ISSUE☆連載 野良的生活のススメ

2 years ago - 2014.08.25

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何かに迷ったら、どちらが“健康”か?で選べばいい。自分自身に偽りのない生き方や暮らしをつくる、自然栽培農家・棚原力さんインタビュー [野良的生活のススメ]


PHOTO: 藤 啓介

特集「野良的生活のススメ」は、“野良”な生活、“野良”な働き方を探求する連載企画です。自由気ままに人間らしく、自然のリズムと共に生きる人々の知恵やアイデアを掘り下げ、野良的な感性をみなさんの元へ届けます。

気のおけない家族や仲間たちと囲む日常のごはん。鍛錬を重ねたシェフが自らの世界観を表現する料理。和食、洋食、そして和洋の境目が溶けあうように進化したもの。

わたしたちは食事にさまざまな楽しみ方を見出してきました。生存のための手段であり、楽しみのひとつでもある食は、いつだってわたしたちと切っても切り離せない大切なものです。

しかし、食の嗜好や食文化がどんなに多様化しても、わたしたちの体が食べたものからつくられている以上、安心な食材でつくられた料理を食べたいということは誰もが願うことです。子どもを持つ親であればなおさらのことでしょう。

安心という言葉で語られる食のキーワードのひとつに、自然栽培というものがあります。“奇跡のリンゴ”で知られる木村秋則さんも提唱しているので、聞いたことがある人もいるかもしれません。

実は、自然栽培で野菜を育てる農家の数は、農家全体のわずか1%にも遠く及ばないほどにごくわずか。しかし、そんな神秘的な自然栽培の世界には、食という枠に収まらない、生きるためのヒントがたくさん詰まっていました。

生命力を漲らせるために


「made in natural farm」棚原力さん PHOTO: 藤 啓介

訪れたのは千葉県いすみ市、棚原力さんの畑。この土地で15年以上自然栽培に取り組む農家さんです。

野菜を育てるとき、一般的には肥料と農薬はセットで使用され“このふたつが無ければ野菜は育たない”とさえ言われます。肥料は養分を入れるため。農薬は害虫や病気を防ぐため。しかし、棚原さんはこのふたつを使いません。

肥料を土に入れ続けていくと、野菜自体の生命力が衰えるんです。もし、肥料を入れない限り野菜が元気にならないとしたらどうでしょう?永遠に肥料を使い続けることは現実的でしょうか。

植物に対して日常的に肥料を与え続けるということを人間の体に置き換えると、栄養を日々の食事だけでなく、栄養ドリンクやサプリメントで常に補給し続けるようなものと言えるかもしれません。

野山に自生する植物は誰も手をかけなくても力強く育ちます。つまり大切なことは、いかにして肥料が無くても育つような土づくりをしていくか。良い土と植物だけで育てられたら、それは持続可能ということにも通じると考えています。

肥料もサプリメントも、ほんの100年前には世の中にほとんどありませんでした。では、野菜自体の栄養価は昔よりも高くなったのでしょうか?また、現代のわたしたちは昔の人よりも優れた身体性を獲得できたという実感があるでしょうか。

棚原さんが畑からもいでくれた、自らの根を深く伸ばし、渇望の中から生命力を漲らせたにんじんからは、「そんなに語りすぎるなよ」と言うかのように、深みがありながらもすっきりとした味わいが広がりました。

人類が健康なら地球を発展させられる


「作物も健康。土も健康、そして地球も健康でないといけない。」PHOTO: 藤 啓介

「日々の健康的な土づくりが大切」という棚原さんの言葉は、野菜や植物だけでなく、そのままわたしたち人間の暮らしにも当てはまるように思えてきます。「健康的な土づくり」は、「人間が心地よく生きる環境づくり」と言い換えることもできそうです。

自然栽培をなぜやるかというと、突き詰めるとひとの健康のためなんです。そうすると、作物も健康。土も健康、そして地球も健康でないといけない。

順を追って考えていくと、エネルギーがあっておいしい食べ物は健康的な環境から生まれることがよくわかります。

また、ライフスタイルも、“健康”を軸にして考えてみるといいと思います。でも、これは暮らしの中からコンピューターを無くすとか、誰もがみんな田舎で農業をするとかいうことではありません。たとえ都会にいながらでも、文明の発展と暮らしに伴う健康のあり方があるはずだから。

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PHOTO: 藤 啓介

健康を真ん中に据えて、今、自分のいる環境の中で最大限に気持ちよく暮らすことを考えること。工夫すること。自分の手の届く範囲の環境を気持ちよくしていくことは、自分自身に偽りのない生き方や暮らしをつくるということ。それが、地球環境を考えることにもつながっていくのでしょう。では反対に、地球環境をもっとも著しく壊してしまうものは何なのでしょうか?

健康でない人間が自我欲によって争いを起こしたり、揉め事を起こしたりする。その先に戦争があると思います。だから心も健康でなきゃいけないし、体も健康でないと心も歪んできます。人類のものの考え方によっては地球を壊してしまうこともあるだろうし、永遠に発展させていくこともできるはず。

私のやっている自然栽培は、全てが健康というキーワードに向かっていくための、あくまでも食という観点からのアプローチに過ぎないんです。

食や農業だけでなく、健康から逆算して、ライフスタイル、政治、経済、医療などがそれぞれどうあるべきなのかを考えるということ。棚原さんが広い視野でものごとを捉えるように、わたしたちにも身の回りのことを一つ一つ確かめていくことはできそうです。

しかし、棚原さんは「それぞれの分野でパーフェクトに持っていく発想をしていきつつも、ある意味優柔不断でもいい」と、安心感も与えてくれます。

これかなと思ったらやってみて、違うと思ったらサッと切り替える。難しく考えて頑なに凝り固まるよりは、アバウトだけど芯があるというようなのがいいね。状況をゆっくり整えていくということ。もし違っても学んでいきながら修正していけばいいので、無駄なことってなにもないんです。

自分でやらなきゃわからない

Some rights reserved by Yamanaka Tamaki
Some rights reserved by Yamanaka Tamaki

棚原さんが農業を始めたのは、18歳のときにはじめて自然栽培の田んぼに入ったときの楽しさが忘れらなかったのが直接のきっかけだったといいます。それから、トランペットでバンドマンを志したこともありましたが、やはり農業の世界に戻ってきました。ターニングポイントになったのは、北海道にいた自然栽培の師匠の元に農業研修に行ったこと。

春から秋までのワンシーズンの研修が終わった頃、“販売しきれずに余ったたまねぎやじゃがいもを東京で売ってきてくれないか”と言われたんです。

それを消費者団体などに営業して販売を始めたところ、安心で美味しい野菜にお客さんがつき、継続して続けることに。やがて、有機栽培の野菜は人気が出てきたものの自然栽培の野菜がなかなか売れず、自然栽培をしっかり伝えて広めていくために、「自然農法販売」という会社を立ち上げます。

まずは“販売して売れる”という出口をとにかく増やすことで自然栽培に取り組む生産者が増えるはずだと考えたんです。

しかし、販売自体は不調ではなかったものの、生産者の数は棚原さんの思い描くようには増えていかなかったそう。

それだったらもう自分でやらないとわからないな、と思って会社を辞めて、自分自身で自然栽培で農業をやることにしたんです。


生命力に溢れたにんじん。そのままかじるだけで棚原さんの言葉のようにすっと自分に馴染んだ。PHOTO: 藤 啓介

農業の先生や先輩がいたことから住むようになったといういすみ市には、販売の仕事をしていたときから長らく住んでいたそう。

アルバイトをしながら小さな畑から始めた棚原さんでしたが、今では年間数十種類以上もの作物を育てて出荷し、合間には菜園づくりのテレビ番組の講師を務めるようにもなりました。若い就農希望者や、自然栽培を学びに農家が訪ねてくることも多いといいます。

自然栽培の場合は植え付けちゃったら基本的になにもないわけ。土を寄せたり剪定したりはあるけど、作物の生育が悪くてもあとから養分供給するといった対処療法が無い。

だから彼らに伝えるのは、それまでの土づくりや下準備をどれだけ丁寧にやれるかってことだけなんです。医療や健康な体づくりにも通じるけど、作物の成長という目に見える結果を出すために即効性を求めるのではなく、目に見えない部分にこそじっくり取り組むことがすべてですね。

外からなにかを加えるのではなく、自力を高めることで結果がついてくる。紆余曲折を経て、自ら自然栽培農家となった棚原さんの野菜にファンが多いのは、販売や流通という仕事を通じて、野菜や自然栽培を取り巻く状況を俯瞰して捉えられるようになったという“準備期間”の充実も大きかったように思えます。

答えはその場所ごとにその人が見つけていくもの


「自然栽培農家を増やしていきたい」PHOTO: 藤 啓介

棚原さんがこれから考えていることは、「今まで培った自然栽培の知識と経験を、必要とする人に伝えていくこと」。自然栽培農家を今よりも増やしていきたいという思いは昔から変わりません。そしてその先にはもちろん環境の健康、ひとの健康があります。

いろいろなアレルギーとか化学物質過敏症とか、昔には無かったものが増えてきているよね。健康ってなんなのかっていうものをこれからさらに多くの人が考えるようになったときに、ひとつの選択肢として自然栽培の作物があればいいと思います。

でも普及をすると言っても、自然栽培は肥料と農薬をこの種類このタイミングで入れたらいいというものではないので、答えを持って教えにいくわけではないんですよね。結局答えはその場所場所でその人が見つけていかないといけないんです。

答えは土地ごとにあり、それぞれの場所に合ったやりかたがある。田舎には田舎の、都市には都市の、自分には自分の健康のかたち。それはゆっくりと時間をかけて、もっとも心地よいバランスを整えていく必要があります。

棚原さんのお話を聞いていると、やはり自然栽培の根底を流れる知恵は、農業だけの話では無いように感じてきます。日常生活や、人間関係、子育てにも共通して使うことのできる、生きる知恵のように思えてくるのです。

しかし、命を育てるという行為の中から生きる知恵が生まれるのは、当たり前かもしれません。
 

棚原さんの鶏舎。時々鶏舎から放ち、自由に遊ばせる。エサも輸入飼料を使わず、すべて手づくり。PHOTO: 藤 啓介

棚原さんの野菜をはじめ、自然栽培の作物を日々の食事に少しづつでも取り入れることで、地球そのものが健康で持続可能になり、また、循環という大きな観点から眺めると、結果としてわたしたちもただの消費者ではなく、地球環境の健康に与する生産者となることができるのではないでしょうか。

わたしたちが自分ごととして、健康のために何を選び、何を食べるかということについても改めて考えさせられます。

さて、最後に棚原さんに聞いてみました。現在、棚原さん自身に理想と現実のギャップはありますか。また、棚原さんは健康ですか?

理想と現実っていうことで言うと、経営を考えると品目は絞る方が労力的には楽だし収入的にもいい。でもそれだと楽しくないんだよね。

だから今はたくさんの品目をやるんだけど、そうすると今度は労力が大変。結局どれを取ってもメリットもデメリットもある中でまだまだ自分の答え(=バランス)を探っているところ。だから今は忙しくって全然健康じゃないんだよね。

こだわらない、堅苦しくない。大きな笑顔で笑う棚原さんのそうした風通しの良さが、自然栽培の魅力そのものを表しているように感じました。

writer ライターリスト

磯木 淳寛

磯木 淳寛

greenz シニアライター 食と地域を耕す編集者/プランニングディレクター 自然と共生する価値観と地域の可能性をテーマに取材・執筆・企画。2013年から現場に身を投じるべく、海と里山のある千葉県いすみ市に在住。地域の営みを観察し未来をつくる書き手を増やすための合宿型ライター・イン・レジデンス「ローカルライト-地域の物語を編む4日間」を主宰し、全国で開催中。※参加者の原稿はgreenz.jpをはじめ、いくつかの媒体でも掲載されています(開催地域も常時募集中)。石巻市復興まちづくり情報交流館コンテンツ編集デスク。 ライターとしての執筆媒体は、ソトコト、Be-Pal、NORAH、季刊自然栽培ほか。連載は、季刊自然栽培「見えないものを見る」、OZmall「関東日帰り出会い旅」。近刊予定として『「小商い」で自由にくらす~房総いすみのDIYな働き方』(2016年初冬発刊予定)。 グリーンズではスクールのファシリテーターも努めています。 【Facebook】磯木淳寛 【WEB】SLOW MODERN FOOD ■『“地方で書いて暮らす”を学ぶ4日間』FBページ ■ライター・イン・レジデンス『ローカルライト』

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毎週末、青山でFarmer's Market @ UNUを運営。野菜をメディアと考えて、人と野菜、人と農をつなぐべく、イベントへのケータリングなども行う。2013年よりファーマーズマーケットの季刊誌『NORAH』の編集にも携わり、“野良”な生活、“野良”な働き方を探求中。 著書 『これからの野菜の食べ方』(幻冬舎) 『青山ファーマーズマーケット 畑レシピ』(主婦と生活社)『NORAH』ウェブサイト男子野菜部 Facebookページ

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