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2 years ago - 2014.07.24

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被災した人も、そうではない人も、東日本大震災を“自分ごと”にするために。「20世紀アーカイブ仙台」がこだわり続ける「アーカイブの活かし方」

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2011年3月13日 余震が続く中、仙台市の友人宅で共同生活を始める若者たち。(撮影:北野央さん)

みなさんは”アーカイブ”という言葉から、どんなことを連想しますか?資料を収集・保存することや、ブログの過去の投稿、図書館の書庫など、「記録を大事にしまっておくこと」をイメージされる方が多いかもしれません。

今回ご紹介するのは、宮城県仙台市で、市民から提供された画像や映像の収集・保存を行う「NPO法人20世紀アーカイブ仙台」(以下、「20世紀アーカイブ仙台」)です。

設立当初の主な活動は、昭和や大正時代の貴重な写真や8ミリフィルムをデジタル処理して保管する“昭和アーカイブ”でした。しかし、東日本大震災後、市民が撮影した被災生活の写真を記録する“震災アーカイブ”に取り組み始めることで、アーカイブの真の意味を模索しています。

アーカイブがコミュニティに貢献できる可能性とはどんなものなのか、収集・保存だけではないというアーカイブとは何なのか。「20世紀アーカイブ仙台」副理事長の佐藤正実さんに、お話を聞きました。

市民目線の写真にこだわる理由

佐藤さんは、仙台市の古写真や復刻地図などを企画・発行する出版社、「風の時編集部」の代表。“仙台の原風景を観る、知る”をテーマにしたフリーペーパー『風の時』の編集を手掛けてきました。

一般家庭で撮影された大正・昭和時代の写真や8ミリフィルムが廃棄処分されているという現状を知ったことから、仕事を通して面識のあった映像会社代表の坂本英紀さんと、2008年に家庭で眠っている資料の提供を募り始めます。

翌年には、アナログ音源収集を行う地元企業と三社協同でNPO法人を設立し、本格的な活動をスタートさせました。
 
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祖父母の代からずっと、生まれも育ちという佐藤正実さん。優しい笑顔が、人をほっこり和ませます。

2010年4月には、市民から提供された4,000枚の写真と8ミリフィルム120本からセレクトして編集した『クラシカルセンダイ アマチュアカメラマンが映した懐かしい昭和時代の仙台』(以下、『クラシカルセンダイ』)を発行。

2,000部限定で発売されたこのDVD付き写真集は好評を博し、あっという間に完売に。そこで、佐藤さんは読者の反響から、あることに気づきます。
 
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20世紀アーカイブ仙台として初めて企画・編集した『クラシカルセンダイ』。現在は完売のため入手不可。

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おかっぱ頭の女子生徒と、刈り上げ頭の男子生徒。おどけた表情でカメラを見つめる子もいれば、恥ずかしそうに顔を隠している子もいます。

例えば、上の写真をご覧になってみてください。

この時代をリアルタイムで過ごした方や、ご家族などから見聞きしている方なら、おそらく「懐かしい」と感じたのではないでしょうか。「私(もしくはご家族)も同じ髪型をしてた」「人見知りで写真が苦手だったな」など、ご自分の体験を思い起こされた方もいらっしゃるかと思います。

この写真は、昭和32年に仙台市の小学校で一般市民により撮影されたものです。このように、地域性が特定されるものがほとんど映っておらず、個人的な写真であればあるほど、汎用性が高いとわかったんです。

プライベートな成長記録や家族写真ほど、見る人にとっては自分の体験とリンクして感じ取るものが大きいのではないか。この発見は、震災後のアーカイブ活動に大きなヒントを与えることになります。

“非日常”の中にある“日常”をアーカイブ

2011年3月11日に発生した東日本大震災。仙台市内で被災した佐藤さんは、ライフラインが途絶え不自由な生活を続けながらも、「東日本大震災アーカイブに着手しなくては」という使命感を抱きます。そして震災からわずか11日後、twitterで写真提供を呼びかけました。
 
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佐藤さんが3月22日にtwitterに投稿した、実際のツイート。

市民から続々と寄せられてくる画像数は、10日間で300枚を超えます。プロのカメラマンによるものではないため、中にはピントが合っていない写真や、画質の粗いものなども含まれていることも。

しかし、そこに映し出されていたのは、今まで当たり前にできていたことができない“非日常”の中で、市民が送っていた“日常”の生活風景。市民が実際に何を見て、何を感じていたのかが刻々と映し出されたものでした。
 
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2011年3月24日 食料品はすべて売り切れのコンビニエンス・ストア。(撮影:佐藤圭子さん)

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2011年3月14日 「宮城野小田原喜代の湯さんやってます」「勾当台公園の市民広場(市役所の方)の水道出てますよ!飲めます」などが掲示された一番町4丁目商店街の情報掲示板。(撮影:堀野正太さん)

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2011年3月28日 デリバリーがストップし、食料・生活用品などと共に雑誌・本も配本できない時期、マンガ雑誌を回し読みできるようにした塩川書店。(撮影:衞藤 雅之さん)

最終的に集まった、約150名の市民からの約18,000枚もの写真。そこから1,500枚を選出し、『3.11キヲクのキロク 市民が撮った3.11大震災 記憶の記録』(以下、『3.11キヲクのキロク』)を震災から1年後の2012年3月に発売します。

震災を風化させてはいけない、という思いで製作されたこの写真記録集には、写真に加えて市民の被災体験談や津波浸水エリアマップなども掲載。市民の思いがずっしりと詰まった、貴重な一冊となりました。
 
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『3.11キヲクのキロク』。市民力が結集した渾身の写真記録集です。

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2011年3月12日 震災翌日、七輪と鍋で炊いたご飯で朝食。洗わなくても済むように食器にはラップを敷いて。(撮影:佐藤 寛法さん)

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2011年3月16日 積雪の朝。家族総出で運び出した雪をお風呂に入れて、水洗トイレなどの生活用水として活用。(撮影:清藤 正人さん)

テレビでは、津波で流された建物や自動車、瓦礫の山など、災害の酷さや被害の大きさを物語るショッキングな映像が多く取り上げられます。そのあまりの惨状に、震災を経験しなかった方にとっては、まるでCGのようだとか、現実感のない出来事として捉えられてしまうのでは、という危機感がありました。

自然災害はいつ、どこでも起こりうることです。市民目線の生活感あふれる写真をご覧になることで、震災を他人ごとではなく“自分ごと”として感じてほしい。また、被災した時に何が必要なのかをイメージすることで、防災や減災に役立ててもらえればと思います。

『3.11キヲクのキロク』は、仙台市内書店やAmazonで購入できます。また、昨年10月には、クラウドファンディングサイト「READY FOR?」で、『3.11キヲクのキロク』を全国の図書館に届けるプロジェクトを実施し、目標金額を見事達成。

今年1月には、全国47都道府県立図書館108箇所に配布完了しています。みなさんのお近くの図書館でも、是非お手にとってみてください。

全国に広がる 『3.11キヲクのキロク』

2011年秋、『3.11キヲクのキロク』の読者から、もっと多くの方に写真を見てもらえるよう写真展を行いたいという連絡が佐藤さんのもとに入ります。

この提案をきっかけに、自治体や市民グループの協力のもと全国で行われた「3.11キヲクのキロク パネル展」は、イタリア、オランダといった海外を含め、2年間に110箇所で次々に開催され注目を集めました。
 
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2012年3月、大阪府枚方市で行われたパネル展で、熱心に写真を見つめる来場者。

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2011年11月27日、イタリア・ミラノの日本学校で開催された「ラフェスタ」内でのパネル展。

来場者からは、「実際に被害に遭遇するとこういう生活になるとわかった」「テレビなどからの情報でしか震災について知らなかったが、自分の生活と震災は密接しているとわかった」など、沢山のメッセージが届きます。

次第に、震災直後の状況だけではなく、復旧・復興の過程を知ってもらいたいという想いが強くなる佐藤さん。2012年5月から、市民と共に『3.11キヲクのキロク』で撮影された場所に訪れ、ほぼ同じアングルで撮影する定点観測に着手します。

震災から2年が経過する2013年3月には、その記録をまとめた『3.11キヲクのキロク そしてイマ』を2,000部限定で発売(完売のため現在は入手不可)し、ホームページも開設しました。
 
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「3.11キヲクのキロク そしてイマ」のトップページ。震災後、どうまちが変わったのか、あるいは変わらないのか。その様子が地域毎に掲載。英訳も併記されています。

過去の想いを紡ぎ、未来へつなげるアーカイブ

震災アーカイブ活動は、まだまだ多岐に渡る展開をみせます。今年秋と来年には、被災地を訪れて震災以前の生活や現在の状況を知ってもらおうと、震災メモリアル・市民協働プロジェクト「3.11オモイデツアー」を計画中です。

ツアーの企画運営やガイドを担当するのは、大学生や社会人の希望者。ツアー参加者にどう震災を伝えていくかの視点を、一緒に作り上げているところです。

昭和アーカイブ活動も、引き続き活発です。「どこコレ?おしえてください昭和のセンダイ」(せんだいメディアテークとの協働事業)は、撮影場所や日時の分からない昭和時代の写真や8ミリ映像を展示し、来場者から情報を寄せてもらう試みをするイベント。各回大好評につき、今年4月に第3弾を実施したばかりです。
 
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写真を見て何か思い出したら、ポストイットに書いてペタペタ貼り付けます。こうした参加者の情報から、日時や場所が特定できた写真も多いとか。

まさに“20世紀アーカイブ仙台ならでは”といえるのが、昭和の写真や8ミリフィルム上映会です。名称は、「8mmフィルム鑑賞の日」「昭和を語る会」「8ミリで楽しむっ茶会」などその都度変わる時もあれば、会場も市民センターやデイサービスセンター、仮設住宅などさまざま。

しかし、「参加者が思い出を語り合う場づくりをする」という目的は同じです。昔の資料を見て回想することで、五感を刺激して脳を活性化させる効果も期待されているといいます。
 
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2013年5月に、仙台市沿岸部の仮設住宅集会所で行われた「8ミリで楽しむっ茶会」。昭和時代に撮影された写真や8ミリフィルムを上映しながら、参加者に思い出をたずねていく佐藤さん。(写真右)

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活動は東北6県にも広がり、2014年4月には福島県福島市の仮設住宅で「8ミリで楽しむっ茶会in浪江町」を開催。懐かしい記憶がよみがえり、参加者のみなさんの笑顔も弾みます。

数多くのプロジェクトで多忙な毎日を過ごす佐藤さんの、モチベーションの源について伺ってみました。

写真を見た方が、懐かしそうな表情で思い出を語ってくれたり、幸せそうな顔をされているのを見ると、やりがいを感じますね。

人間の記憶ですから、もちろん間違っていることもあるんですが、誰かが発した思い出を元に、また別の方の記憶が呼び起こされていく。写真を通してご自分の経験を思い返してもらうことで、感覚や感情に幅が生まれていく瞬間を、そばで感じることができるんです。

写真の持つ力というよりは、写真を通して紡ぎだされる、人間の記憶のすごさを常々思い知らされます。

そして、「アーカイブは、ただ収集・保存したり、記録や年表をつくることだけではない」と続けます。

大事なのは収集した素材ではなく、それをどう活用するか。それこそが、アーカイブの重要なテーマだと思っています。

昔の写真や映像を見て、ご年配の方々にご自身が生きていた時代を思い出して語ってもらう。それを記録して、子どもたちにその体験を共有してもらう。各世代をつなぐコミュニケーションの役割を果たすことに、これからも力を注いでいきたいですね。

散らばった思い出のかけらをつなげる新プロジェクト

震災後に発行された『3.11キヲクのキロク』と、その続編となる『3.11キヲクのキロク そしてイマ』。そして現在企画している新たな写真記録集が、『オモイデピース ここからはじまる、まちとひと。』(以下、『オモイデピース』)です。

『オモイデピース』製作のきっかけは、大学生インターンが中心となって企画した「もういちどみてみよう3.11ツアー」(震災メモリアル・市民協働プロジェクト)でした。

県外在住の方や在仙外国人を対象に、被害の大きかった仙台市や名取市の沿岸部を訪れ、震災直後に撮影された写真と比べながら復興の様子を体験してもらったんです。

参加者から、「何もなくなってしまった風景からは、ここに暮らしていた人たちの生活がイメージできない」という声を聞いて、はっとしました。確かに初めてその場所を訪れる人にとっては、震災前の様子を想像するのは容易ではないですよね。

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2013年9月に実施した「もういちど見てみよう3.11ツアー」。津波の甚大な被害を受け、更地になってしまった場所を見つめる参加者たち。

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2011年3月14日 震災から4日目。火災の煙が立ち続ける石巻市門脇町。(撮影:小山貴之さん)

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2012年10月20日  震災から1年7ヶ月後、同場所撮影。

土地には、人々の記憶があります。立つ建物は変わっても、ここには昔八百屋さんがあってトマトが美味しかったとか、いつもオマケしてくれたとか、人それぞれの思い出が残る。

ですから、震災前に撮影された写真と、同じ場所の現在を定点観測した写真を並べることで、震災前の記憶と現在をつなげたいんです。

思い出(オモイデ)の小片(ピース)をつなげる記録集を製作し、完成後に全国図書館に寄贈するため、現在「READY FOR?」で「オモイデピース・プロジェクト」にチャレンジしているところです。

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『オモイデピース』の完成イメージ。ページ左側が震災前の風景で、左側が現在となっています。

仙台市街地は、3年前に起こったことを時々忘れてしまうほどの復興ぶりですが、市街地から車で沿岸部を15分位走れば、津波被害を受けた跡が今も痛々しく残っています。仙台は復興が進む中心部と津波被災のあった沿岸部が隣接するという、他のまちにはない特徴を持っているんですよね。

震災時の記憶が生々しく残り、まだ思い出を語ることのできない方も少なくありません。『オモイデピース』がきっかけとなって、人々が記憶を語り始めることができるようになれば。そして、その記録を後世に残していければ、と思っています。

カメラ付き携帯やデジタルカメラの普及という背景も相成ってか、「20世紀アーカイブ仙台」の活動には世代を問わず支持してくれる方が増えてきているといいます。集めて保管するだけではない、“未来に伝える”アーカイブ活動が、市民に広く支持されている証拠にちがいありません。

みなさんも、「20世紀アーカイブ仙台」が挑戦している「オモイデピース・プロジェクト」のサポーターとなって、未来へ想いをつなげる活動の一翼を担ってみませんか?

(写真所蔵・提供:NPO法人20世紀アーカイブ仙台)

震災以前と現在を定点観測した写真集『オモイデピース』の製作と、図書館寄贈ができるように応援しよう!
READY FOR?『オモイデピース』プロジェクト

『3.11キヲクのキロク』を読んで、東日本大震災を“自分ごと”として考えてみよう。
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デラベキア 牧枝

デラベキア 牧枝

greenz ライター Makie DellaVecchia 宮城県仙台市の国際交流協会、中間支援NPOなどで勤務後、2012年に米国に移住。オレゴン州ポートランド、コロラド州デンバーと引越し、現在はミシガン州アナーバーで夫と猫と暮らす。 動物保護、環境、貧困、食(ベジタリアン、ヴィーガン)にまつわるソーシャルビジネスに関心があります。

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