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商店街の空き店舗を、物々交換所に!?予測不可能なコミュニティを生むアートプロジェクト「リビングルーム」

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埼玉県北本市にある「北本団地」。3,900人の住民が暮らすこの団地は、世帯主の7割は60歳以上で、ひとり暮らしの高齢者も増えているといいます。

2010年3月、この商店街の空き店舗で「リビングルーム」と名付けられたアートプロジェクトが始まりました。活動初日から団地の子どもたちが店員となって不要な家具を集め、やがてどこにでもある「居間」のような空間となり、大人から子どもまでいろんな住民が集まって、物々交換ができる場所として頻繁に利用されるようになります。

映写機が入荷したら、みんなで上映会を開いたり、カラオケセットが入荷したら、みんなでのど自慢コンサートを開いたり。運営スタッフは、団地住民を中心としたボランティアです。

今回は、団地住民の手によって営業される「リビングルーム」を仕掛けた、アーティストの北澤潤さんにお話を聞きました。

 
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北澤 潤
1988年東京生まれ、アーティスト・北澤潤八雲事務所代表。
行政機関、教育機関、医療機関、企業、地域団体、NPOなどと協働しながら、国内外各地で人びとの生活に寄り添うアートプロジェクトを企画している。日常性に問いを投げかける場を地域の中に開拓する独自の手法によって、社会に創造的なコミュニティが生まれるきっかけづくりに取り組む。

代表的なプロジェクトに、不要な家具を収集し物々交換することで変化し続ける”居間”をつくる「リビングルーム」や、仮設住宅のなかに手づくりの”町”をつくる「マイタウンマーケット」、地域の空き部屋を太陽光発電の”ホテル”に変える「サンセルフホテル」などがある。

「!」ではなく「?」を仕掛けるのがアートプロジェクト

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NPO法人キタミン・ラボ舎から「北本市で何か面白いことができないか」と相談があり、北澤さんが目に付けた場所が、この空き店舗

アートプロジェクトの舞台は、北本団地の商店街の空き店舗。まずカーペットを敷いて、団地内の家を訪ねて不要な生活用品を集めます。たんすやソファ、オーディオやエアロバイク、そして着物や靴まで、集まった品をカーペットに配置して、どこにでもある“居間”のような空間をつくるところから始まりました。
 
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最初は、不要な家具はないかと団地内の家を訪ねて回ります。次第に、団地のみなさんがいろいろなものを持ち込むようになります

集めてきた家具と、自然と集まってきた人たちによって、自分の家族やいつもの居間とは違う、もうひとつの“居間”ができていきます。
 
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空き店舗が“居間”のようになったころ、家にあるものと物々交換できる場所としてひらいていきました

「リビングルーム」のコンセプトは、「もうひとつの日常をつくる」こと。物々交換というしくみによってものが入れ替わると、人の過ごし方も変わって、予測不可能な時空間ができあがっていくのです。

ソファと本があれば、ソファに座って本を読んだり、テレビがあれば、みんなでDVD鑑賞をしてみたり、ご飯の時間には料理が持ち込まれるなど、「リビングルーム」では“居る”場所を町なかで“ひらく”ことによって、コミュニケーションが生まれます。
 
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交換によってものが入れ替わり、空間はどんどん変わります。写真は、麻雀が入荷したので、麻雀大会をしているところ。まさに“居間”の風景そのもの

「リビングルーム」のスタッフは、北澤さん自身はもちろん、団地やその周辺地域に住むみなさんがボランティアで運営しているのだそう。

商店街って、目的を持った店舗の集合体なんですよね。お米屋さんはお米を買いに行くところ、八百屋さんは野菜や果物を買いに行くところ。目的があると、役割が生まれる。役割があると、人はすっと入っていくわけです。

でも「リビングルーム」って、実はそういう目的がないんです。なぜここにあるのか分からないという「?」から始まります。例えば、空き店舗に新しいカフェができたら、「!」なんですね、目的があるから。

「!(ビックリ)」をつくるのは結構簡単だけど、「?(クエスチョン)」をつくるのは難しい、と北澤さんは続けます。

“居間”は既に家の中にあるのに、わざわざ別の場所にもうひとつつくる必要ってあるの?って、「?」度が高いじゃないですか(笑)。しかも、単に変なことをするのとは質の違う「?」。この「?」が、地域におけるアートプロジェクトの一番重要なことだと思っています。

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カラオケセットが入荷したので、のど自慢コンサートを開催。住民ボランティアのみなさんが手づくりのチラシを作成して、団地内で配布しました

埼玉県北本市の北本団地で始まった「リビングルーム」は、すぐに噂が広がって、徳島県徳島市の両国本町でも始まります。

見える課題ではなく、見えない課題を浮き彫りにする

リビングルームが徳島でも始まったある日、お客さんのひとりが旅で訪れたネパールのことを語ります。とてつもなく高い山や賑やかな町。「ネパールで「リビングルーム」をやったらどうなるんだろう?」と誰かが言いました。

その場にいた全員が、ネパールに現れる「リビングルーム」を想像しました。家具は集まるのかな、いまも物々交換の暮らしをしているんじゃない?って。なにげない会話だったんですが、やってみたいね。やっちゃおう!となって(笑)。スポンサーを見つけるところから準備を始めて、現地の通訳やコーディネーターを手配して、スタッフ3人で現地に向かったんです。

カトマンズ近郊に行ってみたら、廃れた店舗なんかなくて、どこもかしこも賑わっている(笑)。建設中の物件を見つけて、村長さんに、「1ヶ月だけ工事待って!ここ貸して!」とお願いして、その場で鍵を預かりました。

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ネパールの首都、カトマンズ近郊。「リビングルーム イン ネパール」は、国際文化交換協会の支援のもと、1年間限定で開催。すぐにたくさんの村人が集う、“居間”のような空間に

日本国内で行われてきた「リビングルーム」の活動を、5,000kmも離れた見知らぬ土地で同じように試みたら、どうなるのか。

オープンまで、みんな黙々と作業したんです。そうしたら予想通り、なんだなんだ?って村じゅうに噂が広がって。芸術らしいぞ、とか(笑)。

そして始めてみたら、老若男女が集まり過ぎだろうという状態。リビングルームの風景は、日本と変わらなかったんです。

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村の子どもたちと一緒に、不要な家具やものを回収します

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大人から子どもまで、なんとも人口密度の高い縁側。物々交換はもちろん、何もなくても人が集まります

「リビングルーム」をソーシャルな観点で捉えると、空き店舗活用、地域活性、物々交換=エコ、多世代交流など、一石二鳥どころではないくらい多くの社会課題がいっぺんに解決できてしまいます。それでも北澤さんは、「リビングルームの価値は社会課題を解決することではない」といいます。

空き店舗もなければ、捨てる家具もない。多世代交流なんか日常的にしているネパールでも、やってみるとリビングルーム“らしき”現象が起きる。ネパールでやってみて分かったことは、「リビングルーム」の価値はどこにあるか、ということなんです。

では、「リビングルーム」の価値とは、何なのでしょうか。

リビングルームに集まってきた子どもたちは、不可触民といわれる、カースト制度の外側にあって、ヒンズー教社会において最も差別されている存在。貧しいため学校に通うこともできない彼らがリビングルームで“しごと”をしていると、「おー、頑張ってるな」と褒められるのだそう。
 
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不要な家具を運ぶのを手伝ってくれる子どもと北澤さん。子どもたちは“もうひとつの日常”を見つけて、きらきらとしています

大人に声を掛けられて褒められるなんて、起きている現象としては些細なことかもしれないけど、彼らにとっては人生が動くくらいの大きな出来事だと思うんですよね。

彼らは、彼らの中にある課題を、「リビングルーム」を通してほんの少しだけど、クリアにしている。ソーシャルデザインって、見える社会の課題を課題として捉えていると思うんですけど、僕がやっているアートプロジェクトは、見えない課題を浮き彫りにしている、ということだと思うんです。

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「リビングルーム イン ネパール」では、この村の踊りが乱舞された日も。写真は、北澤さんが村の踊りを教えてもらっているところ

課題として見えていない、人の心のなかにある課題をどうやって浮き彫りにして乗り越えるきっかけをつくるか、それがおそらくアートの役割のひとつではないかと北澤さんはいいます。

「リビングルーム」の価値は、“もうひとつの日常をつくる”という問いをたてて、心のなかにある課題を乗り越えるための機会をつくることなんです。

よく、このアートプロジェクトで「社会をどう変えるんですか?」と聞かれるけど、こうやって変える、なんて言いようがないんですよね。なぜなら、社会そのものは変えないから。人がいて、地域があって、社会がある。社会を変えるよりも、まず“人”なんです。

人は、これまでの“日常”からつくられている

“もうひとつの日常をつくる”という問いが北澤さんのなかに生まれたのは、現代美術家である日比野克彦さんの現場に出入りしていた、学生時代にさかのぼります。
 
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自分という人間は、何によってできているか。それはいろんな解釈があると思うんですけど、家族や学校といった背景はもちろん、こういう病院に入院したとか、誰かとどんな話をしたかといった、生きているなかで連綿とつながっている「日常」なんじゃないかと思ったわけです。

でも常に、どこか型にはまっていて、自分らしく生きていないのではいう感覚もあったんです。家庭であれば父と息子だったり、病院だったら医師と患者、学校だったら先生と生徒。型のなかでつくられる自分に、違和感を持ち始めたんですね。

それなら、“日常”を根本から変えることは難しいかもしれないけど、“もうひとつの日常”ならつくれるかもしれない。自分が今まで表現できていなかったことが、“もうひとつの日常”なら表現できるかもしれない。

「今まではつくられてきた自分だったけど、“もうひとつの日常”という場をつくることによって、ここからは自分が自分をつくったと思えるようになってきた」と北澤さんは続けます。

“型”から解放されて、自分らしく生きる。これは、いい生き方なんじゃないかと思ったんですね。いろんな人との関わりのなかで、抑えていたかもしれない自分らしさに気づいたり、本当の自分に出会えたりする。僕の現場では、笑っちゃうくらい、みんな目に見えて元気になっていくんですよ。

“もうひとつの日常”をコンセプトとする「リビングルーム」で起きていることは、ひとりひとりが自分を取り戻せる、ひとりひとりが主役になれる“もうひとつの日常”であるということ。

ひとつ例を挙げると、北澤さんが手掛ける別のアートプロジェクト「放課後の学校クラブ」では、子どもたちひとりひとりが主役になれる“もうひとつの学校”をつくっているといいます。
 
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茨城県水戸市の小学校にて。放課後につくるオリジナルの「学校」では、有志の生徒や地域の大人たちがクラブの部員となって、子どもたちが自主的にやりたいことを形にしていきます

「放課後の学校クラブ」は、みんなで“もうひとつの学校”をつくるプロジェクトなんだよって子どもたちに説明すると、「もうひとつあるなら、いつもの学校じゃなくて好きに考えていいんだよね」とみんなワクワクし始めるわけです。

そこでは、ひとりひとりが主役。課題はこうだから、みんなでこう解決しようという考え方ではなくて、単純に自分がこれをやりたいからという考え方で動いていく。社会の課題じゃなくて、あくまで自分の中にある課題なんですよね。

“社会”の課題ではなく、“人間”の課題

ひとりひとりの“人”に対して何かが起きていくのがアートプロジェクトの面白いところ。「リビングルーム」に話を戻せば、“もうひとつの日常”にすっと入れる人もいれば、なかなか入れない人もいる。物々交換をする人もいれば、しない人もいる。それは、すべて自分自身が決めることで、言い方を変えると、その人自身が試されているということでもあります。

“もうひとつの日常”を通して、もともとその人が持っていた“創造力”を取り戻して、発揮できる。それが僕のやりたいアートプロジェクトなんです。

“創造力”は人間の原点。これだけは失ってはいけない最後の砦。アートプロジェクトは、“人間の課題”に立ち向かっていると言えるかもしれません。

でも、“アートプロジェクト”と聞くと、知っているような、知らないような。捉えどころのない言葉でもあります。

アートプロジェクトは、まだ仮の言葉だと思うんですよね。僕のやっていることがひとつのジャンルになって、それが社会におけるひとつの選択肢になったり、起爆剤になればいいなと思っています。

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写真は、地域の空き部屋を手づくりの「客室」に変え、一泊分の電力をオフグリッドの太陽光エネルギーによってまかなう、不定期出現型ホテル「サンセルフホテル」を説明しているところ。詳しくは、こちらの記事からどうぞ!

北澤さんがアプローチしているのは、“社会”の課題ではなく、“人間”の課題。

ひとりひとりが主役となり、創造性を取り戻すことができれば、結果的に社会課題も解決されていくのです。

最後に、これから始まるアートプロジェクトについてお聞きしてみると、京都府舞鶴市の遺跡を「博物館」に再生する、「時間旅行博物館」について教えてくれました。
 
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現在は使われなくなった海軍のための飲料水の貯蔵庫。水の対流が生まれるように、5.6mもの巨大壁面が水路となって立ち並んでいる空間が特徴

海軍の時代から50年前まで飲料水の貯蔵庫として使われていた配水池。かつては大量の水が流れていたこの場所に、今度は「時間」を流そうと、舞鶴の過去・現在・未来を旅する「博物館」として蘇らせる構想です。

興味のある方は、足を運んでみてはいかがでしょう?地域住民の有志のみなさんが「時間旅行学芸員」として、時間旅行へと案内してくれますよ。