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作務衣を脱いで、日常づかいの道具を売る!半年待ちの茶筒の老舗「開化堂」の6代目は“伝え方”の達人でした

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新年明けてはや四月。お正月から節分、雛祭りと日本らしい行事や祭に接する機会も多かったのではないでしょうか?

テレビなどでも伝統文化や工芸にまつわる特集が組まれることが多い時期でもあり、みなさんの中にも“日本のこと”が気になっている人も多いはず。この数年を振り返ってみても、メディアには日本文化や工芸・ものづくりにまつわる特集や露出が年々増えるように思います。それも今までとは少し違った切り口から。

例えば、京都・高台寺の近くにできたパリの人気パティスリー「ラ・パティスリー・デ・レーブ」や、祇園にオープンしたばかりのライカの旗艦店とのコラボレーションなど。その日本のパートナーの一員として選ばれたのは今回取材で伺ったお茶を保存するための“茶筒”を手掛ける「開化堂」をはじめとする京都の若手職人です。

これまでの歴史を繰り返すような記述から、新たな一歩を踏み出すニュースへと、今、職人の舞台が変わりつつあります。

100年使える「開化堂」の茶筒

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「茶筒?」と聞き慣れない人のために簡単に説明しておくと、和菓子やスイーツでもお馴染みのお抹茶や緑茶の葉、最近では紅茶やコーヒー豆に至るまで、鮮度を保ちながら保存するためのもので、二重構造による気密性の高い、湿気を呼びにくい丸い筒状の缶のこと。

ブリキ・真鍮・銅と三つの種類がありますが、大切に日々なでながら使うことで、ひとそれぞれ独自の風合いが生まれ、経年変化の味わいが楽しめる工芸品です。「開化堂」の茶筒は、親子3代、100年に渡って長く使うことができます。

そしてなんと!つい先日、開化堂の茶筒はロンドンにあるヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のパーマネント・コレクションに認定されました。ヴィクトリア女王の名を冠するこの博物館は3000年余りにおよぶ世界文明の遺物を収蔵しており、世界に並ぶものがないと言われるほどの芸術とデザイン専門の殿堂。

日本の工芸品は、日本のメディアが取り上げる以上に、世界の目利きが今最も注目する美術品の域にまで高まっている!といっても、もはや過言ではないのです。
 
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開化堂6代目を継ぐ八木隆裕さん。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館前にて

その開化堂の躍進の立役者が6代目となる八木隆裕さんです。5代目の父のもと、海外のプロモーションに単身で乗り出し、着実に成果を上げてきた結果が先ほどの博物館へのコレクション収蔵にもつながるわけですが、その道のりはもちろん大変厳しいもの。

残念ながら、京都はものづくりの街として世界にほとんど認知されていません。海外でのプロモーションの中で、「京都で6代に渡ってものづくりに取り組んでいる」と伝えると、ほとんどのバイヤーやショップのオーナー、ジャーナリストたちは驚きます。

八木さんと話していて気付くのは「伝える」という言葉に非常に重きを置かれているということ。では、どうしてそのようになったのでしょうか。それは八木さんが家業を継いで5年ほど経った頃からはじめた海外での実演販売での経験が影響しているのかも知れません。
 
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台湾での実演販売の様子

八木さんの実演販売のスタイルはいたって“普通”です。いつも工房で仕事をするように手を動かし、ふらりと足を止めた売り場を通り行く人と何気ない会話を交わす。そこに、セールストークは存在しません。あくまでも、道ゆく人の問いかけに対し答えとして十分なことを伝えるだけです。しかし、それがいわゆる職人の実演販売とは少し違うことにも気付きます。

「極めて身近に感じられること」ここに、開化堂の6代目としての妙技を感じるのです。「あぁ、この茶筒をもっていることは、特別なことではないんだな」と、自分の日常に存在しても無理がないものだと感じた時に、ただの通行人がお客様に変わるのです。

茶筒の可能性を世界へ

今でこそ国内外問わず自然体でお客様との距離を自在にコントロールしながら楽しめるという実演販売も、当初はそう上手くいくはずもありません。特に修羅場となったのは、イギリスに続き2度目の実演販売でおとずれたパリ。

青木定治さんに声を掛けてもらって得た舞台は有名百貨店「ギャラリーラファイエット」の地下の食品館。しかし、現場はパティスリー「SADAHARU AOKI」のブースの向かいにチャイナグリーンみたいなシートが引いてあるだけのみすぼらしいもの。そんな売り場に立つにあたり作務衣を着ろと言われたものの、三日目には小学生に忍者と馬鹿にされ…。

「頼むから普段着でやらしてくれと言いました(笑)」という八木さんは、そこから必死で言葉を調べ、近くのフランス人をつかまえては言葉を教えてもらい、を繰り返して何とか一週間で50万ほどの売り上げを作ることに成功。

その時に、ひとつ10万円もする銀の茶筒が売れたのですが、何度も往復するパリの有名コメディアンに説明を繰り返し、丁寧に使い方を伝えた結果だったそうです。

この時の経験から海外でもキチンと説明すれば売れるということがわかったんです。それから親父にも説明して、海外に営業に出ることを納得してもらい、5年先に売り上げの2割を海外であげるという目標を掲げました。

今やいろいろな番組や雑誌などで取り上げられる日本の工芸や文化ですが、メディアの加熱ぶりに比べてそこまで生活の中に落ちてきていないように感じませんか?

それこそ、伝統工芸や文化の陥っている問題のひとつで、流行にはみえても楽しみ方や使い方が自分事にならないということなんだと思います。その“伝える”ということに開化堂は力を入れて茶筒の可能性を世界に向けて提案し続けています。
 
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どんなに世界中で普遍的にお茶が飲まれていて、開化堂の茶筒がヨーロッパで受け入れられるようになったとしても、日本ではペットボトルのお茶が今や主流と言えますし、そもそもお茶の葉の存在を知らない子どもたちが普通にいることは、この先の未来に茶筒を売り続けることの難しさを匂わせもします。

それでも八木さんは自身が国内外での実演販売の先頭に立ち、売ることではなく伝えることに徹して接客することで、今や半年先まで予約が入っているような“実売”につなげているのです。

そこにはもちろん、その場その場の空気やマーケットの雰囲気をきちんと感じ取り、その土地ごとのバイヤーやショップスタッフから話しを吸い上げることで、何を説明しなければ伝わらないか?を、的確に見抜く眼があるからこそ伝わるわけですね。さきほどの海外で売り上げの2割!という目標も、5年かけてきっちり実現したそうです。
 
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そう言えば、八木さんが苦渋をなめつつ実演販売したパリのこと、その時の奮闘ぶりを数年後に同じ場所を訪れた5代目が静かに讃えたそうです。「お前、ようこんなとこであの売り上げつくったな」と。

その話をポロッと口にした時の八木さんの表情はとても印象的でした。昨年のニューヨークでのICFFでアワードをとった時のことを報告した時よりも、認められたという実感が湧いたように見えたのは気のせいではないはずです。

サラリーマンから職人へ

八木さんが大学を卒業して就職したのは、主に海外からの観光客に京都や日本のお土産物を販売する会社でした。

大学で身につけた英語を駆使しながら日々商品をセールスする中で、実家の開化堂の茶筒が売れることもしばしば。数年経ったある時、英語を使い、社会人として経験した工芸品を海外の人に販売するということは、「家業を継ぐことで全て活かせるんじゃないか?」と考えるようになったといいます。

祖父や父に続き5代に渡って受け継がれた茶筒屋としての生業に意味を感じる一方で、学校帰りに家の前でした”親父とのキャッチボール”のことを思い出したとも。

家に帰ってきて、晩メシの前に親父と遊べるっていいなぁと、ふと思い返すことになって。

特に自営業の家に育った人はそうかもしれませんが、子どもの頃に家族の中にあった当たり前の景色が、会社員として家の外に出て働く環境の中では、手に入らないものだということに中々気付かないものです。
 
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日本から昔ながらの風景や町並みが次々と失われていく中、職人として働くということは、後世にものづくりを伝えることだけでなく、大切な家族との温度を守り心象の中に日本の原風景を残すことにもつながるのかもしれません。

誰もが職人を継げるわけではありませんが、八木さんのような職人が等身大で伝える日常づかいの道具や工芸品を手にすることで、少しでも多くの日本らしさを残していく手助けができるのではないでしょうか?

職人の手から私たちの手に道具や工芸品がわたることで生まれる、家族や大切な人との時間。博物館には収めきれない温もりや豊かさが、きっとそこにはあるはずです。

(Text:宮下直樹)

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宮下直樹 Naoki MIYASHITA
1978年 京都生まれ
trans-culture agent 
「かつて」と「いま」をつなぐためのキュレーター
株式会社 博報堂 を経て、東と西をいききしながらも京都に軸足をおきつつ、伝統と文化をいまの世の中につなぎ直すためのプロトタイプとして、職人と文化を時代につなげるためのプロジェクト「Terminal81」や 伝統以前の京都を伝えるをコンセプトに様々なプロジェクトに取り組む「VOICE OF KYOTO」などを主宰。
2013年からは「タイタン・タービン」として京都の老舗のコンサルやディレクションもチームで手掛ける。

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