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“地元で働く”という選択肢をつくる。気仙沼の帆布工房「GANBAARE(ガンバーレ)」

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Photo by 楢 侑子

ものづくりからはじまる復興の物語」は、東日本大震災後、東北で0からはじまったものづくりを紹介する連載企画です。「もの」の背景にある人々の営みや想いを掘り下げ、伝えていきたいと思います。

東日本大震災から、もうすぐ3年が経とうとしています。あの震災で、東北の基幹産業であった水産業は大打撃を受け、たくさんの人が仕事を失いました。

そうした中、宮城県気仙沼市の水産加工会社・八葉水産の清水敏也社長は、帆布を使った製品をつくる工房「GANBAARE(ガンバーレ)」を立ち上げました。帆前掛けやバッグ、小物類など、次々と新たな製品を生み出し、女性たちに仕事とやりがいを提供しています。

でも、なぜ水産加工会社が畑違いのものづくりに乗り出したのでしょうか。そこには、長年この地で事業を営んできた会社として、気仙沼の未来を思う気持ちがありました。

ミシン1台とアイディアがあれば、始められる

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気仙沼の市街地に打ち上げられ、度々メディアに取り上げられた漁船・共徳丸

もう、無理かと思いました。工場はすごい有様で、やり直せるなんて思えなかった。わけがわからなくて、呆然としてしまいました。(節子さん)

清水社長の奥さんの節子さんは、震災時のことをそう振り返ります。八葉水産は、社屋と5つの工場全てが被災するという甚大な被害を受けました。しかし、清水社長は諦めず、すぐに再建を決意。それと同時に、新たな事業の展開にも踏み切ったのです。

自分の会社も大変だけど、気仙沼全体の復興を考えてやっていかなきゃいけないと思いました。いま、気仙沼に必要なのは、全国への情報発信。気仙沼のお土産を手元に置いてもらえたら、ふとしたときに気仙沼のことを思い出してもらえる。そういうものをつくりたいと考えたんです。(清水社長)

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八葉水産株式会社・清水敏也社長

水産加工の仕事には大きな施設や機械が必要で、再開には時間がかかります。でも「ものづくりなら、ミシンとアイディアがあればスタートできる」と清水社長は考えました。

そこで、気仙沼の地名が入った帆布をデザインし、帆前掛けやバッグを開発。かつて縫製工場で働いていた職人を集め、小さな工房を開いて「GANBAARE」と名付けました。

帆布には、地名だけでなく、漁で使うアンカーや、気仙沼の花である「やまつつじ」、 気仙沼の木「黒松」、気仙沼の魚「鰹」、気仙沼の鳥「うみねこ」の柄を入れました。気仙沼ならではのものを入れて、「ここから出発しよう」という意味を込めたんです。(清水社長)

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完成した製品は、地元の人に驚きを持って迎えられました。

節子さん:「まさか自分の生まれ育った地名が書かれたバッグを持ってあるくとは思わなかった」と言われました。家が流されてしまった方にとって、たくさんの思い出が詰まった土地の名前はとても大切なもの。涙を流す方もいらっしゃいました。

震災後、気仙沼の人々の元には全国からたくさんのお見舞いが届きました。しかし、そのお返しに土地のものを贈りたくても、贈れるものがなかったといいます。そういうとき、GANBAAREの製品はまさにうってつけでした。ひとりで10個、20個と購入される方もいて、生産が間に合わなくなるほどだったそうです。

お客様と一緒に新製品を開発する

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GANBAAREの売り場「ギャラリー縁」で接客をする節子さん

GANBAAREの新製品開発は、節子さんが中心となって行っています。震災前は専業主婦だった節子さんですが、いまではGANBAAREの仕事に夢中で取り組んでいます。

節子さんの発案で、「ガンバーレふかひれちゃん」というキャラクターも生まれました。頭はフカヒレ、首にはワカメのマフラー、胸元には山つつじのブローチをつけて、気仙沼をPRしています。ラフを描いてデザイナーさんに相談し、仕上げてもらいました。

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左が気仙沼のゆるキャラホヤボーヤ、右がフカヒレちゃん

可愛らしいフカヒレちゃんの製品は、子どもたちに大人気になりました。製品を企画するときは、「暮らしの中で役立つもの」「安らぎを感じるもの」「おばあちゃん、おかあさん、子どもの3世代で持てるもの」という3点を大事にしているそう。確かに、ギャラリーに並ぶ製品は温かみを感じるものばかりです。

ギャラリーを訪問してくれるお客さんの声も、商品づくりに活かしています。「この商品の色違いのものがほしい」とか、「こんな柄のものがあったらいいのに」とか、そういった声を聞くと、職人さんと相談して形にします。

自社工房だから、ロットという概念がないんです。一個からつくれるんですよ。お客さんからの要望を受けて半分オーダーメイドのようにつくってみると、それがとても可愛くて売れ筋商品になったり。そんな風にして、どんどんアイテムが増えていきました。(節子さん)

お客さんとしても、自分が何気なく言った提案が受け入れられて、実際に製品になったら嬉しいもの。頼んでいないのに、自分からGANBAAREのことを知人友人に紹介してくれるそうです。

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県外のデザイナーやプランナーの提案によるスタイリッシュな製品も生まれ、ラインナップはどんどん広がっています

“ものを売る”って、そういうものだったわけじゃない。お客様に提案したり、お客様の声を拾い上げて製品に活かす場。ただ製品を置いてつっ立っていたら、それは置き場ですよ。お客様には、「売り場」を提供しなくちゃいけませんよね。(清水社長)

一度買って終わりではなくて、また見に行きたくなる、会いに行きたくなる。そういう売り場にしようと心がけているので、リピーターが多いそうです。

自分の仕事がどんな価値を生んでいるか

製品に反映するのは、お客様の声だけではありません。工房で働く職人さんからの提案も、どんどん実行していきます。

「アイディアが形になるから、楽しくて仕方ない」って言われるんですよ。普通の工場だと、お客さんの声って届かないでしょう。ここだと私が工房とギャラリーを行き来しているから、すぐに反応がわかるんです。

「こないだみんなで考えた製品、お客さんにとっても好評です」「やっぱりあの柄にして正解でしたね、すぐ売れましたよ」って報告すると、すっごい喜んでくれますね。(節子さん)

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工場だとものをつくる道具になっちゃって、自分の仕事がどんな価値を生んでいるのかが見えてこないでしょう。それが、今の日本に足りなくなっていたところなんじゃないかな。

「製品を2000個つくること」を目標にしちゃダメ。自分がつくったもので誰かが喜んでくれる、嬉しい気持ちになる。人には、「自分が人の役に立っている、価値を提供できている」と実感できる仕事や場が必要なんですよ。(清水社長)

職人さんたちはこの仕事に責任感とやりがいを持って取り組んでいて、最初は「家事もあるし、一週間に何日来れるかな」と言っていた人も、「家にいるより会社にきたほうが楽しい」と毎日出勤してくれているそう。「ここでの仕事はお金以上に価値がある」という言葉に、節子さんは「私も頑張ろう」と励まされているといいます。

気仙沼の子どもたちの働き口となるように

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こうしてGANBAAREを育てながら、清水社長は同時に八葉水産の再建にも奔走。5つの工場を復旧し、一旦は解雇した従業員も再び雇い直しました。その苦労は計り知れません。

昭和47年に創業して以来ずっと気仙沼で営業してきて、震災前は170名の従業員を雇用していました。だから、自分たちのことだけを考えるわけにはいかなかった。気仙沼の未来のために、がんばらなくちゃいけなかったんです。(節子さん)

清水社長が自社の再建だけに囚われず、GANBAAREを立ち上げたのも、少しでも多くの仕事を地域につくりたかったからです。

気仙沼で生まれ育った子どもたちが、大きくなって気仙沼で働きたいと考えたとき、就職先がない。それは昔からの課題でしたが、震災によってさらに加速しました。だから、少しでも仕事をつくりだそうと、新たな産業を育てていこうと考えたのです。

ひとりの人がひとつのものをつくることから始めて、それを流れ作業にすることで何人かの仕事になり、やがて企業へと成長し、同じような企業がいくつかできると産業になる。そういうイメージを描いて取り組んできました。(清水社長)

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長年、ひとつの地で事業を続けてきた企業としての誇りと底力。そして、地域への愛情。清水夫婦の言動には、そうしたものが滲み出ていました。

GANBAAREは、日々新たな製品を生み出し、どんどん進化しています。その数の多さと多彩なデザインからは、本気度が伝わってくるはず。興味を持った方は、ぜひウェブサイトを覗いてみてくださいね。