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2 years ago - 2014.06.30

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ひとつの映画で世界をつなぐことができる。ペイフォワードで世界を回り続ける映画『純愛/JUN AI』の奇跡

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「あなたは、本当に、本当にひとつの映画で、
世界を変えることができると信じているのですか?」

「はい、そう信じています。」

モナコ国際映画祭で、その年最多である5部門の賞を受賞したとき、小林桂子さんは力強くインタビューに答えました。

そう、ずっとずっと、彼女はそれを信じてきました。その想いから、映画『純愛/JUN AI』が生まれ、世界一周し、今も広がりつづけているのです。

ひとりの描いたビジョンから生まれた映画

この映画の製作総指揮・主演女優であり脚本も担当した小林さんは、5歳のときにある想いを抱きます。

小林さん 同じ地球の中で、飢餓に苦しんだり、戦争をしている人たちがいる。同じ星に生まれているのに、日本にいる自分と他の国にいる子どもたちにはこんなに大きな違いがある。自分が大人になったら平和な世界をつくり、地球を幸せの星にしよう。

その頃、小林さんはディズニー映画の『バンビ』を観て、強い衝撃を受けます。命の尊さや親子愛を『バンビ』から学んだ小林さんは、映画の持つ影響力に気づき、「そうだ、将来自分は平和を伝える映画をつくって、その映画に出演し、それを広めて平和な世界をつくろう」と決心します。
 
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戦後、中国に残された日本人女性を演じた小林さん(映画『純愛/JUN AI』より)

それから、小林さんは、演技をはじめ映画作成のために必要な勉強をし、女優として舞台やテレビで活躍するようになりました。その間も、ずっとどのような映画をつくろうかを考え、準備をする日々だったといいます。

そんな小林さんにある日、中国で舞台に出演する仕事のオファーが来ます。それは日本人の残留婦人の孫という役でした。この舞台に出ることで、初めて日本と中国の過去の歴史、戦争、残留孤児のことを知った小林さんは、とてもショックを受けました。

小林さん ハルビンの公演の後で、楽屋出口に残留婦人の方々が訪ねてきて、口々に「私たちのような存在を忘れないでいてくれてありがとう」と言ったんです。でも、忘れないでいたわけではなかった。私はそういう人たちがいることを知らなかったのです。

多くの日本人が、戦争についてきちんと教育を受けておらず、中国との間に何があったのか、どんな人たちがいたのかを知らないと、その時に気づいたのです。

しかし、舞台の台詞であっても、心から発せられる言葉であれば想いは伝わる。初めて出会う中国の人々が舞台に感動してくれる様子を見て、小林さんは自分の夢である「映画で平和を伝える」ということの力を再度確信します。

そして、敵対する人たちがそれを乗り越えて協力し、未来をつくる愛の力を、自分の作品のテーマにしようと決めました。

その後、小林さんはもう1本中国の作品に出演し、いよいよ自身の映画作成を開始します。小林さん自ら脚本を書きましたが、中国人監督のジャン・チンミン氏と話し合いを重ね、中国人、日本人の両方の心理が不自然でなく描き出せるように推敲を重ねたそうです。

そして8年という歳月をかけ、この映画のビジョンに賛同する映画スタッフ、俳優、ボランティアがひとり、またひとりとあつまり、ついに『純愛/JUN AI』は完成します。それは1945年夏、中国に取り残された日本人の開拓団民と中国の農民たちの国境を越えた友情、命を賭けた愛の物語でした。
 
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愛や友情は国境を越えて人の心をつないでゆく(映画『純愛/JUN AI』より)

映画を観た人が「仲間」に

2007年、日本の銀座、札幌、名古屋での劇場公開を果たした『純愛/JUN AI』は、翌年には中国で全国約250の劇場で公開されました。同時に、国際映画祭に招待され、セドナ国際映画祭の最優秀長編作品賞など、8部門で賞を受賞します。

しかし、それだけではありませんでした。日本で『純愛/JUN AI』を観た人たちが、自分の大切な人に観てもらいたいと上映会を企画し、人のつながりでどんどん映画が広がり始めたのです。
 
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日中交流のミニ上映会も行った。

映画の製作当初から、ボランティアとして関わり、現在は事業運営の責任者を務める奥山省吾さんは、映画の劇場公開時に、何度も観にきてくれる人たちがいるのに気づきました。それも、毎回友達や家族を誘ってきてくれるのです。

奥山さんや小林さんが最初から考えていたのは、宣伝広告で人をあつめるのではなく、来てくれた人と友達になって映画を広げていくこと。ですから、劇場公開の時にも、できる限り小林さんは舞台挨拶に行き、実際に来てくれた多くのお客さんと会って話したそうです。そして友達になり、それに感動した人たちがまた友達を連れてくる…ということが起こり始めたのです。
 
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30人以下の小さな上映会にも舞台挨拶に行く(中央が奥山さん、右が小林さん)

そこで、2009年から「純愛パスポート」を始めました。これは、一度映画を観てくれた人は何度でも無料で映画を観ることができるという赤いパスポートです。

そして、2012年からは、映画を観た人が他の誰かのために鑑賞料をプリペイドして、招待できる白いパスポートができました。これによって、世界にも例を見ない、ペイフォワード(=恩贈り)でこの映画は広がりつづけるのです。
 
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赤いパスポートを持っている人が、白いパスポートで人を招待するようになってきた

奥山さん 何度も来てもらえるようにしているのは、何度も出会うことによって人の絆が深まるからです。現在、月に5~10回くらいの上映会が日本各地で開かれています。映画を観に来てくれた人が、僕らと友達になって、上映会を企画してくれるのです。そこにもなるべく行って、来てくれた人と会うようにしています。

僕は、この映画を大きく広げるのは多くの方との共同創造だと思っています。僕の一番大切な仕事は人の絆をつなぎつづけていくこと。そう思って、仲間をつくるための上映と交流をつづけています。

さらに、映画を観た人が、ボランティアで通訳をしたり、人を紹介してくれたり、チラシを配ったりと、いろいろな人たちが動きはじめました。

現在事務局スタッフを務める緑川望さんもその一人。札幌で映画を観た友人から電話があって、「ぜひこの映画を観てほしい」と言われ、東京で観た緑川さんは、映画とそのビジョンに感動し、ボランティアとして6年間関わり、今年からついに事務局のスタッフになりました。

未来につないでいくもの

平和のメッセージを映画で伝えると同時に、小林さんたちは中国の山東省に小学校と幼稚園をつくり、教育支援もしています。映画の上映で集めた「こども基金」を送ると同時に、地域の人たちと協力して学校の運営を共に行っているのです。

2004年につくられた希望小学校は、貧しい農村にありながら県の最優秀モデル校に選ばれたことにより、全員が中学校に進学するという夢をかなえることができたのです。

小林さん どんな状況に生まれても、教育を受けられれば自分たちの未来を切り開いていかれる。子どもたちにとって最も大切なことが教育だと信じているので、私たちはこの映画を広げつづけて、子どもたちに夢を与えつづけています。それが、映画をつくった成果として最もうれしいことですね。

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純愛幼稚園のお遊戯。地域の人たちも笑顔で見守っている

映画の上映と交流ツアーは、6年間で世界一周を遂げ、今年は10月にロンドンでの上映が予定されています。また、6年ぶりに日本での劇場公開が決まり、横浜、大阪で公開予定です。6月15日には、東京で開催される国際平和映像祭での特別上映会も行われました。

小林さん いずれは内戦のあった国などで上映できたらと考えています。和解のためにこの映画が役に立てればうれしいです。日本語、中国語、英語の3ヶ国語が字幕で出ますので、どれかがわかれば映画を鑑賞できますし、これから他の言語への翻訳も予定しています。

言葉が通じないと、友達になるのは難しいと感じますが、この映画にはその壁も越える力がある。海外の映画祭などで、映画を観終わった人たちがあっという間に打ち解けてしまうのです。映画の内容、そして、映画が人の力で広がっていくこと自体が人の愛の表現だと思います。

たったひとりの女性が描いたビジョンから生まれ、大きな広がりを見せている映画『純愛/JUN AI』。これからの未来にバトンを繋いでゆく無条件の愛の物語を、ぜひ大切な人と一緒に観てみてください。

8/9から、大阪シアターセブンで公開予定!
シアターセブン

writer ライターリスト

Yoshimoto Noriko

編集者、ライターのキャリアを積みつつ、国際ボランティアでアジアやアフリカ、日本各地を巡る。伝えることの大切さを感じつつも、現場で人々の生活をよりよく変えられる活動がしたいと修行中。NPO法人NICE理事、土佐山アカデミー2期生。2014年末より、東ティモール在住。

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