽培の田んぼだからか、あぜ道には大豆のみならずこんなモノも!

高坂さんの田んぼを手伝ううちに、自分も田んぼをもちたいと思う人がどんどん増えていき、匝瑳での自給と移住を斡旋する「NPO SOSA PROJECT」が発足しました。
 
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現在では70〜80人が米と大豆を自給し、10組ほど匝瑳市に移住をしたのだとか。参加者の方に話を聞いてみると、「毎週末の田んぼは重労働だけど、生きる力がわきますね。稲が成長してもしなくても、とにかく楽しい!と感じます」とのこと。農業に携わることが与える影響は大きいようです。

月を眺める余裕くらいは

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池袋という都会でバーを営み、匝瑳市で自給のプロジェクトを両立している高坂さんですが、店名の「たまにはTSUKIでも眺めましょ」にはどのような意味が込められているのでしょうか。

会社を辞めたあと1年間キャンプをしながら日本をまわっていました。東北で日本海を眺めつつサンマを焼いていたら、空が暗くなって三日月が水平線に沈んでいったんです。

それまではお金がなければレジャーもデートもできない、感動は得られないと思っていたけれど、毎晩目の前でこんなに感動することが起こっている。「じゃあお金なんて必要ないじゃん」って思いましたね。

それから4年後「月を眺めるくらいの自分の時間をとりもどそうよ」という願いをこめて、「たまにはTSUKIでも眺めましょ」という名前を思いつきました。

ひらめいた瞬間に税理士や会計士の友人に報告してまわったら全員に即反対されて。「これはいける!」と確信して、決めたんです(笑)。

その名に込めた願いのとおり、たまTSUKIで自分の時間をとりもどした人は、人生を見つめ直し、生き方を変えてしまった人もいるのだとか。

企業で働くことに違和感をもちつつ勤めていたけれど、辞めて起業や地方移住の道を選んだ人。学生時代にこのバーに出会って、自給をしながらカフェでアルバイトをして働くことにしたら、それに影響を受けて彼女の兄弟や親まで生き方を変えてしまった家族など、例をあげればきりがありません。

川から上がって、道をつくろう

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川の流れそのものを変えるのは難しいけれど、川から上がって、いい方向に行ける道をつくるのは可能なんじゃないかというのがダウンシフトの考え方です。

大きな流れだと、どんなに抗っても結果的には流されつづけてしまう。その先にあるのが未来のない崖だってわかっていても、流れから抜け出せない人もいる。そんな人のために階段をつくって「こっちの方がゆっくり降りられるよ。そこにずっといたら痛い目みるよ」と言ってロープを手渡す。

そんなイメージです。

確かに、そうかもしれません。

限られたお金で暮らしていかなければならない老後への漠然とした不安、国の莫大な借金、人を人とも思わないような企業や国の人づかい、お金がないから結婚できない、子どもが産めないという若年層や、貧困層の子どもたちの増加。

行きすぎた資本主義のせいでできあがった問題が山ほどあります。今のままなら、お金と引き替えに自分の命を危険にさらさなければいけない人たちは増えつづけるでしょう。そんな未来でいいのでしょうか?

「ダウンシフト」という考え方は、いまの日本に横たわる山積みの問題を解決する糸口のように思えます。

収入を減らして出費も減らして、代わりに手づくりと仲間を増やして好きなことして生きてゆく。そして食べ物をできる限り自給し、たとえ収入がなくたって生きてはいけるという状況をつくってしまう。そうすれば、将来への漠然とした不安もなくなり、人とつながったり、暮らしを手づくりしていく心のゆとりが生まれると思うのです。

いまのあなたが、手放していいと思うものは何ですか?
絶対に手放したくないものは何ですか?

みなさんも、考えてみませんか。

writer ライターリスト

いとうあやね

いとうあやね

いとうあやね(Ayane ITO) フリーランス小学校教諭・ライター・ブロガー。1982年鹿児島県枕崎市生まれ千葉県松戸市在住。 カトリック系私立小学校で3年間教諭を勤めたのち、フリーランスのモノ書きときどき先生に。執筆ジャンルは子育て・学校教育・農業。 教育情報サイト「大人スクール」編集長。 特技は一目見ただけで調理器具や実験器具のメーカーを(だいたい)当てられること、4ヵ月でどんな子でも九九を完璧にマスターさせられること、蚕を育てて絹糸にすること。 学校以外での教師の新しい働き方をつくり、先生がもっとゴキゲンに生きてゆける社会をつくるのがここ10年の目標。 twitter:@ayane_sun55 blog:さそりのしっぽ

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わたしたちエネルギーは、エネルギーを、じぶんごとにして楽しむプロジェクトです。エネルギーを減らしたり、つくることを楽しむ。つくったエネルギーで得られる楽しさ、幸せをみんなで共有する。エネルギーで地域が自立する。今、そんな試みが全国に広がっています。わたしたちは、greenz.jpの記事をつくること、グリーンズの学校で共に学ぶことなどを通してそんな動きをサポートし、そして共に歩みたいと思っています。 このプロジェクトは、経済産業省資源エネルギー庁GREEN POWER プロジェクトの一環で進めています。 ⇒ 特集「わたしたちエネルギー」FacebookページGREEN POWER プロジェクト WEBサイト

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