ISSUE☆おすすめの連載! STORY OF MY DOTS

2 years ago - 2014.05.14

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やっていくうちに見えることがある。編集者・岡本仁さんの社会の歩き方 [STORY OF MY DOTS]

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特集「STORY OF MY DOTS」は、“レイブル期”=「仕事はしていないけれど、将来のために種まきをしている時期」にある若者を応援していく、レイブル応援プロジェクト大阪一丸との共同企画です。

今回は、「マガジンハウス」でコアなファンの間では伝説と呼ばれている雑誌『relax』の編集長を勤め、2009年に「ランドスケーププロダクツ」の“かたちのないもの担当”に転身された、編集者の岡本仁さんにお話を伺いました。

岡本さんの書いた文章を目にすることはあっても、岡本さん自身について語られることはあまりなかったのではないでしょうか。今回は、就職して社会人生活が始まった頃からを振り返っていただきました。
 
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岡本仁(おかもと・ひとし)
1954年北海道生まれ。マガジンハウスにて『BRUTUS』『relax』『ku:nel』などの雑誌編集に携わったのち、2009年ランドスケーププロダクツ入社。 新プロジェクト「BE A GOOD NEIGHBOR」を担当している。著書に『今日の買い物』『続 今日の買い物』(ともにプチグラパブリッシング)、編著書に『ぼくの鹿児島案内』『続・ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』(ともにランドスケーププロダクツ)がある。 またマガジンハウス在籍中に手がけた雑誌図版については、『東京の編集』(編・著:菅付雅信 /ピエ・ブックス)において詳細が掲載されている。現在『暮しの手帖』にて「今日の買い物」を連載中。

やりたいことがないまま就職したら営業に

東京で大学時代を送っていた岡本さんは、「卒業したら就職しなければ」という気持ちを当たり前のように持っていて、就職活動をすることに特に疑いを感じていませんでした。しかし、会社訪問はしたくなかったので、試験を受けるだけで入れる業種ということで、マスコミを選びます。意外にも、最初の就職先は出版社ではなく、北海道文化放送というフジテレビ系列のテレビ局でした。

ただ、もともと新聞記者とかテレビ局のディレクターとか、マスコミに勤めている人へのぼんやりとした憧れがあったから、そうなったんだと思います。だからと言って、何がしたいと強烈に思う、自分を突き動かす何かがあったかというと、そうではないです。

テレビ局に入社すると、記者やディレクターになるのだろうという淡い予想とは裏腹に、営業部に配属されます。テレビ局の営業というのは、担当の代理店に広告をもらいに行く役割です。営業職になってから、「こういう仕事がしたかったわけではない」と思いました。

それに、就職のために地元の北海道に戻ってみたものの、東京に比べると生活も面白くない。次第に「東京に戻りたい」という思いが募り、転勤願いを出したところ、数カ月後に異動することができました。

仕事は相変わらず営業で面白くはないけれど、東京は楽しい。しかしほどなく、いずれは本社に帰らなければならないことに気付きます。「このまま東京にいるにはどうしたらいいのだろう」と考え始めた頃、たまたま買った雑誌に社員募集の広告を発見。支社のない会社に行けばずっと東京にいられる、という軽い気持ちで試験を受けて合格したのが「マガジンハウス」でした。

アピールのチャンスを最大限に活かす

その時もまだ、編集者になりたかったのではなく、「ずっと東京にいたい」という理由からの転職でした。しかも、営業の経験しかない中途入社のため、出版社でも配属は広告部。引き続き同じ営業の仕事です。

入社して半年くらいした時に、同期入社の飲み会があって、編集部に配属された人たちの話を聞いてたら、西麻布にできた何とかって店に行ったとか、取材で誰それに会ったとか、そんな話をしてる訳ですよ。同じ給料なのに、やつらは楽しそうだなと。「これは編集に行った方がもっと楽しそうだ」と思ったんです。

とはいえ入社時に営業で入ったら編集には行けないと、会社から釘を刺されていた岡本さん。ちょうどその頃社内で、入社後の生活に関して感想文を書くという課題が出ます。その感想文は、各部の部長、つまり雑誌の編集長も回覧するというものでした。

よし、これはアピールのチャンスだと。それで、まずはひとつ自分の感想文を書いて、それを村上春樹が書いたら、田中康夫が書いたら、東海林さだおが書いたら、椎名誠が書いたら…と4人の文体模写で書き直しました。内容は全部同じだけど、特徴が全部違う4つの感想文を綴じて提出したんです。

さらりと4人の文体模写を書き分けたと言いますが、これぞ岡本さんの真骨頂、凡人にできる技ではありません。「これで目立たなかったら営業でいいや」と思ったそうですが、さすがに目に留まったのでしょう、次の人事異動で晴れて、編集部勤務となったのでした。
 
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表紙はAlex Katz、特集はコム デ ギャルソンとエルメス。『relax』92(2004|10)

編集ほど自分に向いてる仕事はない

編集部に入って、初めて編集という仕事がどんなものか分かり、岡本さんは「こんなに俺に向いてる仕事はない」と感じます。とにかく楽しいから言われたことは全部やる、ずっと仕事をする、そんな日々を送ります。

しかし、何年かして一通りやり方を覚えてくると、段々と疑問が湧いてきます。「俺ならそうはやらない」ということが重なり、それを何とかしたいと思っても、全体で目指している方向があるのなら、自分一人で違う方向に行くわけにもいかない。

組織の中で、自分のやりたいことを形にするにはどうすればいいのかを模索しているうちに、雑誌『relax』の編集長に就任するという転機が訪れます。

自分がこの会社で十何年か編集の仕事をやってきて、「俺ならこうやらない」ということを全部やらない雑誌にしたいと思って作ったのが『relax』です。

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ぜんぶ波の写真。『relax』75.5(2003|05)

自分のやってきたことが無駄になることはない

編集者になるまでの道のりは意外と長かった岡本さん。嫌々ながら2つの会社で合わせて7年ほど営業を担当していますが、「その時間はまったく無駄じゃなかった」と言います。

僕は、自分のやってきたことが無駄になることはない、といつも思うんですよ。後々になって役に立つ、かもしれない。役に立たないかもしれないけど、役に立たなかったからといって、無駄とは思わない。

営業というのは、初めて会った人に自分のやっていることを説明したり、理解してもらったりしながら、会話を成立させなければなりません。人とのコミュニケーションをどう工夫するかということに、頭を働かせる仕事です。

人とのコミュニケーションが大切なのは編集者も同じ。自分が面白いと思うものを、他の人にも面白いと思ってもらうために、タイミングや相手の好み、アプローチの仕方など、色々と考えて工夫しなければ、やりたいことは実現できません。面白いだけで企画が通るというような、単純なことではないからこそ、営業時代の経験が活きたのでしょう。
 
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これは営業マン時代ではなく、『ぼくの香川案内』発売記念でことでんツアーを開催した時の貸切列車の車掌姿。

流れに無理に逆らわず、時期を待つ

自分の目標が遠くに見える島だとしたら、「全力でそこに向かって泳ぐタイプではない」と岡本さんは言い切ります。

最初から目標に向かって全力で泳ぐと体力を消耗するし、下手をすると泳ぎ切るだけの力を途中で使い切って、激流に飲まれてしまうかもしれない。とにかく今の流れがこっちなら、それに逆らわずに乗って行く。その方が無駄に力を使わなくて済む。流れに乗って浮かんでいる間に、いい感じの島が見えてきたら、その時にちょっとだけ泳ぐ。「ここだ!」と思った時の瞬発力と、その見極めだけを間違えなければ、大丈夫だと思います。

岡本さんの場合、最初から編集者になりたいと思っていたわけではありません。出版社に入った後も営業を続け、編集者の方が楽しそうだと思ってからも、すぐに何か行動を起こした訳でもありません。

しかし、編集長が回覧する感想文を書くという課題が出た時に、ここぞとばかり全力で他の人の4倍の力を注ぎこむ。貴重なチャンスをものにするには、日頃から流れや周囲を観察する目配りを忘れないことも大事です。

やっていくうちに見えることがある

今の若い人は、早くから自分のことを分かっていなきゃいけないと思っていたり、自分が何者かということに捕われていたり、またはそんなプレッシャーがあることが大変そうだと岡本さんは言います。

自分がどういう人間かというのは、他人が評価するものなので、「僕はアーティストです」と自ら名乗っても、他人にそう思われていなかったら、自称なだけでアーティストじゃないですよね。

やっていくうちに見えることっていうのがあって、僕の経験から言えばそちらの方が多いし、やったことないのに頭の中で考えついたことって大したことがないんですよ。

だけど、やり続けて体験とか経験として得たものというのは、やっぱり頭で考えていたものよりも深いし、時間をかけた分だけ濃いものになっている。そういうものが身についてから、それを活かす面白い手だてはないかなと考える順番でもいいんじゃないかと思うんですよね。

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『暮しの手帖』の取材で、鳥取砂丘にて。

岡本さんは、社会人の最初からやりたいことがあった訳ではありません。その後も、好きなことや楽しいことがあるなら迷わずそちらを選び、そうでない時は流れに逆らわず自分の力を温存し、チャンスが来たらサッと捕まえる、という具合です。

本当に自分のやりたいことが見つかるまで、やりたいことができるチャンスが来るまでは、焦ることなく色々な経験をしておけば、きっとそれがどこかで活きてくるはず。

やりたいことが見つからないとか、前に進めないと感じる時は、とりあえず流れに逆らわず、何事も経験だと思ってトライしてみませんか? そうして始めて、思いもしなかったことが見えてくるかもしれません。

岡本さんの著書を読んでみよう
『ぼくの鹿児島案内』
『ぼくの香川案内』

writer ライターリスト

的野 裕子

的野裕子(Yuko MATONO)。福岡生まれ。大学入学をきっかけに東京に住み、数年前に福岡に戻る。サイトデザイン、コンテンツプランニング、サイトマネージメントなど、WEBサイトに関わる仕事を生業にしてきた。理に適っているデザインが好き。ユーモアのあるデザインも好き。そういう心あるデザインの良さをもっと人に伝えていきたくて、次第にWEBサイトで文章を書き、情報を配信することが中心となる。2006年にアシュタンガヨガを始めてからは、生活のあらゆる場面でのチョイスが、シンプルで無理と無駄のないものとなってきた。荷物は軽く、心も軽く、ヨガを通じて旅を続ける毎日。

partner パートナーリスト

大阪一丸

全国で61万7千人、大阪府には約4万3千人といわれているニート状態の若者。その中でも、働く意志を持ち行動を起こしている若者をレイブル(late bloomer=遅咲き)と提唱し、就労から自立までを応援する、大阪府のレイブル応援プロジェクトです。 ニートの問題は「働けない特定の若者の問題」ではなく、働く若者や企業の在り方そのものへとつながる、地続きの問題。 企業と行政とそして府民とが一緒に、まさに「大阪一丸」となって、全ての若者がイキイキと働き、また働き続けることができる社会環境づくりを。 笑いのまち・ここ大阪から日本中に笑顔を届けるため、様々なプロジェクトをすすめていきます。

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