ISSUE ものづくり

2 years ago - 2014.06.05

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下駄で痛い思いをさせたくない。この道49年、鼻緒すげ職人・根岸俊吉さんが「東京花緒すげ名人会」に込めた思いとは

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この記事は、「グリーンズ編集学校」の卒業生が作成した卒業作品です。編集学校は、グリーンズ的な記事の書き方を身につけたい、編集者・ライターとして次のステージに進みたいという方向けに、不定期で開催しています。

みなさんは花火大会で浴衣を着たものの、下駄で足が痛くなってしまった…という経験はありませんか?それ以来、浴衣を着るのも億劫に感じている人も少なくないかもしれません。「そんな下駄で痛い思いをする人を、一人でも減らしたい」と活動をつづけているのが、東京都青梅市で履物屋を営む根岸俊吉さんです。

根岸さんは「鼻緒すげ」という技をみがきつづけて49年、3代目の職人さん。鼻緒すげとは下駄や草履の土台に穴をあけ、鼻緒を通し、一人一人の足に合わせて仕上げる技のことで、痛くて履けなかった下駄も、根岸さんの手にかかればちょうどよい履き心地に。その卓越した技術は、まるで魔法のようです。
 
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なかなか見ることができない、下駄のお直しをしている様子

そんな根岸さんが、下駄や草履本来の履き心地の良さを知ってもらうために1994年に立ち上げたのが、「東京花緒すげ名人会」です。(「鼻緒」でないのは遊び心から)

この会は職人経験30年以上のメンバーで構成され、それぞれ呉服の展示会に出張し、下駄や草履を仕立てたりお直しをしています。今では全国から依頼があり、根岸さんも徳島県と和歌山県を除いた、ほぼすべての都道府県に出張したことがあるそうです。

今回は根岸さんに名人会を立ち上げるに至った思いや、活動が軌道に乗るまでの道のりについてお話を伺いました。

一人一人の個性に合わせたオーダーメイド!
足が「痛くない」のが当たり前だった時代

今でこそ「下駄や草履は痛い」というイメージが浸透してしまいましたが、昔の日本では日常的に親しまれていた履物でした。そもそも履き心地が良くなければ、生活に根付くことはなかったはずなのです。

当時は履きやすいように鼻緒を調整するすげ職人さんがたくさんいて、台と鼻緒の中から好きなものを選び、自分の足に合わせてつくってもらうことができました。完全オーダーメイドだったからこそ、痛くなかったんですね。
 
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台と鼻緒は、さまざまな種類があります

ところが大量生産の時代に突入し、既に鼻緒が通っている状態で売られるように。S、M、Lサイズの中から選ぶことになりますが、ちょうど合うものがあるとは限りません。「鼻緒の締め方でサイズが全然変わってきちゃう」と根岸さんはいいます。

もう、0.何ミリの差で履き心地が違うんだよな。3つの穴それぞれ1mmずつ緩くなると、23cmが24cmとかになっちゃう。手でしめるわけだから感覚なんですよね。目で見たんじゃわかんないし、そこが面白さなんだけどな。

手の感覚を頼りに、履物一つ一つと何十年も向き合ってきた職人さんだからこそわかる、微妙なさじ加減。鼻緒はきついと痛いだけでなく、ゆるくても痛くなってしまうそうです。甲の高さ、足幅の広さ、それぞれの足の個性に寄り添って、ぴったりと合わせなくてはなりません。

飾っとくものならいいけど履くものだから、「履きにくいわ」っていわれちゃったらアウトだしね。下手にやればすぐ結果がでちゃうから、お客さんと毎日が勝負だし、だからこそ真剣に鼻緒のすげ方を覚えてきましたよ。それがあるから今「東京花緒すげ名人会」という看板を背負って全国に行ってるわけです。

名人会なんて名前、随分おこがましいと思うよ(笑)だけどぴったりすげてやると「あ~本当にすごいや」と言ってくれますよ。

「世の中に絶対必要だから…」
時間はかかったとしても、想いは必ず人に届く。

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鼻緒すげにはかかせない根岸さん愛用の道具

昔からよく「下駄や草履は足が痛くなる」と耳にしていた根岸さんですが、名人会を立ち上げたのは職人の道に入って約30年、46歳の頃でした。消防団やPTAなどの地域活動が一段落し、時間ができたことで何かできないだろうかと思い立ったのです。

「うちに来てくれれば、痛い思いはさせないのにな」とずっと思っていたわけ。でもそんなこと思っていたって、井の中の蛙なんだよな。誰も賛同してくれないし、わかってくれないわけだから。

だったら、こっちから出かけていっちゃった方がいいのかなと思ってね。そうかといって一人で行くわけにもいかないし、それに世の中に絶対必要だろうと思ったんで、会をつくってみようと。

「呉服の展示会を活動場所にしよう」と、まずは知り合いの履物問屋の社長に相談してみると、履物と着物は切っては切れない関係にあるにも関わらず、あまり業界同士の交流がないことが判明。一年目はほとんど活動できませんでした。

しかし、翌年転機が訪れます。その社長から「もう一度話を聞かせてほしい」と連絡が入ったのです。

それは社長の娘さんの、とある出来事がきっかけでした。友達と一緒に隅田川の花火大会に行きたいというので、取り扱っている下駄をあげることに。当日、みんながそれぞれお気に入りの下駄で出かけたのですが、なんと20分もしないうちに、花火も見ずに帰ってきてしまったのです。

驚いた社長が理由を訊ねると、「足が痛くて歩けない」という返事が。中には皮が剥けて、血がにじんでいる子もいたのだとか。楽しみにしていた花火を見れずに帰ってきた娘たちを見て、とても可哀想に思ったのでしょう。その時に根岸さんがはなしていた「鼻緒をきちんと足に合わせることの大切さ」を思い出したそうです。

「これはなんとかしなければ」とトントン拍子に話は進み、呉服問屋の社長を紹介してもらったことで道が開けます。そして日本橋にある着物の総合問屋で、鼻緒をすげるパフォーマンスをさせてもらえるようになり、着物を仕入れにきた業者に根岸さんの活動を売り込んでいきました。

需要はこんなにもあった!足の痛い人が殺到した成人式のボランティア

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こうしてなんとか活動が始まり、メンバー募集をしたところ十数名の仲間が見つかりました。総合問屋内での活動は口コミが段々と広がりましたが、根岸さんは「一般の人にも知ってもらいたい」と思うようになります。

そこで「成人式の日に浅草寺で、足が痛い人の草履をボランティアで直そう!」とメンバーに呼びかけ、5人の職人さんと一緒に初めての公開パフォーマンスをすることに。五重塔の前に作務衣を着た職人さんがずらっと並び、草履を直したというその姿は想像するだけで迫力があります。

いざやってみたら足の痛い人がどんどん来ちゃってさ。5人で2時間、80人くらいやりましたよ。歩いてるのをみると足が痛いのがわかるんだよな。「おじさん、痛くて痛くてもう大変」っていうから「直してあげるからこっち来な」っつってさ。

直すと「わぁ~すごい楽~!」「チョー痛くな~い!」とかいう子が出てきて(笑)やってよかったなぁと思ったね。

そう話す根岸さんは、本当にうれしそう。でもどうして成人式の日を選んだのでしょうか?

七五三でも慣れない着物を着て、草履を履くわけですよ。でもその時に足が痛かったっていうのは忘れちゃうわけよね。ところが成人式で痛いというのはもう大人になってますから、一生覚えているんですよね。だから成人式っていうのは一番のポイントかなぁと。

履物のことをいかにわかってもらうにはどうしたらいいか、考え抜いた末に思いついたアイデアだったんですね。そんな当日は列も途切れぬ大盛況。その日職人さんに草履を直してもらった人たちにとっても、きっといい思い出として印象に残っていることでしょう。

「喜ぶ姿が嬉しい」関わるみんなが笑顔になった

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鼻緒すげ中の凛とした根岸さん

成人式のイベントは3年ほどつづけましたが、最初の頃は「ボランティアといいながら足が痛い子を呼び止めて、新しい草履を売るのではないか」といった声もあったそうです。ところがそういう人たちも根岸さんたちが真摯に草履を直している姿、とても喜んでいる人たちの姿を見て、考えを改めてくれたといいます。

たしかに痛くて歩けないほどの人からすれば、痛みから解放されるのであれば、新しい草履を買ってくれるかもしれません。それでもあくまでもボランティアでやりたい。そこには根岸さんの温かい思いがありました。

履物屋の我々にしてみれば、履物が痛いっていうのは許せないわけよね。本来痛くないものを、痛い思いして履くなんて気の毒じゃない?だから自分が関わった人には、心地よく履いてもらいたいわけ。それが一番ですよ。

もちろんそれで売れればもっといいんですけども。でもボランティアでやったのは、痛くないと思う人が一人でも増えてほしいからね。にこにこして帰る姿が、我々はすごくうれしいわけよ。

参加した職人さんにとっても、普段は痛くないように調整してわたすので、痛いという人にはほぼ出会わないからこそ、自分の技によって人が笑顔になる姿は、とてもうれしかったそう。

「痛いと思う人を一人でも減らしたい」という想いから始まった活動は、お客さんだけでなくメンバーの職人さんへの喜びももたらしたのでした。

後継者がいない…想いは誰がつなぐのか

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発足から約20年が経った「東京花緒すげ名人会」も、亡くなった方や身体を悪くされた方がいて、今では6人に。今いるメンバーも高齢で、いつまで活動ができるかわかりません。

日本の暮らしの中で、代々受け継がれてきた技や想いは、このまま途切れてしまうのでしょうか。根岸さんはそれでも「履物とともに着物文化を日本に残したい」と話します。

着物着るとほっとするしな。年とってくるとわかってきますよ。日本人のDNAなのかもしれないな、わかんないけどね。それがなかったらあんなに若い子が浴衣着ないですよ。かっこよさもあるだろうけど、それを着て嫌な気分にはなってないだろうし、ある意味では楽しんでるもんね。

この間も浅草に仕入れに行ったら、若い男の子と女の子が着物着てぶらぶらしてたけど、いいなぁと思いましたよ。リサイクルの着物は安く売っているしね。そういう風に少しでも広まっていけばいいなぁと思いますよ。

伝統工芸の後継者不足は日本が抱える深刻な問題ですが、根岸さんにも後継者がいないのが現状です。技を受けつぐことは簡単なことではないと思いますが、一人一人の職人さんの“想いをつなぐこと”は、私たちにもできるのではないでしょうか。

夏の花火大会で、友人の結婚式で、たまには“ほっとする”着物を楽しんでみませんか?そしてそのときは、近くの鼻緒すげ職人さんを探してみてください。世界に一つだけのマイ下駄で、快適に過ごせるはずですよ!

(Text: 石川円香)

こちらの記事は、編集学校の卒業生に書いていただきました。あなたが書いた記事も、掲載されるかも!?
「グリーンズ編集学校 2014秋冬」

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